LOGINレイの意識が宇宙へと飛び立った翌朝、4人は1階に集まっていた。
「おはようございます、レイ。体の調子はどうですか?」
「お、おはよう。魔力は回復したし普通に動くだけなら大丈夫、よ……?」 と言いつつ、昨日その様子に笑いながらニイルは言う。
「昨日は脅す様な事を言いましたが、ちゃんと理由が有ります。後ほど説明しますよ」その言葉に、完全に安心出来ないながらも頷くレイ。
今日から行われるのは本当に修行なのだろうか。 (師事する相手、間違えちゃったかな?) と思わなくもなかったレイなのであった。 朝食を済ませた一行が向かったのは、昨日と同じ場所だった。 当分はここで修行をする事になりそうだと思うレイ。軽く準備運動を済ませたレイにニイルは言う。
「ではこれから始めますが、まず先程の発言の真意を説明しましょう。先日貴女が言った通り魔力を増やすのは容易ではありません。ただ容易でないからこそ、あまり知られていない方法が有るのです。それが魔力切れになります」その言葉に、やはり理解が及ばず首を傾げるレイ。
ニイルは続けた。 「筋肉と同じ様なものだと理解すれば分かりやすいでしょうか?激しい筋肉痛の後、筋肉はより強靭になる。それが魔力にも言えるのです。死ぬ寸前まで魔力切れを起こしそれを繰り返すと、体内で作られる魔力量とそれを蓄える容量が増すのです。まぁ、一般的にそれを繰り返す人間はほぼ存在しないのでこの方法が認知されないのでしょうね」それはそうだろう、そんな自殺行為を常日頃繰り返す人間がそうそう居て良い筈がない。
普通の冒険者でも激しい戦闘の後に稀になる程度で、普通の人間はそうなる前に対処する。 何故なら魔力切れを起こせば基本的に戦力低下を引き起こし、大抵は動けなくなるので致命的な隙を晒す事になるからだ。 後は単純に心身共に負担が掛るので辛いからなりたくない、というのが大半の理由だろう。 なのでそんな方法がある事など思い付きもしなかったが、しかし筋は通っている。 故に昨日の発言だったのかと、ようやく理解するに至ったレイであった。「1回や2回魔力切れを起こしたところでほとんど変わりません。なので基本的に、これからほぼ毎日魔力切れを起こし回復させる、というのが1つ目の課題です」
(これで1つ目か……)
と、早速のハードレッスンにまたも意識が宇宙に旅立ちかけるレイ。 そんな頻繁に宇宙旅行に行こうとするレイを引き止めるように、ニイルは質問した。 「2つ目ですが魔法への知識と理解を深める事ですね。ところで貴女は魔法についてどれだけ理解していますか?」 というニイルの質問に、魔法についての知識を思い出すレイ。「えっと……魔力を制御し変化させる事で、世界の法則を書き換え事象を改変する、だったかしら?」
「ふむ、ではどうやって魔力を制御し変化させるのでしょうか?」 「それは魔法陣を使って、じゃないの?」そう、魔法を使用するには基本的に魔法陣が必要になる。
魔法陣を使用する事により魔力を制御、変化させ事象を改変させる。 それ故に強力な魔法を扱おうとするならば、魔法陣は細かくなり、それに伴い魔法陣も巨大化、必然的に発動までに時間が掛かる、というのが一般的な常識である、のだが。「残念ながら不正解です。魔力の制御とは自身の精神的イメージで行うのです。魔法陣はその補助的な役割に過ぎません。この魔法陣を描けばこの結果が生まれる、と覚えてしまえば、イメージするより分かりやすいですからね。なのできちんとイメージさえ出来れば、魔法陣など必要無いのです。この様にね」
と説明しながらニイルの横のそれは世間的に高等技術とされている略式魔技であった。
一流の魔法師でも一部の、それも簡単な魔法しか出来ないと言われる、魔法陣無しで魔法を行使する技術、それが略式魔技又は略式と呼ばれている技術である。 何故高等技術なのか、それは単純に複雑で覚え辛いからというのが理由に挙げられる。「略式を行う為に必要な情報は効果、持続時間、範囲など多岐に渡ります。それらの構成を全て記憶し、咄嗟に実践で使うとなると、意外と人間は出来ないものなのですよ。故に一流でも慣れ親しんでいて、簡単な魔法しか使えないのです。逆に言えばそれら全てを記憶して咄嗟に使えるなら、魔法陣は必要無いのです」
言うは易しだが、それが難しいから高等技術なのでは、と思ってしまうレイ。
それが出来るなら魔法陣の内容を理解し、それを組み替えて新しい魔法を作り出す事も……事ここに至り、先日の言葉を思い出すレイ。
「昨日言っていた魔法の制御にも使えるって事?」 「正解です。覚えるのは後回しですが、まずは魔法陣について学び、その後どんな魔法も略式で発動出来るようになりましょう」 「そうして魔法を制御し装填魔法を使えば、昨日のように動けなくなる事は無くなるという事ね」 「その通りです。昨日の装填魔法の弱点、と言いますか雷化の弱点ですが、あまりにもつまりランシュは雷に対応したという事であり、改めて凄まじい実力が垣間見えた気がしたレイであった。
「では先ず今日はこの魔法陣を覚えてもらいましょうか。内容は装填魔法に使用する雷魔法の威力を70%減らすというものです。威力が30%でも、使いこなせば大抵の人間には反応出来ないでしょう」
そう言いながら魔法陣を描くニイル。 その出来上がった魔法陣を真似してレイも描いてみたが、魔法は発動しなかった。「やはりイメージがまだちゃんと出来ていないですね。魔法陣をしっかり覚え、イメージを固められるようにしましょう」
中々のスパルタだが、強くなる為必死に覚えようとするレイ。
しかしそんなレイに追い打ちを掛けていくニイル。 「そしてイメージをしながら魔力切れを起こすまで、ランシュと実戦訓練もしていきましょうか」やっぱり師事する相手間違えたかも……
そんな事を思いながらこれから始まる「『幻想神種』?」 聞き慣れない言葉に思わず聞き返すレイ。 それはどうやら『幻想種』を知っていたディードも同じの様で、疑問符を浮かべニイルに視線を送る。 その2人の問に応える様に、ニイルは語り出した。「以前説明した通り、『幻想種』とは神の力を得た魔獣ですが、ごく稀に『幻想種』以上の力を得た者や、神から産み出された魔獣が存在します。それらは『幻想種』とは一線を画す程の力を持っている為『幻想種』の上位存在、『幻想神種』へと成ります」『原初の海獣』へと厳しい視線を送りながら、ニイルは尚も続ける。「特に目の前のケートスは空の『龍』、地の『巨人』と並び称される程で、神に代わり海を支配する為に産み落とされた存在です」 その言葉に息を飲む2人。 ただの死骸でさえ圧倒的な存在感を放っていた『幻想種』、それの上位存在が居るという事実に驚きを隠せない。 しかし続く言葉に更に驚愕する事になる。「その力は絶大で、相性にもよるでしょうが『神性保持者』が複数人で相手取り、ようやく互角に持ち越せるレベルでしょう」「嘘!?」 ニイルの言葉に思わずケートスを見るレイ。 未だにレイは、全力の『神性保持者』達と戦った事が無い。 それにも関わらず、自分よりも格上だと分かる程の圧倒的な力を持っていた。 そんな存在相手に、複数人でようやく互角という事実に恐怖すら覚えそうになる。 しかし、ディードはその言葉に何故か納得したかの様に言う。「なるほどな。確かにアレの放つ重圧は尋常じゃねぇ。……アイツと同じでな」 最後の呟きが気にはなったレイだったが、それを意識する余裕は無い。 ディードの言う様にケートスから放たれる威圧感に、下手をすれば意識を持っていかれそうになるのを必死に堪えている為。 そして1番の理由が、どんな時も余裕の態度を崩さないニイルが、かなりの緊張感
ニイルの声に反応出来た者がどれだけ居ただろうか。 レイやディード、その他数人の獣人族は反応し海に飛び込むが大半の者達、特に先程の戦いで怪我を負い治療中だった者達などが取り残されしまった。 彼らを巻き込み沈み行く船。 無事だった者達も何が起こったか理解出来ず、思考停止に陥りそうになった時、2人の叫び声が意識を現実へと引き戻す。「魚人族!沈んだヤツらの救助!残りのヤツらはそれを援護しこの場を離脱しろ!」「レイ!全力戦闘!」 ディードとニイルの叫びにいち早く反応し、全ての力を解放するレイ。 それに1拍遅れ、亜人達がそれぞれ行動を始める。 鳥人族以外の全員が海へと落ち、レイも水中行動が出来る様に魔法を展開しながら周囲を見回……「レイ!下です!」「くっ!?」 ……そうとしてニイルの警告に咄嗟に障壁を展開。 その瞬間障壁が破壊され、衝撃で水上へと弾き出される。「レイ!クソ!」 それを心配する余裕すら与えず、ニイルにも下から巨大な水刃が襲い掛かる。 その大きさはニイルの身長を優に超え、更に速度は魔鮫の比では無い程に速い。 故にその破壊力は凄まじいものがあり、レイはそれに耐えられず弾かれてしまったのだろう。 ニイルも間一髪避ける事に成功するが、更に次々と水刃が迫る。 連射速度も魔鮫とは比べるべくもない。 そんな斬撃の雨が下から襲い掛かって来ていた。「舐め、るなぁ!」 その全てを『神威賦与』にて解析、ニイルに当たる直前で全て吹き飛ばす。 そのまま水刃が迫って来た方向へ向けて、大量の氷魔法を撃ち込んだ。 更にその隙にニイルは他の者が巻き込まれない様、船から移動する。「んだこりゃ!一体何が起きてる!?」 大量に魔法を撃ち込んだお陰か。 一時的に攻撃が止み、
レイ達の目の前に現れた巨大な死骸。 その有り得ない大きさに誰もが目を疑うが、しかしその物体から放たれる強烈な腐臭が、これが現実だという事を示してくる。「この強烈な臭い……これが原因か」「確かに、この大きさなら納得ね」 流石にこの距離では『柒翼』といえど辛いものが有るのだろう。 表情を歪めながら呟くディードに同意を示すレイ。 しかし半ば上の空で同意しただけで、目の前の現実を受け入れられた訳では無い。 何せ目の前の存在が、今乗っている船とほぼ同じか下手をすればそれ以上の大きさなのだ。 レイ達が乗っている船は決して小さくは無い。 寧ろ30人以上が乗船して尚余裕が有り、この国の頭首が乗るに相応しい物だった。 それと同等の大きさの生物など、レイは見た事も無かった。 そう、現実では。「本当に、御伽噺に出て来る怪物の様な大きさね」 思わずそう呟くレイ。 それは他の乗員も同じ様で、2人を除いてほとんどの者が強烈な腐臭も忘れ、目の前の存在を呆然と眺めていた。「多種多様な生物が存在すると言っても、これ程の大きさを誇る生物は『幻想種』以外存在しないでしょう。もちろん全ての『幻想種』が大きい訳ではありませんが、これでもまだ『幻想種』の中では普通のサイズです」「これで普通か……俺の知ってる『幻想種』はこれ程デカくは無ぇが、だが存在感は確かに共通するところが有るな」 その例外であるニイルとディードがそう語る。 確かにディードの言う通り、体が大きいだけでは説明がつかない何かを、レイは感じていた。 確かに異様では有るのだが、それだけでは無いモノを感じる。(これは……そう。『神性付与保持者』に出会った時の様な……) そう思い立ち、『神威賦与』で解析を試みる
「ぐっ……!」 全開で発動した力が、目の前の事象全ての情報を映し出す。 そのあまりにも膨大な情報量に激しい頭痛を覚え、思わず声が漏れてしまうレイ。 それはどうやらニイルも同じの様で、微かに響いた苦悶の声がレイの耳へと届いた。 まずは自身の周囲に展開している魔法、その後すぐに視界全てに広がる海水、その性質、構成、海水が海水たる情報の全てが瞬時に脳へと送られてくる。(余計な情報は切り捨てる!必要なモノだけを視て、それ以外は受け流せ!) その全てを受け止めていては、どんなに優れた人間であろうと脳がパンクし死に至る。 それを回避する為、必要な情報だけを抜き出す様意識するレイ。 例えるなら視界全体を見回しながら、1つの物を注視しないで見付けだす様なもの。 そんなある意味矛盾した荒業で、情報の海を突き進んで行く。(まぁだからって、それが出来るなら苦労しないわよね!) しかしそんな付け焼き刃が通用する筈も無く。 人間、してはいけないと意識すればする程、それを強く意識してしまうのは必然。 結果、大量の情報を処理し切れず頭痛は激しさを増し、鼻や目から血が流れて来るのを感じる。「あ……れ……?」 その余りの痛みから意識が飛び掛けた寸前、多少ではあるが確実に、脳の負担が減ったのを感じるレイ。 混濁しそうな意識に喝を入れ集中してみれば、レイが受けていた余分な情報をニイルが少し肩代わりしているのに気付いた。 レイよりも脳の処理能力が高く、何よりこの『神威賦与』の使い方を熟知している分、レイよりも負担が少ないのだろう。 今までもそうして肩代わりをしてもらっていた事は有るが、今回はその比では無いらしく歯を食いしばる音すら聞こえてくる。(私は何をやっているの!彼の力になる、その為に覚悟を決めたんじゃない!いつまでも足手まといのままで良い筈無いでしょう……)「がああああああああああ!!!」 そんなニイ
「向こうの思惑が分からない以上、早期決着をさせた方が良いかもしれません」 そう語り終えたニイル。 確かに今回の目的は原因の排除、つまりは『幻想種』の討伐である以上、ここでの疲弊を避けるのは道理である。 しかし、それが出来ない故の現状なのであって……「言いてぇ事は分かるが、それが出来たら苦労しねぇよ。現にさっきのとんでもねぇ魔法でだって、雑魚は減らせたが大物は殺れなかったじゃねぇか」 それを理解しているからこそ、ディードも難色を示す。 レイもディードと同じ感想を抱いていた。 先程のレイの魔法、魔力を節約したとはいえレイの持つ全てを用いた本気の攻撃だった。 それで約半数は減らせたが、高ランクの魔獣は未だ健在。 同じ手法を繰り返したとしても殲滅出来るかどうかは怪しいところではあった。 もちろん現状は『雷装』等は使用しておらず、全力で戦っているとは言い難い。 しかし仮にそれを使用した所で、現状をすぐにでも打開出来るとは到底思えなかった。「俺の『神性』だってそうだ。アレは確かに強力だが殲滅力は対してねぇ。1体1ならまだしも、1体多の状況じゃ速攻で終わらせる事は出来ねぇぞ?」 どうやらディードの方もレイと似た状況らしく、同じ様な所感を述べている。 未だにその能力の詳細は不明なままだが、この状況を打開する様なモノでは無いのだろう。 つまりはこのまま現状を維持し、地道に敵を減らすしかない、と2人は思っていたのだが。「使いたくありませんでしたが奥の手を使います。これが決まれば一瞬で片がつくでしょう」 どうやらニイルには切り札が有る様であった。 レイすら知らない事実に驚きの声を上げる2人。「んだそりゃ!?そんなの有るんならさっさと使えよ!」「言ったでしょう?奥の手だと。これを使うには色々と制限が有るんですよ」 この戦闘で少なくない亜人達が重軽傷を負っている。 それを思えば、声を荒らげてしまうディードの気持ちも分かりはするのだが。 それでも
自身に身体強化、剣に魔法装填を施し魔鮫を一瞬で切り伏せるレイ。 その様子を見ていた周りの亜人達から歓声が上がった。「いいねぇ!テメェらも遅れんじゃねぇぞ!」 それに気を良くしたのか、ディードがそう叫び部下達を鼓舞する。 そうして亜人達も雄叫びを上げながら善戦し、何とか拮抗状態を維持していた。 いくら精鋭達が揃い、水中では魚人族が、空中では鳥人族が、その両方で獣人族が活躍しようと、未だ500以上居る魔獣達相手ではいつその拮抗状態が崩れるか分からない。 これを維持出来ているのは偏に、ディードの活躍に他ならなかった。 亜人達も優れた身のこなしで魔獣と退治しているが、ディードはたった1人で複数の魔獣を相手取り、そして圧倒していく。 その動きは他の亜人達よりも圧倒的に疾く、そして一撃で敵を屠る威力を誇っていた。(確かに身体能力は圧倒的ね。あのスピードに追い付くには『身体強化+10』でも厳しそう) それを魔法を使わず行っているのだから驚愕には値する……が。 (でも彼の力がこれだけだとしたら『柒翼』と呼ばれるかしら?この程度ならあの『剣聖』、ブレイズにだって対応出来る……と思う) そこまで考え、先程のニイルの言葉を思い出すレイ。 (そういえば魔法使用中は彼に近付くなって言っていたわよね。つまり彼は魔法に対して強いアドバンテージを持っているのかしら?それが彼の『神性』……) 魔鮫が放った水刃を弾き、別の魔獣にぶつけながらディードを観察するレイ。 エレナートにてスコルフィオから聞いた話によると、『柒翼』とは『聖神教会』が定めた人類の七つの大罪、それを象徴とする悪魔の名前が付いた神性を持っているのだという。 その能力の詳細は分からないそうだが、スコルフィオの強さから鑑みて、かなり強力な力を有していると考えて良いだろう。 魔法が使えないという欠点を補って余りあるモノだとするなら、到底油断出来る相手では無い。(ニイルは視れば分かるって言っていたけれど、今の私じゃ彼が能力を使用していないと詳細は視えないのよね) 故に先程から『神威賦与』







