「すみませーん。すぐそこの作家さんのお宅に行って、思い出したんです。桃瀬先輩の家、ここら辺だったなって」
(へぇ、なるほど。これって絶対わざとでしょ!)
郁也さんは仕事ができるし、見た目もカッコいいし、面倒見だっていい。僕と違って愛想もいいから、誰にでも好かれる。
「初めまして、小田桐センセ。俺、桃瀬先輩の同僚で、鳴海マサヤっす」
「ナルミ・マサヤさんね。どうも」ノートパソコンの前で頬杖ついて、棒読みで返す。
(――もう、いいとこだったのに!)
郁也さんが触れた肌がまだ熱くて、切なさが止まらない。その気持ち、きっと顔に出てると思う。
そんな僕をじっと見つめる鳴海さん。
「鳴海、そこら辺に座って待ってろ。涼一に、メシ作ってやらねえといけないんだ」
微妙な空気を無視して、郁也さんがキッチンに行ってしまった。
(困った……知らない人と一緒は、かなり苦痛だ。部屋に逃げるのも失礼だし、郁也さんの同僚なんだから、ちゃんとしないといけないよね)
「小田桐センセ、めっちゃ美人ですね」
「は?」 「いや、男性に美人は変か。ビジュアル系バンドのボーカルみたいな、キレイな顔立ちっすね」(――なんだよその表現!)
眉間にシワ寄せて不快感を表してやった。女々しい見た目が、すっごく嫌なのに。わざとイラつかせる気なんだろうか?
「桃瀬先輩、なんでサイン会断ったんすか? センセのビジュアルなら、大好評間違いなしなのに」
僕の不機嫌な表情をスルーして、鳴海さんがキッチンに移動した。そのことに、ほっとため息をついたら、楽しそうな声が聞こえてきて、余計にイラつく。
「見てわかるだろ、涼一は人見知りだ。誤解を招くから断ったんだ」
「勿体ないっ! ジュエリーノベルの人気作家がこんなにイケメンなら、間違いなく女性読者が飛びつくのに」 「だから読者アンケートの抽選で、直筆サインの企画を立てただろ。今、執筆しながらサイン練習中だ」(ふん! 執筆もサイン練習も全然してないもんね!)
心でベロを出しつつ、キッチンの二人をチラ見する。仕事中、こんな感じで喋ってんだ。郁也さんって……。
普段なされる会話と比べて、じわっと寂しさが湧く。 結局僕は仕事相手、編集者からみるとただの商品になる。お金を生む存在に心をかける必要なんて、最低限でいいんだろうな。
「涼一、メシできた。こっち来て座れ」
のろのろダイニングテーブルにつくと、美味しそうなナポリタンとレタスサラダがセッティングされていた。
「すげえ! 桃瀬先輩、仕事の手際がいいだけじゃなく、料理もバッチリっすね。2品をサクッと作るとか、感動ものっす!」
「うっせえ。褒めてもなにも出ねえぞ」郁也さんは照れ隠しで、鳴海さんの後頭部をバシッと叩く。そんな仲の良さそうなふたりを見ながら、沈んだ気分でナポリタンを食べる。ケチャップの香りが口内に広がり、思わず唇が緩んでしまった。
(――ううっ、美味しい!)
郁也さんの作るナポリタンは絶品。レストランじゃなく、家庭的で懐かしいケチャップ味がベースになってる。ソーセージや玉ねぎに味がしっかり染みていて、噛むたびにじーんと美味さが口の中いっぱいに広がるんだ。
フォークを使ってパクパク食べてると、郁也さんと鳴海さんにガン見された。
(――なにげに視線、気になるんですけど)
「めっちゃ美味そうに食うんすね、小田桐センセ」
急に話しかけられて、フォークが止まる。嫌われないように、ちゃんと対応しないといけないか。
「美味しいよ。郁也さんの作る料理、結構好きだし……」
ぼそっと呟いて上目遣いでふたりを見ると、郁也さんが息を飲んで赤くなる。つられて僕も赤面してしまった。
「涼一、褒めてもデザートは出ねえぞ! ……ケチャップ、口の端についてる」
ティッシュでゴシゴシ拭かれ、内心慌てふためいた。
「そ、そんなの自分でできるって! 子どもじゃないんだからね!」
(――鳴海さんがガン見してるんだよ、恥ずかしいでしょ!)
「やっぱり桃瀬先輩、どこでも世話焼きっすね。編集部のオカンだわ」
「お前が気づかなすぎ。作家の家に来るなら、手土産持参が常識だろ」 「小田桐センセ、すみませんでした!」鳴海さんが僕に謝る。
「いや、そんな……」
(僕なんて郁也さんのオマケみたいなもんだし、気遣いなんていらないよ)
ふたりからの視線を無視して、ナポリタンを急いで平らげる。正直なところ、仲の良さそうなふたりはもう見たくない。
「涼一の好物は文明堂のなめらかプリン。鳴海、覚えとけ」
「はい、メモっときます!」 「で、ここには理由があって顔を出したんだろ? なんの厄介ごとだ?」ちゃっかり聞き耳を立てて、ナポリタンとサラダを必死に頬張った。
「涼一、待て!」
飼い犬みたいに郁也さんに手のひらを見せられたせいで、フォーク咥えたまま固まる。颯爽と立ち上がった郁也さんが、冷蔵庫からお茶をコップに注いで手渡してくれた。
「あー……いつの間にか、寝ちゃってたのか」 左手は涼一が握りしめて幸せそうな顔で寝ていたので、右手で枕元に置いてある時計を引き寄せる。(――午後4時過ぎ、か。普段の疲れもあっただろうが、久しぶりに肌を重ねることができたゆえに、無駄に頑張ってしまった……)「なんてったって浮気してないって証拠を、これでもかと見せつけなきゃならなかったもんな」 枕元に時計を戻し布団に入り直すと、涼一が肩口に頬をすりりと寄せてくる。「んっ…郁也さん、大好き……」 ほかにも何かブツブツ呟いて、微笑みながら眠り続ける涼一が可愛らしくて仕方ない。「寝ながら、俺を翻弄するんじゃねぇよ、まったく……」 涼一から発せられる愛の言葉に相変わらずテレてしまい、頬が赤くなってしまう自分。いつになったら、これに慣れるんだろうか。 普段は冷たいクセに無防備でいる俺に対して、涼一は絶妙なタイミングで投げつけてくる言葉の数々――。「そのたびに赤面して、どう返していいかわからなくなっちまうんだよな……」 いや……感謝の言葉や愛の言葉を、素直に言ってやればいいだけなのだが。気の利いた言葉を言ってる自分を、もうひとりの自分が見ていて、なにをカッコつけてるんだ! なぁんて批判するから、余計に言えなくなる。「バカみたいだ、ホント……」 「誰がバカだって?」 その声に驚き横を見ると寝ぼけ眼の涼一が、俺の顔をじっと見ているではないか。「!!」 「僕の悪口、言ってたんでしょ。昼間っからあんなCD、大音量で流しやがってって」(これって、寝ぼけているんだろうか? それとも文句が言いたくて、ケンカをわざわざ吹っかけてきているのか?) コイツのツンデレ補正は、相変わらず見極められないな。「涼一のことじゃない、俺自身のことだって」 「郁也さんのどこが、バカなのさ?」 責めるような口調なのに、相変わらず眠そうな表情を崩さない。 ――やっぱ寝ぼけてる?「俺はもっとお前に思ってることを、積極的に言ったほうがいいのかなと思ったんだ。どんな言葉を言ってほしい、涼一?」 「さっき聴いてた、ドラマCDみたいなヤツ」 「ぶっ!?」 いきなりの即答に、投げられる難題! ちなみに聴いていたエロCDのピロトークは、もっと内容が甘いもので、二回戦ヤっちゃうぞって感じだったような――?「ヤることヤってるのに
「郁也さん、出かけるってどこに行くの?」 不思議そうな涼一の口の端を、ペロリと舐めてやった。「ちょ!? 」 「子どもじゃねえってのに、ケチャップつけっぱなし」 「だからって、いきなり舐めるなんて!」 「わざとだろ」 そう断言すると、涼一は頬を赤く染めて「違う!」と唇を尖らせる。 「わざとエロいCDを聴かせて、俺を煽ったり」 「それは偶然だよ!煽るためじゃないし……」 「今もそんな顔で煽ってるし」 赤らんだ頬、伏せた睫。見てるだけで衝動が抑えきれねえ。 細い肩を抱き寄せ、首筋に舌を這わせる。 「……んん、いきなり…うっ」 「声、出すなよ。外に漏れるぞ」 「だって郁也さんが……腰、そんなふうに押し付けてくるから」 涼一は嫌がりながらも、体を預けてくる。「じゃあ、どこならヤっていい? ん?」 耳元で囁くと俺を突き飛ばし、左手をぎゅっと握ってくる。睨んでも赤い顔だから、怒りが半減されてしまった。「ホント、郁也さんってば意地悪ばっかり言ってさ!」 悔しそうに吐き捨てながら、グイグイ寝室まで引っ張ってくる。耳まで赤い涼一、可愛すぎる。さて、このあとはどうしてやろうか。「腹がいっぱいになったら、次は昼寝か?」 ニヤニヤして指摘してやったら、涼一は目を見開き、口を真一文字にする。握ってた手首を投げるように手放した。 (コイツ、いつも俺の予想を裏切るからドキドキする。さすが恋愛小説家、読者と同じく翻弄されてしまうだろ) 俺から身を翻し、ベッドに飛び込む涼一。布団の中でゴソゴソ蠢く姿が目に留まる。「うわっ!」 涼一が着ていたTシャツが、いきなり顔に飛んできた。(ほほぅ、やる気満々じゃねえか!) 布団の中に入って見えないだろうが、次を寄こせというジェスチャーをすべく、人差し指をクイクイ動かす。(ほらほら、次は脱がねえのかよ?) ちゃっかり布団の隙間から、俺の様子を見ていたらしい。 「う~」 可愛らしく唸りながら、ふたたび布団の中がモソモソ動く。その数秒後、ジーパンが飛んできた。それをタイミングよくキャッチして足元に放り、また人差し指を動かして、次を要求する。「な!?」 「まだ脱いでねえだろ? それとも……」 ベッドに近づき、布団の隙間から見える涼一の顔を覗く。
「涼一、ちょっとがっつきすぎだ。喉を詰まらせたらどうする?」 (こうして俺が作ったものを、いつも美味そうに食べてくれて嬉しいけどな……) 「あ、うん。でも……仕事の話の邪魔になるんじゃないかと思って」 目の前でナポリタンを頬張りつつ、チラチラ鳴海の顔色を窺う。(――そうか、涼一なりに気遣ってたのか) 「悪いが鳴海は客じゃねえ。手土産も持ってこないヤツの面倒は、俺は見ねえよ」 (しかもコイツは、いい場面を見事にぶち壊しやがったからな!) 「桃瀬先輩、そんな冷たくしないで! お願い! 企画書を見てくださいって!」 「見てあげたら? 困ってるのに」 涼一が助け舟を出したことに、俺の機嫌がめっちゃ悪くなった。「さすがは人気作家の小田桐センセ! すげぇ優しい!」 「いや、別に。郁也さんがせっかく早上がりしたのに、遠慮なく押しかけてくるのどうかなって」 レタスをバリバリ食いながら、ぽつり呟く。事実を突きつけられた鳴海は、思いっきり固まった。 「ぷっ! やられたな鳴海。手土産なしだとこうなるんだぞ」 (――やっぱり涼一は優しいな。俺のことをちゃんと気遣ってくれてる) 「キレイな顔してズバッと言うんすね。俺、帰った方がいいっすか?」 苦笑いする鳴海の目の前に、そっと右手を差し出した。「とりあえず、三木編集長に出す前に見せてほしいんだろ。褒めねえから覚悟しろ」「ありがとうございます! 編集長のツッコミ、実はすごく苦手で……」「あー、まあな。でも間違ったツッコミはしねえし、指示は的確だろ」 三木編集長。専務のコネでジュエリーノベルに引っ張られて来た逸材。編集部に顔を出し、現在刊行している雑誌を手早く読んで、バッサリ言いやがった。『こんなつまらん雑誌、誰も手に取らんわ!』 そして連載をフェードアウトさせ、作家と編集を洗い直し。なぜか営業の俺に声がかかった。『こういうのはな、作家が仕事したくなる面構えじゃなきゃダメだ』 そう言い放った三木編集長の言葉を聞いて周りを見ると、確かに男女とも見た目がグレードアップしていた。くたびれたオッサンズは、どこへ飛ばされたのか……。 『俺はジュエリーノベルのジュエリーを研磨しに来た。君たちもガッツリ研磨するぞ!』 メガネを上げてギロリと睨む目が、めっちゃ怖えのな
「すみませーん。すぐそこの作家さんのお宅に行って、思い出したんです。桃瀬先輩の家、ここら辺だったなって」 (へぇ、なるほど。これって絶対わざとでしょ!) 郁也さんは仕事ができるし、見た目もカッコいいし、面倒見だっていい。僕と違って愛想もいいから、誰にでも好かれる。「初めまして、小田桐センセ。俺、桃瀬先輩の同僚で、鳴海マサヤっす」 「ナルミ・マサヤさんね。どうも」 ノートパソコンの前で頬杖ついて、棒読みで返す。(――もう、いいとこだったのに!) 郁也さんが触れた肌がまだ熱くて、切なさが止まらない。その気持ち、きっと顔に出てると思う。 そんな僕をじっと見つめる鳴海さん。 「鳴海、そこら辺に座って待ってろ。涼一に、メシ作ってやらねえといけないんだ」 微妙な空気を無視して、郁也さんがキッチンに行ってしまった。 (困った……知らない人と一緒は、かなり苦痛だ。部屋に逃げるのも失礼だし、郁也さんの同僚なんだから、ちゃんとしないといけないよね) 「小田桐センセ、めっちゃ美人ですね」「は?」 「いや、男性に美人は変か。ビジュアル系バンドのボーカルみたいな、キレイな顔立ちっすね」 (――なんだよその表現!) 眉間にシワ寄せて不快感を表してやった。女々しい見た目が、すっごく嫌なのに。わざとイラつかせる気なんだろうか? 「桃瀬先輩、なんでサイン会断ったんすか? センセのビジュアルなら、大好評間違いなしなのに」 僕の不機嫌な表情をスルーして、鳴海さんがキッチンに移動した。そのことに、ほっとため息をついたら、楽しそうな声が聞こえてきて、余計にイラつく。 「見てわかるだろ、涼一は人見知りだ。誤解を招くから断ったんだ」 「勿体ないっ! ジュエリーノベルの人気作家がこんなにイケメンなら、間違いなく女性読者が飛びつくのに」「だから読者アンケートの抽選で、直筆サインの企画を立てただろ。今、執筆しながらサイン練習中だ」(ふん! 執筆もサイン練習も全然してないもんね!) 心でベロを出しつつ、キッチンの二人をチラ見する。仕事中、こんな感じで喋ってんだ。郁也さんって……。 普段なされる会話と比べて、じわっと寂しさが湧く。 結局僕は仕事相手、編集者からみるとただの商品になる。お金を生む存在に心をかける必要なんて、最低限でいいん
(――マジでムカつくなぁ、もう!) イライラを消化すべく右手親指の爪を噛み噛みし、ノートパソコンの画面に向き直った。「なぁこのBGM、昼間っからなにエロい話を、大音量で流してるんだ?」「ぜんっぜん、エロくないし! むしろ聴いてて、仕事がばりばり捗っちゃうんですけど」 郁也さんは呆れた声で言いながら、着ていた上着をハンガーにかけていく。横目に映るそれを見ながら、同じように呆れた声で返してやった。「あっそ。それは良かったな」 良かったなと言いつつ、口調は全然良さそうじゃない。 口を尖らせる僕を尻目に、袖をぐるぐるとめくって、ネクタイをワイシャツのボタンとボタンの間にねじ込むと、ため息ひとつついて台所に立った郁也さん。「どーせメシ食ってないんだろ。今から作ってやる。ちょっと待ってろ」 いきなりの餌付け宣言――恋人ならまずは、ただいまのちゅーをしたり、抱きしめあったりするんじゃないの。 付き合って、半年以上経ってる僕たち。初々しい気持ちは、どこへやら。なのかな……。『なぁ、キスしてって言ってみ?』 空気を読むのが無理なハズなのに、スピーカーから僕の望むセリフが艶っぽい声で流れる。「涼一、悪いけどそのBGM、ちょっとだけボリューム落としてくれないか? 気になって、包丁の手元が危うくなる」「いやだね。今ちょうどいい、イメージが沸いてきてるんだ。邪魔しないでよ」 とは言ったものの――パソコンの画面は相変わらず某サイトを表示したままで、執筆する気配がないのは、手に取るようにわかるだろうな。 微妙な雰囲気の中、男の甘いため息とリップ音が、室内響きまくった。ドラマの展開的には、もういいコトをヤりまくってますって感じ。『……んっ、はぁはぁ……俺の声が、傍で聴きたいって?』 大音量で聴いているのに、耳元で囁かれるような、切ない声が特大音で流れる。すっごく手が込んでるんだな、思わずドキドキしちゃった。(――だけどドキドキするなら、郁也さんの声でしたいのに)「やっぱ、ダメ。昼間からこんなエロいの聴いてたら、頭が変になる」 よく言うよ。昼だろうが夜だろうが、以前なら関係なく襲ってきたくせに! 郁也さんは僕の傍を足早に通り過ぎ、オーディオの電源をご丁寧にブチ切った。「もぅ、なにやって――」 くれちゃうんだよと文句を言おうとしたけど、それ以上言葉が出
先日いろいろあって落ち込んでいる僕の元に、友人が元気になりますようにと、たくさんのCDを送ってきてくれた。その中の一枚――。「なになにー? 腕枕されながら耳元で甘く囁かれる、ピロトークをどうぞ?」 プレゼントされたCDは、なにかのドラマ仕立てのものらしい、略して腕ピロトーク。(……っていうか、最近は腕枕どころか一緒に寝た記憶が、遥か彼方の記憶なんですが) 僕は恋愛小説家、相手は編集者の関係なので、日々すれ違うことが多い。まぁこの仕事をしてたから、偶然巡り会えたっていうのもあるんだけど――。 付き合った当初は敬語で喋っていたのを、もっと距離を縮めるべく、ため口で話しかけてみたりと、自分なりに努力をした。ラブラブなふたり暮らしの、甘い生活を夢見ていたのに。 これまでのことを考えつつ、送られてきたCDの取説をぼんやりと眺めた。恋愛に苦労している、僕を労ってくれた友人のチョイスに、苦笑いを浮かべてしまった。「ヘッドホン推奨って、ここにはないし。そもそも僕ひとりだけなんだから、必要ないっと♪」 鼻歌混じりに、オーディオへCDをセットする。他の雑音が気にならないように、いつも音楽をかけながら執筆作業をしているんだけど、面白そうなCDだったので、大音量でかけてみた。(ここには誰もいないんだし、映画鑑賞だと思って聴けばいいや!) そしてノートパソコンの前に座り、ネットサーフィン。執筆の意欲が上がるまで、だらだら過ごす。言わば、アイドリング状態と表現しておこうか。 某サイトにアクセスしたとき、スピーカーから魅惑的な艶のある男性の声が響いた。どこかで恋人同士が仲良くデートしているらしく、彼が楽しそうに恋人へ話しかけていく。 ――さすがは声優、演技が上手いなぁ―― 音声はカレシのみで、恋人の声は一切なし。なので一人芝居なのである。声色ひとつで、その場の雰囲気を上手に作っていく演技に、すっごく感心した。「う~ん。僕も同じように、文章でソレを表現しなきゃいけないんだもんなぁ。てか郁也さんとデートしたのって、いつだっけ?」 一緒に暮らす前は気分転換だと、僕をよく外へと連れ出してくれた。今は連れ出してくれるどころか、かごの中の鳥になっている。そんな生活のつまらなさを、みずから再確認してしまい、深いため息をついたとき。『なぁ、ちょっと休憩してく?』 なぁんて甘