(――マジでムカつくなぁ、もう!)
イライラを消化すべく右手親指の爪を噛み噛みし、ノートパソコンの画面に向き直った。 「なぁこのBGM、昼間っからなにエロい話を、大音量で流してるんだ?」 「ぜんっぜん、エロくないし! むしろ聴いてて、仕事がばりばり捗っちゃうんですけど」 郁也さんは呆れた声で言いながら、着ていた上着をハンガーにかけていく。横目に映るそれを見ながら、同じように呆れた声で返してやった。 「あっそ。それは良かったな」 良かったなと言いつつ、口調は全然良さそうじゃない。 口を尖らせる僕を尻目に、袖をぐるぐるとめくって、ネクタイをワイシャツのボタンとボタンの間にねじ込むと、ため息ひとつついて台所に立った郁也さん。 「どーせメシ食ってないんだろ。今から作ってやる。ちょっと待ってろ」 いきなりの餌付け宣言――恋人ならまずは、ただいまのちゅーをしたり、抱きしめあったりするんじゃないの。 付き合って、半年以上経ってる僕たち。初々しい気持ちは、どこへやら。なのかな……。 『なぁ、キスしてって言ってみ?』 空気を読むのが無理なハズなのに、スピーカーから僕の望むセリフが艶っぽい声で流れる。 「涼一、悪いけどそのBGM、ちょっとだけボリューム落としてくれないか? 気になって、包丁の手元が危うくなる」 「いやだね。今ちょうどいい、イメージが沸いてきてるんだ。邪魔しないでよ」 とは言ったものの――パソコンの画面は相変わらず某サイトを表示したままで、執筆する気配がないのは、手に取るようにわかるだろうな。 微妙な雰囲気の中、男の甘いため息とリップ音が、室内響きまくった。ドラマの展開的には、もういいコトをヤりまくってますって感じ。 『……んっ、はぁはぁ……俺の声が、傍で聴きたいって?』 大音量で聴いているのに、耳元で囁かれるような、切ない声が特大音で流れる。すっごく手が込んでるんだな、思わずドキドキしちゃった。 (――だけどドキドキするなら、郁也さんの声でしたいのに) 「やっぱ、ダメ。昼間からこんなエロいの聴いてたら、頭が変になる」 よく言うよ。昼だろうが夜だろうが、以前なら関係なく襲ってきたくせに! 郁也さんは僕の傍を足早に通り過ぎ、オーディオの電源をご丁寧にブチ切った。 「もぅ、なにやって――」 くれちゃうんだよと文句を言おうとしたけど、それ以上言葉が出なかった。頬を赤らめて僕のことを見つめる、困惑した顔がすべてを表している。 「郁也さん……なんて顔してんだよ。普段、エロエロな文章を読んでるクセに」 こんなの序の口だろ、編集者なら。 と言葉を続けたのに、なぜか郁也さんは黙りこんで下を向く。普段から無口な人なので、なにを考えてるのか、全然わからないんだよな。 「あーあ、せっかく執筆熱が上がったのに急降下だよ。誰かさんのせいで」 机に頬杖をついて背中を向けたまま、次々と文句を言ってやる。僕の担当として、それって、さいてーじゃね? 「イヤだったんだ、だって――」 「なぁにが?」 「お前に似てるから。流れている声が、さ」 「はあぁ!?」 (――自分で自分の声がわからない。……つぅか、こんな魅惑的なボイスしていないってば) 「郁也さんあのさ、ちゃんと耳をほじったほうがいいんじゃないの? 僕はこんな声、絶対にしていないって」 相変わらず立ち尽くす郁也さんの傍に行き、憐れみを込めて優しく肩を叩いてやる。そんな僕を、ちらっと振り返って見たんだけど、顔が赤いままだった。 なんかこっちまでムダに、照れが移る。つーか耳をほじった方がいいの、自分だったりするのかな――。 「なぁ、キスしてって言ってみろよ」 「へっ!?」 素っ頓狂な声を上げたら、郁也さんは振り向きながら渋い顔をして腰に手を当てつつ、僕を見下ろした。 郁也さんに言ってほしかったセリフを、どうして自分から言わなきゃならないんだ? 突然すぎてドキドキする暇もなく、しかも僕に強請るなんて、折角のセリフが台無しじゃないか。 「涼一と同じ声かどうか、俺が検証してやる。ほら、早く言え」 そんなものわざわざ検証しなくていいのに、細かいトコにこだわるんだから、まったく――。 「……キス、してよ」 自分から強請るようなセリフを言ったことがなかったから、猛烈にハズカシくて横を向いて言ってしまった。 「…………」 「ちゃんと言ったからね。どうなのさ?」 薄すぎる郁也さんの反応にイライラしながら、向かい合った顔に目掛けて文句を言った刹那、腰に手が回され抱き寄せられた体。うわっと思った矢先に、強引にキスされる。 「……っ……ん、ぁあっ」 遠慮なく唇の隙間から舌をねじり込み、イヤらしく絡んでくるそれに翻弄されて、思わず甘い声が漏れた。 「やっぱ同じ。すっげーエロい声、出てるけど」 「ちっ、違っ」 「あんなBGMを流して、今もそんな声を出して、ワザと俺を煽ってるんだろ?」 嬉しそうに喉で低く笑うと、僕をフローリングの上に組み敷いた上に素早く跨る。見つめてくる視線から、欲情がこれでもかと溢れまくってて、思わず喉を鳴らしてしまった。 背中はちょっとだけ痛いけど、その痛みすら今は快感に変わろうとしていて。 「俺がお前のこと大事に思ってるのに、無神経なことばかりしやがって」 「そんな、こと」 「してる、してる。余裕ぶっこいて俺を見てる態度も、すっげームカつくしな」 言いながらTシャツの裾をめくって、郁也さんの指先が直に肌に触れた。 「やっ……ぁあ」 余裕なんて全然ないのに――触れられた肌が、どんどん熱を持っていき、体中で郁也さんを求めてしまう。 「悪いけど今日は、執筆させられない。今まで我慢した分だけお前を――」 郁也さんは僕の耳元で甘く囁き、髪にキスを落として顔を見つめる。 無理強いな状況にイヤだと文句を言いかけた唇を、しっかり口づけで封印されてしまう。封印された唇に、蕩けるように熱くて、甘いキスをしてくれた。 両腕を首に絡めて求めながら、身を委ねていたら――。 ピンポーン、ピンポーン! その音にお互い、顔を見合わせる。 (――このタイミングでの来客、お願いだから無視してほしい!) そう思ったのに来訪者は遠慮なく。非情にもピンポンを押し続けたのであった。(――マジでムカつくなぁ、もう!) イライラを消化すべく右手親指の爪を噛み噛みし、ノートパソコンの画面に向き直った。「なぁこのBGM、昼間っからなにエロい話を、大音量で流してるんだ?」「ぜんっぜん、エロくないし! むしろ聴いてて、仕事がばりばり捗っちゃうんですけど」 郁也さんは呆れた声で言いながら、着ていた上着をハンガーにかけていく。横目に映るそれを見ながら、同じように呆れた声で返してやった。「あっそ。それは良かったな」 良かったなと言いつつ、口調は全然良さそうじゃない。 口を尖らせる僕を尻目に、袖をぐるぐるとめくって、ネクタイをワイシャツのボタンとボタンの間にねじ込むと、ため息ひとつついて台所に立った郁也さん。「どーせメシ食ってないんだろ。今から作ってやる。ちょっと待ってろ」 いきなりの餌付け宣言――恋人ならまずは、ただいまのちゅーをしたり、抱きしめあったりするんじゃないの。 付き合って、半年以上経ってる僕たち。初々しい気持ちは、どこへやら。なのかな……。『なぁ、キスしてって言ってみ?』 空気を読むのが無理なハズなのに、スピーカーから僕の望むセリフが艶っぽい声で流れる。「涼一、悪いけどそのBGM、ちょっとだけボリューム落としてくれないか? 気になって、包丁の手元が危うくなる」「いやだね。今ちょうどいい、イメージが沸いてきてるんだ。邪魔しないでよ」 とは言ったものの――パソコンの画面は相変わらず某サイトを表示したままで、執筆する気配がないのは、手に取るようにわかるだろうな。 微妙な雰囲気の中、男の甘いため息とリップ音が、室内響きまくった。ドラマの展開的には、もういいコトをヤりまくってますって感じ。『……んっ、はぁはぁ……俺の声が、傍で聴きたいって?』 大音量で聴いているのに、耳元で囁かれるような、切ない声が特大音で流れる。すっごく手が込んでるんだな、思わずドキドキしちゃった。(――だけどドキドキするなら、郁也さんの声でしたいのに)「やっぱ、ダメ。昼間からこんなエロいの聴いてたら、頭が変になる」 よく言うよ。昼だろうが夜だろうが、以前なら関係なく襲ってきたくせに! 郁也さんは僕の傍を足早に通り過ぎ、オーディオの電源をご丁寧にブチ切った。「もぅ、なにやって――」 くれちゃうんだよと文句を言おうとしたけど、それ以上言葉が出
先日いろいろあって落ち込んでいる僕の元に、友人が元気になりますようにと、たくさんのCDを送ってきてくれた。その中の一枚――。「なになにー? 腕枕されながら耳元で甘く囁かれる、ピロトークをどうぞ?」 プレゼントされたCDは、なにかのドラマ仕立てのものらしい、略して腕ピロトーク。(……っていうか、最近は腕枕どころか一緒に寝た記憶が、遥か彼方の記憶なんですが) 僕は恋愛小説家、相手は編集者の関係なので、日々すれ違うことが多い。まぁこの仕事をしてたから、偶然巡り会えたっていうのもあるんだけど――。 付き合った当初は敬語で喋っていたのを、もっと距離を縮めるべく、ため口で話しかけてみたりと、自分なりに努力をした。ラブラブなふたり暮らしの、甘い生活を夢見ていたのに。 これまでのことを考えつつ、送られてきたCDの取説をぼんやりと眺めた。恋愛に苦労している、僕を労ってくれた友人のチョイスに、苦笑いを浮かべてしまった。「ヘッドホン推奨って、ここにはないし。そもそも僕ひとりだけなんだから、必要ないっと♪」 鼻歌混じりに、オーディオへCDをセットする。他の雑音が気にならないように、いつも音楽をかけながら執筆作業をしているんだけど、面白そうなCDだったので、大音量でかけてみた。(ここには誰もいないんだし、映画鑑賞だと思って聴けばいいや!) そしてノートパソコンの前に座り、ネットサーフィン。執筆の意欲が上がるまで、だらだら過ごす。言わば、アイドリング状態と表現しておこうか。 某サイトにアクセスしたとき、スピーカーから魅惑的な艶のある男性の声が響いた。どこかで恋人同士が仲良くデートしているらしく、彼が楽しそうに恋人へ話しかけていく。 ――さすがは声優、演技が上手いなぁ―― 音声はカレシのみで、恋人の声は一切なし。なので一人芝居なのである。声色ひとつで、その場の雰囲気を上手に作っていく演技に、すっごく感心した。「う~ん。僕も同じように、文章でソレを表現しなきゃいけないんだもんなぁ。てか郁也さんとデートしたのって、いつだっけ?」 一緒に暮らす前は気分転換だと、僕をよく外へと連れ出してくれた。今は連れ出してくれるどころか、かごの中の鳥になっている。そんな生活のつまらなさを、みずから再確認してしまい、深いため息をついたとき。『なぁ、ちょっと休憩してく?』 なぁんて甘
*** 気だるい――だけど嫌な気だるさじゃない。満たされて、ふわふわした幸福感が確かにある。「……大丈夫か?」 掠れた声で、郁也さんが聞いてくる。「うん、大丈夫。ありがと……」 僕も掠れた声で答える。久しぶりだったから、思った以上に乱れちゃって……それがすっごく恥ずかしい。「大丈夫か。なら、もう一回な」 「え?」 「お前、自分の言ったこと忘れてねえよな? 『好きなだけ食べていい』って言っただろ」 (確かに……そんなこと言っちゃった!)「もっと感じさせてやる。覚悟しろよ」 艶っぽく笑う郁也さんの顔が、ぐっと近づく。慌ててその顔を両手で押さえた。「ま、待って! 締め切り!」 「はぁ?」 「今ここで体力を使い果たしたら、締め切りに間に合わなくなっちゃうよ!」 編集者の郁也さんを止めるには、これが一番効くはず! 説得力ありまくりの言葉を聞いた郁也さんが一瞬固まり、じとっとした目で僕を見る。「……わかった。締め切りが優先だ」 かくてその後、コンテストの締め切りまで情事を封印した僕たち。必死で書き上げて、なんとか間に合わせた! しかも郁也さんとの恋愛のおかげか、応募した作品が大賞を受賞! 作家としてデビューが決まった。 デビューを機に、郁也さんと一緒に暮らすことになったけど―― 。「もうこれで、うだうだ言わせねえぞ。締め切りに間に合わせつつ、しっかりお前の体も堪能させてもらうからな」 ニヤリと笑う郁也さん、ものすごく恐ろしいこと言う! 「えっと……ほどほどにしないと、書けなくなっちゃうかもよ?」 「大丈夫。ほどほどの力加減で、たっぷり抱いてやる。ふふ」 お預けしてた分を、徴収する気が満々らしい。しょうがないと諦めてこの身を差し出したけど、その影響で執筆した作品の糖度が爆上がりしたのは、言うまでもない。
「お先に風呂、頂きました。どうもありがとう」 カレーをお腹いっぱい食べて風呂を先に済ませ、パジャマ姿でリビングに戻った僕。それまで「アレ」を意識しないように、料理に夢中になったり、つい喋りすぎたりしてた。でも郁也さんがどんどん無口になって難しい顔をするから、どうしていいかわからなくて……。(――正直、この状況を持て余してる!)「ビール飲むか?」 「えっ⁉ いや、えっと大丈夫です」 あたふたする僕を見て、郁也さんが口元を綻ばせる。柔らかい笑みを浮かべて「じゃあこれな」とオレンジジュースのペットボトルを手渡してくれた。 「それ飲んで、待っててくれ」 頬をそっと撫でるように触れて、浴室へ消えていく。触れられた頬が、じんわり熱い。ちょっと触られただけで、ドキドキが止まらない。体がカッと熱くなる。 さっきだって、調理中にキッチンでいきなりキスされた――「今すぐお前が欲しい」って、ひしひし伝わる、気持ちのこもったキスだった。 口では「気持ちの整理ができてる」って言ったけど、完全にはできていない。抱かれたい思いと不安が、ごちゃ混ぜになってる。 キレイじゃない僕を、郁也さんはどんなふうに抱いてくれるんだろ。いや違う。どんな気持ちで、僕を愛してくれるんだろうな。 はぁっと深いため息をつき、不安を振り切るようにペットボトルの蓋を開け、オレンジジュースを一口飲む。甘酸っぱさが体に沁みまくった。「やだやだ、考えすぎて頭がぐるぐるしてる。こういうのは、なるようにしかならないのに」 テーブルにペットボトルを置き、ソファの上で膝を抱えたまま横になる。 すごく居心地がいい――この家に来てから、妙な安心感がある。きっと、家中に郁也さんの香りがするから。まるで体と心を包み込んでくれるみたいな感じ。 自分の家より落ち着けるなんて、ほんとにすごいな。「……幸せって、こんな身近にあるんだ」 お風呂上がりのポカポカ感と安心感で、うつらうつらしてしまう。「げっ! こんなとこでガチ寝してるし!」 遠くで郁也さんの声が聞こえた。あ、もうお風呂からあがったんだ。「涼一、慣れないことして疲れたんだな。困ったヤツ……」 文句を言いながらも、その声はすっごく優しい。つい口元が緩む。 「なんの夢を見てんだ? 随分と幸せそうな顔をして」 僕の顔を覗き
真剣な顔でジャガイモを握り、ピーラーを使ってちまちま皮を剥く涼一。隣で肉を切りながら、すっげぇ可愛いなとつい見惚れてしまう。 「どうしてだろ、郁也さんみたいに大きく皮が剥けないよ。ピーラーの角度が悪いのかな?」 スーパーでたくさん話をしたら、涼一の敬語口調が抜けて、今は自然に会話することができた。それが嬉しくて微笑まずにはいられない。「ほら、こうやるんだ」 後ろに回り、涼一の両手をそっと握って、ゆっくりピーラーを動かして見せた。 「わ、すごい! 郁也さん、すっごく上手!」 涼一はジャガイモの皮がスルッと剥けただけで、大はしゃぎする。そのことに思わず笑い出したら、振り返って唇を尖らせた。「そんなふうに笑わないでよ! すっごく嬉しかったのに!」 「可愛い顔して怒るなって、な?」 尖った唇に、ちゅっとキスを落とす。 「んっ……」 両手にジャガイモとピーラーを握ったまま動けない涼一を、後ろからぎゅっと抱きしめ、そのまま深いキスに持ち込んだ。 「ん~っ、んんっ!」 なにやら文句を言ってるみたいだけど、そんなもんは華麗にスルー。今まで我慢してきた分、思いっきり味わってやる! ここぞとばかりに舌を絡ませ、吸いあげるように翻弄しようとした瞬間だった。 ガンッ! 「痛っ!」 涼一が俺の足の甲を思い切り踏んできた。あまりの痛さに仰け反るしかない。 「もう! 僕が真面目にやってるのに、邪魔しないでよ!」 「ご、ごめん……つい、な」 怒られても、なんか楽しくて仕方ない。でも容赦ない涼一、ちょっと怖えかも……。「僕、ちゃんと気持ちの整理ができてる。だから逃げも隠れもしないよ。いきなり襲うのやめてよね」 「ああ、わかった」 「味見はカレーだけでいいんだから。あとで好きなだけ、僕のことを食べればいいじゃん」 そう言って、またジャガイモの皮を剥き始める涼一。(コイツ、今めっちゃ大胆なことを言った自覚あんのか? 俺、ほんとに好きなだけ食べちまうぞ!) その言葉を想像しただけで、体がムダに熱くなる。やばい、困ったことになった。「顔を真っ赤にしてないでさっさと肉を切らないと、晩ご飯が間に合わないよ。大丈夫、郁也さん?」 調理中の俺に、ため口で偉そうに指示する涼一。(なんだこの関係……これからの俺たち、
善は急げってことで僕はお泊り道具を手に、郁也さんの家に向かうことになった。 「晩メシ、なにが食いたい?」 「んー、ベタだけど……カレーかな」 「了解。じゃあ帰りに、スーパーで買い物してくぞ」 ふたり並んで近所のスーパーへ。真剣な顔で野菜を手に取る郁也さんを、ついじっと見つめてしまう。 (やっぱり、すごくかっこいいな。このニンジンになりたい、なんて……) そんなバカなこと考えてたら―― 。「お前、普段のメシってどうしてんの?」 郁也さんからの唐突な質問に、ちょっと迷った。こんなことを言ったら、絶対ドン引きされること間違いなし!「えっとですね……お腹がすいたら、冷蔵庫のスポーツドリンクで誤魔化したり、みたいな?」 「は⁉」 「大丈夫です。ちゃんとカロリーメイトとかで、栄養も摂ってますので!」 慌てて付け加えると、郁也さんは呆れた顔で僕を見る。「それ、メシじゃねえだろ。どうりで顔色が悪いわけだ。ったく……」 でも、その口調はすごく優しい。責めてるんじゃなくて、なんか心配してくれてるみたい。「涼一、野菜で嫌いなもん、なにかある?」 「基本、好き嫌いはないです」 「そっか、よかった。今夜のカレーは、野菜たっぷりの栄養満点なやつにするからな」 ふわりと笑って、僕の頬をそっと撫でてくれる。その手だけで、顔がカッと熱くなった。 「郁也さん」 「ん?」 「ありがとう。ほんと、なにからなにまでお世話をかけてしまって」 恥ずかしくて顔を上げられないけど、ちゃんと伝えなきゃ。「これは俺のエゴだ。好きな奴の世話をして、喜ぶ顔が見たいだけだから」 「僕、郁也さんのそういうところ、すっごく好きです」 「ぶっ! お前、急に直球投げんなよ! 心臓がいくつあっても足りねえ!」 苦笑いしながら、カートをガラガラ押して咳払い。照れ隠しがバレバレで、なんか可愛い。 (いや、さっきの言葉って、ベタすぎると思うのにな。正直なところ、直球ってほどでもないのに)「家に着いたら、お前も料理手伝えよ。一緒に作ると、うまさが倍するからな」 嬉しそうに言う郁也さんに、「はい!」って即答した。その後もふたりで並びながらいろんな話をし、買い物を楽しんだのだった。