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第157話

Author: 魚ちゃん
「お腹が空くのは?」

「ここ数日、すごく食べていることに気づいていた」

明里は不思議そうに彼を一瞥した。

潤が自分がどれだけ食べているか気にかけていたなんて。彼が気にかけるべき人は、陽菜ではないの?

「何が食べたい?」

潤の声が彼女の思考を引き戻した。

明里は一瞬遅れて答えた。「何でもいいわ。好き嫌いはないから」

「唐揚げは?」

明里はしばらく黙ってから言った。「唐揚げ以外にも食べ物があるのよ」

潤も数秒沈黙してから言った。「でも、お前が食べたいのは唐揚げだとばかり思っていた」

明里は車窓の外に目を向けた。

冬は荒涼とした景色が広がり、緑地帯の植物でさえ灰色がかっている。

「適当に食べていいわ」と彼女が言った。

潤は車を発進させ、近くのレストランへ向かった。

まだ早い時間で、店内には客がほとんどいない。二人が個室に入ると、しばらく無言で向かい合った。

何度か目を上げると、潤が自分を見ているのに気づく。明里は目を伏せたまま、気づかないふりをした。

二品と汁物を注文すると、すぐに運ばれてきた。

潤はまず彼女にスープを盛り、手元に置いた。

明里は小さく礼を言い、食事を始めた。

彼女はゆっくりと、美味しそうに食べていく。元々食欲のなかった潤も、つられて少し箸をつけた。

彼女が箸を置くと、潤が水を注いで差し出した。「話せるか?」

明里が言う。「お腹いっぱいになったら眠くなるの」

「だから最近、夜あんなに早く寝てたのか」と潤がハッとした。

「ええ、妊娠してから、すごく眠くなるのよ」

「じゃあ先に家に帰ろう」潤が言う。「眠りたいなら寝ていい。他のことは気にするな」

明里が尋ねる。「あなたは?」

二品と汁物は二人でほぼ平らげたが、潤は明里ほど食べていなかった。

潤が頷く。「もう腹いっぱいだ」

「じゃあ行きましょう」

入口に向かいながら、明里は振り返って店内を一瞥した。

彼女が二品と汁物を注文すると言った時、潤は止めもせず、また追加注文もしなかった。

大輔なら、食べきれなくても何品も頼むだろうに。

明里が不意に口を開く。「持ち帰りできるかしら?」

潤の足が止まり、振り返った。「ほんの少ししか残ってないのに、持ち帰る必要があるのか?食べたいなら、また作らせる」

「いいわ」明里は顔を向け直す。「行きましょう」

潤が会計
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