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第5話

Penulis: 魚ちゃん
明里は手招きをした。「おいで」

すると、吉田菜々子(よしだ ななこ)は笑顔で駆け寄ってきて、手に持っていた差し入れを明里に差し出した。「ほら、あげる」

菜々子も研究所に勤めているが、彼女は核心的な内容には触れることができない立場だった。

「ありがとう」明里は菜々子から差し入れを受け取りと座らせた。「数日休んで、どうだった?」

菜々子は家の用事で、数日間休みを取っていたのだ。

彼女は頷いた。「全部片付いたよ」

二人はしばらく話していたが、やがて菜々子は明里を見て、何か言いたそうにもじもじしていた。

明里は彼女にお菓子を渡した。「これ美味しいから食べてみて。何かあるならはっきり言ってよ、なんでそんなに言いづらそうにしてるの」

菜々子は俯いた。「私、昨日、潤さんを見かけたの」

明里はきょとんとして、少し意外に思った。「どこで見かけたの?」

潤は普段会社にいるし、たとえ外出しても、会員制の場所に行くことがほとんどだったからだ。

「ペットショップで」菜々子は彼女の顔色をうかがった。「陽菜さんと一緒にいて、二人は……恋人みたいだった」

陽菜はポメを飼っていて、可愛らしくてきれいな犬だった。

菜々子は明里の顔色が悪いのに気づき、さらに言葉を続けた。「こういうこと、私もあなたに隠したくなくて。明里、あなたたちが結婚してもうこんなに経つのに、彼、どうしてまだ……どうしてあんなことができるの?」

明里は何も言わず、顔は真っ青で、まつげが微かに震えていた。

菜々子は眉をひそめ、彼女の手を握った。「明里、あなたはこんなに素敵な人なのに、どうして……」

明里は微笑んだ。「菜々子、大丈夫。全部知ってるから。数日休んだんだから、仕事がたくさん溜まってるでしょ。早く仕事に戻って」

「じゃあ、お昼は一緒に食べよう」

昼食の時、菜々子はあれこれと話しかけてきたが、明里は何も耳に入らなかった。

菜々子はとうとう諦めてため息をつき、彼女に尋ねた。「何か悩みでもあるの?私に話してくれない?」

明里は菜々子を見つめ、どこか途方にくれたような目をしていた。「菜々子、あなたは私を……どう思う?」

「それは素晴らしいと思ってるに決まってるでしょ!」菜々子はためらわず、心から彼女を褒めた。「あなたほど優秀な人、私は見たことないよ!」

「違うの、専門分野のことについて」

「専門分野?それだって十分すごいじゃない!」菜々子は言った。「研究所で一番若いのに、このプロジェクトは最も重要視されてる。あなたの代わりにできる人なんていないんだから」

明里は首を振った。「私はそんなにすごくない。それにいろいろ至らないところも沢山あるし」

「それは仕方ないよ。完璧な人なんていないんだから」

「菜々子、私、博士課程に進みたいの」

菜々子は驚いた。「あ、あなた……やっと吹っ切れたの?」

明里は十六歳ですでに、トップレベルの物理学科を有する名門大学に受かっていた。

その後、教授である・高田健太(たかだ けんた)に才能を見出され、自身の優秀な成績もあって、同大学の大学院に推薦され進学した。

大学院を卒業する年、健太は彼女に博士課程への進学を勧めたが、明里は断った。

結婚することになったからだ。

彼女のその決断に健太は激怒し、彼女を自己中心的だと罵り、恋愛のことしか頭になかったのかと叱責した……

この二年間、明里が研究所で上げた実績は誰もが認めるところだが、それは健太の期待には遠く及ばなかった。

明里もまたずっと健太の指導を無駄にしてしまったと感じて、連絡を取る勇気もなかった。

しかし、最近になって……

彼女の、恋愛一色だった心が、学問の道へと揺れ動き始めたのだ。

離婚して、再出発する。そして、自分の心に従い、好きな専門分野を追求するのだ。

明里はうなずき、静かに、「うん」と返事をした。

菜々子は彼女をよく知っていた。明里は普段、穏やかで話し方も優しいが、一度決めたことは、非常に頑固に貫き通すタイプなのだ。

そして、誰にもその決意を変えることはできないのだ。

菜々子は言った。「いいことじゃない。高田先生は学術界の権威だし、彼に付いていくならたくさんのことを学べるよ」

「ただ……先生がまだ私を受け入れてくれるか分からない」

「受け入れてくれないわけないじゃない!」菜々子はそう言ってから、暗い表情になった。「私みたいなのは先生もいらないでしょうけど、あなたみたいな優秀な人は、みんなが欲しがるに決まってるよ」

明里は彼女の手を握った。「何言ってるの?あなたも私も同じよ、あなただってすごく優秀じゃない!」

菜々子は笑った。「明里、頑張ってね!いい知らせを待ってるから!」

だが、二人がそれぞれのプロジェクトチームに戻ると、菜々子の顔から笑顔が消えた。

一方で、明里はそのような決断を下した以上、もうためらわず、オフィスに戻るとすぐに健太に電話をかけた。

しかし、相手は電話に出なかった。

となると、明里もそれ以上電話をかける勇気がなかった。

先生がまだ自分に腹を立てているのではないかと怖かったからだ。

やはり、直接会いに行くべきなのだろう。

午後五時過ぎ、彼女は潤からメッセージを受け取った。たった一言、【戻ってこい。引っ越すぞ】と。

明里は手元の仕事に目をやり、彼に返信した。【戻れるのは、たぶん二時間後くらいになる】

彼女がスマホを置き、仕事に戻ろうとした途端、また着信音が鳴った。

手に取って見ると、陽菜がグループチャットを作り、二宮家の全員を招待していた。

そして彼女は一枚の写真をグループに投稿し、さらに明里を個別にメンションした。

【明里さん、潤さんの荷物はもう全部運んできたよ。あなたはいつ来るの?】

写真は明里と潤の部屋で撮られたもので、潤が洗面用具を置いているところだった。彼のその手は、陽菜が撮ったものだ。

彼女はそれを家族のグループチャットに投稿し、公然と見せつけた。

それを見た明里は力がぬけたように笑い、再びスマホを脇に置いた。

仕事を終えたのは八時近かった。彼女は急いで荷物をまとめ、雲海レジデンスに戻った。

実際、荷造りするものはそれほど多くなく、洗面用具と普段着る服が数着だけだった。

明里は小さなスーツケースに荷物を詰め、そして二宮家の屋敷へと向かった。

車を停め、トランクから荷物を取り出そうとすると、突然、一連の子犬の鳴き声が遠くから近づいてきた。

ポメはとても美しい犬種で、ふわふわの白い毛に覆われ、まるで子狐のようだった。

体も大きくなく、小さくて可愛らしい。

しかし、このポメは明里に向かって激しく吠え立て、声は明らかに拒絶と敵意に満ちていた。

明里はもともと小動物が好きだったが、これほど激しく吠えられると、さすがに動けなくなってしまった。

明里が動かないでいると、ポメはますます激しく吠え、距離を詰めてきた。その凶暴な様子に、彼女は思わず一歩後ずさった。

だが、明里が後ずさった途端、ポメは突然飛びかかってきて、彼女に噛みつこうとした。

明里は驚き、本能的に足を上げてそれを蹴り飛ばした。

ポメはもともと小型犬で、重さは三キロほどだった。明里の一蹴りで、数歩後ろに飛ばされた。

彼女はそれ以上攻撃してこないようにと、力を加減したつもりだった。

「モモちゃん!」

明里が顔を上げると、陽菜が駆け寄ってくるところだった。

彼女の後ろには潤がいて、冷たい視線をこちらに向けていた。

陽菜はポメを腕に抱きしめ、まず心配そうに全身を確かめてから、目を赤くして明里を見た。「明里さん、私に何か不満があるなら直接言って。モモちゃんはこんなに小さいのに、蹴り飛ばされたら死んじゃうでしょ?」

明里は胸を押さえ、まだ動悸が収まらなかった。

彼女はポメが突然襲いかかってくるとは思ってもみなかった。普通、このようなペット犬が自ら人を攻撃することはまずない。

犬は大きくないが、飛びかかってきたときは、やはり怖かった。

明里は震える声で口を開いた。「噛みつこうとしてきたの」

潤が大股で近づいてきた。「ただの子犬じゃないか。明里、いつからそんなに臆病になったんだ?」

陽菜は二人が話しているのを見て、すぐにポメを抱きしめて潤に寄り添った。「潤さん、今はそんなこと言わないで、早くモモちゃんを病院に連れて行って!」

それを聞いて、明里は一人でスーツケースを引きずって屋敷に入った。

彼女は自分の荷物を片付け、シャワーを浴びてからベッドに横になった。そして少し考え、さらに横に十センチほど移動した。

幅二メートルの大きなベッドで、明里が占めるスペースは三分の一にも満たなかった。

どれくらいの時間が経ったか分からないが、潤が戻ってきた。彼がベッドでおとなしく眠る彼女を見ると、表情はいくらか和らいでいた。

しかし次の瞬間、明里がベッドの端できちんと横になっているのを見て、自分と意図的に距離を置き、はっきりと境界線を引いていることが分かった。

すると、潤の顔つきは、とたんに険しくなった。

彼もベッドに横になると、明里に背を向けた。二人の間には、もう一人寝られそうなほどの距離が空いていた。

明里は目覚ましが鳴るまでぐっすり眠った。

以前、二人が雲海レジデンスにいた頃、彼女は潤が朝何時に起きるか知らなかった。

とにかく目を覚ます頃には、潤はほとんどの場合もういなかったからだ。

しかし今回は、明里が目を開けると、少し様子が違うと感じた。

腰のあたりが熱い。潤の手のひらが素肌に触れているのだ。

そして彼女が触れていた肌は、硬すぎず柔らかすぎず、極上の手触り……それは潤の胸だった。

明里が目を開けると、潤のたくましい胸筋が目に飛び込んできた。

そして顔を上げると、男と目と目が合った。

明里は急に恥ずかしくなり、すぐに彼を突き放そうとした。

しかし、潤は明里の手を掴むと、そのまま彼女を自分の下に押さえつけた。

明里は一瞬にしてパニックに陥った。「何するの?」

だが、相手は何も答えなかった。

彼女にとって、夫婦の営みは情と愛の結合であるべきだと考えていた。

しかし、愛情のない親密な接触は、獣と何が違うというのか?

だが、どうやら潤にとっては、情と欲は完全に切り離せるもののようだった。

明里は潤のキスをされるがまま受け入れたが、その瞳はひどく冷え切っていた。

潤も動きを止め、その目は一見淡々としていたが、秘められた鋭さは彼女を容赦なく突き刺した。

「なんだその表情は?俺と結婚しておいて、誰かのために操でも立てるつもりか?」

そう言い残し、彼はベッドから降りて浴室に入っていった。

明里は数秒間静かにしてから、手を伸ばして布団を引き寄せ、自分の体を覆った。

自分は彼にとって一体、何なのだろう?

妻という存在は、彼にとって一体何なのだろうか?

どうでもいい相手ってことか。

おそらくそれはただ、潤の心に自分がいないというだけのことなのだろう。

二宮家の朝食は、家族全員で一緒に食べるのが決まりだった。

明里が階下に降りてくると、食卓は和やかな雰囲気に包まれていた。

しかし、彼女の姿を見ると、陽菜はすぐに緊張した様子を見せた。「明里さん、お、お願い、モモちゃんを蹴らないでもらえる?お願い」
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