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1-4.Zen@mi(1/3)

last update Last Updated: 2025-07-08 06:00:21

 六月三十日零時。今夜は月末では珍しいストロベリームーンの満月。

「ハッピーバースデー、あたし」

 これで法的に成人だ。同時にけたたましい着信音がVR空間に響き出した。

「ハピバー、夏波ぃー」「ナツナミちゃん、お誕生日おめでとう」

 チャットに知った顔の動画がすごい勢いで表示されている。普段しゃべらない人ばかりの、ほぼほぼ定型の義理動画だけど、ないより嬉しい。

 それから全部に返事し終わったのは二時過ぎだった。

 早速十八才最初のロックイン。これまでは学校でVRの授業があるか確認してたけど、今後はそれがあっても3時間の余裕があるから気兼ねなく利用できるのが楽。家のVR端末から「園芸部」の開発ブースにアクセスして、いくつかあるプロジェクトルームの中から、今一番熱いヤオマンHD向けの「六道園」プロジェクトを開く。十六夜を呼ぼうか迷ったが、こんな時間だし、おそらく伊礼社長がロックインして来るからやめにしておく。

「六道園」プロジェクトは、ヤオマンHDから依頼を受けてやっている。きっかけは一年時の文化祭で枯山水をゴリゴリバース内に情景展示したのを伊礼社長が観て気に入ってくれたことだった。その後すぐ、社長直々に園芸部のルームにアクセスして来て枯山水プロジェクトの立ち上げを打診してくれ縁(えにし)が深まった。その後、枯山水プロジェクトが軌道に乗ったのを機に、二年の春、ヤオマンHDが受託した辻沢町景メタバース移植プロジェクトでの庭園生成をあたしたち辻女園芸部に委託してくれたのだった。その一環として宮木野神社の園庭構築もあったのだが、今は20年前に倒壊した町役場にあった日本庭園「六道園」をメタバース内に再生中なのだ。それが「六道園」プロジェクトの内容だ。十六夜とあたしとしてはこのプロジェクトをやり遂げて起業の着火剤にするつもりで頑張っている。期日は十二月末。時間がない中での「支配からの卒業(死後構文)」は大きい。

 ロックインしたVR空間に広がるのは美しい日本庭園。f値のアンジュレーションが効いた緑の絨毯の先に白い州浜。清浄な水をたたえる苑池の中央に築山が浮かんでいる。開発環境なので全体が真っ白い壁に囲われているけれど、本番では辻沢の西山地区が借景となる仕組だ。ヤオ

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     冬凪が草陰の怪しげな姿を指して、「あの人知ってる」言った。向こうもそれに気づいて大きな木の後ろに隠れたけれど、あたしにもその顔がハッキリと分かるくらい緩慢な動作だった。まるで見られても平気と言っているよう。「誰なの?」そっちをじっと見つめる冬凪に聞いた。「知り合い。以前は鬼子だった人。あの人はずいぶん前にヒダルに取り憑かれてしまった」クロエちゃんがさらに付けてして、「きっと宿主の体がそろそろ死ぬから次の体を探しているんだよ」クロエちゃんは山道を歩きながら鬼子とヒダルの関係を話してくれた。行旅死亡人の残留思念と言われるヒダルは、他人の魂を吸い取って体を乗っ取り、その人に成り代わる人外だ。それに対し鬼子の魂は、舟にのる人のように体から体を乗り変えて前世、現世、来世と生まれ変わってゆく。それは鬼子の体が魂の入れ物を意味するけど、ヒダルにしてみれば乗っ取りやすい存在となって鬼子に群がるらしい。これまで多くの鬼子がヒダルに体を乗っ取られてきたため、鬼子の最後はヒダルと諦めてしまっている人までいるそう。「そんなことないのに」クロエちゃんは寂しそうに言った。四ツ辻に着いたのは8時を回ったところだった。「ここも結界になっててね」あたしもそれはなんとなく感じた。集落に入った途端に木の芽の香りを感じたからだった。それは山椒農家の集落だからというだけではない気がした。冬凪があたしの手を引いて、「こっちだよ」と案内をしてくれる。いつになく楽しそうだ。ここは冬凪が夏休み前に山椒摘みのボランティアで来た場所で、前から仲良くしてもらっている紫子さんがいる。その紫子さんの家に向っているからだろう。 坂の上の大きな茅葺き屋根の家の玄関先で冬凪が、「紫子さーん。夏波連れて来たよー!」 めっちゃ大きな声で叫んだ。すると奥から出てきたのは藤色の和服姿の女性で、びっくりするくらい綺麗な、というかこの人……。あたしが声が出なくて黙っていると、冬凪が、「分かった? そうだよ。この人が」 まで言ったのを、その和装の女性

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