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1-6.人柱の内実(2/2)

last update Last Updated: 2025-07-11 17:51:24
 中身を読むと冬凪の言いたいことが分かった。

 昭和の始め、ある農村の橋の工事に従事したが、軟弱な地盤と頻繁に起こる出水のために基礎が何度も流されて工事が難航した。繰り返すやり直し工事に資金も尽きて惣太さんは工事自体を放棄しようというところまで追い詰められてしまっていた。そんな惣太さんを助けるため奥様のヨネさんも故郷の親戚に6人の子供たちを預け、乳飲み子一人連れて飯場に住み込み、飯の炊き出しや洗濯などの手伝いをしていたのだった。ある日の休憩時、一天俄に掻き曇り大粒の雨が降って来た。その時、干していた作業員の洗濯物を取り込もうと外に走り出したヨネさんを落雷が直撃する。おんぶしていた娘ともども即死だったそう。突然の不幸に落胆する惣太さん。六人の子供たちに母親と妹の死を報告するため一旦は田舎に帰ったけれどそれもつかの間、工事現場に戻り破綻覚悟で作業を続けることにした。ところが、それからというもの嘘のように出水もなくなり工事も順調に進んで橋は工期ぎりぎりで見事に完成した。農村の人たちはそれを母娘のおかげとし、有志の女性たちの発案によって橋のたもとにお地蔵さんを建て「母娘(ははこ)地蔵」と名付けて慰霊碑とした。

「母娘の犠牲で橋が完成する。なるほどこれは人柱だね」

「後付けだけど話柄がね。昔話や口承では、先に人を生き埋めにしたり水に沈めたように伝わってるけれど、現実にはこういうことだったんじゃないのって思う」

「ゼンアミさんも本気で人を埋める気なんてないって事かな」

「まあ、AIだからリファレンス次第だと思うけども」

 冬凪はそう言うとあたしの手から紙本を取り上げて、

「少し寝る。昨日は徹夜だったんだ」

 と、テーブルの上に積み上げた紙本を抱え、自分の部屋へ戻るため階段を上って行ってしまった。

 人柱のことはともかく、肝心の「辻沢の鬼子」はスルーされたと感じたのはあたしの思い過ごしだろうか?

 二階から冬凪が、

「そうだ。夏休みのバイトどうする?」

「まだ決まってない」

 張り上げ気味で返事をする。冬凪もあたしもお小遣いはもらっていないのでバイトをしなければカフェテラスの10円アイスも買えないのだけれど、学業優先、バイトは長期休暇だけ、がミユキ母さんの方針なので夏休みは大事な稼ぎ時だった。ヤオマンのプロジェクトのほうはロッ
夜野たけりゅぬ

読者の皆様、いつも本当にありがとうございます 明日(7/12)の更新は 3回(朝7時、昼12時、19時)です 「帰って来た」辻川町長の登場です 最新の更新情報については X(@yorunotakeryunu)もご参照ください よろしくお願いします(* ˊᵕˋㅅ)

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