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2-37.調由香里の首(2/3)

last update Last Updated: 2025-08-13 11:00:59

 あたしが調レイカの心配をしていると、冬凪がヒソヒソ声で、

「調レイカが要人死亡事案の鍵を握っているようなの」

 と言ってきた。そうなんだ。あたしには関係なさそうと思ったのだけれど、さらに冬凪が調レイカについて教えてくれて考えが変わった。

 長男さんの双子の妹、調レイカは辻女バスケ部連続失踪事件当時のマネージャーで、事件のショックから高校卒業後すぐに辻沢を出て行ったのだそう。なら被害者の辻川ひまわりとは知り合いってことになる。明日会ったらどんな人か聞いてみよう。

 高倉さんは相変わらずあたしたちを置いてきぼりにして話したいことを話し続けていた。

「出来れば、お嬢様がお戻りになる前に由香里奥様のご遺体を完全な形で取り戻したいのです。まだお母様のご遺体まで盗まれたことを申し上げられていなくて。お首のありどころは見当がついているのですが、お体の方はと言いますと、これが皆目」

 頭は分かっているんだ。警察が管理しているとかなのかな? 

「いいえ。警察はすでに捜索を諦めています。以前に噂になった場所なのですが、きっとそこなのではと」

「それはどこなんです?」

 高倉さんは、その時初めてあたしの目をじっと見つめて、

「雄蛇ヶ池です」

 調由香里が亡くなってすぐ、雄蛇ヶ池の北端あたりの水底が光ているのが発見された。何か沈んでいると通報を受けた警察はダイバーを使って捜索を続けたが、池の底には何も見つからなかった。おそらく光の加減によっておこる自然現象ということで水底の捜索は打ち切られた。

「でも、日が沈んでも消えないものが光の加減っておかしいでしょう? それどころか、深夜になってその光が水面に浮かび上がってきたのを見た者がいたそうで。その者が言うには、光に包まれて浮き上がってきたものは、それはそれは美しい女神様のお顔だったそうなんです。由香里奥様は辻沢始まって以来のお美しい方。由香里奥様のお首に間違いございません」

 辻川ひまわりが指摘した人柱がある場所と高倉さんが思い込んでいる調由香里の首が沈んでいる場所が、同じ雄蛇ヶ池だという。これは偶然の一致なのか。人柱が何なのかさえ分からず、スケキヨなんて言っていた今のあたしたちにとってみれば、水
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     高倉さんにお別れをしてホテルに戻ることにした。辻バスに乗るためバス停に向かおうとしたら、豆蔵くんと定吉くんが、「「ううあう」」 冬凪が、「豆蔵くんと定吉くんがバスは嫌だってから歩こう」 と翻訳して言った。少し遠いけど、まあ、二人の気持ちも分からなくないし、あたしも切ない二人を見るのは嫌だから賛成した。 お屋敷街は高い石垣や植え込みがずっと続く。まるで迷路の中ような道を北を目指して歩く。垣根の間の空を見上げるとお日様が西に傾き始めていた。つい癖で時間を確かめるためリング端末を見ようとしてしまった。何も反応がなく、指についているのはただのアクセサリーだった。光の加減から推して3時ごろだろうか。「今何時?」冬凪が足を止めてスマフォを取り出し、「3時過ぎたところ。どした?」「いや、これから明日の夕方まで暇だなって」 それを聞いて冬凪は、「体調はどう?」 あたしは放心状態になったことなどすっかり忘れるほど快調だった。「全然いいよ。今からでも雄蛇ヶ池に行けそうなくらい」 すると冬凪はあたしの顔や体を見まわして、「本当?」「本当だよ」「なら、今から捜索再開しない? 辻川ひまわりと鞠野フスキにも連絡して」 異存はなかった。高倉さんから聞いた、光の浮かび上がる現象が深夜である以上、三日の予定のあたしたちには今夜しかチャンスがないからだった。「いいよ。スマフォ貸して」 あたしが広報兼町長室秘書エリとある連絡先に電話をかけると、「夏波? 復活したんだ」「今夜、人柱を探しに行く」「わかった。暗くなったら雄蛇ヶ池で」 電話が切れたので鞠野フスキにも連絡した。「了解しました。5時になったらホンダ・バモスTN360で雄蛇ヶ池の北端に向かいます」 バッキバキのスマフォを冬凪に返して、「豆蔵くんと定吉くん、ごめん。辻バスに乗らなきゃになった」「「う」」 と言った大男と武者髭男を見ると。気のせいか二人とも目に涙を浮かべているように見えたのだった。

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     あたしが調レイカの心配をしていると、冬凪がヒソヒソ声で、「調レイカが要人死亡事案の鍵を握っているようなの」 と言ってきた。そうなんだ。あたしには関係なさそうと思ったのだけれど、さらに冬凪が調レイカについて教えてくれて考えが変わった。 長男さんの双子の妹、調レイカは辻女バスケ部連続失踪事件当時のマネージャーで、事件のショックから高校卒業後すぐに辻沢を出て行ったのだそう。なら被害者の辻川ひまわりとは知り合いってことになる。明日会ったらどんな人か聞いてみよう。 高倉さんは相変わらずあたしたちを置いてきぼりにして話したいことを話し続けていた。「出来れば、お嬢様がお戻りになる前に由香里奥様のご遺体を完全な形で取り戻したいのです。まだお母様のご遺体まで盗まれたことを申し上げられていなくて。お首のありどころは見当がついているのですが、お体の方はと言いますと、これが皆目」 頭は分かっているんだ。警察が管理しているとかなのかな?「いいえ。警察はすでに捜索を諦めています。以前に噂になった場所なのですが、きっとそこなのではと」「それはどこなんです?」 高倉さんは、その時初めてあたしの目をじっと見つめて、「雄蛇ヶ池です」 調由香里が亡くなってすぐ、雄蛇ヶ池の北端あたりの水底が光ているのが発見された。何か沈んでいると通報を受けた警察はダイバーを使って捜索を続けたが、池の底には何も見つからなかった。おそらく光の加減によっておこる自然現象ということで水底の捜索は打ち切られた。「でも、日が沈んでも消えないものが光の加減っておかしいでしょう? それどころか、深夜になってその光が水面に浮かび上がってきたのを見た者がいたそうで。その者が言うには、光に包まれて浮き上がってきたものは、それはそれは美しい女神様のお顔だったそうなんです。由香里奥様は辻沢始まって以来のお美しい方。由香里奥様のお首に間違いございません」 辻川ひまわりが指摘した人柱がある場所と高倉さんが思い込んでいる調由香里の首が沈んでいる場所が、同じ雄蛇ヶ池だという。これは偶然の一致なのか。人柱が何なのかさえ分からず、スケキヨなんて言っていた今のあたしたちにとってみれば、水

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    「ありがとうございました」 20年後と印象が全く変わらない高倉さんが言った。あたしたちが調邸に着いてすぐ業者さんが張り替え用の絨毯を届けに来た。それを二階の一番奥の部屋まで運んだついでに、敷くのをみんなで手伝ったのだった。「由香里奥様はここで亡くなりました」 冬凪が、調由香里は自宅で殺害され首なしで発見されたと言っていたのを思い出した。殺害現場か。この部屋に入って陰気な気分になったのは、やたらと多いドア鍵のせいばかりではなかったんだ。「奥様の首は未だに発見されていませんが」 廊下を歩きながらも高倉さんのお話が止まらない。「ご遺体も持ち去られてしまいました」 それは初耳だった。じゃあ、お葬式も挙げられなかったのかな。「いいえ、お葬式の時にはあったのですが、終わってみたら何者かによって」 そうだったんだ。だからさっきお線香あげた祭壇に写真立てしかなかったんだ。でも、写真のお顔、異次元の美しさだった。アルカイックスマイルに冬の月のような瞳。写真に吸い込まれそうになったもの。「犯人が憎うございます。捕まえたら私が一番に八つ裂きにしてこうしてああしてべしゃん、です」 このころの高倉さんのお話にはアクロバチックな動作が入るよう。「ここだよ。四宮浩太郎の隠し部屋」 冬凪が踊り場にある小扉を指して言った。「辻沢やヴァンパイア関連の書物やビデオがいっぱい置いてある」「そりゃ、冬凪にとっては宝の山だね」「そうなの。由香里さんはここを出入り自由にしてくれたんだ。ここなら安全だからって」 それを受けて高倉さんが、「この部屋だけはお坊ちゃまも入られませんので」 どういうこと? 冬凪を見ると、「ご長男さんがひきこもりで、たまに出て来ては問題起こすんだって」(小声) あー、DV的な感じだ。「中から鍵が掛かるしかけ?」「ううん。結界になってるからって」 ご長男さんって、いったい何者? リビングに戻って来た。先ほどもそうだったのだけれど、巨大なソファーには豆蔵くんも定吉くんも腰掛けないで立ったままだ

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     冬凪たちの所に戻って、 「用件、おわっちゃった」 「どういうこと?」  それで冬凪にヤオマン御殿で会った高倉さんのことを、宮司の奥様だと言ったことも含めて話した。 「調家のお手伝いさんしてる人も高倉って名前の人だった。年のころも同じくらいで、いつも和服とかもイメージ一緒」 「とっても綺麗な人なんだけど、どこかで見たことあるような」 「そうそう。あたしも会った時そう思った」  ということで、冬凪とあたしは調家に行ってみることになったのだった。 「これから調家に行くけど、豆蔵くんたちはどうする?」 「「うう」」 「行くって」  なんで冬凪には豆蔵くんと定吉くんの言葉が分かるのだろう。  調邸が建っているのは元廓の爆心地だ。もちろん今、目の前にあるのは白いコンクリ建ての美術館のようなお屋敷だけれど、5ヶ月後、この建物が隣の前園邸もろとも吹っ飛んでなくなるなど誰が想像できるだろう。  冬凪が真っ黒い鋼鉄製の門扉の横にあるインターフォンを押した。 〈♪ゴリゴリーン〉  少しの間があって、 「はい。どちら様でしょうか」 「いつもお世話になっています、フィールドワーカーのサノクミと申します。今日は高倉様にお話を伺いに参りました」  声が明るくなって、 「わざわざありがとうございます。いま、門扉を開けますね」  インターフォンを通してだけど高倉さんの声に似ている気がした。  重厚な響きをさせて門扉が開くと、青々とした芝生の中に白いスロープが続いていた。 「サノクミ?」  スロープを並んで歩きながら聞いてみた。 「鞠野フスキがつけてくれたこっち用の名前。これがとっても使い勝手がいい名前で、鞠野フスキの紹介で調由香里さんに初めて会った時、まるであたしを前から知ってるみたいに歓待してくれたんだよね。四ツ辻の紫子さんの時もそうで、不思議だった」  冬凪が調家をどうやって知ったかと思ったら、そういうことだったんだ。あたしのコミヤミユウはどうなんだろう。人に好かれる名前だといいけれど。 「何で鞠野フスキは別の名前を付けるんだろ?」

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-36.鬼子の名前(2/3)

     石段が濡れているせいか、それとも森閑とした杜の雰囲気のせいなのか、一歩一歩上るごとに静謐な気持ちになってゆく。こんな感覚は、辻沢再生プロジェクトで十六夜とVR内の宮木野神社にロックインしていた時には感じなかった。……十六夜。足を止めて後ろを振り返る。そこからは辻沢の町並みが見渡せた。N市のベッドタウンとしての新しい町並みの中に、戦国時代の前から続く古い町並みが取り込まれているのが見て取れた。その古い町並みが辻沢遊郭のあった場所で、そこからさらに南にあるのがお屋敷街の元廓(もとくるわ)だ。そこに、十六夜がいるヤオマン御殿があるはずなのに見当たらない。そうだった。20年前はまだないのだ。元廓で大爆発があった後に建てられたって高倉さん言ってたし。「元廓の爆心地が出来るのっていつだっけ?」 少し先を上っていく冬凪に聞くと、足を止めずに、「この時点から4ヶ月後の9月末。その前の7月末の深夜に役場倒壊事故があって、未明に六道辻の爆心地が出来る」 まるでスケジュール表を見ているかのように返してきた。要人死亡事案を調べている冬凪にしてみればその瞬間に立ち会いたいと思うはずなんだけれど、今のところ20年前以外関係なさそうだった。「どうして5月の辻沢にあたしを連れてきたの?」 冬凪は足を止めて振り返り、「実は、あたしにも分からないんだよ。千福まゆまゆさんに夏波を連れていらっしゃいって言われて着いたら今ここだっただけなんだ」「土蔵で日程三日って言ってたから」 てっきり冬凪が主導しているのだと思っていた。「あー、アレ? 荷物のせい。あの量だと三日がせいぜいと思ったから」 そういう事だったの?「じゃあ、千福まゆまゆさんに聞けば分かる?」 冬凪は顎に指を置くいつものポーズになってしばらく考えていたけれど、眉間に皺を寄せるばかりで何も思いつかないと言った風で黙ったままだった。そしてようやく口を開いて、「そうでもなさげなんだよね」 マジか。冬凪が感じてたふわふわ感って、そういう所からなんじゃ。  石段を登り切ると、目の前に武者髭男の真っ赤な顔が目に飛び込んで来た。それは石畳

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-36.鬼子の名前(1/3)

     ヤオマン・BPCで一番お肉を食べたのは豆蔵くんでも定吉くんでもなく、冬凪だった。こんな食べたっけと目を疑ったし、そもそもガテンは肉より麺が好きとか言ってた子はどこへ行ったのか?「次はどこへ行く?」 今日一日時間を持て余すと分かっていたから冬凪が提案した。あたしはそれに応えて、 「宮木野神社行きたい」 せっかくだからお参りしたかったのと、宮司の奥さんと言ってた高倉さんに会えるかもしれないからだった。豆蔵くんも定吉くんも異存はないよう。 あたしたちは再び、辻バスに乗ってバイパスを駅方面に向かった。ここでも豆蔵くんと定吉くんはルーティンを繰り返し、あたしはまたも切ない気持ちで二人を見る羽目になった。〈♪ゴリゴリーン 次は宮木野神社前です。宮木野と志野婦は双子の姉妹、昔なかよし今犬猿の仲。お降りの方は姉の機嫌を損ねぬようお気を付けください〉 宮木野神社前のバス停に降り立つと、すぐ目の前に大きな朱色の鳥居が立っている。この鳥居はよく見ると三本足で、二本の柱の真ん中にもう一本、横棒からすこし下がった所で切れた形である。これは志野婦神社も同じ。「辻沢の神社ってどこも三本柱なんでしょ」 冬凪に聞くと、「そうだよ。四ツ辻の山の中にある奥の院なんか、三本目も地面についてる」「なんで三本なの?」「夕霧太夫に関係あるって紫子さんが言ってた。知らんけど」(死語構文) 紫子さんは冬凪が親しくしている四ツ辻の山椒農家さんで、夏休み前に山椒摘みのお手伝いに行っていた。 鳥居をくぐると売店や駐車場のスペース、奥に石垣があって、そこから緑の生い茂った小山の最上部まで傾斜のキツい100段の石段が続いている。急に、それまで隊列を崩さなかった豆蔵くんと定吉くんが石段の袂まで進み出て身をかがめた。そして豆蔵くんが振り向いたので冬凪が、「スタート!」 合図をした途端、二人は怒濤のごとく石段を駆け上っていった。爆発的な脚力で石段が崩れるんじゃないかと思わせる勢いで、二人とも数十秒で踏破してしまった。「あたしたちが上がっていくまで何してる気かな」 冬凪が秒で、「筋トレ」 

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