黒髪の女性が立ち去ってすぐ、部屋の外から話し声が聞こえてきた。一人は作左衛門さんの声のようで、もう一人は女性の声だった。
「お客様はどこです?」「そこの居間で待ってるよ」 奥の木襖が開いた。そこに明るい色の和服を着た女性が正座していて、「いらっしゃいませ」と言って頭を下げた。髪もきちんとセットされていてとても清楚に見えた。良家の奥様といった感じ。冬凪もあたしも崩していた足を直して頭を下げた。「千福ミワと申します。まゆなとまゆのの母です」 と頭を上げた顔を見て驚いた。精気のあるなしを無視すれば、黒髪の女性とそっくりだったからだ。どういうこと? と横を見ると冬凪もびっくりした様子でミワさんのことを見つめていた。 まず鞠野フスキから、「私は辻沢女子高の教頭の鞠野と申します。この子たちは生徒で100周年史の編纂を担当しています。はいご挨拶」「100周年史編纂室長の三年、サノクミと申します。よろしくお願いします」 100周年史編纂室? そんなの今初めて聞いたんだけど。冬凪の対応力エグい。「コミヤミユウといいます。よろしくお願いします」 さっきのように何か言われるかと思ったけれど特になさそうで、ミワさんは、「もう辻女も100周年になるのか」 と感慨深げな様子。鞠野フスキが続けて、「突然ですが、辻沢女子高校のOBとしてインタビューを受けていただければと思いまして。蘇芳様にも先日来よりお願いしていましたが、今日は千福ミワ様が偶然こちらにいらっしゃると聞きまして」 千福ミワさんは、「あたしなどに話すことがあるんでしょうか? 双子を産むのなんて辻沢じゃよくある話ですし」 辻沢には双子がよく生まれるのは事実だ。それがヴァンパイアの血筋と関係があって、特に女子の双子の場合どっちかがヴァンパイアだという言い伝えがある。今回はそこを掘り下げるのかと思ったら、ミワさんから、「そうか。ナナミやあたしに聞きたいって事は、あのことですよね?」 あのこととは、「辻女バスケ部員連続失踪事件」 冬凪がいうと、「まゆこの時点から22年前、調家で男女の双子が生まれた。レイカとその兄だ。辻沢のヴァンパイアは、女子の双子が生まれるとどちらかがヴァンパイアになるが、男女の場合は両方がなると言われている。六辻家筆頭ながら久しくヴァンパイアがいなかった調家では、当主の家刀自(由香里の母)が二人を確実にヴァンパイアにするため、同年生まれの双子を「餌」として飼うことにした。幼い身に大量の血を与えるとショックを起こしかねないので徐々に摂取量を増やす計画だった。その餌として選ばれたのがひまわりとミワだ。二人は毎週末お友だちの家に遊びに行くと言って調家に通わされたが、その実態はレイカとレイカの兄に血を与えるため目の前で瀉血させられていたのだった。「ひまわりとあたしの実家はチダルっていう家柄でね」 と空に指で漢字の「血」の字を書いて「木偏に尊厳の尊って書く樽で血樽」とミワさんが説明すると、ナナミさんがそれを引き継いで、「ヴァンパイアの餌の家系と言われている。自分たちはヴァンパイアにはならないけれど、因子は受け継いでるから極上の血なんだそうだよ。六辻家で双子が生まれると同じ年に双子が生まれるって属性までついてね」「でも、そんな生活から由香里さんが救ってくれた」 小学校に上がる直前、それまで家刀自の言いなりだった由香里が二人を解放した。ひまわりとミワのことを哀れんでのことだったらしい。レイカの兄をヴァンパイアにしてしまったことを悔いてというのもあったのだそう。「レイカさんはその時、ヴァンパイアにはならなかったんですね」「そうだね。あいつはならなかった。でも一度なりかけたみたいなんだ。その時、六道辻にあった調家が爆発炎上して家刀自とレイカの父親が死んだ」 それって、高倉さんが話していたヒカの隣にユカが引っ越す原因になった火災のことだろうか。「爆発とヴァンパイアってどんな関係があるんですか?」 冬凪がインタビュースキルを発動して正面突破な質問をする。ナナミさんは、「爆発オプションなんて持ってるヴァンパイアはいないはずなんだけどね。ただ、由香里さんがレイカのことバクダンって言ったのが単なる比喩でないのは感じてる」 ミワさんが笑顔のまま、「今ちょうどレ
10時半を回った頃、冬凪とあたしは眠くなってしまって、これ以上待てそうにないと鞠野フスキに言ったら千福ミワさんに電話をしてくれた。「出て来てくれるって」 しばらくすると雑居ビルの出口に二人の女性が現れた。「こっちです」 鞠野フスキがホテルの玄関前で手を振って女性たちを呼び寄せた。ロビーに現れたのは、千福ミワさんと蘇芳ナナミさんだった。ミワさんは今朝、でなくこの間に会った時とは違って、長い黒髪を下ろしたカジュアルな格好をしていて大きな胸が目立っていた。まゆまゆさんのママだものな。と思いつつナナミさんを見ると、ダッドキャップこそ被っていなかったけれど、刈り上げショート髪に上背と肩幅、木の芽がプリントされた白Tに黒のレザーパンツ姿はやっぱりアニキ。 二人は冬凪とあたしの前のソファーに腰掛けた。「度々すみません。この子たちがまだ聞きたいことがあると」 と鞠野フスキが言いかけるとナナミさんが、「その設定、もういいよ。こんな時間にJKがインタビューって可笑しいだろ(笑)」 と言った。ミワさんは酔っているのか顔が赤く、ぼんやりとした笑顔で、「この方たちはどなた?」 とナナミさんに聞いた。「この間、インタビューをしに来たJKだろ。会わなかったのか?」「そうね。会ったような、会わなかったような」 とおぼつかない返事をした。そのミワさんの様子にナナミさんが、「またか。お前、それ時々なるな。やっぱりあのジーさんの所、引き払ったがよくないか?」「そうしたいけど、まゆまゆたちがいるから」「っても、会えてないんじゃ」 ミワさんはそれにはまったく反応しないで、「あの子たち、何歳になったんだっけ」 とあの黒髪の女性のような口ぶりで言った。あたしは周りの色が褪せてないか、音が遠のいて聞こえてないか確かめるためロビーを見渡した。でも、変わりなかった。「4月生まれだから、まだ2ヶ月ちょっと」「そっか」 ナナミさんがあたしたちに向いて、「ごめんね。こいつ時々変になるんだよ。多分、千福のジジーのせいだと思うんだけど。
調レイカはヤオマン・インの目の前の雑居ビルに入って行った。乗り込んだエレベーターの表示を見ていると3階に停まったので雑居ビルの案内板から「居酒屋 ひさご」に入ったことが分かった。そこが女子会会場のよう。わざわざ詰められに来たとは気の毒なことだ。鞠野フスキは最初は何とか合流するつもりでいたようだったけれど、そもそも高校生が入っていい場所でないと知って、「諦めよう」「先生。今回のミッションって女子会に参加することなんですか?」「いいや。今回も爆弾を作った人に会うことだよ。前回それが千福ミワさんと分かって、今回は丁度女子会をしているから、そう言っただけ」 なんだ。別に女子会にこだわらなくてもよかったんだ。それならば女子会終わりを待とうとなって、ついでだからヤオマン・インに部屋を取ってロビーから雑居ビルの出入りを見張ることにした。 しばらくそうしていたらまた冬凪が、「あれ響先生なんじゃない?」 駅前通りの人混みを足早に近づいて来る紺のスーツズボンに黒のパンプスを履いた女子を指した。その人は、あたしが知ってる響先生よりずっと若く見え、短髪の前髪の下から覗く瞳がギラギラしていて何かに怒っているように見えた。それはいつ行ってもニコニコ話を聞いてくれる保健室の主とは全く違う姿だった。 響先生が雑居ビルのエレベーターに入って行ったあと鞠野フスキが、「夕ご飯は食べてきたのかい? 千福ミワさんはしばらく出て来ないだろうから、食べてないのなら買って来るけど」 と言った。時間を見るともう9時を回っていた。でも冬凪もあたしも「さっき」山椒のおにぎりをお腹いっぱい食べたばかりだったから、あたしは、「大丈夫です」 と言ったのだけど、冬凪は、「あ、あたしも行きます。夏波、スイーツ買ってきてあげるね」 と鞠野フスキとロビーを出て行った。 あたしは一人になって、この間豆蔵くんが踏ん反り返っていたロビーのソファーに座った。そこから駅前通りを辻沢の人々が行き来するのをぼんやり見ていた。この中にヴァンパイアがどんだけ紛れ込んでるんだろう。普通に見えるこれらの人のうちに生き血を啜る怪物がかなりの頻度でい
「やあ、藤野姉妹。今度は5日ぶりだ。これから女子会にお邪魔しに行くよ」 鞠野フスキは楽しそうだ。おめかしもしてる。「女子会って、例の?」「そう、バスケ部OB会」 調レイカを詰めるってあれか。行きたくないな。「行かなきゃダメですか?」「今回のミッションだから」 いつからお使いクエスト制になった?「でも、バスケ部OB会なら響先生とか遊佐先生もいるかもしれないですよね。顔バレしたらまずくないですか?」 冬凪も出たくないのか、クリティカルな攻撃を出してくれた。「その2人はよく知ってる先生なのかい?」「夏波の担任と保健の先生です」「そうなるとさすがに偽名では誤魔化せないか。残念」 鞠野フスキはこっちが申し訳なくなるくらいがっかりした様子だった。でも冬凪もあたしもテンションだだ下がりのおじさんのための回復魔法なんて知らない。「行かなきゃ会えないんですよね」「まあ、それはそうだけど」「じゃあ、近くまで」 と冬凪が言うと、いきなり回復して、「全速力で行きましょう」 と決め台詞でぶちあげたのだった。 バモスくんでのろのろと辻沢駅前まで移動した。朝、コンビニで掛けたはずの幌が外されていて後部座席は吹きさらしに戻っていた。「幌、もう外したんですか?」 と聞くと、「ここ何日かお天気続きでね」 そう言われて鞠野フスキにとっては「今朝」のことではないのだと気づかされた。 辻沢駅付近の青物市場は昔は名前通りだったけれど、今は跡形もなく地名だけになってヤオマンHD旧本社ビルがあったりする。その近くのコインパーキングにバモスくんを停めて駅前まで歩いて女子会の開催場所を探した。「たしか駅前通りの店って言ってたんだけど」 店の名前は教えて貰ってないそう。「千福ミワさんと連絡先を交換したんじゃないんですか?」「何度か詳しいことを聞こうとしたんだけど、教えてくれなくてね」 それって向こうも来て欲しくないって事なんじゃ? しば
鞠野フスキにお別れをして白い土蔵の中に入ると、白まゆまゆさんが迎えてくれた。「「母に会っていただけましたか?」」 二重音声での最初の言葉がそれだった。「はい。お元気でした」「「それは何より。何か変わったことはなかったですか?」」 一瞬、別世界へずれ込んだ時に現れた黒髪の女性のことを考えたけれど、それが本当に千福ミワさんと同一人物なのか分からなかったから黙っていた。「今回は忘れてしまいましたが、次会った時メッセージ動画を撮って来るというのはどうでしょう?」 と言うと冬凪はいいねをしてくれたけど、白まゆまゆさんは慌てた様子で、「「メッセージ動画はいけません。母が私どものことをなんと思うか分かりませんので」」 そうか。千福ミワさんにとってまゆまゆさんたちは赤ちゃんだから、娘さんたちにメッセージをどうぞと言われてスマフォを向けられたら混乱してまうに違いない。「それならば盗撮してきます」「「そうしてください。楽しみに待ってます」」 盗撮を楽しみってのは、ちょっとヤバい感じがするけれど場合が場合だからいいとしょ。 冬凪が白まゆまゆさんにスマフォを返した後、あたし、冬凪の順に白市松人形の中に入った。そして二人順々に黒まゆまゆさんに迎えられ、「「それでは五日後に。ご無事でお戻り下さい」」 と来た時と同じ事を言われた。たしか前に帰ってきた時は、「「無事のご帰還、おめでとうございます」」 だった。まあ、あまり気に掛けずに黒まゆまゆさんに別れを告げると再びバッキバキのスマフォを渡された。冬凪がそれを普通に受け取っていたから、あたしはバッキバキを修理してって意味だろうと勝手に納得して黒土蔵を出た。外に出てみると夜だった。空には下弦の月がぶら下がっているのが見えた。さらには竹林の広場の真ん中にバモスくんが停まっていて、運転席から鞠野フスキが手を振っていた。「どういうこと?」「帰して貰えなかったみたい」 まだやることがあるということだと冬凪は言ったのだった。
ナナミさんの止まらない話の合間に冬凪が質問を放り込む。「それ調レイカさんのことですか? そしてその襲われたっていうのは調由香里さん」 ナナミさんはちょっと驚いた表情になって、「レイカのこと知ってたんだ。そう調レイカだよ。辻沢に嫌気が差して逃げ出したくせにママが死んだら遺産目当てに帰ってきた。よかったら紹介するけど。あ、今度バスケ部OBで女子会するからその時来るといいよ。のこのこ出てきたら詰めてやろうと思ってるから」 詰めるって。怖すぎる。そんな女子会出たくない。 蘇芳家を出たのは1時過ぎだった。「次来るときは山椒摘み手伝ってな」 と見送ってくれたナナミさんと握手をしてバモスくんに乗り込んだ。「全速力で行きま(ry」(死語構文) バモスくんがめっちゃゆっくり進みだした。「爆弾作った人って、まゆまゆのお母様だったね」「おっぱい飲ませて爆弾ってどういう意味だか分からなかったけど」 それを聞いた運転中の鞠野フスキが後ろを振り向くから、悪路にタイヤを取られて山椒の木に激突しそうになって、「危ない! 前向いて」 と言われて前を向きハンドルを切り直した。「蘇芳さんが血を大量に飲ませるとヴァンパイアになるって言ってたでしょ。おっぱいも血からできてるから代用物になると考えると、ミワさんは調レイカをヴァンパイアにしようとしてるんじゃないかな」 たしかに調レイカは20年後に会った時はもうすでにヴァンパイアみたいだった。年格好もあたしたちと変わらなかったし、今のこの辻沢が発現した時ということもありえないことではない。でもあたしには、理屈が通っているようでいて内容が斜め上すぎる話でついて行けなかった。たとえそれが正解だとしても、ヴァンパイアが爆弾という意味がどうも呑み込めなかった。 バイパスに出た頃、冬凪の荷物でスマフォが鳴った。取り出すとバッキバキのやつで、「まゆまゆさんから」 と言って出た。「はい。わかりました。これからそちらに向います」 と切って、「戻ってきなさいって」「これから? まだ1日も終わってないの