雑居ビルのエレベーターを譲り合って乗って、扉が開いた先が「ヤオマンガリータ」だった。今夜も前のように客が少なかった。案内の人に、
「待ち合わせなんですけど」 「あちらでお待ちです」 この間と同じ一番奥の席で手を振っていた。鞠野フスキは席に着くまで冬凪とあたしのことを見比べていて、 「お揃いコーデだね」 シミラールックって言っても分からなさそう。 席に座ると、前来た時は何とも思わなかった鞠野フスキの後ろの絵が気になった。その絵では沢山の人が太い透明なチューブに吸い込まれていて、その後ろで魔法使いが巨大な光を背負っていた。それがあの時の光のようだった。 「あ、これかい? これはウイリアム・ブレイク作でダンテの神曲「地獄篇」の挿絵だよ」 鞠野フスキが説明してくれた。イタリア繋がりで飾ってあるんだろうとも。 人数分のお水とメニューが運ばれてきた。、冬凪がすぐメニューを開き、 「お肉料理って」 給仕さんが冬凪のメニューのページをめくって、 「こちらに各種ハンバーグがございます。ステーキのページはこちらです」 ちらっと鞠野フスキを見てから、 「黒毛和牛のタリアータがお勧めです」 鞠野フスキが「どこ?」と言ったので冬凪が自分のメニューを見せた。 「いいよ。大丈夫」 懐具合を確認する感じで返事をした。 料理が運ばれてくるのを待つ間、爆発の時のことを聞いた。 「千福ミワさんと夏波くんが洋館に入ってから」 鞠野フスキが話し始めた。 屋敷から道路にひしめいていた蛭人間たちが一斉に敷地の中に押し寄せだした。それは何かに命令されたかのように統制された動きだった。 「それで上空に何かいるって気がついたの」 冬凪が鞠野フスキの後ろの絵を見つめながら言った。ブレイクの絵にある光の中に人のようなものが描かれていた。 それは大きな翼を広げて洋館を見下ろしていた。格好が似ていたから辻川ひまわりだと思ったけれど、あとでミワさんに聞いたらそうではなく養父の辻川町長だという。辻川町長はヴァンパイアだった。さらに蛭人間は辻川町長が殺した屍人「そのレイカを使って辻沢をひっくり返すあらしたちの計画が向こうにバレてるらしい」 その後、洋館から蛭人間が逆流し始めた。その流れの中にあたしとミワさんが現れて二人で垣根を伝って道路に出てきた。そしてあの光の爆発が起こった。 「不思議なことに爆発の影響は敷地の中だけだった。それは光の球が敷地を越えるか越えないかの所まで広がって一瞬で収縮したから」 何かを光の中に捉え呑み込んだように見えたのだそう。その後はミワさんとあたしの救出をしていて周りの事は分からなかったそう。 「光を使ったのは誰なんですか?」 「ミワさんも分からないと言っていた。でも辻川町長ではなさそうだよ」 辻川町長は光を見て逃げ出したように見えたのだそう。 「生ハムサラダのお客様」 冬凪が手を上げた。給仕の人が、 「生ハムサラダが、一枚、二枚、三枚」 「あたし頼んでないけど」 と言うと、冬凪が三枚目も引き寄せて、 「全部あたし」 給仕の人が続けて、 「四枚、五枚、六枚、七枚、八枚」 「番町皿屋敷か!」 鞠野フスキがよく分からない突っ込みを入れた。 冬凪が生ハムとルッコラ&レタスをそれぞれ一つの皿にまとめ空になった皿を重ねた。そして生ハムを全部フォークでぶっさすと、 「お先に頂きます」 と一度で口に入れてしまった。目をつむってもぐもぐしてる姿はまるで生ハムを主食とする草食動物のようだった。 あたしが頼んだナポリタンと鞠野フスキのラザニアのあと、冬凪が注文した黒毛和牛のタリアータが運ばれて来た。大皿に血が滴る牛肉のスライスが盛ってある。冬凪は大皿ごと抱え込んで肉の切り身を二、三枚まとめて口に入れると、再びタリアータを主食とする草食動物と化した。 「あたしもお出かけしたい」 ってのは、これか。冬凪おま、単にお腹空いてただけだな。 食事を終えてカプチーノ(シナモンで!)を飲みながら続きを話した。 「ミワさんは、今度の六辻会議で辻川町長を倒し、町役場にとらわれの身になっている辻川ひまわりを助ける、その最終兵器にするため調レイカにはヴァンパイアになっても
雑居ビルのエレベーターを譲り合って乗って、扉が開いた先が「ヤオマンガリータ」だった。今夜も前のように客が少なかった。案内の人に、 「待ち合わせなんですけど」 「あちらでお待ちです」 この間と同じ一番奥の席で手を振っていた。鞠野フスキは席に着くまで冬凪とあたしのことを見比べていて、 「お揃いコーデだね」 シミラールックって言っても分からなさそう。 席に座ると、前来た時は何とも思わなかった鞠野フスキの後ろの絵が気になった。その絵では沢山の人が太い透明なチューブに吸い込まれていて、その後ろで魔法使いが巨大な光を背負っていた。それがあの時の光のようだった。 「あ、これかい? これはウイリアム・ブレイク作でダンテの神曲「地獄篇」の挿絵だよ」 鞠野フスキが説明してくれた。イタリア繋がりで飾ってあるんだろうとも。 人数分のお水とメニューが運ばれてきた。、冬凪がすぐメニューを開き、 「お肉料理って」 給仕さんが冬凪のメニューのページをめくって、 「こちらに各種ハンバーグがございます。ステーキのページはこちらです」 ちらっと鞠野フスキを見てから、 「黒毛和牛のタリアータがお勧めです」 鞠野フスキが「どこ?」と言ったので冬凪が自分のメニューを見せた。 「いいよ。大丈夫」 懐具合を確認する感じで返事をした。 料理が運ばれてくるのを待つ間、爆発の時のことを聞いた。 「千福ミワさんと夏波くんが洋館に入ってから」 鞠野フスキが話し始めた。 屋敷から道路にひしめいていた蛭人間たちが一斉に敷地の中に押し寄せだした。それは何かに命令されたかのように統制された動きだった。 「それで上空に何かいるって気がついたの」 冬凪が鞠野フスキの後ろの絵を見つめながら言った。ブレイクの絵にある光の中に人のようなものが描かれていた。 それは大きな翼を広げて洋館を見下ろしていた。格好が似ていたから辻川ひまわりだと思ったけれど、あとでミワさんに聞いたらそうではなく養父の辻川町長だという。辻川町長はヴァンパイアだった。さらに蛭人間は辻川町長が殺した屍人
冬凪とあたしは鞠野フスキが運転するバモスくんで駅前まで行った。ここまでくる間の辻沢の街中は、あんなに大きな爆発が起こったというのに人の往来はいつもと変わらなかった。 ヤオマンホテルにチェックインする時フロントの人が、 「藤野様、いらっしゃいませ」 と普通に挨拶しながら体を少しのけぞらせて驚いた。初めは今朝チェックアウトしたばかりの二人がもう戻って来たからかと思ったけれど、この人にしてみたら10日ぶりのはずで変だなと、フロント横の鏡で自分の格好を見たら茶色一色で土属性キャラだった。 そりゃーのけぞるはなと代金を払いキーを貰って部屋に向った。 鞠野フスキは冬凪とあたしを送ったら辻女に帰るつもりだったようだけれど、あたしが爆発の時のことを詳しく聞きたいと言ったのでバモスくんをコインパーキングに置きに行った。 後ほどスマフォに連絡をくれる。その間に、冬凪とあたしはシャワーをすませることにした。 冬凪が夏波からどうぞと言ってくれたので失礼して先にシャワーさせて貰った。 土砂が口から耳から靴や下着の中まで浸入中で、体を流したお湯は茶色く染まっていた。それでも命が助かったのは、冬凪が土砂の暴力性を理解していたからだった。 遺跡調査で土砂による事故のことはよく聞いていたし、冬凪自身も崩落した少量の土砂にぶつかって吹き飛ばされたことがあったのだそう。 それでミワさんとあたしが埋まったとき、体の調子が悪いのに咄嗟に動いて土砂山にとりつき中から引きずり出してくれたのだった。 「鞠野フスキは何してたの?」 バスルームの外にいる冬凪に聞いた。 「活躍してたよ。バモスくんからエンピ持って来て。でも中の夏波を傷つけちゃうから手で掻き出して貰った」 エンピの先が鋭利な刃物になっているのは、この間の江本さんの件で知っている。 あた
天井と頭の上の空間を通して屋敷の奥の部屋が見えた。大きな物体が部屋の中をゴロゴロと移動していた。近づくとそれが蛭人間が集まって丸くなった塊だと分かった。中から鋭い爪をした鈍色の腕が突き出ていたのでそういう生き物なのかと思ったけれど、それは中に丸め込まれた別の生き物の腕で、自分にへばりついた蛭人間を剥がそうと藻掻いているのが分かった。蛭人間は、まるでミツバチがスズメバチを熱殺する蜂球のように、別の生き物に何体もで取り付いて大きな肉塊を作っていたのだった。その時、上部の蛭人間が剥がされて中にいるものの顔が見えた。金色に光る目をしていた。銀牙がむき出しになっていた。咄嗟にあたしは、「レイカ!」 と呼びかた。金色の瞳がこちらを見た。鉛色の肌をしたその顔にガーリーな面影はなかったけど、それが既にヴァンパイア化した調レイカだと直感した。あたしは胸にしまった牛乳瓶を出して投げつけた。それは調レイカの額に当たって砕け中身が飛び散った。ヴァンパイアのレイカは顔を伝った白い液体を真っ赤な長い舌で舐めとると味わうように目をギュッとつぶった。「JKちゃん。早くこっちへ!」 玄関からミワさんが叫んでいた。あたしは蛭人間の頭を蹴って玄関に急いだ。突然足元の蛭人間全体が洋館の外に向って移動し始めた。そのせいで蛭人間の中に落ちたけれど、気づくとその流れに乗って玄関から押し出されていた。門扉のところまで流されて来たところで、ミワさんがあたしの手を取って蛭人間の中から引っ張り出してくれた。そのまま一緒に生け垣を伝って敷地の外の路面に降りバモスくんのほうへ走りかけた。その時、屋敷の中から地獄から響いて来るような、この世のものでない咆哮が聞こえた。「伏せて!」 一瞬、世界に音と色がなくなった。見ることも出来ないほど強烈な光があたりを照らした。轟音と地響きが同時に起こった。蛭人間の群れが洋館の中から連鎖するように小爆発を起こして消滅していくのが見えた。生け垣の植栽が覆い被さってきた。上から土砂が降りかかって体が埋もれたところまで覚えている。 気づくとバモスくんの後部座席に横になっていて冬凪に膝枕してもらっていた。「大丈夫?」 返事をしようとしたら口の中がジャリジャリだった。「らいじ
ミワさんは、大集団すぎて洋館の敷地から溢れている蛭人間たちの後ろにいたけれど、蛭人間たちは気づいていないようだった。「ミワさん」(小声)「JKちゃん。来ちゃったの? あたし一人で大丈夫だから帰っていいよ」(大声) そう言っているミワさんはやっぱり変だった。こっちを向いたのにどこか遠くを見ていてあたしのことが目に入っていないようだった。だから、「わかりました」 と答えてそこに居残ることにした。 駐車場にあふれかえる蛭人間の中に紫キャベツが停まっていた。敷地への階段があって、そこにも蛭人間の行列ができていた。白い門扉に見覚えがあった。ネコの行列がアーチになっていた。それでようやく気がついた。ここはココロさんの地下室がある第三の爆心地だ。でも今はコンクリ床むき出しでなく、白い外装の立派な洋館が建っていて、どの部屋の窓も真っ黒く幽霊屋敷のようだった。その二階の窓から首を括ったココロさんのお母さんがこちらを見ているような気がした。 駐車場から敷地の中までひしめいている蛭人間の群は何かを待っているようにその場を動こうとしなかった。ただ、ときどき何かに反応して小さく体を震わせ不気味な音をたてていた。どこかで起こった震えが全体に広がる様子は、ミツバチが巣に集まって一斉に羽根を震わすのに似ていた。「もうすぐよ」 ミワさんが含み笑いをしながら言った。突然、蛭人間たちが体を震わすリズムが短くなった。屋敷の中から大きな物音がした。ガラスを破る音、木をひしぐ音。何かが破裂する音。騒々しい音がお屋敷街に響き渡った。けれど周りの家は沈黙したままだった。「これをレイカにあげなくちゃ」 ミワさんが牛乳瓶を手に階段を上っていく。蛭人間を突き飛ばす勢いで群れの中へと分け入っていく。あたしはミワさんの背中に隠れるように付いて行ったけれど、蛭人間たちはミワさんのことはもちろん、あたしのことまでまったく気に掛けていない様子でスルーだった。襲われないのはよかったけれど、充満する菜っ葉が腐ったような匂いは無理でずっと息を止めていたかった。門扉を入り暗黒の口を開ける玄関のなかに二人で足を踏み入れた。ところがそれから先は廊下も部屋も蛭人間がひしめいていて進めなかった。ミワさんも和
響先生の紫キャベツな軽自動車は、バモスくんの少し先にある洋館の手前でドリフトして駐車場に頭からつっ込んでいった。その乱暴な運転に駅前で見た怒った表情の響先生の姿が重なった。この頃の響先生はあたしが知ってる人とは真逆な性格なのかもしれない。 あたしたちは、様子を見ると言ったミワさんに付き合ってバモスくんに乗ったままじっとしていた。それからしばらくして鞠野フスキが、「みんな動かないで」 と体を縮こまらせた。咄嗟に冬凪もあたしもそれに従ったけれどミワさんは、「どうしました? 何かありましたか?」 と気にする様子もなく明るくしているので鞠野フスキが、「坂の上から何か来ます」 と注意を促した。それでもミワさんはまったく緊張感ない笑顔で、「蛭人間があんなにいっぱい」 前園、調邸がある坂のてっぺんから、メタボ腹ではち切れそうなセーラー服姿のおじさんが道いっぱいになって近づいてきていた。急に冬凪があたしの腕を強く掴んだ。「夏波、横」 横を見る前にその気配を感じて、動けば危険だと咄嗟に悟った。バモスくんのすぐそばをお下げ髪でまんまる体型のセーラー服が通り過ぎた。腕を胸のところで交差していてその両手の爪が巨大な鎌のようだった。その中の一匹が足を止めてあたしのことをじっと見ているのが分かった。瞳が金色をしていた。唇を破って銀色の牙が突き出ていた。口から血泡を吹いていた。その蛭人間はさらに後から来た蛭人間に押されて流れの中に消えていった。その後も蛭人間が次々にバモスくんの横を通り過ぎていった。坂の上から湧き出すようにどんどん降りて来る一群と、坂の下から上がっていく一群は、響先生の紫キャベツが入っていった洋館の前で合流し大集団となって止まった。「レイカなんてやっつけちゃえ」ミワさんがバモスくんから飛び降りて、蛭人間の集団に向かって走り出した。それは、まるでパレードを追いかける少女のように軽やかな足取りだった。さっきから様子がおかしいと思っていた。蘇芳ナナミさんが、千福のじじーのせいでミワさんが時々変になると言っていたのを思い出した。「あたし、ついて行きます」 冬凪がバモスくんから降りようとした。あたしは慌て