Masuk冬凪、鈴風、あたしはできうる限り想いの芯に迫るため鬼子のエニシで心を一つにする。
さっきみたいな失敗は許されない。
今度間違えたらブラックホールに呑み込まれてしまうからだ。
それだけは絶対に避けなければいけない。
「「「世界樹へ」」十六夜の元へ」
宇宙がそれに応えたのか、それまで見えていた銀河の星々が一斉に
視野に光が満ちて目から入った光が後頭部に届き思考を真っ白にする。
光の爆風があたしのことを石舟から引き剥がしにかかる。
必死にしがみつくけど圧力で上体が仰け反ってしまう。
石舟に掛かる指先も光の
ついにユウさんの薬指だけになった時、真っ白だった視界に変化が起きた。
光の爆発は変わらず溢れていたけれど、白一色でなく、ところどころ濃淡が感じられ、ものの形が分かるぐらいの光度に落ち着いたようだった。
「光の壁」
冬凪の声がした。
冬凪は壁と言ったけど、あたしは目の前にあるものをそう言っていいか分からなかった。
上はのけぞっても光で、下は見下ろし尽くしても光だった。
左も果てしなく光で、右も永遠に光だった。
あたしの前方全てが光だった。それは壁というより、
「世界の果て?」
「認識の境界ってこと?」
と冬凪。鈴風が落ち着いた声で、
「これが宇宙ジェットなんでは?」
言われてみると前方に溢れる極彩色の光はゆっくりと上へ上へと移動していたのだった。
「これからどうすれば」
「そんなの分かんないよお」
もうヌルい返事しかしない冬凪だった。
「この石舟動いてんのかな?」
前方の光があまりに広大なせいで、石舟が動いているかどうかも分からなかった。
舳先からこちらの何もない平面を見る。
「計器とかあればいいのに」
ふと思いつく。そうか、想ったらなんでも叶うんだった。
冬凪、鈴風、あたしはできうる限り想いの芯に迫るため鬼子のエニシで心を一つにする。さっきみたいな失敗は許されない。今度間違えたらブラックホールに呑み込まれてしまうからだ。それだけは絶対に避けなければいけない。「「「世界樹へ」」十六夜の元へ」 宇宙がそれに応えたのか、それまで見えていた銀河の星々が一斉に眩い光を発散しだした。視野に光が満ちて目から入った光が後頭部に届き思考を真っ白にする。光の爆風があたしのことを石舟から引き剥がしにかかる。必死にしがみつくけど圧力で上体が仰け反ってしまう。石舟に掛かる指先も光の弄りで一本一本外されてゆく。ついにユウさんの薬指だけになった時、真っ白だった視界に変化が起きた。光の爆発は変わらず溢れていたけれど、白一色でなく、ところどころ濃淡が感じられ、ものの形が分かるぐらいの光度に落ち着いたようだった。「光の壁」 冬凪の声がした。冬凪は壁と言ったけど、あたしは目の前にあるものをそう言っていいか分からなかった。上はのけぞっても光で、下は見下ろし尽くしても光だった。左も果てしなく光で、右も永遠に光だった。あたしの前方全てが光だった。それは壁というより、「世界の果て?」「認識の境界ってこと?」 と冬凪。鈴風が落ち着いた声で、「これが宇宙ジェットなんでは?」 言われてみると前方に溢れる極彩色の光はゆっくりと上へ上へと移動していたのだった。「これからどうすれば」「そんなの分かんないよお」 もうヌルい返事しかしない冬凪だった。「この石舟動いてんのかな?」 前方の光があまりに広大なせいで、石舟が動いているかどうかも分からなかった。舳先からこちらの何もない平面を見る。「計器とかあればいいのに」 ふと思いつく。そうか、想ったらなんでも叶うんだった。
螺旋のトンネルを猛烈な速度で飛行した石舟は、エニシの月、巨大真球の壁に激突して爆裂粉砕した。もちろんそこに乗っていた冬凪、鈴風、あたしも暴力的に速やかに暗黒世界に転移した。つまり死んだはずだった。ところが世界が暗転してしばらくしたらとんでもない場所に放り出されたことに気がついた。 そこは視界いっぱいに何兆何億の星々が輝いていた。上はどこまでも上で前は果てなく前だった。左右などまったく意味をなしていない。「宇宙、だよね」「それな」 真後ろの冬凪が死語構文を忘れて言った。「あそこに何かあります」 一番後ろの鈴風が足元を指差していた。 足元のさらに下方を見ると巨大過ぎて大きさが認識できないほどの銀河が渦状腕を広げる姿があった。そこも無数の星が密集していたけれど、それ以外に何かあるようには見えなかった。「どこ?」「真ん中です」 銀河の中心、星がより密集して光り輝くあたりを指差している。そちらに目をやると、中心から光の柱が立ち上がっているのが見えた。それは銀河の円盤に対し垂直に、その直径に比して高く高く聳え立っていた。その光の柱は上に行くほど枝葉を伸ばす樹木のように広がっていた。「あれって世界樹なんじゃね?」「あれは宇宙ジェット。ブラックホールから吹き出すやつ」 冬凪が説明してくれた。銀河の中心には太陽の質量の数百万倍の巨大ブラックホールがあって、周辺の物質を呑み込むと同時に光速の99.99パーセントの速さで吹き出してるんだそう。詳しいな。真後ろで見えないけど、きっとL字にした指を顎に当てるいつものポーズしてるんだろうな。 世界樹でなかった。でも気になる。十六夜があそこにいるような気がする。「ちょっと行ってみようか?」「え? 遠いよ」「どれくらい」「光の速さで50万年かかる」 ってどれくらいか分か
どれくらい時間がたったかはわからない。その間ずっと周囲は暗黒の世界のままだった。ーーー静かだった。暗闇のなかで波間を揺蕩っている感じがした。あたしは石舟に跨ったままのようだった。 冬凪は、鈴風はどうしたろうか。あの激突で振り落とされてないだろうか?「冬凪」 呼んでみた。すると、すぐ後ろで返事があった。「いるよ」 声は普通だった。「ケガは?」「してなさそう」 大丈夫そうだった。「鈴風さんいる?」 冬凪が聞いた。「はい。すぐ近くに」 鈴風も普通の声だった。暗闇がずっとこのままか心配だったので、「この後どうなると思う?」 と聞くと、「わからないよぅ。そんなことぉ」 冬凪がぬるぬるで半ギレした。 暗闇が続く間に何度かうとうとしたらしかった。暗いから目をつぶっているかも分からないけれど、夢を見たから多分そう。 その夢にユウさんが出てきた。 あたしは六畳とキッチンだけの古いアパートにユウさんと同居していた。あたしはキッチンで得意料理のラザニアを作っていて、ユウさんは六畳でお笑い番組を観て笑っていた。やっと一緒に住める。あたしは夕陽が差すこの小さなアパートの幸せを噛み締めていた。 突然、六畳で食器が壊れる音がした。振り返ると鬼子に発現したユウさん立っていた。あたしに殺意を剥き出しにしてジリジリと近づいて来ていた。 目が覚めてから、「会いたい。会ってユウさんを慰めてあげたい」 と思ったら涙が出てきた。声を押しころして泣いていると、「きっと、会えるよ」 冬凪の声が聞こえた。こんな時まであたしの心に寄り添ってくれる冬凪だった。 やがてあたりが揺れだした。暗闇は相変わらず続い
それから、あたしと冬凪と鈴風とが乗った石舟はエニシの月に向かって、どんどんスピードを上げ突進して行く。螺旋が視界の後方に押しやられた途端直線になる。でも真球があまりに巨大なせいで近づいてる感じがしない。 ゼノンのパラドクス。いやな考えが浮かんで来た。 どんなに足が速い人でも半分ずつ進んだら決して着けないってやつ。このまま真球に届かず永遠に螺旋の渦の中を飛び続けるんじゃないか?「冬凪、どうしたらいい?」 あたしは冬凪に助けを求めた。冬凪も同じことを考えたらしい。すぐにあたしの言いたいことを理解して言った。「夏波、クロエちゃんが言ってたじゃん。こういう時は想うんだよ」 さすが冬凪。やっぱり答えを持ってた。「いいね」しとこう。「鈴風も一緒に想おう」「分かりました」 こんな時こそエニシの絆が役に立つ。冬凪、鈴風、あたしはみんなで意識を集中して想いを一つにした。少し前のめりが良さげだった。「エニシの月、超巨大化した真球にたどり着く」 それだけを想った。それが想いの芯だった。 急に勢いがついて何かに投げ飛ばされたようになった。そしてブレーキ。それまで感じていたぞわぞわがなくなった。鼻にツンも消えてホッと息がつけた。気づくと目の前に純白の壁が広がっていた。「失敗した!」「何を?」「何をですか?」 後ろから二人の声がした。「中に入ること想えばよかった」 石舟は大理石の壁にぶつかる寸前だったのだ。「「あーね」」 石舟の舳先が大理石の壁にぶつかって弾け飛ぶのが見えた。そこから先はスローモーションだった。石舟の本体が大理石にぶつかり粉々にすり潰されてゆく。あたしは少しでも衝突を遅らせようと体をのけぞらせたけど、無理ゲーだった。走馬灯とか見てる暇な
上空の物体が瓦礫の真球と分かったものの、それがどうしただった。あたしたちには何も情報がなかったからだ。リング端末でミユキ母さんに連絡しようとしたけれど圏外でホロ画面はザラついた映像しか映し出さなかった。途方に暮れつつも冬凪が何か知ってるかもと思って聞いてみた。「あれが目的地? あの世なの?」「そんなの、わかんないよ」 冬凪がぬる気味にキレて答えた。 冬凪、鈴風それとあたしの間に沈黙の時が流れる。派手目な制服を着た三人が跨がった石舟はゆらゆらと揺れながら空中にとどまったままだ。あたしたちは真球からの乳白色の光の中で、滴り上がる雨をぼうっと眺めるしかすることがない。「八方塞がりですね」 鈴風が肩を落としてつぶやく。「トリマ、何か他に方法がないか考えよう」 この感じ、一度どっかであったような。デェジャヴ? いや、そうじゃない。これってば、「ユウさんの指だ」「なに?」「クロエちゃんの想いだよ!」 冬凪もあたしが言いたいことが分かったようだった。「ミユキ母さんのビジョン!」「そうそれ!」 鈴風の顔がパッと明るくなって、「スピスピしてきましたね!」 みんな、枯れ葉の海脱出後、途方に暮れた時を思い出したのだ。 あたしはあの時と同じように、ユウさんの薬指が付いた左手を満天を覆い尽くす純白の真球に向けて差し上げた。ガチャ! そんな音はしなかったかも知れない。でもあたしはにユウさんの薬指が真球の中の何かとがっつりシンクロした音が聞こえたのだった。 下界の臙脂色の海から大量の雫が螺旋を描きながらゆっくりと滴り上がっていた。その螺旋の回転が速度を上げだしたのが目に見えて分かる。やがてあたしが生きてきた全ての経験を、全ての知識を、全ての関係を、全ての感情を巻き込みつつ、真球の中心に向かい大きな渦巻きを作りだした。
臙脂色の海から滴り上がる雫は真っ直ぐにエニシの月へ向かっているのではなかった。鬼子神社のすり鉢をなぞるように螺旋を描きながら上昇していた。その螺旋の逆さ雨の中、冬凪と鈴風とあたしが乗る石舟はバモスくんに曳かれて突き進む。運転席のブクロ親方は後ろから分かるほどアクセルを踏み込んでいて、バモスくんの360ccエンジンはもう限界どころか、断末魔の叫びを上げ始めていた。ブクロ親方が童顔の髭面を向け泣きそうな声で、「もう無理かも知れません」 そんなこと言われてもまだ何も起こってないし。 バツン! 突然舳先に見えていた月が石舟の下で、小さくなった鬼子神社のすり鉢が頭上になっていてた。今の衝撃で石舟がひっくり返ったのだった。さらにそのすり鉢に向ってバモスくんが落ちてゆくのが見えた。切れた荒縄をなびかせ回転しながらどんどん小さくなっていく。「マジか!」 鈴風がらしくないリアクションをした。 その後石舟は慣性による縦回転を続けていて、しばらくするとゆっくりと止まった。そこは西山全体が見渡せるくらいで一定の高度はあったけれど、周囲にあの世への入り口があるようには見えなかった。良かったのはバモスくんのように落下しなかっただけで、動力を失って完全に、「ツンだ(死語構文)」 と冬凪。いや、「ツンだ」は死語じゃないだろ。ギリ生きてないか?「マジそれな(死語構文)」 高級スキル死語構文返し。「それな」はもう誰も使わないから生存確認の必要なし。「どうします?」 鈴風があきれ顔で上空の月を見上げながら言った。ここから見えるエニシの月は全天を覆い尽くすほどに巨大だった。満天を占める様子はまるで白天井のドームの中にいるようだった。月ってこんなデカかったか?そういえばなんか変だ。うさぎどこ行った?月の表面はクレーターとかの複雑な地形が模様に見えて、古来よりウサギだカニだ本を読む女性だって言われてるはずだった。でも真上にある月の表面はスベスベでまるで大理石のオブジェのよう。「ねえ。この月、変くない?」「あたしもそう思う。鈴風さんは?」「わたしも思います。これって」 月を見上げていた三人が一斉に、「「「真球!」」」 新爆心地にあった瓦礫で出来た真球だった。こいつがエニシの月なの?何でこんなところに?







