Masuk「言い訳はありません。全部、俺が悪いです」
こういうときは、とにかく頭を下げるのが一番だ。
道赫は少しでも彼女の機嫌を損ねないように。
少しでも怒りが収まるように。
ただ、それだけを考えていた。
「もう二度と会わないって言ったのに、電話までしてきたよね?」
「本当に申し訳ありません」
部下が伝言を伝えなかっただとか。
そんな言い訳をするかと思っていた。
けれど彼は潔く謝るだけだった。
その姿に、珠葉の怒りはほんの少しだけ和らぐ。
彼はもう知っている。
珠葉が、見苦しい言い訳を嫌うことを。
何度も怒られたわけではない。
それでも彼女の裁定はいつだって冷静で、容赦がなかった。
「ふーん」
「悪かったです」
道赫は作戦を変えた。
甘える。
この作戦は大抵うまくいく。
珠葉は思っているより、そういうのに弱いからだ
「言い訳はありません。全部、俺が悪いです」こういうときは、とにかく頭を下げるのが一番だ。道赫は少しでも彼女の機嫌を損ねないように。少しでも怒りが収まるように。ただ、それだけを考えていた。「もう二度と会わないって言ったのに、電話までしてきたよね?」「本当に申し訳ありません」部下が伝言を伝えなかっただとか。そんな言い訳をするかと思っていた。けれど彼は潔く謝るだけだった。その姿に、珠葉の怒りはほんの少しだけ和らぐ。彼はもう知っている。珠葉が、見苦しい言い訳を嫌うことを。何度も怒られたわけではない。それでも彼女の裁定はいつだって冷静で、容赦がなかった。「ふーん」「悪かったです」道赫は作戦を変えた。甘える。この作戦は大抵うまくいく。珠葉は思っているより、そういうのに弱いからだ。膝立ちのまま少し近寄り、彼女の太ももへ頬をそっと擦り寄せる。珠葉は指先で道赫の額を軽く押し返した。「坊や。本気でそれが効くと思ってるの?」「申し訳ありません。叱ってください。ね?」効かないと言いながらも。道赫には分かった。彼女の表情が少しずつ柔らかくなっていることが。だから、もう少しだけ甘えてみる。珠葉は少し考え込んだ。どう考えても、叱られるべきなのは道赫だ。本人も甘えながら「叱って」と言っている。もちろん叱るつもりではいる。でも、それだけじゃ終わらない。「でも、叱られるのはあんただけじゃないよね?」「……え?」「さっきのおじさんたち」「あ……」道赫は一瞬だけ言葉を失った。部下たちを彼女の前へ連れてきたくない。まし
「……ご主人様、何ておっしゃってた?」「え、あ、その……何だったかな……。『今すぐここへ来て土下座しなかったら殺す』って……」「……くそっ」道赫は手近にあった服を掴み、慌てて着始めた。普段は下着一枚で寝ている。だから着替える時間すら惜しかった。部下たちは、まだ伝えなければならないことがあった。けれど。怖すぎて声が震える。ここまで怒った道赫を、最近の彼らは見たことがなかった。「あ! そ、その、それとボス……。『連絡も会いにも来るな』って……」その言葉に、道赫の動きが止まる。……連絡は、もうしてしまった。でも、ご主人様は電話には出てくれた。だったら、まだ完全に見限られたわけじゃないかもしれない。今から行って土下座すれば。許してもらえるかもしれない。「……そ、それを破ったら……二度と……会わないって……。これが……最後の……チャンスだって……」「……この、クソ野郎どもが……。こんな所までわざわざ来る客なんかそういるか? たった一人の客もまともに迎えられねぇのかよ……!」道赫は堪えきれず、二人の脛を蹴り飛ばした。顔は殴らない。もし珠葉が戻ってきたとき、目立つ傷なんてあってはいけない。それだけが、辛うじて残っていた理性だった。けれど。珠葉がどれほど冷たくなれる人なのか、一番よく知っているのも彼だった
「朝から今まで、一度も連絡ひとつ寄こさなかった人?」「そ、その……兄貴が仕事の都合で朝方に寝ちゃって……。いえ、それより、その……申し訳ありません。俺が……」本当のところ、仕事だったのかどうかなんて基燦にも分からない。ただ必死で、自分のボスをかばっているだけだった。謝るべきなのは自分じゃない。それでも、とにかく頭を下げる。今この場で彼女の怒りを少しでも和らげられるのは、自分しかいないのだから。「私が門の人たちに『連絡してきたら二度と会えない』って伝えたのに、その人が今まさに電話してきてるんだけど?」珠葉は鳴り続けるスマホの画面を基燦へ見せる。基燦は心の中で悪態をついた。――あのクソ野郎ども……!伝言があるなら、真っ先にそれを伝えろよ!そう怒鳴って、頬でも引っぱたいてやりたかった。普段なら下剋上もいいところだ。だが、どうせこのあとボスに殺される身だ。今さら何の意味もない。「つ、伝言がうまく伝わってなかったみたいです……。本当に申し訳ありません」珠葉は、ひたすら謝り続ける基燦を見つめる。全部が全部、この人のせいじゃない。少し八つ当たりをしている気分になった。もちろん、任された仕事をちゃんとしていなかった基燦にも責任はある。彼が門で迎えてくれていれば。こんな長い塀沿いを、最悪な気分で歩き直すこともなかった。珠葉は冷え切った表情のまま電話へ出る。その声は、基燦の背筋が凍るほど冷たかった。「もしもし」『ご主人様……! 来られたんですね? 俺、昨日寝るのが遅くて……。いえ、それより伝えること全部伝えられてなくて、本当に――』慌て
基燦は、そろそろ道赫に言われていた仕事をしようと門へ向かっていた。だが、まだ着く前に。炳浩と万植が、誰かを悪しざまに罵っている声が耳に入る。「世の中、とんでもねぇイカレ女っているもんだな」「誰の話です?」「いや、見た目は普通のお嬢ちゃんだったんだが、ボスの名前を平気で呼び捨てにしてよ。"最後のチャンス"がどうとか――」まだ約束の時間までは一時間ある。少し世間話でもしてから門へ行こう。そう思っていた基燦だったが、その話を聞いた瞬間、慌てて腕時計へ目を落とした。「……え? いつですか!?」「五分くらい前か?」「やべぇ……。どうしました? 中へお通ししましたか?」「はぁ!? 何でお通しするんだよ? 追い返したに決まってんだろ!」炳浩は呆れたように聞き返す。あんな小柄なお嬢ちゃんを、わざわざ"お通し"する理由がどこにある。どう見ても様子のおかしい人間だったのだから。だが、その返事を聞いた途端。基燦の顔から血の気が引いていく。ごくり、と唾を飲み込んだ。……何でこんなに早く来たんだ。まだ時間あるのに。まずは状況を把握しなければ。炳浩も万植も、珠葉のことなど知るはずがない。よりにもよって、この二人だった。きっと、ろくな口を利いていない。今日に限って道赫が仕事を理由に大勢外へ出してしまい、門番が足りなかったのが運の尽きだった。炳浩と万植は、大田の仕事を片づけたばかりで待機中だったのだ。「……くそっ。ボス、今どちらです?」「寝てるんじゃねぇか?」だから連絡がつかなかったのか。基燦は震える手を落ち着かせるように、大きく息を吸う。「タクシーで来られました?」「ああ。タク
「人んちのボ……いや、代表のお名前を、そんな気軽に呼ぶもんじゃねぇよ」――やっぱり。あのバカ。人が来るって言ってなかったのか。珠葉の機嫌は一気に急降下した。この男は今、危うく「ボス」と言いかけた。そのうえ初対面の自分にいきなりタメ口。けれど珠葉はぐっと気持ちを抑える。怒られるべき相手は、こいつらじゃない。そう思った。「どうやって知ったのかは知りませんが、お引き取りください」「じゃあ、ここで合ってるってことね?」「だから、お帰りくださいって」こんな場所までタクシーで来る押し売りがどこにいるっていうんだ。珠葉は冷静に考えながらスマホを取り出した。あのとき会った"職場の人"たちの名前でも知っていればよかった。それもない以上、証明できそうなものは一つしか思いつかない。「これしか証明できるものないんだけど」「おじさん? それがどうし――」「……代表の番号じゃねぇか、それ」『おじさん』と登録された道赫の番号。そして何度も残っている通話履歴。二人は顔を見合わせ、小声で何か話したあと、結局また首を横に振った。「いや……どっかで名刺でも見て番号登録したのかもしれねぇし」「ちゃんと見て。こんなに何回も電話してるでしょ」「……いや、それでもな。うちの代表は、だからって家まで来れば会えるような人じゃねぇんだ」口調はさっきより少し柔らかくなった。それでも態度は頑なだった。珠葉は小さくため息をつく。道赫とのメッセージ履歴。あれを見せれば、自分たちの関係くらいすぐ証明できる。でも。あんな私的なやり取りを他人へ見せるなんて嫌だった。名刺には載っていない個人用の番号
「ディルド代わりに使ってあげる」『……』受話器の向こうから返事はなかった。思わず笑いそうになる。いや、もう少し漏れてしまったかもしれない。その小さな笑い声を、道赫は聞いていたのかもしれなかった。それでも彼は、しばらく何も言わない。やがて、一段低くなった声が返ってきた。『土曜日……ですか? 十二時に?』いつの間にか。「ここは郊外だから、タクシーは家の前まで来ません」そう伝えるつもりだったことすら忘れていた。今、自分が何を考えているのか。それすらよく分からない。ただ、頭の中は真っ白だった。彼女の言葉を、本当に正しく理解できているのかさえ怪しい。それでも。――とても、とても大事なことを言われた。その事実だけが、頭に残っていた。「うん」『……分かりました。お待ちしています』土曜日まで、あと二日。その二日がどれほど長く感じられるのか。このときの道赫は、まだ知らなかった。ただ、きっと長い時間になる。そんな予感だけがあった。珠葉は電話を切ると、長く息を吐いた。本当にこれでよかったのか。そう自分へ問いかけても、すぐには答えが出ない。こんな勢いで決めるために、今まで引き延ばしてきたわけじゃない。それでも。さっきの道赫の反応を思い返せば、きっと後悔はしない。たかがセックス。珠葉はそうやって自分へ言い聞かせる。けれど、「たかが」の一言だけで納得できるほど簡単でもなかった。だからもう一度、道赫のことを思い浮かべる。どんな意味であれ。自分へ本気で向き合ってくれる、あの整った顔の男を。そして彼へ言った通り、自
「どう? 家族の借金は少しあるけど、学校の先生だ。 悪くないだろ?」 何が「どう」なのか。 ドヒョクはソンミンの手から酒瓶を取り上げ、自分でグラスへ酒を注いだ。 そして、一気に飲み干す。 少し酒が入れば、昨夜と同じ状態になるかもしれない。 そんな考えが頭をよぎる。「今までとはちょっと違うタイプを集めてみたんだけど?」 だが、ドヒョクの隣へ座った相手は、目を合わせることすらできず小さく震えていた。 別にここで誰かと関係を持つつもりで
ドヒョクは、その十一桁の電話番号をじっと見つめていた。 名前を登録しようにも、何と保存すればいいのか分からない。 昨夜は、酔い潰れるほど飲んだわけではない。 それでも朝になると、ようやく頭が冷えてきた気がした。 そもそも、なぜ番号を聞いたのか。 自分でもはっきり覚えていない。 あの女と、この先どうするつもりだったのか。 昨夜のことは、ちょっとしたハプニングとして終わらせればいい。 そう自分に言い聞かせながら、ベッドを降りた。 もしかすると、昨日
「もう、今にもイきそうですけど」「そんなわけない」 軽い挑発のつもりだった。 平然と言い返したつもりなのだろうが、その声は少しも格好よくなかった。 思った以上に震えていたからだ。 緊張しているようには見えなかった。 それでも、その声を聞いた途端、ジュハは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。「そうですか?」 その一言が、ひどく挑発的に聞こえた。 どこまで耐えられるか試してみる、とでも言いたげに。 ドヒョクは少し意地になった。 だが、酒の入った身体は意思とは裏腹に勝手な反応を始める。 ここ数年、まともな性行為から遠ざかっていたせいかもしれない。 ――いや。 そんなものは
「まあ、この辺ならホテルなんていくらでもありますし」 この辺りはラブホテルだらけだった。 ドヒョクはジュハの言葉に、小さく周囲を見回す。 生まれながらの坊ちゃん育ちで、こんな場所に来たことは一度もない。 もっとも、今さら二人でタクシーに乗ってホテルを探すというのも、それはそれで妙な話だった。「ふーん」「手でしかしませんけど。 それでもいいなら」「……何?」 ずいぶんと肝が据わっていた。 自分より倍は大きな男に向かって言う言葉とは思えない。 世間知らずなのか。 それとも、何か根拠のない自信でもあるのか。 酒に酔っているはずなのに、その瞳だけは不思議なほど生き生きとして







