Mag-log inある村に、藤の花の精霊が棲んでいたという
その精霊は、夢の如き美少年でありました。樹齢千年を越えた、巨大な藤の花は
いつしか妖しの力を持つようになったのです。 銀髪の麗しき少年「
かの妖があらわれるのは三回。
一度目は「貴方が想う……一等美しいものを教えて」と問われ。
二度目は「貴方の名を教えて……」と聞かれ。 三度目は…… 三度目の問いは、誰も知らないのだという。それは少年が三たび訪れた時、必ず死に至るから────
◇
藤の花の精霊、その名は『夕月夜』
彼が今宵、ここにやってくると聞きましてな。
結界を張ろうと思うのですが、その前に
安倍晴明さまは、涼やかに笑みを浮かべると小さな
シャンーーーーー
その水鏡殿の元へと、ご案内願いたい」
「この千年も、一緒に参りましょうぞ!」
肩まである金色の髪が、サラリと揺れる。
はーーーなんか千年さまって、綺麗……!このまま見つめていたいけれど、化け猫としてちゃんとお仕事キメないとね! あたしは水鏡さまの寝所へと、ご案内する事にした。
寝所の横の廊下を通ると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
冬牡丹だわ。 おおきな真紅の華が咲きみだれ、庭を美しく染めていた。そういえば、まだあたしが子猫だった頃、鮮やかに咲く冬牡丹、大好きだったなあ。
前足でチョイチョイ、花を叩いたりしてたっけ。
水鏡さまはそんなあたしを見て、柔らかく抱っこしてくれたよね。
「かわいい〜お前はあたしの宝物ね!」
そう呟いては、額をフワフワ撫でてくれたの。
あんまり心地よくて、喉がゴロゴロ鳴ってたな……。
そう、あれはまだ夕月夜って妖に、水鏡さまが心を奪われる、はるか前の出来事──
懐かしい記憶が今、フッ……と脳裏をかすめていった。
見上げれば、緋色の夕焼け。 気がつけば美しい黄昏が、雲を染めていたの。いけない、しっかりご案内しなくちゃ!
「ここが水鏡さまのお部屋です。あの、水鏡さま〜安倍晴明さまがいらっしゃいました。今、開けますね」
真っ白な几帳を眼前に見すえ、中の部屋へと足を進める。
刹那、水鏡さまの低い声が響いた……!
「ならぬ。安倍晴明じゃと……? 今宵、白夜さまとの逢瀬を邪魔するつもりか」
「水鏡さま、正気になって!」
今この
几帳は、縫い目と縫い目のあいだに「風穴」と呼ばれる空洞があり、そこから少しだけ顔を垣間みることができるのだ。あたしは晴明さまの烏帽子の向こうにある、帳。そのすき間に瞳をこらす。
風穴の中でうっすらと、扇で顔をかくした水鏡さまが見えた。
艶めいた黒髪が畳の上でたなびいている。
それはまるで、漆黒の川の流れのように。
彼女の羽織る、緋牡丹のごとき紅い唐衣が、御簾の向こうでゆらめいて、まるで篝火のように美しかった。
けれど……なにかしら。
いつものお日様のように明るい彼女とは、ちがう気がするの。
なにか闇を孕んだ雰囲気が、部屋の隅々まで立ちこめていた。
その緋色の唇から、言の葉が紡がれた。
「安倍晴明とやらに帰っていただいて。一体何をしに……ここへ来たとおっしゃるの?」
「夕月夜という妖から、貴方を守りに参りました」
鈍色の錫杖を携えて、黒衣の陰陽師はそういい放つ。
「貴方、陰陽師ね」
「いかにも。京の都におきましては、少しは名の知れた陰陽師かと」
「夕月夜さまの邪魔はさせないわ」
氷の如き冷たい答え……!
その声はたしかに水鏡さまなのだけれど、まるで違う人のようだ。それにしても、晴明という人は得体がしれないわ。最初は花のような笑みを浮かべた陰陽師らしからぬ、明るい印象の男であったのに。
今、静かに風穴を見据え、水鏡さまと話しているこの男は
とても言葉に尽くせぬ迫力がみなぎっているもの。
晴明さまはそのまま風穴に向けて、彼女への説得をこころみた。
「邪魔ではありませぬ。あれは夢の妖。貴方を黄泉へと導く者」
「そうよ、あの人はあたしを迎えにいらっしゃるのよ! あははははははははははははははは」
水鏡さまは言の葉を呟きながら、寝所に活けてあった牡丹の花を、激しくちぎった。
鮮血のような花びらが、床にはらはらと散らばる。
「夕月夜は、貴方の命を欲しているのです。わかっておられるのですか?」
夢を砕くような強き口調で、安倍晴明が彼女をたしなめた。
バサリ。
その声で彼女が扇を外した。
「わらわの命は夕月夜さまのモノ……それを選んだのは、わらわよ!」
風穴の向こうの彼女と目が合う。その瞳は、曼珠沙華のように紅い色をしていた。
……ちがう。人の瞳じゃない!
ゾクリ
冷たい旋律が背中をはしった……!
それは、あたしだけではなかったらしい。
千年さまも、思わず自らの刀に手を添えた。人ならざる何かの気配に気付き、瞬時に飛びかかれるよう構えたのだ。晴明が目配せして、それを無言で制した。
几帳越しの彼女が、妖しく微笑する。
「今宵が三度めの逢瀬…あなたに止められるかしら? ……安倍晴明」
「止めてみせましょう。貴方のお心を、夢幻の世から取り返してみせます」
すうっと、音もなく安倍晴明が立ちあがり、 二本の指を立て風を斬った。 それは刀で人を斬るがごとく、素早い動きであった。
「|急急如律令《キュウキュウニニョリツリョウ》」
呪詛が唱えられた刹那、床に五芒星が浮かび上がったのだ─────
「青龍は、元々わしの式神なんじゃ」 「え、青龍って、神獣じゃないんですか?」 驚く事ばかりだわ……! 式神って、陰陽師が使役する「鬼のこと」だと思い込んでいた。神獣って、使役できるんだ。新鮮な驚きを隠せないわ……! 獣のカタチを成した神様だって聞いたことがあるけれど。いかに稀代の陰陽師とはいえ、神様を配下にするなんて、あり得るんだろうか。 そんな疑問符が頭の中を飛び交う。 それを見透かしたように、晴明さまが言の葉を紡いだ。 「ああ、神獣じゃ。わしは神を眷属にしておるのでな」 「か、神を……眷属?」 あまりのことに呆然とする。 そんな中、晴明さまはテキパキと支度を整えていった。晴明神社の清めの砂を懐に入れると、にっこりと華やいだ笑みを浮かべる。 「さ、行こうかの〜。鬼童丸、千年、秋華。青龍が守りし結界へ、参ろうぞ」 「御意!」 ◇ 晴明神社から鴨川までの道のりは、けっこう長い。 春の小道を4人で歩むと、風がさやさやと耳元を吹き抜けていく。新緑が眩しくて、心地のいい道だわ。結界を封じにいくとかでなければ、お散歩気分で楽しめそうなのに。 そんな事を思案していると、晴明さまが口を開いた。 「この平安京はな、四方をわしの式神である神獣たちが守護しておるじゃろう」 「はい」 「中央にのう〜天地の大いなる『気』が集まるよう、考えて設計されたのじゃ」 「え〜中央に気が集まると、どうなるんですか?」 「都が繁栄する」 「ほわあ、凄い!」 気の流れまで考慮されて、この都は成り立ってるんだ。 今までのあたしは、水鏡さまのお屋敷だけが世界の全てだった。京の都の成り立ちなんて、考えた事もなかったわ。あたし、もっと学ばなければならない! ふいにそんな使命感に駆られたの。 桜の大樹の下は、花びらの大地だ。 美しい春景色に、晴明さまの漆黒の烏帽子が映えていた。 「青龍も、鬼童丸も、白虎も、玄武も、荘厳な神なのにのう。皆わしを信じて、式神となってくれたんじゃ」 「そうなんですね。神々から愛されるなんて……素敵です!」 そんな言の葉を告げると、晴明さまの頬は火が灯ったように、ぽっと赤くなった。 「ははは、みな戦友じゃからな。青龍も、取り戻さんといかん!」 「戦友……。式神って、配下の者じゃないんですか?」 「誠の戦友じゃ!
「消えた青龍、探しに行こうぜ!」 「千年さま」 あたしの肩をポンと優しくこづくと、千年さまが春のような笑みを零した。 「運命はともに。だろ、相棒!」 「相棒、あたしが……」 かつてそれは、夏妃さんがいた場所。あたしまだ半人前だけど……自信もって、いいのかな。 「今は秋華に、俺の背中を預けた!」 「その……背中を?」 「ああ! だから、一緒に探しに行こうぜ。俺の……秋華」 ────え ────俺の秋華って言った……? あまりの言葉に心臓がトクンと跳ねる。もう一度聞きたい。この瞬間を、反芻していたいよ。頬が熱をもって、ぽかぽかしてる。なんだろう、この……例えられない想いは。 千年さまは突然、あたしの前髪をクシャクシャして撫でた。 「にゃっ前髪、乱れます〜っ!」 「わりい、つい」 「もう……っ」 は……恥ずかしくて火照る。 千年さまは、河童さんとお坊さん達に向き直り、スッと一礼をした。 「きっと俺の相棒と、青龍を探して見つけてみせます!」 「あたしも、力になります!」 二人並んで誓いを告げる。肩を並べるのが、ほんのり恥ずしかった。一人で探すのは大変だろうけど、千年さまがいるなら心強い。胸にあたたかな想いがせり上がってきたの。紫の袈裟を召したお坊さまは、土をパンパンとはらうと河童といっしょに立ちあがる。 「よろしくお願いしますじゃ」 お坊さまの背後で、しだれ桜が華やかに咲き誇る。 ああ……キレイだな。 願わくば、次にこの寺を訪れる時は、青龍の結界を張り終えて、千年さまとまた此処で……肩を並べていたい。降りそそぐ花びらが頬を撫でていく。春爛漫の景色のなかで、ポツンと不安げな河童さんの視線が、あたしをじっと捉えていた。 「お願いしまス。結界を……戻シテ」 「約束する。きっと、あたし……いいえ」 深呼吸する。その言葉を、紡ぐために。 「あたし達が……!」 春のゆるやかな風が吹く。 あたし、千年さまの相棒になったよ……! この人の隣で、笑って走っていけるように。もっともっと己を研磨して、強くなっていきたいって願ったんだ! パンッ──── 破裂音がして、ビックリしていると。自分の変化が解けていた。 「あ、紅い髪に戻ってるっ!」 先程まで真っ青な海色の髪だったのに。 自分の髪に触れてみると、もうす
「あれ……ココは?」 「河童しゃべった──────!!」 しゃべると思わなかったんですけどっ! あたしと千年さまは驚きのあまり、ザザッと後ずさる。 一方、河童はお坊さまに抱かれたまま、瞳をぱちぱちと瞬いた。辺りをぼんやりと見回すと、何かを探しているような仕草をした。しかし河童ってさ……改めて見るとほんっと全身、めっちゃ翠だわ〜。 頭にお皿を乗せ、髪はパツンと肩より上で切り揃えられていた。 手には立派な水かきもある。 お伽話に登場するような、由緒正しい河童の姿よね。 「霜花、覚えておるか? もう、枯山水を荒らしては、ならんぞ!」 「か、枯山水?」 高僧のお坊さまが、河童を叱る。 だが、当の本人は記憶にないようだ。キョトンとして、周囲に視線をめぐらせた。しだれ桜は典雅なまでに美しく咲き誇り、もうあの少女の気配はどこにもなかった。 「わからない。あの子、ドコ?」 「あの子って?」 「白キ少女」 「ああ、やっぱりあの子と話したのね……!」 雪椿の告白と、合致した! ……やはり、誠だったのね。 青龍の結界に侵入し、紅き札を破り、あの少女に利用されていたって事……? あたしはメスの河童「霜花」の前にしゃがむ。息を吸い、真実を語ることにした。 「あの子ね、雪椿(ゆきつばき)って言うんだって」 「雪椿……お腹イタイイタイって。だから札破った!」 「それね、本当は違うんだって」 「チガウ?」 河童は不思議そうに首をかしげる。 この子の言葉はカタコトで、流暢には話せないみたいだ。でも人の言葉を話せない妖怪だって、この世にはたくさん存在する。きっとこの寺の誰かが、丁寧に教えたのだろう。 河童は人でいう、5、6歳程度の知能が宿っているように思えた。ここまで育てるには相当、大変だったろうな。だからこそ、キチンと伝えねばならない。 「お腹イタイイタイして、泣いてた」 「うん、聞いたわ。紅い札を破ったのね」 「霜花、破った! あの子の痛み、キエル!」 あまりにも、まっすぐな瞳の河童に心臓がギュッと痛んだ。あたしは思わず、河童の霜花をやさしく抱き寄せる。 「聞いて、大変なことがあったんだよ……。あれは悪しきあやかし。お腹痛いのも全部、ウソだったんだって」 「ぜんぶ、ウソ?」
「長岡京」それはもう、この世には存在しない 忘れじの都──── 「長岡京って、完成からわずか十年で無くなった都でしょう?」 「そうよ、そこがあたしの理想郷だもんっ」 白の少女は顔を真っ赤にして、憤っている。そんな風に叫んでも、もうこの世にはない都なのに。 長岡京は「不運の都」だった。 世の平安を望まれて都を移したにもかかわらず、藤原種継さまの暗殺事件。飢饉や流行り病。桓武天皇が流刑して、恨みのままに憤死した「早良親王」(さわらしんのう)の事件が起こった。 果ては桓武天皇の親族が次々と亡くなったり、重い病にかかったのだ。 世は荒れた。 「祟りだ! 早良親王が怨霊となり、長岡京は祟られたのだ!」と人々は噂した。その上、川の氾濫など天災も加わって、人々も桓武天皇も、すっかり怯えてしまったのだと聞く。 結果……桓武天皇は長岡京を捨てた。 都を移し「平安京」を新たに作ったのだ。 だから、長岡京はもうこの世には存在しない。 だって、祟りのあった都だから。 世の人々は誰しもが忘れたい。忘れてしまった都だと思っていた。だから、とても意外だわ。あたしは白き少女に目線をあわせ、説得を試みることにしたの。 「あのね、今の都は『平安京』よ。もう、長岡京はここには無いの」 「あたし達の都は、長岡京なの!」 「あたし達って……」 「夕月夜とあたしの都だった! 雪椿はね、あそこに帰るんだからーーっ!」 彼女はあたしをドン……っと突き飛ばす。その紫紺の瞳には雫が滲んでいた。はずみで背面にクラっと倒れそうになったあたしを、千年さまが抱き止める。 「危ねえ!」 「千年さま……っ」 彼の腕の中、だ。……吐息がかかる。 えっと、顔が近いんですけど……っ。 「大丈夫か?」 「はい、あの……っ、だいじょぶっです……っ」 としか言えないぃぃぃ。 めっっっちゃ顔、近い。 今、唇に触れそうだった……。 頬がほんわり熱をもち、火照っているのがわかる。心臓がトクンと弾んだ。金色の前髪が、あたしの頬にかかりそうになる。思わずうつむいて、そっと……彼の腕から離れる。 「ありがと……」 「おう」 白き少女がなぜか仁王立ちして、こちらをギラーンと凝視していた。 「ちょっと、そこの二人! 今、雪椿のこと忘れてたでしょ!」 「あ、はい」 忘れて
「この武器、おもしろいでしょー? 峨嵋刺《がびし》っていうの。藤の花の里で流行ってるんだよー」 「あたし、その武器知ってるわ」 藤の花の里の武器? どうして私は知ってるんだろう。 確かに稀有な武器のはずなのに。 この武器は中指を通し、手のひらの中でクルクルと回転させて使う。使う……はずだ。白き少女の右手には、鋼であつらえた峨嵋刺が、今も風車のようにクルンと旋回していた。 右手より大きい小枝のような鋼は、先端が矢尻のように尖っている。ちいさな武器だといっても、侮ってはならない。そんな気がしたの。 「人の身で、この武器を知ってるの?」 「どこで見たのか、覚えてないんだけど。知ってるわ!」 「ふうん」 「何よ」 「お姉ちゃん、変わってるね。あはは」 白き少女は一見儚げなのに、強い眼力がある。 白椿のように愛らしい笑みをこぼすと、タン……! と弾みをつけて跳躍した。身長は低いけれど、身軽だ! あたしの眼前ギリギリまで、一瞬にして迫った。 「この武器、心臓くらいは刺せるよ」 そう呟くと同時に、瞳を貫こうとする。 シュン────── あたしは咄嗟に背後へ、飛びずさった。あっぶな! もう少しで右目が裂ける所だったわ……! 避けられた白き少女は、にっこりと花のように振り返る。 「ふふっ。この河童さんにね、あたしお願いをしたんだー」 「お願い?」 「青龍の結界に入って欲しいって」 「そんなこと、頼んだの……?」 白き儚き少女は、満面の笑みを浮かべる。 いちめんの桜を背に、軽やかにタンと跳ねた。 「うん! あの紅の札を〜、剥がしてきてって」 なんて、無邪気な声。 「だって結界の中になんて、入れないでしょう?」 「あの河童さんは、ここで徳を積んでたんだって。あと、数珠を身に付けてるでしょ?」 数珠────── 倒れている河童の右腕には、たしかに数珠があった。黒曜石のようだわ……! 漆黒の球の中に、かすかに梵字が描かれてる。ああ、この数珠は……! 「秋華、この数珠は呪詛をはね返す力があるみてーだぞ」 「だよね、梵字が記されている……!」 白き髪の少女は愉快そうにタンタン、と跳ねている。 峨嵋刺をクルクルと回転させながら、右手を振って華麗にひらひらと舞った。雪の如き髪と着物が、ふわりと風を纏う。それはまるで、白き蝶の|
「ああ、陰陽師だ……!」 凛とした印の切り方 桜の龍を模した術 そう、あなたは立派な陰陽師だ もう、「死化粧師のなりそこない」じゃない 満開の桜の下 蒼天に花びらが舞い踊る 真紅の狩衣に漆黒の袴、金色の髪をはためかせ 愛しい横顔に花弁がすり抜けていく 彼の術は疾風 華やかに渦となる さながら桜の龍のごとく、河童の瞳を襲った──── 「すごい……っ」 術を放ったのは、まだ無名の陰陽師だ 千年さまは死化粧師より、才能があったのであろう。花びらが、龍のカタチとなり。音を響かせて桜の竜巻を起こす。シュルルルルルルルル──── 「ぎゃあああああああああああああああ」 河童の目が、花びらで目隠しされる! 竜巻の中でフワッと浮き上がると、上空からヒュンと落ちてきた。 ゴッ──── 「邪を祓い、調伏せよ。オンアビラウンケン!」 地面に落ちた河童から、漆黒の煙がブワッと立ち昇る。黒い霧が一瞬、あたりを包むと風にスウッ……とかき消えた。あるのは桜とあやかしと、私たちだけ。静かになった庭園に、しんしんと花びらが降り積もる。 「千年さま、河童は……浄化されたの?」 「ああ、邪のみを祓った。おそらく悪いのは此奴じゃねーからさ」 「そう、だよね。元は穏やかな河童だったって、話してたもんね」 気を失った河童の元へ、お坊さんたちが駆け寄ってくる。 「霜花、大丈夫か霜花ーー!」 「え、河童ってメスだったの!?」 勝手にオスだと思ってたわ! お坊さんたちは、濡れた布で顔を拭いてやったり、名前を呼んだりしている。先刻も思ったけれど、この子……妖怪だけど愛されてたんだな。てっきり「悪しき河童を退治する仕事」だと勘違いしてた。 この人たちは、元の優しい河童に戻ってほしかったんだ。 今の今まで、気付かなかった。 まだまだ鈍感だなあ、あたしも。 そんな想いに駆られていると、千年さまが河童の目が覚めるようにと、印を切り、気を放った。 ドクン──── 脈打ち、大きくのけぞる。水かきのついた手の平が、ピクリと動いた。「じき、正気に戻ると思うぜ。邪気、祓ったからさ」 千年さまの言葉には、優しさが滲んでいた。 紫の袈裟を纏いしお坊さんは、どうにも腑に落ちないといった顔で問いかける。 「感謝いたします。……ですが、いまだに







