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弐の蝶〜鈍色の錫杖〜

Penulis: 士狼かずさ
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-20 18:15:03

 ある村に、藤の花の精霊が棲んでいたという

 その精霊は、夢の如き美少年でありました。

 樹齢千年を越えた、巨大な藤の花は

 いつしか妖しの力を持つようになったのです。

 銀髪の麗しき少年「夕月夜ゆうづきよ

 かの妖があらわれるのは三回。 

 一度目は「貴方が想う……一等美しいものを教えて」と問われ。

 二度目は「貴方の名を教えて……」と聞かれ。

 三度目は……

 三度目の問いは、誰も知らないのだという。

 それは少年が三たび訪れた時、必ず死に至るから────

 藤の花の精霊、その名は『夕月夜』

 彼が今宵、ここにやってくると聞きましてな。

 結界を張ろうと思うのですが、その前に

 安倍晴明さまは、涼やかに笑みを浮かべると小さな錫杖を鳴らした。

 シャンーーーーー

 その水鏡殿の元へと、ご案内願いたい」

 鈍色にびいろの錫杖。

 すごい、さすが稀代の陰陽師。よく使い込まれた色をしているわ。

 「この千年も、一緒に参りましょうぞ!」

 肩まである金色の髪が、サラリと揺れる。

 はーーーなんか千年さまって、綺麗……!

 このまま見つめていたいけれど、化け猫としてちゃんとお仕事キメないとね! あたしは水鏡さまの寝所へと、ご案内する事にした。

 寝所の横の廊下を通ると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 冬牡丹だわ。

 おおきな真紅の華が咲きみだれ、庭を美しく染めていた。

 そういえば、まだあたしが子猫だった頃、鮮やかに咲く冬牡丹、大好きだったなあ。 

 前足でチョイチョイ、花を叩いたりしてたっけ。

 水鏡さまはそんなあたしを見て、柔らかく抱っこしてくれたよね。

「かわいい〜お前はあたしの宝物ね!」

 そう呟いては、額をフワフワ撫でてくれたの。

 あんまり心地よくて、喉がゴロゴロ鳴ってたな……。

 そう、あれはまだ夕月夜って妖に、水鏡さまが心を奪われる、はるか前の出来事──

 懐かしい記憶が今、フッ……と脳裏をかすめていった。

 見上げれば、緋色の夕焼け。

 気がつけば美しい黄昏が、雲を染めていたの。

 いけない、しっかりご案内しなくちゃ!

 「ここが水鏡さまのお部屋です。あの、水鏡さま〜安倍晴明さまがいらっしゃいました。今、開けますね」

 真っ白な几帳を眼前に見すえ、中の部屋へと足を進める。

 刹那、水鏡さまの低い声が響いた……!

 「ならぬ。安倍晴明じゃと……? 今宵、白夜さまとの逢瀬を邪魔するつもりか」

 「水鏡さま、正気になって!」

 今この几帳きちょうの奥に、彼女がいる。

 几帳は、縫い目と縫い目のあいだに「風穴」と呼ばれる空洞があり、そこから少しだけ顔を垣間みることができるのだ。あたしは晴明さまの烏帽子の向こうにある、帳。そのすき間に瞳をこらす。

 風穴の中でうっすらと、扇で顔をかくした水鏡さまが見えた。

 艶めいた黒髪が畳の上でたなびいている。

 それはまるで、漆黒の川の流れのように。

 彼女の羽織る、緋牡丹のごとき紅い唐衣が、御簾の向こうでゆらめいて、まるで篝火のように美しかった。

 けれど……なにかしら。

 いつものお日様のように明るい彼女とは、ちがう気がするの。

 なにか闇を孕んだ雰囲気が、部屋の隅々まで立ちこめていた。袙扇あこめおうぎで顔をかくしているからかしら、いつもより大人びてみえるわ。扇から少しだけのぞく唇に、大人の艶を感じるもの。

 その緋色の唇から、言の葉が紡がれた。

 「安倍晴明とやらに帰っていただいて。一体何をしに……ここへ来たとおっしゃるの?」

 「夕月夜という妖から、貴方を守りに参りました」

 鈍色の錫杖を携えて、黒衣の陰陽師はそういい放つ。

 「貴方、陰陽師ね」

 「いかにも。京の都におきましては、少しは名の知れた陰陽師かと」

 「夕月夜さまの邪魔はさせないわ」

 氷の如き冷たい答え……!

 その声はたしかに水鏡さまなのだけれど、まるで違う人のようだ。それにしても、晴明という人は得体がしれないわ。最初は花のような笑みを浮かべた陰陽師らしからぬ、明るい印象の男であったのに。

 今、静かに風穴を見据え、水鏡さまと話しているこの男は

 とても言葉に尽くせぬ迫力がみなぎっているもの。

 晴明さまはそのまま風穴に向けて、彼女への説得をこころみた。

 「邪魔ではありませぬ。あれは夢の妖。貴方を黄泉へと導く者」

 「そうよ、あの人はあたしを迎えにいらっしゃるのよ! あははははははははははははははは

 水鏡さまは言の葉を呟きながら、寝所に活けてあった牡丹の花を、激しくちぎった。

 鮮血のような花びらが、床にはらはらと散らばる。

 「夕月夜は、貴方の命を欲しているのです。わかっておられるのですか?」

 夢を砕くような強き口調で、安倍晴明が彼女をたしなめた。

 バサリ。

 その声で彼女が扇を外した。

 「わらわの命は夕月夜さまのモノ……それを選んだのは、わらわよ!」

 風穴の向こうの彼女と目が合う。その瞳は、曼珠沙華のように紅い色をしていた。

 ……ちがう。人の瞳じゃない!

 ゾクリ

 冷たい旋律が背中をはしった……!

 それは、あたしだけではなかったらしい。

 千年さまも、思わず自らの刀に手を添えた。人ならざる何かの気配に気付き、瞬時に飛びかかれるよう構えたのだ。晴明が目配せして、それを無言で制した。

 几帳越しの彼女が、妖しく微笑する。

 「今宵が三度めの逢瀬…あなたに止められるかしら? ……安倍晴明」 

 「止めてみせましょう。貴方のお心を、夢幻の世から取り返してみせます」

 すうっと、音もなく安倍晴明が立ちあがり、

 二本の指を立て風を斬った。

 それは刀で人を斬るがごとく、素早い動きであった。

 「|急急如律令《キュウキュウニニョリツリョウ》」

 呪詛が唱えられた刹那、床に五芒星が浮かび上がったのだ─────

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