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一の蝶〜死化粧師と恋のはじまり〜

Penulis: 士狼かずさ
last update Tanggal publikasi: 2025-11-18 18:17:25

 懐かしい夢を見ていた気がする────────

 ……いつの間に、眠りに落ちていたのかしら?

 まだ夢の残り香があるのか、眠い。

 何か大切な言葉を、もらった気がするわ。

 えーっと、想い出せない。なんだっけ?

「涙。なんで泣いてるの、あたし……」

 頬にはらりと零れる雫。

 あれ、哀しい夢とか見てたのかな。

 うーん、全然記憶にないや。あたしはグーーーっと伸びをして。漆黒の尻尾をブンブン振ってみせる。

 ここは平安、いつもの水鏡さまの屋敷だ。

 あたしは化け猫なんだけど、けっこうお料理や雑用も人間並みにできるんだ。だから割と待遇がいい。厚畳のある広い部屋を与えられてるの。

 文机もあるしね〜。

 爪とぎ用に転がっているのは、松の大木を切った「丸太」だ。あたしこれ、めっちゃ好き! たまにバリバリしては、スッキリした気分を満喫しているの。

 10才で、化け猫の才能を見出したあたしは。

 ある日ただの猫から「ヒトに化けること」を覚えた。

 もうここ数年はずーーっと、毎日ヒトの娘の姿で生活してるんだ。慣れてしまえばなんて事はないもの。

 不思議なんだけど人に変化すると「漆黒しっこくの耳や尻尾」は、

 人の目には映らないんだって。

 腰まで流れる紅い髪は、見えるみたいなのに。

 なんだか腑に落ちませんけどー。

 他人から見たあたしは「18歳くらいの乙女姿」をしているらしい。

 水鏡様が女房(身の回りの世話をする人のこと)に作らせた緋色のうちぎに、漆黒の唐衣からぎぬ

 それを短く切って走りやすくした特別仕様の着物を、毎日着てるんだ。前に水鏡様が「かわいい〜」って、褒めてくれたっけ。

 最近は、そういえば言ってくれないな。

 あの藤の花の精霊が、水鏡さまの心を奪ったからだわ。

 あの妖に出逢ってから、水鏡さまはすっかり変わってしまった。

 また、元の優しい水鏡さまに……戻ってくれるといいのだけれど。

 ……あれ? 今なんか音がした気がする。

「あの、どなたかいらっしゃいませんか?」

 ふいに玄関から声がした。

 そういえば、水鏡さまの父上が「今日は客人が来るからな」って言ってたっけ。確か、陰陽師の来客がなんとかしゃーん、みたいな言葉を告げて、お出かけしたような。

「はーーい」

 あたしは返事をして、引き戸をガラリと開けた。

 ──待って。好きな顔、降臨!!!!

死化粧師しけわいし唐橋千年からはしちとせです」

 あ……ごめんなさい、恋でした。

 あたしはこの刹那、ひとめ惚れしたの。

 サラリと艶めく金色の髪、空色の澄んだ瞳。足なっが! 

 怯えるくらい足が長いですわ。

 細いけれども鍛えられた体に、緋色の狩衣がよく似合ってる。

 お顔のぜんぶと体のぜんぶが好き……! 

 え、何これどうしよう、意味わかんない。心臓の鼓動が早い……っ!

「あのさ、藤原雪人さまの屋敷ってここで大丈夫? 先日、退治してほしい藤の花の妖怪がいるって、依頼があったんですけど」

「あ、お聞きしております。陰陽師の方でいらっしゃいますか?」

「いえ、陰陽師はこちらの方です」

 すり切れたむしろが敷いてある土間。

 戸口の外は砂煙がまいあがり、人影が朧にみえた。

 そこに──黒衣の男が立っていた。

 烏帽子に、漆黒しっこく狩衣かりぎぬ。艶めいた紫紺しこんの袴をまとう男の姿がある。切れ長の瞳に、腰まで波打つ漆黒の髪。この人は、ひょっとして──

「はいどうもーーーー! 安倍晴明です」

「安倍晴明!? あの有名な陰陽師の?」

「いかにも! 藤の花のあやかしが、この屋敷の姫君をさらおうとしているとの事。いそぎ馳せ参じましたぞ〜!」

 え、なんか思ってたんと違う。

 安倍晴明って、もっと「闇を孕んで格好いい陰陽師」の印象だったのだけど。

 チャキチャキに明るい人、来ちゃいましたわ。

 あと、藤原雪人さまのお話だと、年齢六十って聞いていたのだけど、とてもそうは見えない。肌は淡雪のように白く、二重の大きな瞳には生命力があり、とても若々しく見えた。そうね、齢三十といった所かしら。

 こんな若い姿なのに、まこと安倍晴明さまなのかしら?

 うーん、ちょっと聞いてみよう。

「あの、安倍晴明ってご本人ですか? 噂では、京の都一の陰陽師って、聞いていたのですけど」

「いかにもー! 私が安倍晴明だ。そなた、化け猫の秋華殿かな?」

「え、あたしのこと知ってるんですか!?」

「無論な。水鏡みずか殿と仲が良かったと聞いておるぞ〜、なあ千年」

 安倍晴明様が、隣に立つ唐橋千年さまに視線を移す。

 金色の髪が陽に透けて、キラキラと琥珀色の輪郭を浮かび上がらせた。

 紅の着物を纏うその姿は、さながら一服の絵画のようだわ。

 夢のような笑みをたたえて、あたしへと瞳を向けた。

 なんて、綺麗なひと──

「ええ、聞いておりますよ! 秋華殿は、化け猫のあやかしだとか。ずっと水鏡殿を守ってるんですよね?

「今も、お守りしてますよ。あ、ご案内しましょう。藤原雪人さまがお待ちです」

 あたしは二人を、大広間へと案内した。

 昼下がりの陽光が、御簾のすき間から美しい影をつくる。

 白い几帳が左右に置かれた、一段高い畳の上。そこに、主人である雪人さまが座っていた。

 紅い蝶の細工をほどこした銀の鏡。

 それが雪人さまの背後で煌めいてみえる。

 新しい畳の匂い。瑠璃色の香炉。雪人さまの横で、淡雪のように白い几帳が風をうけて揺らめいた。その時、瞳に暗い影をおとし、藤原雪人さまが呟いたの。

「水鏡は、夢のあやかしに恋をしているのです」

 長い烏帽子に、緑青色の狩衣。口髭をたくわえ、白瑪瑙のごとき美しい直衣(のうし)を召して。

 衣装はこんなに典雅で煌めいているのに、その瞳は哀しみで濁っていた。

 娘の身を案じるためか、顔色は月のように蒼い。

 雪人さまは、ながーーい溜息を吐くと、安倍晴明様に向き直る。

「晴明さま、どうか……わしの娘を救ってはくれませぬか?」

「無論。そのために、この屋敷に参りましたからのう〜」

 ニコニコと人懐こい笑顔を浮かべて、晴明さまは返事をした。

 雪人さまは意を結したように、口を開く。

「今宵、夕月夜という名のあやかしが、この屋敷を訪れましょう。銀髪美少年の姿をしていますが、その正体は『藤の花の精霊』。その妖から水鏡を守って欲しいのです……!」

 あたしは無礼かなと思ったけれど、その言葉に続いた。

「晴明さま、あたしからもお願いします! 水鏡さまは、藤の花の妖に恋をしているの。恋したおなごの元へ三度現れ、三度目に連れ去ってしまうという、噂の妖ですけど。実は……!

「今宵が、三度目の逢瀬。なのじゃな?」

 先刻まで、ニコニコと笑顔を浮かべていた安倍晴明さまの瞳が、スッ……と見開いた。

 ゾクっと肌が泡立つ。

 この人やはり、本物の陰陽師なのだわ————

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