Se connecter「レイス、子供に手をあげるなんて、何を考えてる!」
「それも私の子に。いくら男児を産めずに冷遇されてるからって、最低!」 「私はその子に触ってない。エドワードは私のアンナを突き落としたの!」事実を必死に訴えるが、ふたりは軽蔑の目でレイスのアンナを見下ろす。
「エドがそんなことするわけないだろ」 「あなたがやったんじゃないの? 女に産まれた自分の子を恨んで」 「違う! 私はそんなことしない! アンナを愛してるの!」 「痛いよぉ」エドワードがまた嘘泣きをすると、ふたりは大袈裟に心配する。
「まぁ、なんて可哀想なの! 急いで冷やさなきゃ!」
「医務室に行こう」 「待って! アンナを」ゲイリーは憎しみのこもった目でレイスを見ると、拳を思いっきり振り上げた。剣術のために鍛錬を重ねた成人男性の拳は重く、悲鳴を上げることすら出来ない。レイスは抱きかかえていたアンナと共に、床に倒れる。
「い、ぐぅ……! アンナ!」
「いい加減にしろ。そんなの、死んでも俺には関係ない」
ゲイリーの言葉に唖然とする。彼がアンナに愛情がないことは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「何を言ってるの? あなたの子でしょう!?」 「うるさい。王族に女など、役に立たん。エド、将来結婚するにしても、ああいった女はやめておけ」「そうよ。惨めに喚いて、みっともないわ」
「はい、父上、母上」
ゲイリーはエドワードを抱き上げ、3人は医務室に向かう。途中、通りかかった執事に何か伝えるのが見える。だが、今のレイスにとって、そんなことはどうでもいい。
「ごめんなさい、アンナ……。お母様が不甲斐ないから……」
固く目を閉じたアンナを再び抱き上げ、今度こそ医務室に向かう。そんなレイスに、執事のバルトとふたりの衛兵が近寄ってくる。
「お退きになって。アンナを医務室に運ばないといけないの」
立ちふさがる3人を睨みながら言うと、バルトはアンナの腕を引っ張った。幼いアンナの体は、再び床に叩きつけられてしまう。
「アンナ! なんてことするの!? あなた、それでも執事!? いいえ、それ以前の問題よ! 人の命をなんだと思っているの!?」
「騒がしいですぞ、レイス王妃。フレアージュ家は、この程度の躾もできないのですか。淑女たる者、いつ何時、毅然と構えていませんと」
バルトの言葉に、衛兵達はクスクス笑う。
「我が子が死にかけてるのに、淑女の心得なんて気にしてる余裕あるわけないでしょう!? お退きなさい!」
レイスが声を上げると、3人は馬鹿にするように笑う。
「私を馬鹿にしたいのなら、好きにすればいいわ。王妃として命令する。今すぐそこを退きなさい」
バルトは片手を上げ、衛兵達に合図する。衛兵達はレイスの後ろに素早く回り込むと、彼女を羽交い締めにした。「ちょっと、何するのよ! 離しなさい、無礼ですよ」
レイスがいくら暴れても、鍛え抜かれたふたりの衛兵相手では、どうしようもない。
バルトはレイスを挑発するように、アンナの襟首を片手でつかみ、持ち上げた。
「やめなさい! アンナを離して!」
「仰せのままに」
バルトはニヤリと笑い、手を離す。重力に従い、アンナはまた、床に叩きつけられた。
「アンナあぁっ!」
必死に手を伸ばそうとするが、衛兵達が阻止する。
「アンナ、アンナぁ! この悪魔! あなた達、人じゃないわ!」
レイスが怒れば怒るほど、3人は調子に乗り、ニタニタ下品な笑みを浮かべるだけ。
「これの処理は、こちらでしておきますので」
バルトは再びアンナの襟首を持ち上げる。
「処理って何!? アンナはまだ死んでないの! 退いて、医務室につれてくんだから!」必死に声を張り上げ、抵抗するレイスに、バルトはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。通りかかった侍女や他の衛兵も、レイスを見下し、嘲笑う。
「大声をあげて、淑女として恥ずかしくないのですか?」 「アンナを返して!」「衛兵、王妃様はご乱心です。寝室に連れて行っておやりなさい」
「はっ!」
衛兵達はレイスを引きずり、寝室に向かう。
「アンナ、アンナぁ! いやああっ!」
その晩、レイスは自室で未使用のノートを2冊用意した。1冊には自分が成人し、処刑されるまでの記憶を、もう1冊には火野玲海の記憶を書き綴る。こうでもしないと、頭がパンクしそうだ。 黙々とノートに書いていく。普段の勉強でも、ここまで集中したことなどない。「できた……!」 ノートをまとめ終えたレイスは、達成感と疲労が滲む笑顔を浮かべる。 まず、レイスの記憶だが、運動はいまいち、勉強は優秀なため、15歳で婚約者候補に選ばれる。父は少しでも選ばれる可能性を高くしようと、レイスに様々な習い事をさせる。レイスが嫌がっても、父は習い事をひとつも辞めさせなかった。家庭教師達も張り切り、レイスがまだ理解しきれていないのに次に進み、ミスをすると叱るという悪循環が発生する。 無事、ゲイリーに見初められる。最初は幸せな夫婦だったが、結婚して半年ほどすると、社交パーティーでメリンダとゲイリーが出会ってしまう。レイス自身は13歳でメリンダと会う。印象は最悪だった。ことあるごとに自慢し、レイスや、他の令嬢を見下していたのだから。 社交パーティーでメリンダを気に入ったゲイリーは、あろうことか、レイスに相談も無しで側室にしてしまう。最初はほとんど平等に扱われていたが、レイスがアンナを産むと、ゲイリーはレイスを無視するようになった。 ゲイリーは男尊女卑なところがあり、王室に女は必要ないと考えていたのだ。2年後にメリンダがエドワードを産むと、レイスへの嫌がらせはエスカレートしていく。最初はゲイリーとメリンダのふたりが、無視をしたり暴言を吐いたりする程度だったが、私物を捨てられたり、ゴミを投げつけられたりするように。 更には使用人達まで、レイスとアンナを冷遇し、カビたパンや、残飯を食べさせようとしたり、洗っていない服を着させたり、わざとドレスを破いたりした。 成長したエドワードも嫌がらせに参加し、挙句の果てに階段からアンナを突き落とし、アンナが殺されるところを魔頼りで見せたり、大事なものを壊したりした。怒りに身を任せ、エドワードを殺害したレイスは、そのまま処刑されてしまった。 ここまでが、もうひとつあるレイスの記憶。あまりにも悲惨で惨めな人生だ。 次に、火野玲海という少女の記憶。まず、世界がまったく違う。平成後期に東京で生まれ育った玲海は、幼少期から孤独の中で生きていた。両親が揃うこ
「お嬢様、レイスお嬢様!」 侍女に声をかけられ、意識がはっきりしてくる。全身がやたら痛い。「あ、あれ? 私……」「大丈夫ですか!? 落馬したのですよ。今すぐ医者を!」 使用人達は右往左往する。(これは、いったい……?)「うっ!?」 頭痛と共に、記憶が一気に流れ込んでくる。1回目の人生で娘を殺され、処刑されたこと。レイワのニホンという国で、火野玲海という名前の学生として暮らし、れみぃ☆としても活動して不思議な2重生活をしていたこと。「お嬢様、大丈夫ですか!?」「平気よ、メアリー」「ですが、顔色が悪いですよ」「お嬢様!」 侍女、メアリーの言葉に返す前に、フレアージュ家専属医師が駆け寄り、レイスの前にしゃがみこむ。「お嬢様、落馬なさったというのは本当ですか?」「え? えぇ……」「何かあっては大変ですからね。慎重に運ばせていただきます。失礼しますぞ」 医者はレイスを抱きかかえ、医務室に連れて行った。医学魔法で細部まで調べると、手当をし、氷枕を用意してくれた。「打撲傷がありますが、冷やしながら安静にしていれば大丈夫でしょう。部屋の外に侍女を置いておきますので、何かあったらベルをお鳴らしください」 医者はサイドテーブルにベルを置くと、一礼して出ていった。「今の、何?」 今のレイスの頭の中にはふたり分、いや、3人分と言うべきだろうか? 3人分の記憶がある。 ひとつはレイス自身のもの。12歳の今まで生きてきた記憶だ。もうひとつもレイスのものだが、成人して結婚してからの記憶もある。その記憶は娘を殺され、復讐し、処刑されるというもの。 そしてもうひとつ、火野玲海という少女の記憶。彼女の記憶は、17歳までのものだ。彼女は孤独な人生を歩みながらも、ハイシンなる活動をしており、不特定多数の人間と会話を楽しんでいた。 この世界にパソコンなんてものもなければ、VTuberもいな
玲海の両親は共働きをしており、キャリアを大事にする人だ。両親が授業参観や運動会、文化祭などの学校行事に来たことはない。どうして子供を産んだのか疑問に思うほど、会う時間すら短い。 今はふたり共出張で、父はアメリカ、母はドイツにいる。会話をする時間もあまりないから、自分の両親がどんな仕事をしているのか、玲海はよく知らない。そもそも、知りたくもない。 両親は時々連絡をしてくるが、生活費が足りているかの確認と、叔母さんを困らせないようにという注意だけで、玲海を心配する様子はない。海外を飛び回る高収入の両親を、人々は立派だと言うが、玲海からしたらネグレクトをしている毒親だ。 今のように両親が出張で家にいない時は、3日に1回くらいの頻度で、母の妹が様子を見に来る。玲海の授業参観などに来るのも叔母のみゆきばかりで、彼女が実質的な母親と言っても過言ではない。 友人に今の生活について話すと羨ましがられるが、こんな生活は楽しくない。だから配信をして寂しさを紛らわせているのだ。「時間が時間だし、軽めがいいかな」 玲海はコンビニに入ると、サラダをかごに入れる。ついでに明日の朝ご飯と昼食のパンやお茶も入れていった。 玲海もある程度料理はできるが、生ゴミの処理も、作るのも面倒で、いつもコンビニやファミレス、出前などで食事をしている。一応玲海なりに健康に気をつけてサラダは毎回食べるようにしているが、栄養が傾いている気がするのは否めない。 帰宅途中、再びレイスの記憶が少しずつ浮かぶ。それが玲海をイラつかせた。 レイスは自分の意見をほとんど言わず、流されてばかり。どんなに馬鹿にされても、嫌がらせをされても、困ったように笑うだけ。挙句の果てに娘を殺されてしまう。 不甲斐ないにもほどがある。「あーもう、メソメソして情けない……」 舌打ちをし、小石を蹴り飛ばす。少し離れたところにある交差点は点滅していた。玲海が着く頃には、信号は赤になっているだろう。それが面白くなくて、別の石を投げた。「はー、だる……」「あ、あのっ!」
令和日本、とある高校の昼下がり。皆が真面目に授業を聞いている中、ひとりの女子生徒、火野玲海は居眠りをしている。 両親が出張で家を空けていることをいいことに、メスガキ系VTuberれみぃ☆として、夜遅くまでゲーム配信をしていたのだ。人気のゲームをプレイすることもあるが、数学好きの彼女は、数学が用いられたゲームをプレイすることが多い。メスガキのキャラと数学好きというギャップが受け、今は登録者数が6000人以上いる。「アンナ!」 悪夢にうなされていた玲海は、飛び起きる。(なに、今の夢……。すごくリアルだった……。ううん、それだけじゃない) ファンタジーな世界の王妃、レイス・フレアージュとしての記憶が、玲海の中にある。「火野さん。この物語の主人公は、アンナではなく、亜美ですよ」 国語の教師は冷たい視線を玲海にむけ、クラスメイト達はクスクス笑ったり、ため息をついたりしている。「す、すいません!」「数学が得意なのはいいけど、国語の授業もしっかり聞きなさい。コミュニケーションに必要なのは、数字ではなく言葉ですよ」 国語の教師、安藤は厭味ったらしく言うと、黒板に書きかけの文章の続きを書く。 玲海は数学は得意だが、国語が苦手だ。特にひとつの物語から学ぶタイプの授業だと、必ず朗読がある。日当たりのいい席で朗読を聞いていると、つい眠ってしまうのだ。 安藤はそれが気に食わないのか、玲海に強く当たりがちだ。だから玲海も、安藤と国語があまり好きではない。(レスバ力は私の方が上だってーの!) 教科書で口元を隠し、舌をつきだす。昔から、リアルよりネットの友達が多い。そしてSNSをしていると、非常識な大人と遭遇することも多く、彼らにうざ絡みされる。今でこそブロックしておしまいだが、当時は正論パンチを繰り出し、言い負かしていた。それがたまらなく気持ちよかった。 最も、リアルでそんなことをしたら「生意気だ」と目をつけられて面倒なことになるのでやらないが。(なんなんだろう、この記憶&hell
小一時間もすると、ゲイリーとエドワードが寝室に入ってきた。メリンダの姿はない。「俺はメリンダと出かけてくる。お前はエドワードを見てるんだ」「おばさん、一緒に遊ぼう! 僕を息子だと思っていいからね。特別だよ」(どの口が……) 怒りを抑えようと、ドレスの裾を握り、静かに息を吐いて気持ちを落ち着かせる。「エドはいい子だな。レイス、エドワードに感謝しながら相手をするんだ。エドに何かあったら、ただじゃおかないからな」 ゲイリーはエドワードにおやつを渡すと、扉を閉めた。 ゲイリーの足音が遠ざかると、エドワードは4歳とは思えない邪悪な笑みを浮かべた。その顔は、悪魔の生まれ変わりのようだった。「ねぇ、おばさん。僕のお手紙見てくれた? アンナちゃん、きっと熱かっただろうなぁ。でも、その前に寒いって言ってたし、ちょうどいいか」 エドワードは部屋の中を歩き回りながら、クスクス笑う。棚に近づくと、飾っていた写真立てをわざと落とし、踏みつけた。「なんてことを……!」 その写真立ては、去年海に行った時に拾った貝殻で、アンナが作ってくれたものだ。飾ってあった写真も、アンナとのツーショットで、レイスの宝物だ。「あ、ごめーん。気づかなかった」 わざとらしく言いながら、今度は花瓶を落とす。花瓶に活けてあったのは、アンナが摘んでくれた花だ。エドワードは花を踏みにじりながら、青ざめていくレイスの顔を見てニヤニヤ笑う。(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない) 気づいたらレイスは、エドワードに馬乗りになって、彼を殴っていた。「痛いよ、おばさん! 父上と母上に言いつけてやる! そしたらお前なんか殺されるぞ!」「結構よ」 自分でも聞いたことがない低い声で言うと、一心不乱にエドワードを殴り続けた。最初は罵詈雑言を浴びせていたエドワードだったが、懇願に変わり、沈黙に変わった。 レイスはエドワードをひたすら殴り続けた。彼が死んでも、自分の
翌朝、床でぐったりしているレイスの元に、ゲイリー、メリンダ、エドワードの3人が様子を見に来る。「やだぁ、みすぼらしい。これで王妃とかなんの冗談?」「床で寝るなんて、動物みたいだな」「おばちゃん、ひっどい顔してるよ?」 レイスを見下し、声を出して笑う3人。できることなら、今すぐこの3人を殺してやりたい。だが、ただでさえ魔力が弱いのに、衰弱してしまっている。これでは、ひとりも殺せない。「反省したか?」 ゲイリーは横たわっているレイスの髪を掴み、無理やり起き上がらせる。頭部に痛みが走るが、生きたまま燃やされたアンナの苦しみに比べれば、可愛いものだ。「まったく、いい迷惑よ。エドワードに謝って」「……」 レイスは沈黙を貫く。これが気弱なレイスにできる精一杯の抵抗だ。謝ろうとしないレイスに腹を立てたゲイリーは、レイスの頭を床に叩きつけるように、土下座させた。「謝れ!」「……ごめんなさい、エドワード」「口の聞き方がなってないな」 ゲイリーはレイスの髪を離すと、立ち上がって彼女の頭を踏みつける。これほど屈辱的なことをされている女性が王妃だと、誰が信じるだろうか?「公爵の娘だったくせに、そんなこともできないの?」 メリンダは小馬鹿にするような口調で言いながら、レイスの顔を覗き込む。目が合うと、優越の笑みを見せた。(悔しいけど、謝らないとこの人達はずっとここにいる……)「大変申し訳ございませんでした、エドワード様」 極力感情が表にならないように、心のない謝罪をする。それでも3人はレイスに土下座させているのが楽しいのか、ニヤニヤ笑っている。「どうする、エド。こういうのって、本人の気持ちが大事だから」「遠慮することないぞ」「僕は気にしてないよ。おばさん、遊ぼう」 エドワードは天使のような笑顔を見せる。レイスはこの笑顔が憎たらしくてたまらない。今すぐ殴って、踏みつけてやりたい。死にたいと思うほど痛めつけて、じっくり殺してやりたい。 だが、そんなことをしても気分は晴れないだろうし、アンナは戻ってこない。「まぁ、なんていい子なの」「どこかの誰かとは大違いだ。それなら、食後に遊んでやるといい」 ゲイリーとメリンダは、エドワードのふわふわのブロンドの髪を撫で、息子を可愛がる。エドワードはまんざらでもなさそうな顔で、大人しく撫でられていた。「さ







