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5話

Auteur: 東雲桃矢
last update Date de publication: 2026-05-10 08:30:10

 小一時間もすると、ゲイリーとエドワードが寝室に入ってきた。メリンダの姿はない。

「俺はメリンダと出かけてくる。お前はエドワードを見てるんだ」

「おばさん、一緒に遊ぼう! 僕を息子だと思っていいからね。特別だよ」

(どの口が……)

 怒りを抑えようと、ドレスの裾を握り、静かに息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

「エドはいい子だな。レイス、エドワードに感謝しながら相手をするんだ。エドに何かあったら、ただじゃおかないからな」

 ゲイリーはエドワードにおやつを渡すと、扉を閉めた。

 ゲイリーの足音が遠ざかると、エドワードは4歳とは思えない邪悪な笑みを浮かべた。その顔は、悪魔の生まれ変わりのようだった。

「ねぇ、おばさん。僕のお手紙見てくれた? アンナちゃん、きっと熱かっただろうなぁ。でも、その前に寒いって言ってたし、ちょうどいいか」

 エドワードは部屋の中を歩き回りながら、クスクス笑う。棚に近づくと、飾っていた写真立てをわざと落とし、踏みつけた。

「なんてことを……!」

 その写真立ては、去年海に行った時に拾った貝殻で、アンナが作ってくれたものだ。飾ってあった写真も、アンナとのツーショットで、レイスの宝物だ。

「あ、ごめーん。気づかなかった」

 わざとらしく言いながら、今度は花瓶を落とす。花瓶に活けてあったのは、アンナが摘んでくれた花だ。エドワードは花を踏みにじりながら、青ざめていくレイスの顔を見てニヤニヤ笑う。

(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない)

 気づいたらレイスは、エドワードに馬乗りになって、彼を殴っていた。

「痛いよ、おばさん! 父上と母上に言いつけてやる! そしたらお前なんか殺されるぞ!」

「結構よ」

 自分でも聞いたことがない低い声で言うと、一心不乱にエドワードを殴り続けた。最初は罵詈雑言を浴びせていたエドワードだったが、懇願に変わり、沈黙に変わった。

 レイスはエドワードをひたすら殴り続けた。彼が死んでも、自分の拳が真っ赤になっても止めなかった。ただひたすら、何度も何度も。エドワードが地獄に落ちることを祈りながら、アンナが天国に行ったことを願いながら、拳を振り上げた。

 ゲイリーとメリンダが帰ってきたのは、午後3時過ぎ。

「ちゃんとエドの相手を、きゃああっ!」

 扉を開けたメリンダは、悲鳴を上げた後に気絶した。室内には血の匂いが充満し、変わり果てたエドワードがレイスに殴られ続けていた。

「お前、なんてことしてるんだ! 衛兵、衛兵! はやく来い!」

 ゲイリーの怒声に真っ先に駆けつけたのは、執事のバルト。

「どうなさい……、これは!」

 バルトは室内の惨劇を見て言葉を失った。何を言っても、どんな嫌がらせをしても、抗議をすることなく、困ったように笑うだけだったあのレイス王妃が、4歳の少年を殴り殺すという恐ろしい凶行に走っているのだから、無理もない。

 遅れてきた衛兵は、ゲイリーに怒鳴られながらレイスを止め、連行した。

「おい、バルト! 何故このようなことになっている!? 昼にエドを呼ばなかったのか!?」

「申し訳ございません。エドワード様には、お楽しみがあるから、お昼になっても呼ばないでと言われていたもので」

「この役立たずが! 衛兵! この無能執事も捕まえろ!」

「そんな! いくらなんでも横暴です!」

 ふたりの衛兵が、バルトの両腕を掴む。昨日、アンナを助けようとしたレイスを捕縛する時のように。

「うるさい! お前も死刑だ! こんな虫けら、今すぐこの場で殺せ!」

 ゲイリーの命令で、バルトは衛兵に斬り殺されてしまった。衛兵はバルトの亡骸をどこかへ運び、侍女達は血の掃除をするハメになってしまった……。

 地下牢に閉じ込められたレイスは、呆然と自分の腕を見ていた。何時間もエドワードを殴り続けていた拳は皮膚が裂け、骨と肉が見えている。それなのに何故か痛みは感じない。

「ごめんね、アンナ……。私、ひとりしか……」

 目を閉じると、アンナの笑顔が浮かぶ。だが、すぐに燃え盛る炎で焼かれ、苦しむ姿に変わってしまう。レイスはアンナが焼かれたところを実際に見たわけではない。魔便りには、音声が乗っていなかったし、アンナは麻袋に入れられていたのだから。

 罪悪感やアンナへの愛情が、アンナが焼かれる幻覚をレイスに見せていた。

「ごめんなさい、アンナ……。お母様、エドを殺しちゃったから、アンナがいる天国に行けない……」

 レイスは1日中、アンナを想い、泣き続けた。夜に食事が出されたが、食欲などわかず、手をつけずにその日を終えた。レイスが最後に食事をしたのは、一昨日の早朝。つまり、ほぼ2日間何も食べていないことになる。

 翌朝、レイスは断頭台の前に立たされた。罪状は幼いエドワードを嫉妬で殺した罪。

「王妃が側室の子供を殺しただって?」

「自分が産めなかったからって、どうかしてる」

 アンナの存在は、国民達に知らされていない。ゲイリーが「第一子が女など恥ずかしい」と言って、公表することを禁じたからである。もちろん、彼らはレイスが毎日屈辱的な嫌がらせをされていることも、娘が殺されたことも知らない。

(アンナ、本当にごめんなさい。でもね、お母様はあなたを心から愛してる。もしやり直せるのなら、今度こそ、あなたを……)

 心の中でアンナへ懺悔をしている最中、ギロチンの刃が落ち、レイスの首を切断した。

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