「お待ちしていましたハウエル・ロビン様」
騎士達に出向かわれた俺はぎこちない様子で挨拶をする。もっと饒舌に出来たらいいのだが、慣れていない。現実でも初対面の相手には緊張してしまう癖がある。俺から見たら違和感にしか思えない自分の行動も、このゲームはきちんとした対応に変換してくれている。この世界の言葉使いを知らない俺をサポートしてくれているようだった。 騎士の後ろから出てくる老人がこちらを見つめながら微笑んでいる。白いローブを羽織っていて、いかにも魔法使いのような姿だ。ほっほっほっ、と高笑いする声が合図となり、騎士達が一斉に跪《ひざまず》く。 「騎申し訳ない事をしたね。君は客人ではなく、国王の息子。王子の立場を手にした存在なのに……私の声で反応するとは、まだまだ教育が足らないみたいだ。気分を害させてすまない」 老人の名前はエンスと言うらしい。攻略対象とは別にキーになる存在にはプロフィールが存在するみたいだ。視界にエンスの情報が出てきたのは驚いたが、これならどうにか進める事が出来る。攻略対象以外との会話は無意識の内に考えてしまう事が自動的に会話に組み込まれていくみたいだ。勿論、現実世界のように談笑も出来る。自由度が高いゲームになる。 少しずつ仕組みを体験出来るのは有り難い。チュートリアル様。 グッと拳を握りガッツポーズをすると、ハッと我に返る。もしかしたらこの行動も具現化されるのではないかと、ハラハラし始めた。 「思考と感情が会話に適応されるだけで、行動はないよなー、流石に」 今回の心の声はどうやら適応されなかったようだ。その代わりガッツポーズが適応されてしまう。まるで舞踏会の中心人物に立っているような物腰で跪き、大袈裟に自分をアピールし始めた。自分で見ていても恥ずかしい。すぐ様終わらしたいのに、簡単にはいかない。 「おやおや……さすがハウエル様。しなやかな身のこなし方、国王も喜びますぞ」 どうやらエンスには好印象を与えられたらしい。ふうと息を吐くと、エンスの声に導かれるように元の体制に戻っていく。 「ラウジャ、来なさい」 「はいエンス様」 ラウジャと呼ばれる人物は自分の動かしているキャラクターと同じ髪色をしている。どことなく自分と似ている存在に驚かされながら、エンスはラウジャの肩を軽く叩く。 「ハウエル様のエスコートをさせていただきます。私はラウジャと申します。お見知りおきを」 「よろしく頼むよ。それではエスコートしてもらおうか」 スマートにいきたいものだが、自分の出来る最低限の知識でどうにか切り抜けようとする。それを見逃さなかったラウジャは誰にも聞こえないようにくすりと微笑むと、そっと右手を差し伸ばしてくる。男性と触れ合う事なんて経験がない俺は、少しずつこの世界に飲み込まれていった。 ラウジャが世話をしてくれるようだ。どういう立場なのかを理解出来ていない俺は、少しずつ彼に対して興味を抱き始める。それもこのゲームのシステムによるものだとは思いもよらないだろう。 「湯浴みをしましょうか。色々な所を回って疲れたでしょうし、少しでもリラックスして頂けたら……」 湯浴みがどんなものなのかを知らない。しかしここで断ってしまうとラウジャの好感度が下がってしまう可能性が出てくる。最初は気づかなかったが、彼は攻略対象の一人だった。チュートリアルの時に紹介されてもいいはずなのに、この部屋に入ってから、急にプロフィールが出てきた。 「お言葉に甘えようかな」 彼の提案を受け入れると、パアッと見た事のない可愛らしい笑顔が現れた。相手は男性なのに、高鳴る鼓動が加速していくのが分かる。本来の自分なら、反応しない事も、どうしても反応してしまうようだ。冷静な思考を保とうとするけど、横槍が入ってきて、思考を定着させる事ができなかった。 「……可愛いな」 ポツリと本音が漏れると、徐々に顔を真っ赤にさせていくラウジャがいる。まるで林檎のよう。その奥に甘い蜜を隠し持っているラウジャの首筋を無意識に見ている。ゴクリと喉を鳴らすと、興奮していく。 「あえあ、すみません」 「そういう時は、ありがとうでいい」 「う……ありがとう?」 敬語を使っていた彼が初めて身近に感じれるようになっていく。トプトプとお湯が溜まっていく音はまるで、押し寄せてくる欲望を表現しているようだった。 俺の手がラウジャへと伸びていく。少し離れていた距離も縮まり、いつの間にか自分の胸板に彼を押し付けていた。突然の事に顔を真っ赤にしながら、硬直しているラウジャは小さな声でお湯が溜まった事を知らせてくる。 「……入りましょうか」 恥ずかしいのか目を合わせてくれない。その姿がどんな美しい人よりも、美しく、甘い香りが部屋中に充満していく。彼の体温を求めるように抱きしめると、耳元で漏《も》れた吐息をより深く感じる事が出来た。最終話 リバース 急降下する俺が辿り着くのは、どんな世界なのだろう。近くにいたはずの希望はいつの間にか消滅していた。 「ようこそ、ホロウへ」 「……」 マグマのような熱さを演出している背景はまるで俺の全てを焼き尽くしてしまいそう。項垂れた俺の召喚を待っていた人物は、俺の唇にピアスをつけ始めた。 「痛みは感じない。君は本当の意味で僕の大切な存在へとなったんだ」 虚な目で見上げると、そこにいたのは急に姿を消した婚約者の一人、ラウジャだった。闇は複数のキャラクターに干渉する事で、自分達の駒にしている。 「僕の名前はラウジャ・リバース。ホロウの案内人だよ」 リバースと耳に入ると、そこで初めて彼の役割を理解したような気がした。この世界には二つの役割を備えていた。記録を守り、人に希望を与える薬になる。それとは反対に、現実から身を守る為に逃げ込む場所として。 その二つの特性は彼の名前のようにリバース。表と裏だった。 「君が獲得したB度数は君自身を縛る鎖として扱われる。自由を願えば願う程、君を蝕んでいくだろうね」 ラウジャは初対面のような素ぶりをしながらシナリオ通りに動き始めた。 「君はこの世界を支配する為に力を手に入れるんだ、そして——」 その続きが語られる事はない。俺は目の前に広がる光景に目を逸らす事しか出来ない。 「……たのか」 「え?」 「……裏切ったのか」 ラウジャを支配し終えた奴らは、俺の仲間にも手を出していただろう。そうやって気づかれないように近づいていた闇の中で、この瞬間を待ち望んでいた。 「僕はこのゲームのシステムでしかない。それよりも君が持ってきたアイテムを差し出してね」 自分には持っているものなんてない。両手には何もなかったはずなのに、目線を下へ注ぐと、しっかりと両手で守るように持っていた。 これはレイングの魔剣だ。あの時の強制力が働いたのだろう。どちらも選ばなかった俺に対する罰なのかもしれない。 ロロンの立場をラウジャがこなしていると言う事は、きっと彼にも。 「さぁ忠誠の誓いに、それを献上して」 言葉は魔力だ。物語は強制的に作られていく。渡したくないのに、体が言う事を聞かない。 何度も何度も抗おうとしたが、結果はいつも同じ。 「ありがとう。これで君はこちら側に
七十一話 隠された名前の由来 止めようとしても止まる事が出来ない。ずっと一緒にいた仲間達との記憶が闇に染まっていく。 綺麗だった景色も、笑合った日々も、最初からないように、憎しみと悪意で埋め尽くされて言った。「どうして」 ゲームの内部が崩壊しながら、全く違う空間を生成していく。その奥に一人の男性が手招きをしながら、俺を崩していく。「久しぶりだね、レイト。俺の事忘れちゃったのかな?」「カ……ガミ」 今、思えば彼の警告からこの話は始まりを告げた。母親の事を一番理解している彼だからこそ、全てを書き換える事が出来たのだろう。「ここまゲームの中だよ。どんな地獄が合ったとしても現実じゃない。メモホロは人体に悪影響を与えるゲームとして試作品を放棄したんだ。基本システムには問題はない。だからこそ、俺がこのゲームを新しく作り変えたんだ」 一度メモリアルホロウに取り込まれてしまうと現実に戻れない事件が発生した事を告げる。 自分だけだと思っていた。他にもプレイヤーとして表には出ていないメモホロをプレイしていた事を知った時には、もう遅い。「俺が作ったのは見たくない現実から逃げる為のゲーム。現実逃避したい時にプレイすると、何もかも忘れる事が出来る。一種の洗脳ゲームかな」 カガミは今までの我慢をぶつけるように、沢山の物語を語り続けていく。「見たくないものを見なくていい」 俺の耳を軽く噛むと、強烈な痛みを感じた。まるで鈍器に殴られたような。 見えない敵に飲み込まれるように、震えが全身にゆっくりと回っていく。「中身なんてどうでもいい。甘い嘘と優しい夢の中で生きていけばいいだけなんだからさ」 人としての人生を記録する為にメモリアルホロウが存在していた。人間としての経験も感情も行動も全てを幻に書き換える為に。 一度抜かれた情報はこの世界の一部として具現化されていく。そしてメモホロとしてのゲーム進行が加速する事で、全てをなかった事にする。
七十話 選択肢をお選びください。 どうして今まで気づかなかったのか。レイングとロロンに匂いの事を話すと、二人は首を傾げた。「バラの匂いなんてしないよ〜」「俺もだ」 二人が嘘をついているようには思えない。と言う事は、この匂いを探知出来たのはプレイヤーだからなのか。この匂いが何を意味するのかは分からないが、何の情報もないこの状況に一筋の光が見えたのには変わりない。「どこから匂いがするんだ?」「真っ直ぐだね。近くまで行かないと、それから先は分からないけど」「賭けてみるか」 こんな話を笑わず聞いてくれる二人の存在が支えになっている。情報がないからこそ、どんな些細な事も見落とさないように、慎重に確かめていく。「……俺を信じてくれるんだな。ありがとう」 俺を先頭に匂いがする方向へと駆け出していく。その先には敵がいる可能性が高い。相手は俺達が前に進まないように、何かから遠ざけるように、時間を賭けて戦闘をしていた。そう考えると、これ以上チンタラする事は避けた方がいい。「急ごう」 声かけをすると、二人は答えるように、今まで以上の全速力で先を目指していくんだ。 ラウスが戦闘から離脱したと言う事は、彼自身はハニン達とは違う方向へと向いて走っているはずだ。カリアはそれを見越して、ハニンの元へと舞い降りた。 突然現れたカリアの存在に驚きながらも、納得したように頷くと、口を開く。「どうやら息子が迷惑をかけたようだな」「しゃーないわ。まだ若いんやし。オイラはそんな事で怒らへんよ」 口ではそう言い切るが、内心では怒りに満ちている事が分かる。ハニンは見透かしたように視線を送ると、頭を抱え始めた。 ふと意識が逸れてしまうと変化の力が揺れてしまう。感情の不安定は全ての計画を潰しかねない。「ラウスには匂いをつけておいたで。それは主人公にしか把握出来ないけど、充分やろ」「……匂い?」「そうや。尾行させる為のカモフラージュ
六十九話 バラの匂い なるべく時間稼ぎをする事が出来たラウスはさっきの戦闘の事を考えながら、足を早めていく。 幸運スキルと叫んでいた。今までそんなスキルを聞いた事がなかった。プレイヤーの俺の事を異質な存在と認識し始めている。「あいつは何者なんだ」 心の声が言葉として作られ、表面に滲んでいく。まるで誰かに引き出されているように。心の奥底にあるしこりが彼を蝕んでいく。 考えてもキリがないのに、どうしてだかあの光景が頭から離れない。俺に対して悪意を抱いているはずのラウスは、記憶を巻き戻しながら、何度も再生していく。 レイングとラストの間に割り込んできた邪魔な存在のはずなのに、プレイヤーとして存在している俺を眩しそうに目を伏せた。「どうして浮かぶんだよ、奴は俺からレイングを奪ったのに……」 動揺は心拍数を増加させ、冷静な判断を失わせようとしている。そんなラウスの様子を見物しているカリアは、自分がいる場所と彼の空間にアクセスし、繋げていく。 簡単に行ける場所ではないのに、カリアの力により自由に行き来する事が出来るようになった。その事にラウスが気づく事はない。「あれが彼の固有スキルやな。キャラクターにも影響を与えれるんか」 スキル幸運は元々メモリアルホロウに存在しないスキルの一つだ。誰でも取得する事が出来ない。最初は全てにおいてプレイヤーの行動に数%の幸運を与えるものだった。しかしカリアの登場により、無意識のうちに能力値の解放と言葉の覚醒により、スキル幸運を媒体にして、複数の選択肢を作り変える事が出来るように変化してしまった。「人に光を魅せるスキル。人を惑わす力」 危険な目に遭いそうになっても、最終的には助かるようになっている。敵だったキャラクターが味方へと変わったり、シナリオの進行を阻害する存在が現れると、強制的に排除する事が出来る。 幸運スキルを持っているプレイヤーは全ての事柄から守られるようになる。「オイラの影響を与えんと、成長を止める事は出来ひんのやな」
六十八話 決意を言葉へ言葉を力に 戯れてくるロロンは今の状況が分かっているのだろうか。俺達の代わりに戦っているレイングに対して何も感じないのか。 色々言いたい事はあるが、今は口喧嘩をしている場合じゃない。俺はロロンを離すと、逃げるように距離を取る。「どうして拒絶するの〜」「いやいや。この状況分かるだろう?」 レイング達を指差すと、チエッと舌打ちをする。ロロンはレイングに任せておけば大丈夫だと考えているようだった。 その時初めて、ラウジャがいない事に気づく。さっきまで一緒にいたはずなのに、辺りを見回しても、どこにもいない。「ラウジャがいない……」「大丈夫だよ。最近しっかりしてるし。放置でいいんじゃない? いても変わらないし」 冷たい目線でそう言い切る。「それよりもレイングでしょ。一人で戦ってるのに」 自分の行動に違和感を感じない性格はある意味凄い。空気を読めているようで、全然読めていなかったのに、自分にとって都合の悪い内容に変わると、急に現実味を演出しようとする。 この変わりように、振り回されてしまう俺がいる。 俺達の会話はレイングには届かない。ここまで集中していると言う事は、今回の相手はかなり強いと考えているのだろう。いつもは緩やかに、まるで野菜を切るようにちょちょいと終わらすのに、こんなに時間がかかっている事は初めての事。 ガキィィン刃と刃がぶつかる音が鳴り響きながら、柔らかな身のこなしで互いの攻撃を交わしていく。 その姿を見ていると、見知った剣術を相手にしているような感覚に陥ってしまう。どこかで感じた威圧感、そして自分の剣技を理解しているような動き。 少しの情報で弾き出していくと一人の人物の顔が脳裏に浮かび上がってくる。しかし、目の前にいる敵は彼とは違う。背丈も体型もまるで別人だ。「……そんな訳ないよな」「戦いの最中だ」 ラウスは強い口調で告げると、後ろに飛び跳ねた。これでは埒があかない。彼は両手を広げると
六十七話 黒ずくめ 黒ずくめの姿で正体を隠しながら、俺達が接触してくるのを待っている。ハニンに繋がる道を妨害すると共に、上手くいくと、俺達を違った道筋へと誘導出来るのではないかと考えていた。 ラウスは短剣を忍び持ち、いつでも、どんな動きでも対処出来るようにしている。呼吸音を鳴らさないように、スッと闇と同化していく彼は、その道のスペシャリストのようだった。 目的の為なら、危険な賭けにも出れる。ハニンからレイングが来ている情報を聞いていた。 その情報はカリアがハニンに流したものだ。俺達を監視出来る立場にあるカリアは、そうやって自分の思い通りに動かす事が出来る駒を複数置いている。 闇ギルドは認められていないギルドだ。不認可としても、資金や情報を手に入れる為に、冒険者達が闇ギルドに流れる事があるらしい。そうやって表裏を使い分けて、この都市で荒稼ぎしているのが現状だ。 立場を隠したい、何かから逃げている存在からしたら、この場所は隠れ蓑として最適だろう。 どうして俺達が闇ギルドを探しているのか、その理由を知らないラウスは、自分が原因なのを知る事はない。 国の機密を持っているが、それを口外する事も、売った事もない。周囲はいい資金繰りになるのに勿体無いと言ってくるが、レイングとの綺麗な思い出を汚してしまうような気がして、そこに手を出す訳にはいかなかった。「……遅いな。まだ来ないのか」 本当の自分の姿を隠して、別人として彼の前に出る事は、どんな事よりも緊張感が走る。それでも自分の為にも、ハニンの為にも、ここは食い下がる訳にはいかなかった。 目線の向こう側から、こちらに向かい足を早めている三人組が視界に映る。その中にレイングの姿があった。彼は俺を抱き抱えながら走っている。「どうして」 あんなに真っ直ぐなレイングを見るのは初めての事だった。彼が誰かに優しくするなんて考えられない。自分が特別だったはずだと言い聞かせようとするが、あの二人を見ていると、その言葉さえも無意味に感じてしまう。 ドロド