第四話危険信号
選んだ後になって、Aの選択肢の方が無難だったのかもと思い返してみるが、もう遅い。やっちまったと項垂れると、俺の様子に異変を感じたラウジャがゆっくりと聞き返した。 「すまないなんて言わないでください。こうやってハウエル様と同じ時を過ごせる事が、幸せですから」 心の声が具現化される事に慣れてきたと言っても、どこでどう変換されるのかまでは、把握出来ていない。ミスをした自分を責めていただけなのに、変換されていたようだった。焦った俺は違うんだと彼に告げる。 「こういう事、慣れていないから緊張しちゃって……」 彼の顔を見る勇気がない。背中を見せる事しか出来ないなんて、腑抜けすぎだろう。こういう時は、もっと格好良くありたい。現状は反対に作用している。理想と現実のギャップに頭を抱えてしまいそうだった。 「ふふっ。ハウエル様でも緊張する事、あるんですね」 「意外か?」 「ええ、とても」 些細な会話が密着している事を忘れさせてくれるようで、安心し始めた。少しでも動いてしまうと、彼の秘宝の感触を感じてしまうから、動かないように意識を集中させる。正直下心はある。彼には見破られていないといいのだが…… 「……よかった」 自分の想いに反応されたと感じた俺は動揺してしまう。隠している下心がバレてしまったと焦りが行動を起こしてしまった。 「わっ」 無妙なバランスで保っていた椅子は、ぐらりと揺れ、二人は床に落ちた。体を覆っていたラウジャのタオルも床に吸い込まれると、生まれたままの状態で重なっていた。 俺の背中を覆う感じで、転げてしまったラウジャの秘宝が存在感を示しながら、俺の背中を突いてくる。 どうやら理性を保とうとしていたのは自分だけではないらしい。この状況をどこかで期待していたラウジャは自分の感情を体へと連結させていた。 「……っつ」 見た目は華奢なのに、俺よりも力がある。ぐっと両手を押さえつけられると、見た事のない雄の顔をしている。全ての主導権はプレイヤーの自分にあるはずなのに、物語に揺さぶられているように思えて仕方がない。 「離してくれないか」 強気な言葉を使いながら、主導権を戻そうと試みるが、俺の声が届いていないのか、離してはくれない。いつまでもこの状況に耐えられるはずもない。脳が危険信号を出している。 ペロリとラウジャの舌先が背中目掛けて下される。ねっとりした感触に体が震えると、より一層、俺の秘宝は山頂のように天井目掛けて拳を上げていく。ラウジャを纏う風が紫色になりながら、全てを操作していく。明るい雰囲気だったのに、いつの間にか暗黒の世界に堕ちたような錯覚が全身に広がっていく。 ブツブツと聞こえるか聞こえないかの声量で何かを言っている。耳を澄ましてみると、誰かと会話しているように聞こえた。自分達以外に、誰かいるのだろうか。 「大丈夫、大丈夫、大丈夫」 「お……おい?」 意識が朦朧としているような声だ。彼の身に何かが起きている事は明らか。フラフラと体を起こす彼は、俺の上で馬乗りになりながら、左右に揺れている。ガッチリと掴んでいた手は居場所を失ったように離れると、やっと自由に身動きが取れるようになった俺は、這い出ていく。 「大丈夫か?」 やっと状況を確認する事が出来る。ラウジャの髪色が変色していているのを見ると、前髪から見える瞳を見て驚いた。彼の瞳は真っっかになり、理性を失っている。まるで呪いをかけられているようだった。 【ラウジャストーリー。呪いの行方を始めます】 画面には承認のボタンが表示されている。誰が何の為に、呪いストーリーなんて考案したのだろうか。趣味が悪い。こんな可愛い子を苦しめるなんて、このストーリーの制作者はきっとドSなのだろう。 俺は悶え苦しむラウジャの姿を横目で見ながら、承認ボタンを押していった。二十八話 微笑みが全てを狂わす エンスは今回の事で宮殿を閉じる事にした。自室の空間を増幅させ、作った居場所は俺達にとっては急患所でもあった。それを潰す事は、これから急患が出た時に、大変になるだろう。その事を聞くと、どうやら国王に離れを使うように、言われたらしい。 「やはり、私の自室にあるのは、ちょっとね……」 何かあった時に、すぐに動けるように、自室にある方が楽だと考えたのだろう。しかし、今回の騒動が原因で追及をされたらしい。そして、俺のあの姿を見て、別の場所でした方がいいと判断したらしい。 「また、同じ事が起こったら……さすがに私も」 エンスの言いたい事は分かる。結界を張る事で自室に影響が行かないようにしていたが、その結界をレイングが破ってしまった。通常の結界の上から、攻撃魔法を書き加えたグレイにも原因があるだろう。いつの間にか宮殿の中だけではなく、エンスの自室もボロボロにしていた。言葉の力を使った事で、水道は破れ、水浸し。そして、俺とラウジャの交わった残り香がぷんぷんと異臭を放っている。 俺も全てが終わった時に、現状がどうなっているかに気づいたのだが、時すでに遅し。 「自室も変わる事にしたのです、何せ、匂いが……」 当てつけのように言って来るエンスに対して、罪悪感しかない。それ以上の感情は、蓋をしてしまいたい気分だった。 「すみませんでした!」 それしか言えない、それ以上も、以下もない。この謝罪だけでどうにかなるとは、考えていないが。せめて自分の気持ちは素直になりたいと思ったんだ。 「ん」 周囲が騒がしいのに、眠りこけていたラウジャは、微かな声を挙げると、皆の視線を集めた。 俺はラウジャに近づいて、彼の頬に手を添えると、ゆっくりと目を覚ました。寝ぼけているラウジャは、自分が何処で意識を失っているのか理解していない。 一つ一つ、説明するのは後にして、生まれたままの状態になっている彼を隠すタオルを巻き付けていく。 「ハウエル、何して」
二十七話 邪石 感情的にならないようにと、忠告されていたのに、グレイの言葉に揺られてしまいそうだ。レイングは一瞬、目を瞑ると、精神を統一させる。ゆっくりと開くと、そこにはいつもよりも、強い眼差しを見せる彼がいた。 ギュインと刃先がグレイの首元に添えられると、一言伝える。 「……元に戻せ」 「何かな?」 「元に戻せと言っている。二人を解放しろ」 「媚薬を飲んだんだから、当分はこのままだよ。いっその事、繰り返し摂取させて、一生、このままにするのも面白いだろうな」 煽って、レイングの感情を支配しようとするグレイは、俺達の事をおもちゃのように見下している。汚い物を見るような瞳を、ちらつかせながら、ため息を吐いた。 もう少し、動かせば、彼の喉を痛みつける事が出来る。グッと力を入れると、みるみるうちに、刃先は血を吸い始めた。 その時だった。全てを見計らったように、指を鳴らすと、グレイの位置と俺達の居場所がすり替わっていく。交換された立ち位置には俺とラウジャが互いの唇を楽しそうに蝕んでいる様子が、レイングに見せつけるように、現れた。 グレイに向けられた刃先は、俺の首元にある。もう少しで貫かれるんじゃと思うくらいに、近い。 浄化の膜を纏っている剣は、俺の首元に軽く触れると、一筋の涙を流させた。血を伝って、浄化の膜が雫へと編成されていくと、俺の体へと取り込まれていった。 「う……あああ」 血が流れていたはずなのに、雫が触れた瞬間に、逆再生していくように、消えていく。ドクンと首筋が焼けるように、熱い。媚薬の中に悪意の雫を入れていたようだ。それを浄化させる為に、効果を無効にしていく。 全身から力が抜けていくと、歪んでいた世界が真っ直ぐに見え出していく。何が起こっているのか理解出来ない俺は、徐々に理性を取り戻していった。 「あ……れ、つっ」 意識を戻した俺を待っていたのは、ラウジャのキスの嵐だった。どんな状況になっているのか、頭が沸騰しているようだ。視線をラウジャから
二十六話 壊れた関係性 自室に戻ったレイングは、あの時の俺の言葉を思い出しながら、ぐっと堪えている。最近のグレイは信用出来るが、以前の彼はそうじゃなかった。彼が事務的な仕事をする前の話だ。 二人の騎士は、団長から認められる存在だった。兄は知能に恵まれ、オールマイティーに戦える騎士。そして弟は突破型だった。最初は兄が副団長を襲名するはずだった。しかし、国からの圧力で、弟のレイングが副団長の立場を手に入れる結果となったのだ。 騎士団の中でしか知らない情報が、国にまで伝わった事が全ての原因だった。 騎士でありながら、魔法の才もある兄は、他の使い道で有効な存在だと、国は考えを示す。勿論、団長にはそれを拒否する権限はなかった。 「レイング、話がある」 「どうしたの……兄さん」 グレイを慕っているレイングは、いつものように笑顔で答えた。その姿が、グレイからしたら見下されたように見えてしまったのだろう。そこから関係は変化していく 「お前が告げ口をしたんだろう、魔法の事を」 「していないよ、俺は」 周囲を冷静に見る事が出来なかったグレイは、全てを弟のせいにした。そこから、レイングのやる事、なす事、邪魔をするようになってしまう。 「私に手に入らないものはない。だから必ず」 このまま邪魔をし続けていたら、いつかは表沙汰になる可能性がある。それならば、確実に、レイングの精神を砕く為に、その時を待つ事が懸命に思えた。その時まで、元の優しい兄を演じつつ、全ての行動をメリエットを通じて、監視していたのだ。 全ては俺がミラウス城に入る前の話となっている。メモリアルホロウの中でプレイに直生関係ないように作られていたが、いつの間にか重要な情報の一つをレイングが握っている。 嫌な胸騒ぎを覚えたレイングは、俺との約束を破り、宮殿へと急いで向かった。あれから2時間程、経過している。行動するなら、どうしてあの時に、しなかったのかと自分を責めていた。
二十五話 シナリオ発生 【シナリオ発生 対立する兄弟が開始されました ここでは貴方の言葉でグレイの闇を正してください。 分岐点が発生する際に、選択肢が現れます】 急に始まりを告げるシナリオは、俺の瞳に辛うじて映った。欲望を無理矢理、引き出そうとしている薬の作用が原因だろう。俺の言葉でグレイを正していく。そんな事が出来るのか、分からないがやってみるしかない。 「貴方を見ているとイライラします。どうしてでしょうね、レイングが貴方を選んだからでしょうか。弟の分際で兄を追い越すなんて、あり得ない」 「弟?」 初めて聞く情報を聞き返すと、グレイは、レイングと兄弟だと言う事実を語り出した。俺が逃げれないように、魔法で拘束しながら語っている。 「ラウジャ様も、部外者が急に出てきて、婚約者を名乗るとか、納得されてないようですし、私が力を貸したまで」 まるでラウジャが、この状況を仕組んだように言いながら、嫉妬の感情を俺にぶつけてくる。 「私は一番じゃないといけない。それなのに、私が先に目をつけた貴方に唾をつけるとは……許さない」 目の前に俺がいるはずなのに、彼には見えていない。過去の自分の姿を追いかけているように思った。どうにか現実を見せつけようと、言葉を出そうとするが、ググっと首を締め付けられて、声が出せない。 「ううううううう、ああっ」 そんな俺達に知らしめるように、ラウジャが叫んだ。自分の感情を押さえつけていた彼は、全てが吹っ切れたように、欲望に沈んでいく。 のそりのそりと俺を目指しながら歩いてくる。視線はおぼつかなく、何も見ようとしていない。確実に快楽堕ちをしているようだった。 「なーんで、二人が抱き合っているの? 僕のなのに、ねぇそんな奴、放置して遊ぼうよぉ」 ダラダラと涎を垂らしなあら、俺の足目がけて飛び込んで来た。ラウジャの体がダイレクトに、俺の秘宝を探し当てると、ズボンを脱がして行った。
二十四話 欲望の匂い 自分の中の何かが崩壊していく。冷静な思考が上書きされていくと、ドクンと心臓の音が飛び跳ねた。頭に熱がこもっていくと、全身へと回るように広がっていく。 「はぁはぁ……」 苦しそうな表情を浮かべる俺を、見下ろしている人物がいる。ああ、レイングか。倒れた俺の看病をしてくれているのだろうか。冷たいタオルで額を拭ってくれている。 「……レイング」 朦朧とした意識の中で、彼の名前を呼んでみると、ぎゅっと手を握りってくれている。自分がどうにかなりそうで、不安に押しつぶされている俺を支えるように。 「ハウエル様の様子はどうです?」 「意識はあるみたいなのですが、急に苦しみ出して……」 「そうですか。なら私の新薬を飲ませてみましょうか、落ち着きますよ」 レイングはグレイの出してきた青い錠剤を手にすると、自分の口に水と薬を含んで、俺に飲ませていく。 最初はつっかえそうになって、むせてしまったが、何回か繰り返すと、ようやく飲み込む事が出来た。 「飲みましたね? 後は私が看病するので、貴方は休みなさい。明日も騎士団の勤めがあるでしょう」 「しかし!」 急に立ちあがろうとするレイングの手を引いて、自分の顔に近づけさせていく。薬のお陰なのか、やっと言葉にする事が出来た。 「俺は……大丈夫。レイングは自分の事を優先して欲しい。俺の我儘……聞いてくれるよな?」 今出来ることは、これ以上、心配かけないようにする事だった。やっと蟠りが解けそうなのに、ややこしい事になって欲しくない気持ちが膨らんでいた。俺の気持ちを理解したのか、頷くと自分の居場所へと戻って行った。 グレイと二人きりになった俺は、彼にも感謝を示すと、眠気が漂ってきた。少し眠る事にしよう。 目を閉じ、微睡んでいると、ゴソゴソと誰かの手の感触が俺の頬を撫でている。その指先からは欲情の色が滲み出てきた。誰の手なのだろうかと、薄目を開けてみるが、ぼんやりとしてよく見えない。
二十三話 違う色 俺は言葉の重要性を履き違えていた。いつも自分の事ばかり考えていたからだろう。自分の吐く言葉が、キャラクターにどんな変化を与えるのかを理解出来ていなかったのかもしれない。 それを知るのはまだ先の事だ。少しずつ友好関係を結んでいたはずなのに、歪みが出来始めていた。 レイングが部屋を出てから、随分と時間が経過した。最後の彼の言葉を、何度も何度も頭の中でリピートしている。 何を示しているのか、どうしてあんな事を言ったのか分からない。それはレイングだけが知る秘密の一つなのかもしれない。 掴まれた腕が熱くなって、冷めてはくれない。まるで彼の感情が炎を作り、俺自身に注がれているような感覚だった。 俺は目を瞑りながら、頭の中で整理をしている。自分がこれ以上、パンクしない為の処置だった。切ない瞳が、いつまでも俺の心を掴んで離す事はなかった。 吸い込まれるように、眠気が襲ってくる。うつらうつらと時の流れを感じながら、意識を手放した。 いつまでも好き勝手していてはいけないと、エンスから仕事を貰った俺は、大量の資料を抱えながら、騎士団へと向かった。この書類は所謂、給料の明細に当たるものだ。全てを計算して、不備がないかを確認し、一人一人に渡していく。本来なら王子がする仕事ではない。 最初は、自分の立場を考えて欲しいと止められたが、コミュニケーションを図る為だと、言いくるめる事が出来た。こんな、あっさり引き下がるとは考えていなかったが…… 「おはようございます、ハウエル様」 「おはよう、グレイ」 騎士団で一日の騎士達の体調管理を任されているグレイが声をかけてくると、柔らかな表情で対応する。 最初はいかにも作り笑顔って感じだったが、一度、慣れてしまえばお手のものと言った所だ。 彼は長い髪を一つ括りにしている。騎士団に所属している者は皆、髪が短いが、彼だけは例外だった。他の部署にも自由に出入りが出来るようで、エンスの所で見かける事も多々ある。