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研究者の一人が、机の上へ数枚の紙を広げた。
「薬草園の収穫量をまとめたものです」
私は思わず身を乗り出した。
表になっている。
畑ごとの収穫量。
植え付けた時期。
魔力の量まで細かく書かれていた。
「すごい……」
「毎年記録しておりますので」
研究者は少し誇らしげに答える。
「記録は大切ですから」
私は大きく頷いた。
「はい」
やっぱりそうだ。
試すだけでは足りない。
結果を残さなければ、後から比べることができない。
◇◇◇
「記録を見返すと」
エドワード公爵様が一枚の紙を手に取られる。
「その年には気付かなかったことが見えてくる場合があります」
「今年だけを見るのではなく、去年、一昨年とも比べる」
「地下へ続く階段が見つかりました」「地下?」「はい。しかし、扉に鍵が掛かっております」 私は思わず孤児院を振り返った。 まだ何か隠されているの……?「案内しろ」 エドワード公爵様の声に、ベアトリスが青ざめる。「お待ちください!」 今度は隠そうともしなかった。「地下には何もございません!」「ならば、見られて困ることもないだろう」「ですが――」「鍵を」 短い言葉だった。 ベアトリスは動かない。 エドワード公爵様の表情が変わる。「ベアトリス」「二度は言わない」「……っ」 とうとうベアトリスは震える手で鍵束を差し出した。 騎士がそれを受け取り、私たちは孤児院の中へ戻った。◇◇◇ 地下へ続く階段は、厨房の奥にあった。 狭い階段を下りていくと、ひんやりとした空気が肌に触れる。 先頭を歩く騎士がランプを掲げた。 その先には、頑丈そうな扉がある。 何度か鍵を試し、やがて。 カチャリ。 重い音を立てて鍵が開いた。「開けます」 騎士がゆっくりと扉を押す。 中を照らした瞬間、私は目を見開いた。「……薬草?」 棚いっぱいに、乾燥させた薬草が並べられていた。 一束や二束じゃない。 木箱にも大量に詰め込まれている。 サイラスがすぐに棚へ近付いた。「これ」 一つを手に取る。「昨日のと同じ」「ミアが持っていたもの?」「うん」 私は息をのんだ。 薬草園から盗まれたものと同じ薬草が、どうしてここにこんなにあるの?「購入した
「関係がないのなら」 エドワード公爵様が静かにベアトリスを見る。「なぜ、君が止める?」「それは……」 ベアトリスは口を開いたまま、何も答えられなかった。「確認すれば分かることだ」 エドワード公爵様が騎士へ視線を向ける。「行こう」「はっ」 私たちも公爵様のあとを追い、孤児院の裏手へ向かった。 そこには、一台の荷車が止められていた。 荷台には、大きな木箱がいくつも積まれている。 御者台に座っていた男は、騎士たちに囲まれて青ざめていた。「開けろ」 エドワード公爵様の命令を受け、騎士が木箱の蓋を外す。 中に入っていたのは――。「食べ物……?」 私は思わず呟いた。 小麦。 豆。 干した肉。 ほかの箱には、石鹸や布まで入っている。 どれも孤児院で必要になりそうなものばかりだった。「これは何だ」 エドワード公爵様がベアトリスへ尋ねる。「そ、それは……」「古くなったものを処分するために……」「これが?」 ヴィクター殿下が小麦の袋を見る。 どう見ても腐ってはいない。 布も汚れておらず、まだ十分に使えそうだった。「どこへ運ぶつもりだった」「……」 ベアトリスは答えない。 代わりに、荷車の男が慌てて頭を下げた。「わ、私は頼まれて運んでいるだけです!」「どこへ?」 エドワード公爵様が尋ねる。「町の商人のところです!」「いつも孤児院から品物を受け取って、代金を――」「黙りなさい!」 ベアトリスの鋭い声が響
「でも、この帳簿が正しいなら……」 私はもう一度、薬草の購入記録を見る。 毎月、ほとんど同じ量。 決して少なくない金額だ。「どうしてミアは、薬草を盗む必要があったのでしょう」 ベアトリスの肩がびくりと揺れた。「そ、それは……あの子が勝手にしたことでございます!」「孤児院とは関係ございません!」 すぐに言葉が返ってくる。 けれど、昨日ミアを迎えに来たマルコも、薬草園のすぐ近くにいた。 偶然だと言っていたけれど。 今になって考えると、やっぱり気になる。「昨日の男を連れてこい」 エドワード公爵様が騎士へ命じられる。「マルコだったな」「はっ」「この孤児院にいるはずだ」 その言葉に、ベアトリスが慌てて顔を上げた。「マルコは今日は出ております!」「どこへ?」「それは……町へ、買い出しに……」「何を買いに行った」「食料でございます!」 エドワード公爵様が帳簿へ視線を落とす。「そうか」「ならば戻るまで待とう」「……っ」 ベアトリスは黙り込んだ。 その様子を見ていたヴィクター殿下が、静かに騎士へ告げる。「町にも人を出せ」「食料を扱う店を調べれば見つかるだろう」「承知いたしました」 騎士たちがすぐに動き始める。◇◇◇「薬草はどこに保管している?」 今度はサイラスが尋ねた。「え?」「買ってるなら、あるはず」 ベアトリスの顔が強張る。「も、もちろんございます」「では見せてもらおう」 エドワード公爵様が立
孤児院の子どもたちは、ひとまず食堂へ移されることになった。 医師が来るまでは、一度にたくさん食べさせない方がいい。 そう判断したエドワード公爵様の指示で、まずは温かいスープと柔らかなパンが少しずつ配られていく。 子どもたちは最初、戸惑っていた。「……たべていいの?」「もちろんよ」 私が答えると、目の前の男の子がおそるおそるパンへ手を伸ばした。 一口食べる。 それから、もう一口。 隣の子も。 その隣の子も。 少しずつ食べ始める。 その様子を見ているだけで、胸が苦しくなった。 どうして同じ孤児院の中で、きれいな服を着ている子と、こんなに痩せている子がいるのだろう。◇◇◇「持ってまいりました」 孤児院の職員が、大きな帳簿を何冊も運んできた。 エドワード公爵様が一冊を開く。 ヴィクター殿下とサイラスも、その横から覗き込んだ。「食料費……」 サイラスが数字を追っていく。「多い」「そうなの?」「うん」 サイラスは食堂を見回した。「三十六人なら、十分」 帳簿の数字が正しいなら、少なくとも子どもたちを飢えさせるほど食料が不足しているようには見えないらしい。「こちらにも寄付の記録がありますね」 エドワード公爵様が別のページを開かれる。 町の商人。 教会。 貴族。 たくさんの名前と金額が並んでいた。 思っていた以上に、この孤児院には多くのお金が入っている。「それなのに……」 私は食事をしている子どもたちを見る。 どうして? その疑問は、きっとここにいる全員が抱いていた。「ベアトリス」
「では、そこも見せてもらおう」 ベアトリスの顔から、笑みが消えた。「ですが、公爵様」 慌ててエドワード公爵様の前へ回り込む。「本当に古い家具しかございません。埃も溜まっておりますし、お召し物が汚れてしまいます」「構わない」「しかし――」「開けなさい」 穏やかだけれど、有無を言わせない声だった。 ベアトリスはしばらく動かなかった。 やがて、諦めたように腰から鍵束を取り出す。 その手が震えていた。 カチャリ。 鍵が開く。「……どうぞ」 扉がゆっくりと開かれた。 その瞬間。 むっとするような空気が流れてきた。「……え?」 私は思わず声を漏らす。 物置なんかじゃない。 薄暗い部屋の中に、何人もの子どもたちがいた。◇◇◇ 小さな窓が一つだけある部屋。 ベッドはない。 床には薄い布が何枚か敷かれているだけ。 そこに、十人近い子どもたちが身を寄せ合って座っていた。 みんな、痩せている。 服も、さっき廊下ですれ違った子たちとは全然違った。 汚れて、ところどころ破れている。 突然扉が開いたことに驚いたのか、誰も声を出さない。 ただ怯えた目で、こちらを見つめていた。「これは」 エドワード公爵様の声が低くなる。「どういうことだ」「ち、違うのです!」 ベアトリスが慌てて声を上げる。「この子たちは病気なのです!」「ほかの子どもたちへうつしてはいけませんので、こちらで休ませておりまして――」「病気?」 サイラスが首を傾げる。 そのまま一人の子どもを見る。「何の?」
翌朝。 私たちは、聖リュミエール孤児院へ向かうことになった。 エドワード公爵様とヴィクター殿下。 サイラスとメイナード。 それから私。 もちろん、護衛の騎士たちも一緒だ。 ミアは屋敷に残ってもらった。 昨日よりは落ち着いたものの、孤児院へ行くと聞いただけで泣きそうになってしまったからだ。 無理に連れていく必要はない。「見えてきました」 騎士の一人が告げる。 馬車の窓から外を見ると、少し離れた場所に大きな建物が見えた。「あれが……」 思っていたより、立派だった。 二階建ての石造りの建物。 広い庭もある。 古びてはいるけれど、今にも崩れそうというわけではない。(普通の孤児院に見える……) 少なくとも、外から見ただけでは。◇◇◇ 馬車が門の前へ止まる。 私たちが降りると、騎士が扉を叩いた。 しばらくして、一人の女性が姿を現す。「どちら様でしょうか」 四十代くらいだろうか。 質素だけれど清潔な服を着た女性だった。 けれど、こちらの馬車に刻まれた紋章を見た瞬間、その顔色が変わる。「ア、アークライト公爵家……?」 慌てて頭を下げた。「失礼いたしました!」「私はこの孤児院の院長、ベアトリスと申します」 エドワード公爵様が一歩前へ出られる。「突然ですまない」「孤児院の様子を見せてもらいたい」「もちろんでございます」 ベアトリスはすぐに笑顔を浮かべた。「公爵様にお越しいただけるなんて、光栄でございます」 ずいぶん歓迎されている。 昨日のミアの様子を知らなければ、私も何も疑わなかったかもしれない。







