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6.自己紹介

Author: ゆちば
last update publish date: 2026-10-14 06:03:10

 月曜日──。

 私は、おとぎ小学校の転校初日にやらかしてしまった。

 いきなりの遅刻だ。けれど、原因は寝坊ではない。

「すみません。朝ご飯が美味しすぎて、いっぱい食べてたらこんな時間に……」

 5年2組の教室が、朝から明るい笑いに包まれたけれど、私は不本意で仕方がなかった。

 

 本当は自己紹介をビシッと決めたかったのに、いきなり大失敗だ。それもこれも、美味しいご飯を作るりんごおじさんのせいだ。

「ましろさん、今朝は【プリンセスの朝ごはん】ですよ」と、満面の笑みでキッチンから出てきたりんごおじさんの両腕には、お皿が全部で5枚も乗っていた。

 不思議なネーミングはさておいて、右にはコーンポタージュ、海藻サラダ、スクランブルエッグとカリカリベーコン。左にはロールパンとデニッシュ、そしてカットされたグレープフルーツ。

 リビングのテーブルはノートだらけなので、カウンターテーブルにお皿がズラリと並ぶ様子はなかなかの迫力だった。

「プリンセスは、朝からこんなに食べないと思うよ?」

「いえいえ。食べ盛りの姫は、これくらい」

 そんな会話をしていたはずなのに、私はまさしく「食べ盛りの姫」になってしまっていた。おかわりを何度もして、時間ギリギリまで朝ご飯を食べていた。美味しすぎるのがいけないのだ。気がつけば授業が始まる15分前で、私は人生で一番の全速力で走るはめになってしまった。

「しっ……、白雪、ましろです! よろしく……、はぁっ、お願いします!」

 ぜいぜいと息を切らして自己紹介を終えた私は、「こんなはずじゃなかったのに……」と落ち込みながら席に着いた。多分、朝ご飯のカロリーはすべて消費されている。

「白雪さんって、《りんごの木》の店長さんの親戚?」

 朝の会が終わると、隣の席の女の子がため息をついていた私に話しかけてくれた。短い髪がよく似合う、スラッと背の高い女の子だ。なんだかかっこいい。

「りんごおじさんは、私のおじさんだよ」

「やっぱりーっ! あっ。あたしはキビノモモナ。よろしく」

 女の子はノートに書いてある「吉備野桃奈」という漢字を見せながら、自己紹介してくれた。桃太郎のきび団子みたいな名前だ。

「あたしの家、おとぎ商店街で果物屋さんやってんだ。白雪店長は、よく買い物に来てくれるよ」

 「私、昨日、果物屋さんのリンゴのジュース、飲んだよ! 吉備野さんのお店のリンゴかな? すっごくおいしかった」

 爽やかな甘さのリンゴジュースを思い出すと、勝手に口の中がジュワッとなってしまう。また飲みたいとは思っていたが、まさか同級生のお家が果物屋さんとは驚きだ。

「うちの商品はとびっきりうまいから、当然! 白雪さんも、今度来てね」

「うん、分かった! 吉備野さんも《りんごの木》に来てね。わたし、土曜と日曜はウェイトレスさんするから」

「えぇーっ! なにそれ、すごい! 絶対行くよ!」

 お店に立つ予定を発表すると、吉備野さんは予想以上の反応を示してくれた。さっそく、次の日曜日にお母さんと行くと言ってくれたのだ。

(これは気合いを入れて頑張らなくっちゃ!)

 ***

 いきなり遅刻してしまったこと以外は、スムーズに終えることができた転校初日。私は家に帰る前に《りんごの木》を訪れた。

「こんにちは~」

 カランカランとドアベルが鳴った。

 そっとドアを開けたつもりだったが、ドアベルはしっかりと仕事をしている。すぐさま、「準備中です~」という女の店員さんの声が飛んできた。

「ごめんね。ディナータイムまでお休みなの」

「恩田さん。その子、店長の姪っ子っすよ」

 こちらを振り返ったのは、40歳くらいの美人な女の店員さんと、先日も働いていたお兄さん。そして、キッチンからりんごおじさんも遅れて顔を出した。

 

 お店はランチタイムが終わった後のお休みの時間だったようで、その3人以外は誰もいない。

「ちょうどいいですね。ましろさんを2人に紹介します。僕の姉の子の、ましろさんです」

「白雪ましろです。小学5年生です。昨日、引っ越して来ました!」

 りんごおじさんに紹介してもらい、私はペコリと頭を下げて挨拶をした。

 そして続けて店員さんたち。

「ましろちゃん、よろしくね。私はパートの恩田つる子。だいたい平日の昼間にいるわ」

「有栖川白兎《ありすがわはくと》、高2。夜と土日担当」

 にこやかな女の人は恩田さん、お兄さんは有栖川君というらしい。アリス君の呼び名の由来が分かったところで、りんごおじさんが再び話を再開させた。

「これからは、ましろさんにも少しずつお手伝いをしてもらおうかと思っています。土日メインなので、とくにアリス君と一緒になるかと。いいですか?」

「店長、マジっすか」

 口を挟んだアリス君は、ギョッと顔を強張らせている。失礼なと言いたくなるが、どう考えても私は戦力外。悲しいが、当然の反応だ。

「私、がんばります! よろしくお願いします!」

「うーっ。まさか、後輩が小学生って……」

「あら、いいじゃない。かわいい看板娘だわ」 

 恩田さんのサポートがありがたい。

 私は「おねがいします!」とアリス君を見上げるような姿勢でグイグイせまり、どうにか「分かったって」という言葉を引き出した。

「同じシフトに入るなら、オレがホールのイロハを叩き込んでやる。お客さんに失礼があったらいけないからな」

「うわぁ! アリス君、ありがとうございます!」

「いきなりアリス君呼びかよ」

「ダメですか?」

「別にいいし。それに、敬語なくていいし」

 アリス君は照れくさそうに唇を尖らせ、そっぽを向いた。やっぱり、アリス君は優しい人だ。

 そう思ってホッとしていると、アリス君は余っているメニュー表を一冊持って来た。ランチとディナーの料理がすべてまとまっている、少し厚めの絵本のようなメニュー表だ。

「これは宿題だ。明日の夕方までに、まずはランチメニューを全部覚えてこい。テストするから」

「テスト⁉」

 思わず、声が裏返ってしまった。

 私は暗記が好きではない。好きなアイドルの歌の歌詞なら大喜びですぐに覚えるけれど、勉強だと思うとげんなりしてしまう。

「いらっしゃいませとか、ご注文はー? とか教えてくれるんじゃないの⁉」

「それは、メニューを覚えてからだ。世の中そんなに甘くないってのも、覚えとけ」

(うわっ! アリス君、優しいのかなって思ったけど厳しいや!)

 重たいメニュー表を受け取ると、渋々「がんばります」と宣言した。

 これはかなり必死にやらないと、日曜日に桃奈ちゃんが来ても、お店に立たせてもらえないかもしれない。それはかっこ悪すぎる。

「ファイト! 私はましろちゃん用のエプロンを用意しとくから!」

 恩田さんは私の味方だ。恩田さんが教育係だったらよかったのに。

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