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狼に食される①

Author: 緋村燐
last update Last Updated: 2025-05-15 18:23:50

ネオンの光もわずかしか届かない、真っ暗な路地。

歩けるところがあるというのがかろうじて分かる程度。

そこを進むと、少し開けた場所にエレベーターの扉が見える。

紅夜はためらいもなくそのエレベーターの上のボタンを押した。

すぐに開いた扉の中に入ると、紅夜は階数ボタンより先に扉を閉める。

それを少し不思議に思っていると、ボタンの上の階数が表示される場所に彼は顔を近付けた。

『認証完了致しました』

エレベーター内に響く機械音声。

これって……顔認証システム?

どうしてエレベーターに顔認証システムが?

そう思うのと同時に、新たな階数ボタンが表示された。

そしてその中の一番大きい数字を押す紅夜。

一通りの流れを見ていた私はポカンと口を開けて彼を見ていた。

そんな私を見て紅夜はフッと唇を弓月形にする。

「見ての通り、俺しか入れない俺の家。だから誰も入ってこられない。安全だけど……美桜にとってはどうかな?」

妖艶に笑う紅夜は意地悪だ。

ここまで付いてきてしまった時点でもう逃げられないし、ある程度の覚悟は出来てる。

それを分かっていてそんな質問をするんだから。

「私にとっては危険なの?」

さっきのお返しとばかりに質問で返してみると。

「それは、美桜次第だな」

と答えられた。

まさにその通りな言い返し方に歯噛みする。

全然仕返しになっていない。

ちょっと悔しい思いをしているうちにエレベーターは最上階について止まった。

扉が開くと、少し離れたところに0から9までのボタン付きのドアがある。

紅夜が迷いなくいくつかの数字を押すとカチャリと鍵の開く音がした。

顔認証のエレベーターに、暗証番号の部屋のドア。

厳重だな、と思ったけれど総長で管理人の彼ならこれくらいしないと安心して休めないのかも知れない。

「まずは風呂かな?」

部屋に入ると、すぐにジャケットを脱いでそう言った紅夜。

中に着ていたのはボルドーのシンプルなカットソーだった。

やっぱり紅夜には赤系が似合うなぁなんて思いながら、私もベージュのダッフルコートを脱いだ。

靴も脱いで中に入ると、中は広くてシンプルな部屋。

奥の方にキッチンやバスルームへ続くと思われるドアがあった。

とりあえずここがメインルー
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  • ロート・ブルーメ~赤ずきんは金色の狼に食される~   寄り道をした赤ずきんは⑥

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  • ロート・ブルーメ~赤ずきんは金色の狼に食される~   寄り道をした赤ずきんは⑤

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