「なぁ、なんでもっと甘くなるのがいけないんだ? 吸血鬼って甘いの苦手なのか?」
「いえ、本当に喉が焼けるんですよ」「はぁ!? いや、待て。ローズの喉は焼けてないぞ。そんな話、一度も····」俺が取り乱すと、ヴァニルは不機嫌そうに顔を歪めた。
「チッ··ローズって誰ですか? その方の事は知りませんが、きっと喉は焼け爛れている筈ですよ」
「そんな事····」愕然とした俺を見て、歪めていた表情を戻したヴァニル。今度はとても穏やかな表情で、そして、慈しむような声で囁くように言葉を置く。
「それでも飲み続けるという事は、よほど番を愛しているのでしょうね」
「番って····。つぅか、喉が爛れて飲めるものなのか?」半信半疑な俺を見て、ヴァニルはフンッと鼻を鳴らした。
「まぁ、吸血鬼ですし回復はお手の物ですから」
「なるほどな」納得している俺に、ヴァニルは注釈を添えるように言う。
「····ただ、尋常ではない痛みに耐えている筈ですけどね。何度も自ら焼く覚悟、それはもう至極の愛ですよ」
うっとりとした表情を浮かべ、胸の前で指を絡めて語るヴァニル。
いやまぁ、そうかそうか。ノーヴァにも恋をする心があったんだな。少し安心した。 特殊な生い立ちの所為か、感情が少し欠落していると思っていたのだが、そうか、そうだったのか。良かったじゃないか。 ····いや、何も良くない。ノーヴァに感情が芽生えているのは喜ばしいが、俺の置かれた状況は変わらないのだから。なんなんだ、この無駄なモテ期は。 それにしても、誰より不憫なのはノウェルだ。こいつらの色恋沙汰に巻き込まれた挙句、ヴァニルに嬲られてるんだからな。どうにかしてやらないと。 そんな事を考えていると、ヴァニルがまたとんでもない事を暴露した。 喉を焼くほどの甘さへ到達するには、双方の想いがなければならないらしい。つまりは、両想いということだ。「ちょっと待て。じゃぁなんでヴァニルの喉が焼けるんだ」「おや。やっと気づきましたか」 俺がヴァニルへ想いを寄せていると言うのか。この俺が、こんな変態を? 好きかと問われようものなら、間違ってもイエスとは言わない。なのに、どうして両想いという事になっているのだ。「貴方が阿呆だからですよ、ヌェーヴェル。貴方、とっくに私のこと好きじゃないですか。主に身体が」「なっ!? 心の話じゃないのか」「そうなんですけどね。身体から引っ張られてくる心というものもあるんですよ」 身体を懐柔され、知らぬうちに心までヴァニルの良いようにされていたという事か。言われてみれば、口では拒絶するような事ばかり言っていたが、心から拒絶した事はなかった。 むしろ、コイツらを求めて身体が疼く事もあった。アレはただの性欲だと思っていたが、そこに想いが混じっていたという事だろうか。 いや、そんなはずはない。断じて有り得ない。そんな事があってはならないのだ。それでも、思い当たる節がないわけではないから反論もできない。 コイツの言い分を認めてしまえば、幾らか楽になるのだろう。しかし、俺は難儀な性格をしているらしく、心の整理ができるまでは認められそうにない。 だが──「も
あの夜から暫く、甘ったるい雰囲気が続いている。 ノーヴァは暇さえあればご機嫌で傍らに居るし、ヴァニルは無駄にちょっかいを掛けてくるわ絡んでくるわ。いい加減鬱陶しい。 そんな折、めでたく18歳になり成人した俺の、誕生パーティが開催される季節を迎えた。今年は例年よりも少し派手に、そこそこの規模で行われている。 ヴァールス家が経営する製薬会社の薬学課に、いや、父さんの管轄下に置かれ監視されることとなった。以前から顔を出しては手伝いをしていたが、この度正式に籍を置けと仰せつかったのだ。 その記念パーティも兼ねているときたから、無駄に盛大な催しとなっている。「今宵はお集まりいただき、誠にありがとうございます。ヌェーヴェルも漸く──」 息子自慢から始まった父さんの長ったらしい口上を、皆グラスを片手に飽き飽きと聞いている。大人達の張り付いた笑顔が気持ち悪い。 優秀かつ眉目秀麗な俺を、自慢したくなる気持ちは分かる。だが、グラスを落としてしまいそうなほど退屈な長話は勘弁してほしい。「では、ヌェーヴェルからも一言」 ······なんだと。聞いてないぞ。このクソ親父、また勝手なことを!「えー、皆様。毎年、私の為にお集まりいただき大変恐縮です。節目の歳を迎えまして、父から一層の飛躍を期待され荷が重い··というのが正直なところです。はは····ですが、世の為に成果を残せるよう尽力して参りますので、どうぞお力添えを──」 俺は完璧な挨拶を終え、拍手喝采を浴びながら舞台を降りる。そして、父さんのくどい口上を上手く躱し、恙無く乾杯を済ませた。これで今日から、俺も堂々と酒を仰げるわけだ。 俺に群がる女共も増えるわけだが、これまで通り適当にあしらっておけばいい。父さんが絡まない限りは、それでやり過ごせるだろう。 父さんは毎度毎度、何の相談もなく勝手に事を進める。腹立たしい事この上ない。俺が学院の寮に入る事も、父さんの会社に勤める事も
「ヌェーヴェル····あぁ、僕の愛しいヌェーヴェル。あの2人がいないうちに···さぁ」 俺の頬には手が添えられ、ゆっくりとノウェルの顔が近づいてくる。 「なっ、何だよ!? やめろって····」 俺は必死にノウェルの胸を押し返す。だが、まったく敵わない。 「何って····僕と愛を育むんだよ。照れないでおくれ」「はぁ!? お前っ、狂ってんのか! 照れてないわ!! はーなーれーろっ!」 俺は、全力で押し除けようと試みたが微動だにしない。酔っている所為なのか、血走った眼が恐ろしい。「こんの馬鹿力がっ!」「ヌェーヴェル····僕はね、ずっと我慢してたんだよ? 君が僕に振り向いてくれない事も、あんな吸血鬼共に君が弄ばれている事も、僕にもアイツらと同じ吸血鬼の血が流れている事もっ!!」 ノウェルは歯を食いしばりながら、自らの首を締めて爪を立てる。「お前、知ってたのか。いつから····」「君が10歳になったあの日、君の誕生会で、だ。君が薔薇の棘で指を怪我して、流した血を僕が舐めただろう」 そんな小さな出来事などいちいち覚えていない。そう言ってやりたいのは山々なのだが、切羽詰まったコイツの表情を見ていると言葉が詰まる。「その瞬間だよ、心臓がドクンと跳ね、醜悪な欲求を覚えたのは。君の首筋に喰らいつき、その血を全て啜ってしまいたいような····そんな激しい気持ちが湧き上がったんだ」 俺の所為じゃないか。とんだ失態だ。幼い俺は、それに気づけなかった。 けれど、今なら分かる。こいつの前で、誰よりも俺の血を見せてはいけなかったのだ。「まさか、そんな子供の
──バァァンッ 勢いよく扉が開かれた。「····っ!? ヴァ、ヴァニル! た、助けて──」「ハァ······ノウェル、私達はこうなる事を恐れていたんですよ。だからこの身を呈して、同族である貴方へあんな愚行を働いたというのに····」「ヴァニル······貴様にどれほど嬲《なぶ》られようと、僕がヌェーヴェルへの想いを断つことなどない! 貴様らにわかるか、この積年の想いが!」 昂るノウェルは、激しい身振り手振りで感情を剥き出しにする。けれど、ヴァニルはそれを鼻で笑い、クッと顎を持ち上げ挑発的に返す。「わかりませんよ。だって、まだ出会って何年も経ってないんですから。ハハ····という事はもう、運命とでも呼ぶべきでしょうか」「おいコラ、煽るんじゃないヴァニル!」「貴様····殺してやる······僕のヌェーヴェルを弄ぶ罪深いお前らを、僕のこの手で····」「ダメだ! ノウェル、落ち着け。お前の手が血で塗れるなど、俺は望んでいない!」 やばい、ノウェルの瞳が深紅に変わっている。このままじゃ、吸血鬼として完全に覚醒してしまう。ノウェルが変わってしまう······。 焦るだけで何もできない。そんな自分の無力さに打ちのめされそうになった時、ヒュンと黒い影のようなものが横切った。それと同時に、俺に跨っていたノウェルが消えた。 影の行先を見ると、ノーヴァがノウェルの首を締め上げ、壁に押さえつけていた。
気がつくと、2人と出会った王魔団の廃城に居た。 カビ臭くジメッとしていて、相変わらず嫌な雰囲気だ。なんとなく気分が悪い。そりゃ、この環境じゃ仕方ないか。 ここに来るのはあの肝試し以来だ。あの時は、こんなにゴタゴタするなんて夢にも思わなかった。アイツらと出会わないほうが良かったのだろうか。 などと、不毛な事を考えている場合ではない。 どちらにしても、ノウェルと宜しくなる気は無い。アイツら2人とだって、添い遂げるわけではないのだ。 奴らに応えてしまえば、はたまた欲求に従ってしまえば、家督を継ぐことができなくなってしまうのだから。 なんにせよ、ノウェルとの関係は修復が難しいだろう。そもそもノウェルと俺が宜しくやるのを、あの2人が今更認めるとも思えない。私用で会うことすら難しくなる可能性だってある。 となると、これまでのように馬鹿な事を言い合ったり、つまらない競走で張り合ったりはできないのだろうな。そう思うと、少し寂しい気もする。 全てが上手く進まない。バカ2人に出会わなけりゃ、俺は快楽に堕ちることもなかっただろうし、今頃童貞を卒業できていたかもしれない。 いかん、また不毛な考えが巡っていた。そう言えば、今は何時なのだろう。あれからどのくらい寝たんだ? まだ外は真っ暗だが····。 辺りを見回すと、少し離れた所にノウェルが転がっていた。きっと雑な扱われ方をしたのだろう。 あの2人は何処だ。不安に駆られ、かろうじて部屋と呼べる区画から出てみる。部屋だったと思しき区切りがいくつもあり、その一画にヴァニルが居た。「おや、目が覚めましたか。おはようございます、ヌェーヴェル」「ヴァニル! お前何考えてんだよ。俺をこんな所に連れてきてどうするつもりだ!?」「ええ、実はこのまま此処で暮らそうかと思いまして」「······はぁ!? 何を馬鹿なこと····ハンッ、くだら
「動くな。ようやく見つけた慕人《ボヌルシオン》。その頸《くび》に我らが刻印《しるし》を。沸き立つ紅き血と醜猥な念望《ねんもう》を刻め」 紅黒の瞳に縛りつけられているかの如く、俺の意思では瞬きさえできない。今のは何かの呪文なのだろうか。 “ボヌルシオン”って何だ? 何を刻むって? 強ばったままの身体は、息の仕方さえ忘れようとしている。すると、ぼんやりと輝いていた紅黒の瞳が通常の状態に戻り、俺の拘束はすぅっと解けた。「ヌェーヴェル、貴方に選ばせてあげます。私とノーヴァ、どちらと契約しますか?」「はぁ?」「どちらの血が欲しいですか?」「どういう事だ。お前らの血なんか欲しくないぞ。俺は人間だ。飲むわけないだろ」 ヴァニルの言っている意味が分からない。どちらに飲んでほしいかでははく? 人間である俺が、血なんぞ欲するわけないだろう。「そうではありません。今から吸血鬼になっていただきます。飲んでもらう訳では無いので安心してください。強制的に傷口から流し込みます。言わば感染のようなものだと思っていただければ、幾分か解りやすいかと」「······は?」「貴方が吸血鬼になれば死なないし、今より血も吸い放題です。同族の血はあまり栄養価がありませんが、元人間の貴方の血なら幾分かはマシでしょう。その分、多く吸って犯すことになりますが。何よりも、永遠に一緒に居られますしね。そして、遠慮なく犯せる。簡単な話だったんですよ。初めからこうしていれば良かったんです」 ヴァニルは夕餉の献立を相談するかのように、つらつらと笑顔で並べ立てた。「いや、いやいやいや。俺、吸血鬼にならねぇよ? 何言ってんだよ」 理解が追いつかず、戸惑いと素が出てしまう。「選べ、ヴェル。いつまでもヴァニルと共有はできないんだ」「何のルールだよ。俺は····選べない。お前らと3人で居るのは案外楽しかったから&middo
「それにしても····ヌェーヴェルが我々をそんなに気に入っていたなんて、嬉しい限りですね」 俺を見てにたっと笑うヴァニル。無性に悔しさが込み上げた。「それは····身体だけだ」「····わかってますよ」 ヴァニルは、俺の返答に不服そうな面をした。「けど、その、なんだ····我儘言って悪いな。俺はお前に抱き潰されるのが、えっと····好き、だから····」「わかってますよ。たとえ身体だけだとしも、貴方は私を求めてる。私は、貴方が腕の中で快楽に表情《かお》を歪めるのを見れれば良い。今はそれだけで······」 今度は恍惚な表情を浮かべ、ヴァニルは俺の頬に指先を触れさせる。コイツ、こんなに表情豊かだったか?「お前、やっぱ変態だな。ほんっとブレねぇの、逆に凄いと思うぞ」「······はぁ、まったく貴方って人は····。ですがやはり、ヌェーヴェルを抱き潰すのは私だけがいいです」「は? 何勝手な事言ってんの? ボク、振られたワケじゃないんだからね。ボクも遠慮なくヴェルを抱き潰すよ」 ヴァニルとノーヴァのくだらない言い合いになど、付き合っていられない。「どうでもいいが、ノウェルはどうするんだ」「あぁ、あの人は手に負えませんね。いっそ、取り込んでしまえば良いんじゃないでしょうか」「取り込むって、アイツも混ざるって事?」「ヌェーヴェルが、ノウェルを殺すのを嫌がるから仕方ないでしょう。安心してください。私に良い
俺たちは、欲に忠実になるというヴァニルの提案を、ぐうの音も出せずに受け入れる他なかった。 だが、大きな問題がひとつ残る。 「俺は跡継ぎを作らにゃならん。家を継いで、子にまた継がせる責務がある。お前らと、この関係を永遠に続ける事はできないぞ。最悪、俺の人生が一区切りついてからの再考ということになるな」 我ながら、とんでもなく自分本位な事を言っているのはわかっている。だが、次期当主の座は譲れんのだ。「ヌェーヴェル、君は····女性を抱きたいのかい?」「当たり前だろう。俺は不能なわけじゃない」 寂しそうな顔で聞くノウェル。まだノウェルと交わってもいないのに、俺が悪い事を言っているような気分になるのは何故だ。「あっははは! ヴェルには無理でしょ。ボクたちに組み敷かれて潰されてるお前が女を抱く? はははっ。ヴェルはもう、女じゃイけないよ」「ノーヴァ、はしたない笑い方はよしなさい。ですが、私も同感ですね。ヌェーヴェルには不可能でしょう。私達が与える快楽の中でないとイけない身体になってるんですから」「やってみなきゃわからんだろうが!!」 俺を不能扱いしやがって。こうなったら意地でも女を孕ませてやる。「あのね、ヌェーヴェル。無理をして継がなくても良くないかい? 元々、お父上への復讐の為に継ぐつもりだったのだろう? 小さい頃は継ぎたくないと言っていたじゃないか。いっそ、グェナウェルに譲るというのはどうだい?」 グェナウェルとはすぐ下の弟だ。アイツは良い奴だが、少々頼りない。その下の弟、ランディージェのほうが野心に満ちている。確実に命を狙ってくるような性格で、普段から小さなトラブル絶えない。 なんなら、妹のパミュラのほうが、ランディージェよりも聡く穏やかで、それなりに向上心もある子だから後継に向いている。女でなければ、父さんはパミュラに継がせただろう。 しかし、今は俺が1番の候補なのだ。これを誰かにくれてやるつもりはない。これまで、俺を思い通りに操ってきた分、クソ親父の老後を俺が支配してやるんだ。絶対に泣か
粗方の処理を終え、俺は今回の件についてタユエルから聴取する。 暴走した吸血鬼には見覚えがあり、以前は人間として生活していたと言う。ところがここ数ヶ月は、どうも様子がおかしかったらしい。虚ろな目をして、拘束具を数点買いに来た事があったそうだ。 それから暫く経った数日前の早朝。少年が1人、今回と同じ様な状態で店の前で倒れていた。それを保護した事から、今回の事件が幕を開けた。 俺が訪ねた時、タユエルは少年の血にアテられていた。しれでも俺を襲わないよう、必死に理性を保っていたらしい。それは、調書には書かないでおこう。「俺たちは、少年らの容態を確認して聴取もせにゃならん。タユエル、今回の件は不問とする。だが、また同じような事があればお前だとて処罰することになる。報告、ちゃんとしろよ」「わーったよ」「大事にしたくないなら直接俺に報告しろ。それくらいの面倒は見れるつもりだ」「へいへい、頼りになる坊ちゃんだねぇ。ったく、立派になりやがって」 タユエルは俺の頭をグリグリと撫で回し、嬉しそうな面で俺たちを見送った。 俺の頭を撫でて褒めるなんて、母さんが居ない今ではタユエルくらいのものだ。まぁ、悪い気はしないが、まだまだガキ扱いされているようで悔しさも否めない。 俺とヴァニルは、病院で少年達に話を聞く。皆、一様に記憶が欠落していた。だが、最初の被害者だけは、吸血鬼と出会った時の事を覚えていた。 少年は森で遊んだ帰り、友人とはぐれてしまった。森を|彷徨《さまよ》っているうち夜になり、何かに誘われるような感覚で廃墟に辿り着いた。 そこは、レンガ造りの小さな家。中から微かに歌声が聴こえた。恐る恐る覗くと、ロッキングチェアに座った美しい男が、綺麗な歌を唄っているのが見えた。 男は少年に気づき、家へ招き入れた。そして、首に噛み付かれた所で記憶は途切れたそうだ。 結局、吸血鬼が何をしたかったのかも、動機も覚醒したきっかけもわからず終いだ。こんなあやふやな結末では、父さんにネチネチ嫌味を言われるのだろう。 しかし、これにて調査は終了とする。傷も癒えない少年達に、これ以上覚え
ウトウトしながら、1人で心細く留守番をしていた深夜3時頃。内側から板を打ち付けていた扉が、物凄い轟音と共に蹴破られた。 俺は驚きすぎて声も出ず、座っていた椅子から転げ落ちた。慌てて体勢を整え、物陰から様子を窺う。 扉を蹴破ったのはタユエルで、どうやら獲物を捕まえて戻ったようだ。タユエルの後ろで、ヴァニルが縛り上げて繋いだ男を引き摺っていた。「そ、そいつが犯人か?」「そうだ····って、なんだヴェル、んなトコに隠れて。はははっ、チビってねぇか?」「チビるわけあるか! それより、やはり吸血鬼だったのか?」「あぁ、純血じゃねぇがな。どれだけ入り混じってんのかもわからねぇ。あとはまぁ、見ての通り覚醒しちまってる」 どうやら会話はできそうにない。涎が垂れ流しで、牙も仕舞えないらしい。極めつけは紅黒に染まった瞳。以前のノウェルが、これの一歩手前の状態だった。だから俺は焦ったのだ。 ここまでキてしまっては、奇跡でも起きない限り正常に戻ることはない。故に、奇跡など起こりえない今、殺処分という形を取らざるを得ない。 墓穴を掘り、そこに縛った状態で寝かせる。そして、銀の杭で一息に心臓を貫き、地面深くまで打ち込んだ。 胸の当たりが燃え、耳を塞ぎたくなるような断末魔が響く。こうして、心臓が灰になるまで待ち、確実に息絶えた事を確認する。 十字架と弾丸をモチーフにしたヴァールスの家紋。それを銀の糸で刺繍した、無駄に煌びやかな布を被せてから埋める。 これが決まりなのだから、俺は手順通りにこなす。人知れず命を終える吸血鬼への弔いだ。手を抜くわけにもいかない。 それにしたって、ヴァニルとタユエルの顔が見られないなど、我ながら感傷に浸るようで吐き気がする。「少年達は、よく殺されなかったな」 俺は思わず、ポツリと呟いた。「えぇ。けれど、それは理性が残っていた訳ではなく、彼の性癖だったんだと思いますよ」「俺もそう思う。あんま気にすんな」「あぁ、気になどしていない。さぁ、そろそろ帰るか」
俺はすぐさまヴァニルを連れタユエルの店へ向かう。 最悪の事態──それはきっと、タユエルが食料としてではなく無作為に人間を殺めた、という事なのだろう。「ヌェーヴェル、大丈夫ですか?」「あぁ。こういう事態に備えて最低限の訓練はされている。お前に説明するまでもないだろうが、ヤツが暴走していればその時は····」「それは私が。貴方が太刀打ちできる相手ではありません。それに、彼を手に掛けるのは辛いでしょう」 俺とタユエルが長い付き合いだと知って、ヴァニルなりに配慮してくれたのだろう。しかしそれを言うならば、ヴァニルのほうが関係としては深い。「お前の方がやりにくいんじゃないのか。師匠みたいなものだったんだろう? ましてや、同胞を手にかけるなんて気持ちの良いものではないだろ」 ヴァニルは俺に口付けて、それ以上言うなと黙らせる。仕事だと割り切っている····そういう事なのだろう。 俺は気の利いた言葉を見つけられず、黙って銃の確認をした。あくまで念の為だ。 タユエルの店の前に立ち、腰に忍ばせた銃へ手を添える。息を殺し、ゆっくりと扉を開く。 隙間から中を覗くが、真っ暗で何も見えない。しかし気配はある。耳を澄ませると荒い息遣いが聞こえた。 思いきって一歩踏み入れた瞬間、耳を劈くような怒声が響く。「来るな!! ヴェルなんだろ? 絶対に入ってくるなよ!」 明らかに様子がおかしい。手遅れだったのだろうか。「····そうだ、俺だ。タユエル、何があった。何故、立ち入るのを拒む」 タユエルからの返答がないので、ゆっくりと扉を開ききる。陽の光が差し込み、その奥にタユエルの姿を目視した。「入るぞ」 俺はまた一歩踏み込む。タユエルの出方を窺いながら、一歩一歩慎重にカウンターへ向かう。 古い木造の匂い。その中に、血の様な鉄っぽいにおいを感じる。 胸騒ぎ
「ヴェル、起きて。ねぇ大丈夫?」 いつの間にか子どもの姿に戻っていたノーヴァに、柔らかく頬を抓られて目が覚めた。「ん····大丈夫··だ。ぁ、は、腹····」 腹の痛みが消えている。けれど、あの熱さだけは残っている感じがしてズクンと疼く。きっとこれは腹じゃなく、脳にこびりついた感覚なのだろう。 そして、熱さの理由はもうひとつ。ヴァニルが申し訳なさそうに俺の腹をさすっているのだ。こいつの手は冷たいのだが、気持ちは伝わってくる。「ヴァニル、大丈夫だ。もう痛くない」「いえ、そういう事では····。優しくするという約束だったのに、すみません」 ヴァニルは眉間に皺を寄せ、なんとも苦しそうな表情《かお》をしている。 まだ身体を起こせないが、俺はそっとヴァニルの頬に手を添えて微笑んだ。「ヌェーヴェルが私に優しい顔を向けてくれるなんて、出会って随分経ちますが初めてですね」「俺だって、こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてだ」 ノーヴァが俺の額を撫で、啄むようにキスを落とす。「ノーヴァ、くすぐったい。なんだ?」「気絶する前に言ったこと、憶えてる?」 そう言えば、とんでもない事を口走った記憶がある。「······憶えてない」 俺は、ふいと目を逸らして言った。耳まで熱い。「嘘だ。憶えてるでしょ」「憶えてねぇよ。あの時は頭の中が真っ白だったからな」 必死に誤魔化したが、下手な嘘など通用しなかったようだ。 ノーヴァにじっと見つめられ、俺は観念して白状する。跡を継いで、全て終わらせてからにしようと思っていたのだが、あんな事を口走った後なのだから仕方がない。「俺は、お前たちを大切に想ってる。ずっと身
ほんの数秒で唇を離し、ノーヴァの目を見ながらそっと離れる。ノーヴァの唇へ視線を落とすと、自分でわかるほど瞬時に頬が紅潮した。「次は舌、絡めて」 そう言って、ノーヴァはベッと舌を出して見せた。触れるだけのキスで心臓がイカれてしまいそうなのに、そんな破廉恥な事を自分からできるのだろうか。 このヤワな心臓が根性を見せてくれることを期待して、少し開けて待っているノーヴァの小さな口に、ええいままよと舌先を差し込んだ。 いつもはされるがまま舌を絡めていたが、自分で絡めにいくとなると想像以上に難しい。「ヌェーベル····ソレ、後で私にもシてくださいね」 振り返ることができないので確証はないけれど、きっと嫉妬に歪んだ顔で言っているのだろう。 「ん、んぅ····」 俺のたどたどしい舌遣いに焦れたのだろう。ノーヴァは俺の両頬を手で抱え、こうやるのだと言わんばかりに激しいキスをしてきた。 いつも通りの、息ができなくなるやつだ。酸欠で意識が朦朧としてくる。「ふ、ぅ····ノー、ヴァ····待へ、ぅふ、は、ぁっ····ふぇ゙····」「アナタたちのキスを見てるだけで、なんだか苛つきますね····もう動きますよ」 突くのを待ってくれていたヴァニルだが、堪らずに動き始めた。 突かれるリズムに合わせ身体が前後する。けれど、頭が固定されている所為で衝撃を逃がしきれず、腹の奥に快感となって留まって苦しい。 ヴァニルが結腸口を叩く度に噴いてしまうので、ノーヴァとベッドがびしょ濡れだ。いつもなら、ぶっ掛けてしまうと嫌味の一つや二つ言うくせに、今日はお構いなしにキスを続ける。「ノ
ノーヴァは優しいキスを繰り返す。徐々に激しさを増し、早速約束を破って大人の姿になった。 そして、大きくなった手で俺の頬を包み口内を隈無く舐めまわす。「んっ、おま····大人になるなって··んんっ」「ん······ふぅ。こっちだと、ずっと奥まで犯せるもん。それと、血···もうガブ飲みはしない。これからは、ヴェルを危険な目に合わせるのは控えるよ」 優しさを見せているつもりなのだろう。俺に譲歩すると言いたげなノーヴァを愛らしいと思う。「控えるという事は、やるときゃやるんだな」「だってヴェル、好きでしょ? 死ぬほど犯されるの」「······嫌いじゃない」「あははっ。素直じゃないなぁ」 ノーヴァは再び俺の口を塞ぐ。ケツを弄っていたヴァニルは、潤滑油《ローション》が乾かぬうちに滾って反り勃ったモノをねじ込んだ。「んぅ゙っ、ん゙ん゙ん゙っ!!! んはぁっ、デカ····待っ、デカ過ぎんだろ······」「デカいの好きでしょう? ほら、もうイきそうじゃないですか。まだ挿れただけですよ」 確実にいつもより大きい。圧迫感が凄いのだ。なのに、容赦なく奥へ進んでくる。「ひぅっ、あぁっ!! ふっゔぁん····アッ、やだ、奥待って」「大丈夫。まだ奥は抜きませんよ。もう少し、ここを解してからです」 ヴァニルは下腹部を揉みながら、期待を持たせるような事を言う。そして、ぱちゅぱちゅと音を立てて俺を煽る。「ヴァニル····
集まった視線に、俺は直観的な苛立ちを覚えた。「な、なんだよ」「お前がそれ言うの? ヘタしたら、ヴェルが誰よりも我儘だし欲深いよ」「そりゃまぁ、俺だしな。それくらいの気概がないと、ヴァールスの名を継ごうなんて思わないだろ」 俺の言葉に、全員が耳を疑ったらしい。揃いも揃って、イイ面がマヌケに口を開けている。「貴方、もしかしてまだ継ぐ気なんですか? てっきり、私たちを選んだ時点で諦めたものとばかり····」「諦めてたまるか。嫁の件は父さんに上手く言って白紙に戻した。子供の事は追々考えるからいいんだよ」「そういえば、よくあのパパさんを言いくるめられたよね。なんて言ったの?」「····内緒だ」 うまい言い訳が思い浮かばず、バカ正直に『好きな人ができたから見合いは無かったことにしたい』と、子供の駄々みたいな理由を告げただなんて言えるか。しかし、あのクソ親父がよくそれで許してくれたなと俺も思う。 正直、もう出家覚悟で言ったのだ。それだけは、絶対にこいつらにはバレないようにしなければ。「貴方が言いたくないのなら聞きません。私達を優先してくれた事実だけで充分です」「そうだね。まぁ、ボクは暇だし、我儘坊やの復讐手伝ってあげてもいいよ」「私も、協力しますよ」「あぁ、頼りにしてるよ。って··おいこらノーヴァ、誰が我儘坊やだ!」 ノーヴァとヴァニルに手伝ってもらえば、いとも容易く父さんを屈服させられるだろう。勿論、物理的に。ヴァニルの場合、まずは容赦なく精神的に殺《ヤ》りそうだ。 協力してもらえるのは助かるし、頼りにしているのも本心だ。けれど、なんだこの漠然とした不安は。 この2人の際限のなさ故だろうか。あまり関わって欲しくないのが正直なところだ。「あの、ちょっといいですか。ヌェーヴェルさんに聞きたいんですけど」「なんだ、イェール」「その復讐ってのを達成したら、アンタは吸
説明を終えるなり、ノーヴァとイェールに笑われた。ノウェルはふんぞり返って鼻を高くしている。「ヌェーヴェルには僕が色々教えてあげるよ。心の機微を、こいつらが教示できるとは思えないからね」「ボクだってできるよ! 人間の事はローズに教えてもらったからね」「こら、人様の母君を呼び捨てにするんじゃない。失礼だろうが」 やはり、ノーヴァはノーヴァだ。まだまだ礼節を弁えきれていない。所詮、余所行き用の付け焼き刃と言ったところか。「ちぇー····人間ってなんでそういうトコ煩いの? 面倒だなぁ」「ノーヴァがガサツ過ぎるんですよ。誤解のないように言っておきますが、吸血鬼が皆、ノーヴァのようにガサツな訳ではありませんから」 知っている。ローズやブレイズ、ヴァニルのように礼儀正しい者が多い事は。 それは人間とて同じ事だ。住む環境や性格によるところだろう。「お前を見てたらわかるよ。ノーヴァのもまぁ、度を越さなきゃ可愛いもんだしな」「えへへ。ねぇヴェル、ひとつ聞いておきたいんだけど」「なんだ?」「ヴェルはさ、子供のボクと大人のボク、どっちが好き?」 究極の選択じゃないか。愛らしい子供の姿で背徳感を感じるか、大人の姿でヴァニルとは違った美形に支配されるか····なんて言うと図に乗るのだろう。とてもじゃないが、正直な気持ちは伝えられない。「子供で充分だ。大人になるのは禁止だしな。お前ら3人に血を吸われる俺の身にもなれよ」「それぞれ遠慮してるじゃありませんか。ちゃんと“不死の吸血”の約束は守っていますよ」「当然だ。俺が死んだら元も子もないだろうが。そうだ。イェールはノウェルの血を飲むのか?」「許した憶えはないんだけどね、興奮すると時々吸われるよ。嫌かい?」「嫌だな。けど、ヤッてる最中だけは許してやる」「随分と寛大なんだな。ノウェルさんがアンタに執心してるからって余裕じゃないか」「あぁ
約束の夜。全員が俺の部屋に集まった。「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」 俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。餌を待つ魚か。 そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き始めた。「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····ノウェルさんだけは渡さないからな!!」「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」 俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。「······クソッ!!」 なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだのだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”だと知った時点で、俺の中では結論が出ていたのだと思う。 結論が出ているものに、思い悩むのは性に合わない。「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気がついた」「症状って、ヴェル····病気か何かだと思ってたの?」 ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。 「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃない」 俺の意見に首を傾げるノーヴァ。俺は、何かおかしな事を言っているのだろうか。「そう····だね? ねぇ、人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間っ