Share

第396話

Auteur: 北野 艾
「……私の最期の仕事、手伝ってくれるわよね」

百合子の切実な瞳に見つめられ、詩織は鼻の奥がツンと熱くなるのを必死に堪えた。「はい……承知いたしました」

詩織の返事を聞き、百合子は安堵の息をついた。

彼女はそのまま詩織の手を握りしめ、ぽつりぽつりと語り始めた。「知ってるかしら。うちの主人がね、あなたのことをよく話していたのよ。『彼女は本当に聡明だ』って。『あの若さで、あれほどの度胸と先見の明があるなんて大したもんだ』って、もう褒めちぎっていたわ」

意外だった。あの高坂響太朗が、そこまで自分を買ってくれていたとは。

「だから私、ずっとあなたに会ってみたかったの。主人の目が確かなのかどうか確かめたくてね。……ふふ、どうやらあいつの目に狂いはなかったみたい」

百合子は心から詩織を愛しく思っているようだった。目の前の若い女性に、かつての自分の面影を重ねているのかもしれなかった。

二人がしばらく談笑していると、邸内に慌ただしい足音が響いた。

響太朗が帰宅したのだ。

彼は百合子の体調を案じて急いで戻ってきたのだろう、息を弾ませて部屋に入ってきた。

そこに詩織がいることに気づくと、
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第931話

    そして、三十分前に届いた最新のメッセージ。【今から部屋に行ったら、君の親友に警察を呼ばれるだろうか】部屋に?これを送ったとき、彼はマンションの下にいたのか。最後の一通からすでに一時間が経過している。もう帰ったはずだ。強烈な睡魔に襲われ、詩織は今度こそスマホを置いて目を閉じた。だが、一分も経たないうちに跳ねるようにしてベッドを抜け出した。スリッパを履くのももどかしく、裸足のまま窓辺に駆け寄る。カーテンを引き絞るようにして、真下を見下ろした。街灯のぼんやりとした光。揺れる街路樹。その傍らに、逆光を背負って立つ一人の男がいた。半ば影に沈んだ横顔で、彼はじっと詩織の部屋を見上げている。視線がぶつかった瞬間、詩織の心臓が不規則に脈打った。説明のつかない熱い衝動が、胸の奥で激しく暴れ回っていた。柊也と視線がぶつかった。彼は再びスマホを手に取り、詩織に電話をかけた。つながっても、詩織は何も言わない。ただ、少し乱れた吐息だけが受話器越しに流れていく。「起こしちゃったかな。眠れなくなった?」夜風に混じって届く声は、どこまでも穏やかだった。詩織は短く「……うん」とだけ返す。「焦りすぎたな、ごめん」「……あのお店からずっと、ついてきたの?」「ああ」彼女の車とほぼ同時に、ここへ着いていたのだ。それでも、強引に部屋まで行く勇気はなかった。ミキに警察を呼ばれるのが怖かったわけじゃない。ただ、詩織に疎まれ、二度と口をきいてもらえなくなるのが怖かった。この五時間、彼は焦燥に焼き尽くされそうだった。返事のないメッセージを送り続け、もしかして着信拒否されたのではないかと怯え、たまらず電話をかけたのだ。幸い、彼女は寝ていただけだった。たとえ自分にとっては一刻を争う重大事でも、彼女の眠りを妨げるわけにはいかない。何よりも最優先すべきは、彼女の休息なのだから。「寒くないの?」詩織は無意識にレースのカーテンを指先でいじった。擦れる音が、ちりちりと静かな部屋に響く。「そうでもないよ」「返事もしないのに、何でそんなに待ってたのよ。さっさと帰って寝ればよかったじゃない」「ただ、君の近くにいたかった。君が話を聞いてくれる気になったとき、一番に駆けつけられるように」詩織は黙

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第930話

    「感情が波みたいに押し返してくるの。彼が背負った傷や、これまでの苦労、私にしてくれた数々のことを思うと、胸が引き裂かれそうになる」「でも、彼と志帆の間にあったあれこれを思い出すと、無意識のうちに逃げ腰になっている自分がいる」要するに、ぐちゃぐちゃなのだ。負い目なら、間違いなく詩織の方が柊也に対して強く感じているはずだ。だけど感情というやつは、損得や公平さでは計り切れない。どちらが多く尽くし、どちらが多く傷つけたかなんて、比べようがないのだ。ミキはため息混じりに首を横に振った。「それって完全にトラウマだよ。かつて深く傷つけられたせいで、少しでも心が揺さぶられると、本能的に自己防衛のスイッチが入っちゃうの。相手がどれだけ本気だろうと、自分の感情を乱す存在はすべて突き放そうとしてるんだ」「だけどね、傷つくのを怖がっていたら、いつまで経っても幸せにはなれないよ」ミキは振り返り、窓際にうずくまっているカイに視線を向けた。「あのカイだってそう。怖いからってあそこから一歩も出なかったら、もっと広い世界を知ることはできない。一生、危険のない温室に閉じ込められたままだよ」「安全だけど、自由はない」ミキは詩織のグラスに酒をつぎ足した。「幸せと傷つくリスクは、いつだって背中合わせなんだよ」夜がすっかり深まるまで、二人は飲み続けた。足元では、睡魔に勝てなかったカイが掃き出し窓の前で丸くなって眠っている。荒れていた詩織は、ミキよりもずっと多くの杯を重ね、最後は介抱されるようにして寝室へと運ばれた。アルコールに逃げるようにして、深い眠りに落ちる。どれほど時間が経っただろうか。詩織は、うなされるように何度も同じ夢を見ていた。暗い海に、繰り返し投げ出される夢だ。冷たい水が容赦なく口や鼻に流れ込み、塩辛さと窒息感が彼女を飲み込んでいく。手足は見えない索に縛られたように重く、いくらもがいても出口には届かない。叫ぼうともがいても、口からはただ空しくあぶくが漏れるばかりで、声にはならなかった。意識が薄れ、体が深淵へと沈んでいくその刹那。一閃の剣が水面を切り裂くようにして、一人の男が迷いなく彼女へと向かって飛び込んできた。柊也だった。歪む水面越しに見える彼の顔は、震えるほど焦燥に満ちていて、けれど不思議なほど鮮明だった。

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第929話

    「ううん、車呼んであるから大丈夫」さっさとこの場から離脱するために、あらかじめ専属の運転手を待機させていたのだ。「そっか。じゃあ、家で待ってるね」「分かった」短いやり取りを終え、詩織は通話を切った。柊也が慌てて追いすがり、彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。「詩織……」だが、詩織は冷たく身をかわした。エントランスで待機していた専属の運転手が、足早に出てきた彼女の姿を認めて駆け寄ってくる。「社長、すぐにお出になられますか?」「ええ」「車はすぐ表に回してあります。どうぞこちらへ」詩織は運転手と共に、そのまま外へ出ようとした。「待ってくれ、詩織!」柊也が再び立ちはだかる。詩織は心底うんざりしたように顔をしかめた。「まだ何か?また力ずくで私を足止めするつもり?」柊也はじっと彼女を見つめながら、ひび割れたような声で言った。「違う。ただ……俺と志帆のことも、誤解を解かせてほしい。ちゃんと説明させてくれ」「もういい!」詩織は前触れもなく声を荒らげた。「何も聞きたくないわ!」彼と志帆の関係――あの五年前の忌まわしい過去のことなど、もう一文字たりとも耳に入れたくなかった。強い拒絶の言葉を叩きつけると、詩織はきびすを返し、彼がそれ以上口を開く隙さえ与えずに足早に立ち去った。柊也はその場に立ち尽くすしかない。一度も振り返ることなく、足早に遠ざかっていく彼女の後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。―――なぜ急に、あんな態度になった?ここ最近、彼女の頑なだった態度は間違いなく軟化し始めていた。それなのに、なぜ今この瞬間、手のひらを返したように氷のように冷たく拒絶されたのか。柊也は必死に記憶の糸をたぐり、最近二人の間に起きた出来事を振り返った。自ら取り壊したあの新居のことで、やはり深く傷つけたままだからか。あるいは、志帆との過去のしがらみが、どうしても許せないのか。どれほど頭を悩ませても、明確な答えは出ない。どうすれば彼女の心を溶かせるのか、今の彼には全く見当がつかなかった。だが、この最悪な状況を招いたのは、他でもない自分自身だ。自分の不器用な嘘と身勝手な振る舞いが今の彼女を作ったのだから、誰を責めることもできなかった。......家に帰るなり、詩織はミキに尋ねた。「飲む?」ミ

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第928話

    誰かが困惑したように声を上げる。「え、何で急に答えが間違いだって気づいたんだ?」その問いを機に、個室の中は異様な静寂に包まれた。少しでも勘のいい者なら、すぐに事の核心に辿り着く。一同の視線が、詩織、柊也、そして京介の三人の間を激しく行き来した。剥き出しの好奇心、真相を暴こうとするいやらしい眼差し、そして野次馬特有の、下世話な興奮。沈黙の中で、かつての誤解と、今さら明らかになった真実が音を立ててぶつかり合っていた。見世物にされるのは真っ平だった。詩織は自分の手を取り戻そうとする。だが、柊也の指は鉄の枷のように食い込み、微塵も解ける気配がない。「悪いが、少し個人的な話がある。お先に失礼するよ。みんな、楽しんでくれ」最後に太一へ向かって、「誕生日おめでとう」と言い添えた。それだけ言い残すと、柊也は詩織の手を引いて外へと歩き出す。その足取りは、かつてないほど迷いがなかった。詩織は半ば強制的に連れ出される羽目になった。握られた手首が熱い。彼の体温が伝わり、手のひらにはじっとりと汗がにじむ。振り払おうとしても、力ずくで引き抜こうとしても、びくともしなかった。「……ちょっと、一体何を考えてるのよ」詩織は眉をひそめ、苛立ちをぶつけた。柊也はそのまま、誰にも邪魔されない静かな場所まで彼女を連れて行くと、ようやく足を止めた。そして、射抜くような鋭い視線を彼女に浴びせる。「お前と京介は……一度も付き合ってなんていなかった。そうなんだな?」詩織は心底呆れ果てた。何を今更、そんな分かりきったことを聞くのか。さっき個室であれだけはっきりと否定したはずだ。二度も三度も繰り返すつもりはない。強引に腕を振り抜き、その場を去ろうとした。だが柊也は、逃がすまいと彼女を抱き寄せ、上から覗き込むように顔を近づけた。「詩織、答えろ!」どんな時でも冷静沈着、不測の事態にも動じない詩織だが、柊也を相手にするといつもペースを乱される。赤く跡がついた自分の手首を見て、ついに怒りが沸点に達した。「なんで私が、そんなわけのわからない質問に答えなきゃいけないのよ!」「ただ知りたいんだ。お前とあいつが、本当に付き合っていたのかどうかを」柊也は執拗に答えを求めてくる。詩織が強引にすり抜けようとした瞬間、彼は彼女を壁に押し込んだ。

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第927話

    昔、京介本人に問い詰めた時、彼は「志帆と交際したことなど一度もない」とはっきり断言していたのだ。あれは志帆が国内の社交界で勝手に流したただのデマだった。そもそも留学中、彼らは滞在している大陸すら違っていたのだから。だとしても、「誰とも付き合ったことがない」だと?太一は怪訝な顔になり、思わず横の柊也へと視線を送った。柊也の目は鋭く光り、京介の顔を射抜くように見つめていた。「それは『真実』か?」「ああ」京介はきっぱりとうなずく。「こんな時に、わざわざ嘘を吐く必要なんてない」「十二年前、江ノ本第一高校の校門前にある売店だったよな。お前と詩織、付き合ってるって周囲に公言してたじゃないか」柊也は当時の時間や場所までも明確に口にした。まるで紛れもない事実であるかのような、断定的な物言いだ。当事者である京介ですら、一瞬呆気に取られていた。彼は柊也を一瞥し、次いで詩織を見る。ずっと他人事で通していた詩織も、これには驚きを隠せなかった。十二年前?江ノ本第一高校?彼が言っているのは……あの、付き合っているふりをしていた一件のことだろうか。詩織がふと視線を上げると、あの真っ向から見据える黒い瞳とぶつかった。柊也の顎のラインは硬く強張り、その眼窩の奥には激しい嵐の予兆が渦巻いている。京介もようやく思い出したようで、苦笑混じりに口を開いた。「……ああ、あれは誤解だよ。当時、第一高校の周りは治安があんまり良くなくてね。下心を持って近づいてくる連中を追い払うために、しばらく彼氏のふりをして詩織の下校に付き合ってただけだ」「なんだ、偽装カップルだったのかよ?」太一が素っ頓狂な声を上げた。あまりにも大きな、そして長すぎる勘違いだった。京介は深く頷く。「ああ。あくまでフリだ。高村先生に頼まれてね」当時、高村教授は詩織を弟子に取ったばかりで、末っ子の弟子をそれはもう可愛がっていた。彼女が不良絡みのトラブルに巻き込まれそうになったと知るや、京介をナイト役に指名したのだ。『もしあの子に何かあれば、お前の責任だぞ』とまで脅されて。だから京介はしばらくの間、彼女の用心棒を務めていたに過ぎない。長年、柊也を縛り続けてきたはずの因縁が、あまりにもあっけなく、淡々と解き明かされていく。柊也は、胸を焼かれるような熱い

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第926話

    その質問に、詩織は思わずピクリと眉を動かした。彼女は、彼がどう答えるか知っている。――『好きな女の恋路に割り込んで略奪すること』だ。五年前、彼にプロポーズしようと決意したあの夜。太一が彼に同じ質問をしたのを、詩織はこの耳ではっきりと聞いていた。そして、今でも鮮明に覚えている。あれは、彼女が七年間抱き続けた夢が、木っ端微塵に砕け散った瞬間だったのだから。柊也はすぐには答えなかった。その熱を帯びた深い瞳が、ゆっくりと詩織へと向けられる。だが、詩織は目を逸らし、彼の視線を完全に無視した。その表情はどこまでも淡泊で、傍目には二人の間に親密さなど微塵も感じられない。やがて、柊也は焦る様子もなく口を開いた。その答えは、五年前と一言一句違わなかった。「――好きな女の恋路に割り込んで、略奪することだ」詩織の口角がわずかに上がり、声のない冷ややかな笑みがこぼれた。柊也はソファに深く背を預けている。間接照明の曖昧な光が彼の瞳の奥に落ちるが、まるでブラックホールに吸い込まれたかのように、そこにはただ底知れぬ漆黒だけが広がっていた。「お前がそこまでなりふり構わず惚れ込むなんて、一体どんな女なんだよ?」太一の反応は、五年前と同じように激しかった。周りの人間も興味津々で身を乗り出してくる。だが、柊也はあっさりとそれをかわした。「ゲームのルールだろ。質問は一回につき一個までだ」「よっしゃ、もう一回だ!今夜絶対に吐かせてやるからな!」太一が闘志を燃やして腕まくりをする。「やれるもんならやってみろ」柊也はどこ吹く風と余裕を見せた。続く第二回戦。ターゲットになったのは太一の友人だった。質問者は彼に、「自分の妻を愛しているか」と尋ねた。男は鼻で笑って答える。「政略結婚だぜ?愛だの恋だの、あるわけないだろ」太一が納得いかない顔で反論した。「政略結婚だって、相手を好きになることくらいあるだろ」男は薄笑いを浮かべたまま肩をすくめる。「もっと視野を広く持てよ。結婚してから、ゆっくり自分の好きな相手を外で探せばいいんだ。表沙汰にさえならなきゃ、誰も文句は言わねえよ」これが、世の政略結婚のリアルな実態だった。財界の荒波に揉まれてきたこの数年間、詩織はこんな話を腐るほど耳にしてきた。もはや驚きすらない。人間の本性なんて

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第501話

    ここ最近、先生はずっとAIの話題ばかりだったしな……「これからはAIの時代だ。お前も暇な時はこの対局ソフトと打ってみろ」と、やけに熱心に勧めてきたことを思い出す。「どうして急にAIなんです?」と尋ねると、脇でお茶を淹れていた家政婦が笑って口を挟んだ。「それはもう、先生の可愛い愛弟子さんがお勧めになっているからですわ」「なっ、馬鹿を言うな!私はまだあやつを弟子と認めたわけではないぞ!うちの大学院に受かってから言え!」高村教授は顔を真っ赤にして否定したが、家政婦は楽しそうにクスクスと笑っていた。「本当に素直じゃないんですから。あの子のニュースが出るたびにチェックして、お友達

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第516話

    太一とて、詩織の能力を認めていないわけではない。『エイジア』を辞めてからの彼女の快進撃には、正直なところ度肝を抜かれることの連続だった。だが、ビジネスの手腕と学歴は、似て非なるものだ。ましてや相手は、超難関で知られる高村研究室である。いくらなんでも、調子に乗りすぎではないか。太一は何とも言えない表情を浮かべ、恐る恐る柊也の顔色を窺った。元カノの無謀な挑戦に、彼はどう反応するのか。しかし……柊也は眉一つ動かさなかった。興味がない、というよりは、詩織が何をしようが自分には関係ない、とでも言いたげな無関心さだ。その瞳にはどんな感情も浮かんでいない。まあ、そりゃそう

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第519話

    詩織という女には、つくづく呆れ果ててしまう。京介の気持ちを弄びながら、一方で譲とも怪しい噂があり、今度は賢にまで色目を使っているのか。その節操のなさに、志帆は心底軽蔑した。彼女はスマートフォンを取り出すと、意地悪な笑みを浮かべてグループチャットにメッセージを投げ込んだ。【ねえ、江ノ本大学で誰を見かけたと思う?】この手の話題に食いつくのは、決まって『穀潰し』の太一ぐらいなものだ。要するに、暇なのだ。『衆厳メディカル』に詩織が資本参加して以来、彼の実質的な発言権はほぼ失われ、ただ配当を受け取るだけのその他大勢の株主と変わらなくなっていた。毎日やることといえば、無駄に

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第510話

    「えっ、もう帰っちゃうの?」志帆の声には明らかな驚きが混じっていた。「ああ、実家で急用ができてね」それが建前だと気づいたかどうか。志帆は落胆しつつも、努めて明るく振る舞った。「そっか……残念。じゃあ、今度北里でロードショーをする時に埋め合わせさせて」その提案に対し、悠人は肯定も否定もしなかった。ただ無言で通話を切った。志帆はその沈黙の意味を深く考えなかった。悠人が自分にどれほど心酔しているか、誰よりも知っていたからだ。気を取り直し、彼女は他の招待客への連絡を続けた。だが、現実は冷酷だった。以前なら、柊也の顔を立てて媚びへつらってきた連中が、潮が引くように態度を変えて

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status