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第一章 第9話 依頼人との顔合わせ

Auteur: 輪廻
last update Date de publication: 2026-01-11 20:43:28

「──お兄さま。依頼人の平坂《ひらさか》さまをお連れしました」

部屋の外──扉の向こう側から、鈴を転がすような清さんの声が耳に届きます。

遂にこの時が来た……依頼人との、顔合わせの時が。依頼人を不安にさせぬよう、私は緊張で強ばっている表情筋を懸命に動かし、努めて穏やかな笑顔を浮かべるよう心掛けます。担当者が不安そうにしていたら、ただでさえ不安な依頼する側も余計に不安を募らせてしまいますから。

「……大丈夫です。いけます、宗一さま」

小声で私がそう言うと、宗一さんは険しい表情のまま小さく、けれどもはっきりと頷きました。

「──ご苦労、清。入れ」

宗一さんが許可を出したのと同時、執務室の扉が重々しい動きでゆっくりと開かれ……清さんに連れられて、スーツ姿の一人の男性が、緊張した面持ちで入ってきました。

年齢は五、六十歳前後……良く言えば優しそうな、悪く言えば気の弱そうな方でした。整えられた白髪、汚れ一つない眼鏡、顔に程よく刻まれた皺。背筋もピンとしていて、先刻の因幡とは大違いです。

二人が入室した直後、扉がやや乱暴にバタンと閉められます。見ると、清さんと依頼人を護衛するかのように、【彼岸】の隊員さんと思しき三十代半ばの男性が、彼女たちの背後に佇んでいました。

何故でしょう──彼とは不思議と、初めて会った気がしません。昔、何処かでお会いしたような……そんな気がしてなりませんでした。

「──どうぞ、こちらに座って」

宗一さんは笑顔で依頼人と固く握手をすると、ホテルマン顔負けの優雅な所作で、依頼人を来客用のソファーに座るよう促します。

「──奏。それから、清……こっちに来なさい」

「はい、宗一さま」

テーブルを挟み、依頼人の対面のソファーに腰掛けた宗一さん……その隣に遠慮がちに腰を下ろす私を見て、依頼人はわずかに表情を曇らせました。

「まさか……この小さな女の子が? 私の頼みを引き受けて下さるという、巫女さんなのですか?」

「はい。仰る通りです、平坂さん」

宗一さんは小さく首肯すると、依頼人に私のことを紹介しました。

「──紹介します。御陵本家所属の巫女、御陵 奏。昨年末に十五になったばかりとまだまだ幼いですが、御堂本家の当主・清治の下で鍛錬を積み、教育課程で場数も相応にこなしてきた一族きっての有望株です。必ずや、平坂さんのご期待に応えてくれることでしょう」

続けて宗一さんは私に対し、依頼人のことを紹介します。

「奏──こちらが依頼人の、平坂 守《まもる》さん。鳴神《なるかみ》山地の此岸《しがん》町から遥々お見えになられた、地元の神社で宮司をしていらっしゃる方だ」

──鳴神山地。確か、"高天原計画"の中でも特に大規模なプロジェクトが推し進められた場所です。関東と東北の境界近くにあり、歴史的にも·······とは切っても切り離せない土地と言えます。

そうでなくとも、鳴神山地は昔からかなり闇深い場所として、オカルトマニアなどの一部界隈の間では有名になっていました。曰く神隠しが頻発しており、毎年のように行方不明者が出る呪われた土地。残された旧軍施設は半ば心霊スポットと化しており、マナーの悪い若者や心霊系動画配信者が荒らしに荒らして、町の人たちは迷惑している。挙句の果てには、鳴神山地に肝試しに行った者がそのまま消息を絶つ事案が多発。

彼の地はそんな、危険極まりない場所でした。

「……平坂さんは数年前にも一度、我が一族に依頼を出している。その時は確か、"高天原計画"に関する資料の回収だった。そうでしたね?」

「はい。特務機関【敷島】……彼らが四六時中、私や家族の周囲を嗅ぎ回っていましたから。資料が既にないことを悟れば、彼らとて引き下がってくれるだろうと考え、半ば縋るような気持ちで……しかし、それは大きな過ちでした」

平坂さんは徐ろに胸ポケットから一枚の写真を取り出し、それを見つめて涙ぐみます。宗一さんも嫌なことを思い出したのか、わずかに表情を曇らせました。

「奥さまと娘さんの件は……その……何と、お悔やみを申し上げれば良いものか……」

「……いえ、貴方がた"日ノ本の裏御三家"の皆様方に非などあろう筈が御座いません。悪いのは全て【敷島】に属するあの悪魔……秋津《あきつ》 日向《ひゅうが》という男ただ一人ですから……」

「秋津……日向……」

刹那──

十年前のあの日の出来事……忌々しい光景が、まるで一つの映画のように鮮明に、脳内にて再生されます。燃え盛る神社の拝殿と社務所。血の海の中で、ピクリとも動かなくなった巫女さんたち。目の前で撃たれ、花びらのような真っ赤な飛沫を撒き散らして倒れ込む母。それを無感動な面持ちで見つめる、銃を手にした秋津の顔。

秋津 日向。あの時は、【敷島】の実働部隊を指揮する一尉でした。私から全てを奪った怨敵は、時の経った今でもまだ、最前線にいるのでしょうか。

「……どうか、なさいましたか? 奏さん?」

血が滲み出るほど強く両の拳を握り締め、わなわなと身を震わせる私を見て、平坂さんは心配そうに私の顔を覗き込みます。そんな平坂さんに対し、宗一さんは淡々と私の過去を話します。

「──失礼。実はですね……うちの奏も、秋津 日向に両親や大切な者たちを殺されておりまして。十年前、全国ニュースにもなり大々的に報じられましたから、平坂さんもご存知かとは思いますが」

「あ……あの、神社が全焼して、宮司夫妻と神主数名、それから巫女数名が焼死し、当時五歳の宮司の娘が行方不明になったという未解決事件でしたか。あれは……嫌な事件でしたね……」

「……その行方不明の娘というのが、他ならぬ奏ですよ平坂さん。【敷島】の手の者に殺されそうになっていたところを、うちの清が救い出しました。それ以後、御陵 奏と名を改めて、我が一族と共に暮らしています」

「そう、でしたか……君も、【敷島】に……秋津に……あの恐ろしい悪魔に……大切な家族を……そんな君に、私はこれから危険な役目を託そうとしているのですね……まだ、若く小さな君に、死ぬかもしれない危険な役目を……」

憐れむように私を見やる平坂さん……いえ、と精一杯の笑みを湛え、首を横に振りつつも、内心私は自分の未熟さを恥じていました。秋津 日向……その名前を聞くだけで、殺意と怒りを露わにしてしまった自分の、何と情けないことか。

そんな私を余所に、平坂さんは言葉を続けます。

「……私も、妻と娘を見せしめに殺されました。ある日行方不明となり翌朝、二人とも頭だけの状態で鳥居の傍に放置されて……娘は今も生きていれば、ちょうど君くらいの年頃でした。可愛い盛りで……それをどうして、奴はあんなにも惨たらしく殺せたのか……」

平坂さんはハンカチで涙を拭いながら、何とか平静を取り戻そうと努めていました。怒りと憎悪と悲しみが綯い交ぜになったような表情で。

それはきっと、過日の私が秋津に対し向けた表情と良く似たものだったと思います。

互いに、秋津 日向に愛する者を奪われた者同士……何とも嫌な共通点です。私が御陵 奏でなく、まだあの時の小さく無力な子供のままだったなら……この場で惨めに、傷の舐め合いを始めたことでしょう。

ですが──今の私は違います。今の私は御陵 奏……御陵本家に奉仕し、日本国を·······の脅威から守護する誇り高き巫女です。

宗一さんが平坂さんと私を引き合わせたのは、あくまで依頼人と担当者との顔合わせ。過日のことを悔やみ、傷を舐め合わせるためなどではありません。

「……宗一さま」

私は怨敵・秋津への怒りと憎悪を理性で抑えつつ、宗一さんに依頼内容を尋ねました。赤紙で呼ばれたのですから風雲急を告げるような内容なのは分かりますが、その詳細までは因幡という闖入者の所為で、全くと言って良いほど顔合わせの前に確認することが出来ていませんでした。

宗一さんは血が滲み出る私の手にハンカチで簡易的な止血処置を施しつつ、淡々と内容を告げます。

「この二、三年……鳴神山地周辺で、局所的な地震が不定期で発生している。震源は常に移動しており、自然的なものではないと言うのが一族の見解だ」

「動く、震源……まるで、生き物みたいですね」

率直に思ったことを口にすると、宗一さんも清さんも同意を示します。

「あぁ……過去、全国各地で似たような事例は、数え切れないほど観測されてきた。局所的な地震、大雨、酷暑に干魃それから吹雪。その殆どが、·······……その上位神格が顕現しようとしている··に他ならなかった」

鳴神山地はその土地柄、·······の上位神格が封じられている可能性が極めて高く、更には"高天原計画"に於いて重要な場所だったこともあって、何か依頼があれば即座に巫女を送り出し、·······について調査する最優先対象地域に指定されていました。

無論、【敷島】も何らかの動きを見せることでしょう。その上、鳴神山地周辺の市町村の人たちは多くが排他的かつ厭世的で、世間一般の常識は全くと言って良いほど通用しない。独自の風習……それこそ、目を覆いたくなるような悍ましい儀式・風習が今日まで継承されており、警察も手出しできない無法地帯とのことです。

現代日本にまだ、往時の村社会のような忌々しい風習が残されているのは驚きですが、宗一さん曰く村社会の遺した負の遺産というのは、意外と日本各地に多く遺されているとのことでした。

「──赤紙で召集したのは、それが理由だ。危険度が高過ぎる。現地民、【敷島】、·······にその眷属……あまりにも、·が多すぎるからな。お前にこんな危険な任務、与えたくはなかったが……口惜しいことに適任者は、お前しかいないと結論が下されたよ」

私に調査概要が記された書類を渡しつつ、宗一さんはそう言って大きな溜め息を吐きました。清さん同様、私に今回の調査任務を担当させることは不本意な様子でした。

「……調査対象は、"高天原計画"が推し進められていた旧軍施設。それから──星降山《ほしふりやま》?」

宗一さんから渡された書類に記されていたその山の名前を見て、私は奇妙な感覚を覚えました。鳴神山地には生まれてこの方、一度も足を踏み入れたことなどありません。ですが、星降山だけ不思議と懐かしいという感情が湧き上がったのです。

「……そうだ。鳴神山地周辺は、既存の神道とは少々異なる独自の信仰体系が継承されてきた。その信仰対象を祀る社が鎮座しているのが、星降山だ」

旧軍施設、星降山、それから鳴神山──どうやら、主な調査対象はこの三箇所で、他に気になる場所を見つけたら適宜、現地で直に足を運び調査することになりそうです。

「出発は五日後の午前五時。屋敷前のヘリポートからブラックホークに乗り、真っ直ぐ米軍の横田基地へ。そこから車に乗り換えて平坂さんと合流し、彼の案内のもと現地へと入ってもらう」

表向き、私は平坂さんの神社に就職した巫女という肩書きで過ごすことになる。現地民は排他的で非協力的だが、肩書きを駆使して上手く情報を得て欲しい。

それから──そこで宗一さんは一旦言葉を区切ると、

「調査任務には必ず、複数名の護衛が帯同する。今回、お前の護衛を担当するのが、ここにいる【彼岸】第五小隊の指揮官、金城《かねしろ》 剛彦《たけひこ》三尉だ」

宗一さんに名前を呼ばれ、黒い制服に身を包んだ若き士官はキレのある動きで室内礼式の敬礼をします。

「金城 剛彦です。フルネームで呼ばれるのは好きではありませんので、気軽に金剛《こんごう》とでも呼んでください。御陵 奏さま?」

金剛さんは簡単な自己紹介を済ませると、ニヤッと笑いながら私へと視線を向けました。

「──こうして直にお会いするのは、十年ぶりですね。ヘリで酔っていたお嬢さん?あの時はまさか貴方が巫女になって、私がその護衛をすることになるとは夢にも思わなかった。冗談で言ったことが現実になるなんて、不思議なことも世の中あるものですね」

その言葉を聞いて、私は漸く彼のことを思い出しました。十年前、ブラックホークの機内で私に酔い止めとペットボトルの水をくれた、ぶっきらぼうながらも親切な【彼岸】の隊員さん。三十を過ぎ、年相応に少し皺が刻まれていましたが、当時の面影は色濃く残っています。

「──金城。帯同させる部下の選別は、終わったか?」

「──はっ、ご当主さま。現地民や【敷島】に少しでも怪しまれにくくするため、中堅よりの若手を三名、奏さまの護衛に選びました。表向き平坂さんの雇用した神主、アルバイト、巫女として一定の誤魔化しは可能です」

尤も、護衛としては些か頼りないかもしれないが。金剛さんは呆れたように鼻で笑います。違和感なく現地に溶け込むためとはいえ、古豪を連れて行けないのはかなりの痛手だと、彼はそう言いたげでした。

「そこを上手くやれ。それが貴官の任務だ」

「畏まりました。最善·尽くします」

「……だ、そうだ。奏……なにか質問は?」

宗一さんに質問の有無を聞かれましたが、私は迷わず首を横に振りました。不安要素は数あれど、必ずや成し遂げてみせると、心に決めていましたから。

宗一さんは平坂さんにも何か質問がないか確認し、彼からも質問はないとの返事を受けると、私と平坂さんとを固く握手させ、顔合わせの終了を告げました。

こうして正式に、私は金剛さんたちの護衛のもと、鳴神山地周辺の調査任務へと赴くことになりました。

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