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第一章 第10話 同期が来たりて警鐘鳴らす

مؤلف: 輪廻
last update تاريخ النشر: 2026-01-13 21:33:57

鳴神山地の此岸町へと赴くことが決まった私は、直ちに出発の準備に入りました。

持ってゆく巫女装束は全てクリーニングに出し、新品の白足袋と草履をおろして、洋服に関しても一足早く初陣を飾り生還した同期の八雲ちゃんから助言を貰い、動きやすさを重視しつつも、現地の同年代に違和感なく溶け込めるような衣類を揃えました。

スマートフォン越しに八雲ちゃんと話しながら、世間一般の自分と同年代の女の子たちが、どのような格好をしているのか知った時には大いに驚きました。冬でもミニスカートやショートパンツを履いて足を露出させ、派手なデザインのタイツや膝上丈のニーハイソックス、更にはそれより丈の長いサイハイソックスなどを履いて自らの脚線美を強調、周囲に見せつけるのが流行りだと言うのですから。

御陵本家にも、教育課程でお世話になった御堂本家にもそのような女性は居ませんでした。清さんも薫さんも基本的には和服で、洋服の時も極力無地のものを選んで肌の露出も控えめにしていましたから。

それを八雲ちゃんに言うと、八雲ちゃんは笑いながらこう言ったのでした。

──あの二人みたいな規格外の別嬪さんは基本的に、何を着せても似合ってしまうからね。

兎にも角にも、八雲ちゃんのアドバイスの下、私は調査に必要と思われる物資を揃えていきました。一足先に初陣を飾り、生還した同期からのアドバイス。これほど、心強いものは正直なかったと思います。

そんな頼もしい同期の八雲ちゃんが、御陵本家へと顔を出したのは、依頼人の平坂さんと顔合わせをしてから三日後の正午過ぎ。出発の二日前のことでした。

「久しぶり、奏」

「八雲……ちゃん……一体、どうして急に……?」

部屋に入ってきた八雲ちゃんを見て、私は驚きのあまり言葉を失いました。任務を遂行したとはいえ、八雲ちゃんは負傷していました。調査任務の終盤、【敷島】との戦闘に巻き込まれ、右の太ももと脇腹に銃弾を一発ずつ受けたと聞いています。

「あはっ……同じ釜の飯を食べて、八年も一緒に清治さまのしごきに耐えた。そんな苦楽を共にした唯一の同期がいよいよ初陣だって言うのに、病院のベッドで呑気に寝ている訳にもいかないでしょ?」

私の勉強机に軽く身をもたせかけながら、八雲ちゃんはそう言ってにこりと笑います。白いキャミソールに、青みがかったデニムのショートパンツ。すらりと伸びた細い足には純白のニーハイソックスを履き、腰まで伸ばした艶やかな黒髪をポニーテールにしていました。

同性すらも虜にしてしまう程の可愛らしさ。嫉妬や羨望すら、抱かせることを許さない。裏御三家が、美男美女の家系なのは薄々分かっていましたが、彼女もまた例に漏れず見目麗しい顔立ちと、ややスレンダー気味な絶妙なる肉体美の持ち主でした。

まだ、撃たれた傷は完治していないのでしょう。右の太ももには靴下越しに、白い包帯が丁寧に巻かれているのが見えます。ということは、脇腹の傷も……平静を装ってはいますが、その実かなり無理をしているんじゃないかと心配になってしまいます。

事実、首から提げたロザリオをそっと握りしめ、八雲ちゃんは何度か深呼吸を繰り返していました。額には薄らと汗が浮かんでおり、懸命に痛みを堪えているであろうことが窺い知れます。

「……夢見で、無理矢理治そうとしたんだけどね。それをやったら最悪死ぬと、清治さまに叱られたの。普通に治せるなら、それに越したことはないって」

夢見とて、決して万能ではない。自らが想像したもの・事象を具現化・具象化するには、それ相応の代償を伴う。教育課程で、口酸っぱく言われてきたことです。

深傷を負い、痛みに耐える八雲ちゃんの姿は、それを如実に物語っていました。如何に強大な夢見鳥とて、必ずしも無敵ではないのです。

「奏……貴方に伝えなければ、いけないことがあるの」

何時になく真剣な面持ちで、八雲ちゃんは私へと視線を向けます。教育課程の時でさえ、私を励まそう、鼓舞しようと努めて笑顔を見せていた八雲ちゃんが、このような表情を見せるのはたいへん珍しいことです。

「────」

ロザリオを握りしめたまま、八雲ちゃんは目を閉じて深呼吸を繰り返します。それは一族に奉仕する巫女でありながら、清治さんの意向で前世にキリスト教を学ばされた彼女の癖のようなものでした。

「──良い? よく聞いて、奏。鳴神山地の調査に貴方を送り込むのは……御門本家の仕組んだ罠よ」

やがて意を決したように、口を開いた八雲ちゃん。その口から飛び出したのは正に青天の霹靂。驚愕の事実に他なりませんでした。

「御門家にも当然、私や清治さまのような夢見鳥が二名いるわ。珠緒《たまお》さんと、操《みさお》さん。何方も清さんと同世代の巫女。だけど今、御門本家の実権を握っているのは、彼女たちの父君なの」

それは、本来あってはならないことだと、八雲ちゃんは言います。夢見鳥が存命中は、本家を仕切るのは夢見鳥であり、それ以外の者が仕切ることは許されない。

だと言うのに、御門本家の当主代理は珠緒さんと操さんが成長した今も尚、彼女たちに当主の座を譲ろうとしないのだそうです。

「彼はね、権力欲の塊なの。今の腐敗した日本政界を象徴する内閣総理大臣・因幡のように。一日でも長く、当主代理をしていたい。だからあれこれ理由をつけて、今も当主代理の座に居座っている」

そんな彼が、何故私を陥れようとするのでしょう。

「一言で言えば──気に食わないのよ。裏御三家の血を引いていないのに夢見の素質を持ち、周囲からちやほやされる貴方のことが。だから彼は、貴方にさっさと死んで欲しいと思っているの」

私の心の中を読み取ったか、八雲ちゃんはそう言って細い眉を顰めつつ、大きく溜め息を吐きます。

「何とも馬鹿馬鹿しい理由だけれど、本人は至って大真面目だからタチが悪い。鳴神山地は過去に何度も巫女が送り込まれ、何れも殉職している危険な場所。殉職した巫女たちの遺髪も遺品も、残念ながら回収出来ずに終わっているわ。そこに新米巫女の貴方を送り込むなんて、本来なら絶対あり得ないことよ」

「……腐っている……そんな、馬鹿な話って……」

「ええ、そうね。今の御門本家は腐っている。彼には近いうちに然るべき報いは受けてもらうけれど、それより何より問題なのは、貴方を鳴神山地という··に放り込むのが決定したことよね」

多分、御門本家の当主代理が清治さんに話を持っていったに違いない。清治さんという現人神の性格を熟知している八雲ちゃんは、そのように分析していました。

「清治さまは、貴方の夢見を開花させるための場所を欲していらっしゃった。死地でこそ、素質は花開くものと言うのが、あの方のお考え。御門本家の当主代理は、そこに目をつけた。丁度タイミング良く、鳴神山地の此岸町にお住まいの平坂さんが、鳴神山地周辺の調査依頼を出してきたから。御門を煩わしくお思いの清治さまも、貴方の素質には注目しているから、恐らくはその話に乗ったんじゃないかしら。あの方のことだから、彼の当主代理の下衆な思考は全てお見通しでしょうけれど」

性根が腐っている人間に限って、他者を陥れる時には存外、頭が回るものだったりします。御門本家の当主代理は正に、そのようなタイプなのでしょう。

思えば、清治さんの一声でミコトとの交流許可が降りた際も、御門本家だけは最後まで猛反発していたような……その頃から既に、私は彼から蛇蝎の如く忌み嫌われていたのかもしれません。

「……八雲ちゃん。まさか、それを伝えるために、無理して病院を抜け出してきてくれたの……?」

「まぁ……そうね。仲の良い同期が、殉職者が多発した危険地帯に送られるなんて知ったら、居ても立ってもいられなくなって。一緒に歯を食いしばって、清治さまのしごきを乗り切った……そんな貴方に死んで欲しくないから」

最愛の家族を特務機関【敷島】に殺された私には、どうか幸せになって欲しい。無事に定年で巫女を引退して、好きな人と一緒に過ごし、生きていて良かったと笑いながらその生涯に幕を閉じて欲しい。

「……貴方は、そうでなければならないの。【敷島】にそれまでの日常を尽く破壊されたんですもの。だから、貴方は日本国に生きる誰よりも、幸せになる権利がある。いえ……幸せにならなければならない」

──死んだら、駄目。必ず、生きて帰ってきて。

八雲ちゃんの切なる願いが、ひしひしと伝わってきます。

「……うん。帰ってくるよ、絶対に」

「……ええ、約束。破ったら、化けて出てやるからね」

私とて、鳴神山地で力尽き、朽ち果てるつもりはさらさらありません。肩で息をする八雲ちゃんに歩み寄り、そっと彼女の手を握りながら、私は笑顔で頷いてみせました。

「……じゃあ、病院に戻ろっか。八雲ちゃん?」

「そう、ね……流石に……立っているのも限界……」

緊張の糸が切れたのか、八雲ちゃんはその場に力なく座り込み、そのまま横になります。興奮して傷が開いたのか、脇腹にじわじわと赤い染みが広がりつつありました。

教育課程で、傷の応急処置には慣れています。慌てることなく、私は、八雲ちゃんの脇腹に止血処置を施しながらスマートフォンを用い、非番で屋敷内にいる清さんに電話を掛けて八雲ちゃんが病院を抜け出してきたこと、そして私の部屋で倒れていることを伝えました。

「──分かりました。直ぐ、医療班をそちらへ向かわせますから、それまで八雲ちゃんを宜しく頼みます」

清さんは落ち着いた様子でそう答えると、即座に電話を切りました。

「奏……?」

「大丈夫、八雲ちゃん。直ぐに医療班の人が来るから」

無理のし過ぎだと軽く額を小突くと、八雲ちゃんもくすっと笑いました。身動きは取れませんが、意識を繋ぐだけの余裕はまだまだ残っているようです。

「奏──本当に、気を付けてよ? 【敷島】も、鳴神山地にかなりの人員を送っているから。因幡の馬鹿が、宗一さんに泣かされたことを根に持って、どうやら【敷島】の飼い主たる"··"に泣きついたらしいの」

「自分も大変だって言うのに、人の心配ばかりだね……相変わらず八雲ちゃんは……」

「──そのために来たんだもの。当たり前でしょ? また病院に戻されるけど、初陣で死地に放り込まれる同期に伝えられること全部伝えられるなら、安いものだよ」

私を心配させまいと、八雲ちゃんは悪戯っ子のように微笑んでみせます。

「──"··"は因幡の懇願を受けて、各地に【敷島】の手の者を追加投入しているわ。私たち裏御三家の調査任務を妨害するために、ね」

「……何で、そんなことが分かるの?」

「因幡が閣僚たちにイキり散らかしたから、それを清治さまが小耳に挟んだのよ。たかが巫の一族如きに、この因幡 経家が舐められてたまるかって、閣僚たちの前で啖呵切ったらしいよ。安全圏にいないとイキれないなんて、本当に情けない。何であんな奴が総理になれたのかしらね?」

バタバタと、廊下の方から複数の足音が聞こえてきます。恐らくは清さんから連絡を受けて急いで飛んできた、【彼岸】の医療班の方々でしょう。

「──そういう訳で、因幡の馬鹿のお陰で【敷島】の人員が追加投入されているだろうから気を付けてね。私が伝えたいことは、これで全部」

ガチャっと扉が開き、白衣の男たちが続々と入ってきたかと思うと、慣れた手つきで床に横たわる八雲ちゃんに鎮痛剤を打ち込み、てきぱきと担架で外へと運び出します。

「じゃあ……頑張ってね、奏。今度会ったら、一緒に珈琲でも飲みに行きましょ?」

担架で運ばれながら、八雲ちゃんは笑顔で私に手を振りました。その姿は徐々に小さくなり……やがて、見えなくなりました。

「──ありがとう、八雲ちゃん」

病院を抜け出してまで、私に内外に蠢く脅威の存在を報せてくれたのです。それにきっちりと報いなければ、八雲ちゃんに失礼というもの。

胸に手を当てて、私は大きく深呼吸をします。やれば出来る、やれば出来る……教育課程で学んだことを思い出せ。そう、自分に言い聞かせながら。

八雲ちゃんの警告を、胸に刻んで。

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