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第4話

Author: 花咲 錦
飛鳥の怒りは、もはや沸点に達していた。

荒々しくスマートフォンを掴み取り、直通の番号を叩く。コール音が数回鳴ったところで、相手が恐縮したように出た。

「はい、お電話ありがとうございます」

「江里子と星歌がどこにいるか、今すぐ調べろ」

秘書の葛城一真(かつらぎ かずま)が、一瞬虚を突かれたように沈黙した。「……承知いたしました」

「早くしろ!」飛鳥の怒声が響く。

この大雨の中、あいつは一体何を考えている。

自分たちの思い出が詰まった品々をすべて焼き払うなど、これまでのわがままとは次元が違う。どれほど激しい口論になっても、今日のような真似をしたことは一度もなかった。

苛立ちの奥底で、飛鳥の胸に正体の知れない不安が、わずかな澱のように広がっていった。

一真からの折り返しは早かった。十分も経たないうちに報告が入る。

「奥様は、星河地区にあるマンション……星河レジデンスにいらっしゃいます」

「あんなところで何をしている」

飛鳥は眉をひそめた。あの地区に、星歌の友人が住んでいるという話は聞いたことがない。

「江里子様もご一緒のようです」

その名前を聞いた瞬間、飛鳥の顔がさらに険しくなった。

彼に言わせれば、女に親友など必要ない。友人とつるめば、余計な知恵がついて手に負えなくなるだけだ。

実際、星歌が江里子と会っている時に、碌なことが起きた試しがないのだから。

飛鳥が星河レジデンスに到着した頃、疲れ果てた星歌はすでに深い眠りについていた。

江里子の姿はもうない。星歌が頑なに同行を拒んだため、彼女の身の回りの世話をさせるスタッフを手配しに、一度自宅へ戻ったのだ。

ようやく眠りについたばかりの星歌を、執拗なインターホンの音が引きずり戻した。江里子が忘れ物でもしたのだろうか。

星歌は重い体を引きずるようにして立ち上がり、意識が朦朧としたままドアを開けた。

「また何か忘れたの……?」

言いかけた言葉が凍りついた。目の前に立っていたのは、飛鳥だった。

一瞬にして、星歌の顔から体温が消える。

「……どうやってここを突き止めたの」

飛鳥の表情は冷徹そのもので、漆黒のスーツには雨の滴がいくつも光っていた。

「俺が調べられないとでも思ったか?」

パジャマ姿の星歌を一瞥すると、飛鳥の苛立ちがさらに膨れ上がった。彼は強引に部屋の中を覗き込み、他に誰もいないことを確認すると、ようやく殺気立った空気をわずかに緩めた。

「江里子が言っていたぞ。お前、流産したんだって?夫の俺が付き添わないわけにいかないだろう」

そう言うと、彼はいつものように当然の権利だと言わんばかりに星歌の腕を掴み、強引に自分の胸へと引き寄せようとした。

だが、今の星歌はかつての従順な妻ではない。

彼女は一歩も動かず、その場に根を張ったように立ち尽くした。彼を射抜く瞳には、隠しようのない鋭い敵意が宿っている。

その冷ややかな眼差しに、飛鳥は一瞬だけひるんだ。

けれど次の瞬間には、あやすような薄笑いを浮かべて言った。「分かった、分かったよ。流産したんだな。俺がちゃんと面倒を見てやるから、機嫌を直せ。いいな?」

そのふざけた物言い。

口では合わせているものの、顔には「どうせ狂言だろう」という不信感が透けて見えている。

江里子の献身的な優しさでようやく凪いでいた星歌の心に、再び猛烈な怒りの炎が燃え上がった。

彼女は迷わず足を振り上げ、飛鳥の腹部を目がけて渾身の力で蹴りを見舞った。

「っ……!」不意を突かれた飛鳥は、呻き声を漏らしてその場にうずくまった。掴まれていた腕が解放される。

針を立てたハリネズミのように自分を拒絶する星歌を前に、飛鳥は顔をしかめた。

「いい加減にしろ。散々暴れて、屋敷のものまで焼き払っておいて、まだ気が済まないのか?」

星歌は答えない。

ただ、その瞳の温度がさらに数度下がった。

気が済むか、だと?今回の怒りは、誰かが相応の報いを受け、その身を地獄に焼き尽くされない限り、決して消えることはない。

星歌は鼻で笑った。だが、その乾いた笑いに込められた嘲弄の色は、飛鳥の神経を逆なでするには十分だった。

「……分かった。俺が悪かった。それでいいだろ?さあ、家へ帰るぞ」

頭痛をこらえるように吐き捨てると、飛鳥は再び星歌を連れ戻そうと手を伸ばした。

しかし、星歌は一歩後退してその手を冷たく拒んだ。

あからさまな拒絶に飛鳥の顔は険しく歪み、二人の間の空気は、呼吸が苦しくなるほどに張り詰めていく。

「……あそこが、私の家?」

星歌の唇が皮肉な形に弧を描いた。「不動産登記の名義が亜季になっている場所に、よくもまあ『私の家』なんて言えたものね」

冴島亜季(さえじま あき)は、飛鳥の妹だ。彼女は実の兄嫁である星歌よりも、夏蓮に心酔していた。

二人が新婚生活を送っていたあの屋敷の所有権は、いつの間にか亜季の名義に書き換えられていたのだ。

冴島家は、児童養護施設出身の星歌を最後まで認めようとはしなかった。

飛鳥との結婚を許す条件は、世間に公表しない「隠し婚」であること。

飛鳥が彼女に不動産などの資産を与えようとしても、姑の都子が裏で手を回してはそれを取り上げ、小姑たちの名義に変えてしまう。

すべては、星歌に冴島家の財産を一銭たりとも渡さないため。

「名義は妹のものなのに、私の家だなんて……笑わせないで」

飛鳥の目が一瞬、泳いだ。

「……そんなことか。なら、明日にはお前の名義に戻してやる。それで満足か?」

その、面倒な手続きを片付けてやる、と言わんばかりの口ぶりに、星歌はこれ以上言葉を交わす気力を失った。無言のままドアを閉めようとする。

しかし、飛鳥は強引にそのドアの縁を掴んだ。

「星歌、わがままもいい加減にしろ。限度というものがあるだろう」

なだめるような声音は、すでに威圧的なものへと変わっていた。

「限度?その言葉、そっくりそのままお返しするわ」星歌は眉を上げた。

以前なら感情を爆発させていたはずの場面だが、今の彼女は驚くほど冷静だった。飛鳥と夏蓮の関係について口にすることさえ、今の彼女にはただ淡々とした作業に過ぎない。

「あなたと夏蓮さんのあの不潔な関係を、いつまでも私が許すとでも思っていたの?」

「……!」

飛鳥の胸が、激しい怒りと動揺で大きく波打った。

「彼女と俺を一緒にするな。夏蓮さんとは、お前が疑うような関係じゃない!」

「今や本港市中の人間が、亡くなった翼さんの代わりに、あんたが彼女と一緒になるんだと信じきってるわ」

星歌の声は、研ぎ澄まされた刃のように飛鳥を突き刺した。

「あんたが既婚者だなんて誰も知らない。ましてや、その妻が私だなんてこともね。それでも、自分には関係ないと言い張るつもり?」

翼が亡くなってからの半年間、飛鳥はことあるごとに夏蓮を連れ立って表舞台に現れた。

世間では、夏蓮が産んだ双子さえ飛鳥の子ではないかと囁かれ、果ては翼の死に飛鳥が関わっているという、おぞましい噂まで流れている始末だ。

不潔な噂を口にされ、飛鳥の身体が微かに硬直した。

「……そんな下卑た噂を信じているのか?」

信じるも何も、現実に起きていることがすべてだ。

星歌が黙ってドアを閉めようと力を込めると、飛鳥の声音はさらに抑圧的なものへと沈んだ。

「彼女は病んでいるんだ。重度のうつを患っていることくらい、お前だって知っているだろう」

「うつ」という言葉を盾にされた瞬間、星歌の瞳に宿る冷気は凍てつく霜へと変わった。

「ええ、知っているわ。だから、亡き夫と瓜二つのあんたの顔が、彼女にとって最高の特効薬であり、専用の鎮静剤だって言うんでしょ?」

うつ病。なんと便利な言い訳だろう。

夏蓮が取り乱すたびに、本家の人間がまず考えるのは「飛鳥を向かわせること」だった。

星歌は一度深く目を閉じ、吐き捨てるように言った。

「明日、そちらに離婚届を届けるわ。判を突いて、一生あっちでお守りしてあげればいい。好きなだけ面倒を見てあげなさいよ」

そんな歪んだ絆など、反吐が出る。

頑なな態度を崩さない星歌に、飛鳥の忍耐もついに限界を迎えた。「星歌……っ!」

「それから。夏蓮さんには裁判所からの呼び出し状を待つように伝えて」

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