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11:近くて遠い

Penulis: けもこ
last update Tanggal publikasi: 2026-07-14 20:45:35

「あれ? 綾香じゃん。何? 朱莉と待ち合わせ?」

背後から菱本に声を掛けられた。

「ううん、専務が食事に連れて行ってくれるって」

「えぇ、いいなぁ。課長、俺も上司と食事に行きたいんですけど」

菱本の背後から藤堂課長が現れる。しかし、菱本のおねだりを一蹴して手を上げただけで去って行こうとする。

「悪いが俺は身重の妻が家で待ってるんでな。高辻さん、水無瀬専務によろしくお伝えください。では」

藤堂課長の背中から、早くおウチに帰りたいオーラが出ているのが見えた。

「はぁー新婚さんは参るねえ」

菱本のその昭和っぽいセリフに思わず笑ってしまう。

「あ、そうだ、綾香、今年のクリスマスも朱莉と鍋パしようって話になってんだけど、来るだろ?」

三人ともクリスマスに過ごすパートナーがいないので、毎年だれかの家で鍋をしている。

「うん、朱莉からも聞いてる。ケーキは、私が、買っていくね」

「じゃ、俺、酒買ってくから。今年はクリスマスが平日だから、俺、お泊りしよっと」

「久しぶりのお泊りだねぇ。楽しみ」

背後から、ふいに低い声がかけられた。

「随分と楽しそうだが、外に車を置いたままなんだ。菱本くん、綾香を連れて行っていいかな」

クリスマスの話で盛り上がっていたら、急に肩を引き寄せられた。いつの間にか廉が立っていた。

「水無瀬専務、お疲れ様です。本日はお時間をいただきありがとうございました。では、私はこれで失礼します。じゃあね、綾香」

菱本が、一瞬、驚いたような顔をして廉の顔を見つめたが、表情をビジネスモードに戻してさわやかに挨拶をして去って行った。

外に続く自動ドアを抜けると冬の夜風が綾香の頬を刺す。

車寄せに止められた、白いスポーツタイプの車に案内されて乗り込む。走る車の窓に師走のイルミネーションが流れていく。

「綾香は、菱本くんと仲が良いんだな」

運転席を見ると、前を向いてハンドルを握る廉の顔が暗くなったり、明るくなったりしている。影が落ちると長いまつげが際立つ。

綺麗な顔。

「同期だから。入社して最初に仲良くなったの」

廉は、何故か険しい顔で押し黙ってしまった。もしかして、疲れていたのに気を使って食事に誘ってくれたのかもしれない。明日は、朝の会議の後、オープンしたばかりのホテルを視察しに沖縄へ移動だったはず。

「なるべく早めに帰ろうね。明日、忙しいでしょ?」

その言葉に、廉の表情がますます険しくなる。

「少し距離があるから、もう少しかかる。帰りもちゃんと送るから時間は気にしなくていい」

黙り込んでしまった廉の様子に、声をかける隙が見つからず、綾香も黙って窓の外を流れる風景に目をうつした。

いつの間にか、高速を降りて都内を抜けていた。街灯が少なくなり、山間を走っているのだけがわかる。

「あ、海」

点滅の信号を抜け右折すると海岸線に出た。

綾香は思わず子どものように言葉をこぼしていた。月明かりに照らされた海面の白い波が見える。しばらく海岸線を走った後、側道に入ると目の前に小さな灯りのついた白い建物が見えた。

「着いたよ」

木立に囲まれた白い小さな建物には、看板も何もない。車から降りると木立の向こうから吹く海風にうなじを撫でられ、思わず身をすくめる。

その瞬間、廉が抱え込むようにして綾香の体を引き寄せた。

「海から来る風が強いな。冬に来る場所じゃなかったかもしれない」

「だ、大丈夫だよ。廉」

体温がわかるほど引き寄せられてドキドキしてしまう。

建物の入り口は小さな茶色い木戸だけ。中から小柄な女性が出てきて、恭しく礼をする。

「お待ちいたしておりました」

中は土間になっており、そこを進むと広い部屋にテーブルが1つだけ置かれていた。

椅子を引かれ促された席に腰かける。

落ち着いた色の照明と奥の暖炉が部屋の色彩を作っている。

そして、ブラインドが静かに両側に開かれると、大きな窓の向こうに月に照らされた海が見えた。

「わぁ‥‥」

窓の向こうの幻想的な景色に思わず声が漏れた。

「ここは隠れ家的なレストランなの?」

奥に厨房があるのだろう。入って来たのと反対側の扉の前に男性が立っている。

「いや、レストランでは無くてホテルなんだ」

「え、うちの系列?」

「いや、俺が個人で試験的に運用している物だ」

個人で、試験的に、運用、ホテルを?

綾香の頭の中にはいくつもの?が浮かんだ。

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