LOGIN「お帰り、綾ちゃん。廉くんも。孝くんと彼女さんもお待ちかねだったのよ」
上機嫌の母が出迎えてくれる。廉はそっと綾香の腰に手を回してさりげなく寄りそう。
「ねぇ、綾ちゃん、孝くんの彼女って誰だと思う?」
玄関からリビングに向かう途中で母が嬉しそうに問う。さっき、答えを聞いてしまったの、ごめんね、お母さん。綾香は、心の中でそう呟いた。
リビングに入ると、窓際の長いソファに、孝也とエリカが並んで座っていた。
エリカが、綾香の姿を目にして緊張した様子で立ち上がる。「あ、綾香、この間は夕飯に付き合ってくれてありがとう」
非の打ちどころのないようなこの人でも、こんなに緊張して不安そうになることがあるのか、とそう感じた。ずっと勝手な勘違いで打ち解けられずにいたことが、本当に申し訳なく感じた。
「こちらこそ、誘ってくれてありがとうございました。また、食事に行きましょうね」
心からの笑顔を向けて、そう告げると、エリカの顔が明るく輝いた。
「あら、綾ちゃん、声が随分と変よ。風邪? それで寝坊したの?」
夕飯の準備ができたと宮島さんが教えてくれたので、ダイニングへ移動する。
「俺は、綾香を送って来ただけだから、これで失礼します」
「え、そんなこと言わないで廉くんも一緒に食べましょうよ。宮島さんにもそのつもりで準備してもらったし」
結局、廉も一緒に食卓につき食事をすることになった。書斎から出て来た父がいつになく寡黙に食事を取っている。とはいえ、いつものように会話のほとんどを母が仕切っていて、エリカが質問攻めにされてアワアワしているのを皆で微笑ましく見ているという晩餐だったのだが。
食後のコーヒーを運ぶ手伝いをしようと席を立つと、一緒に廉もついてきた。
台所の宮島さんに、あとはするから、と伝えて下がってもらう。「トレーは俺が運ぶから。無理しないで」
コーヒーのトレーを廉に運んでもらい、リビングに足を踏み入れると、ちょうど孝也が真剣な表情で父に話をしていた。
「結婚を前提にして、彼女と一緒に暮らしたいと思ってる」
孝也は、今の生活を続けながらエリカと一緒に暮らし、近いうちに結婚しようと考えているようだ。
「いい大人の考えることなんだから、私が口をはさむ必要は無いだろう。だが、大学院生という立場で収入も不安定だ。エリカさんの負担にならないようによく考えなさい」
テーブルにコーヒーを置いて行くと、ちらりと父が自分と廉の方を見る。父は社内の噂を知っているのだろうか。
「エリカさんは、今日、うちに泊まってくれるんですって。廉くんも泊まるでしょ? 離れはしばらく手入れしてないからこっちのゲストルームを使ってね」
母が楽しそうにはしゃぐ。
「いや、俺は、明日の昼から出張なので、もうこれで失礼します」
「まぁ、そんな。廉くん少し働き過ぎなんじゃない? ねぇ、健吾さん」
「千綾子、僕はずーっとそういう生活をしてきたんですよ。廉くんは若いんだから大丈夫。ね、そうだよね」
父がいつになく圧のある笑顔を向けている。それに負けず劣らずの笑顔を廉が返している。
「社長のおっしゃる通りですよ。俺は若いので大丈夫です」
なんというか、一見にこやかな会話のようで、空気が重いように感じるのは私だけだろうか。
「‥‥私も、体調が今一つだし、明日電車で帰るよりも、今日、廉に連れて帰ってもらって、明日はゆっくり寝てようかな」
少しでも廉と一緒にいたいと思う気持ちが大きいのだが、そこはごまかしつつ、そう母に告げる。自分のその言葉に、父が一瞬眉間に皺を寄せたように感じた。
「えっ。そんな。でも、そうねぇ。ひどい声だし、どうせ後一週間もしたら年末で帰ってくるんだから、明日、電車に乗るより、廉くんの車で帰った方がいいかもしれないわね」
残念そうにしながらも、母は、そうしなさい、と納得してくれた。
帰り際、玄関を出て、孝也とエリカと4人で車まで歩く。
「綾香、いつから廉くんを呼び捨てにしてんの?」
孝也が
「なぁ、俺一人だけなんか格下っぽいじゃん。俺も今度から呼び捨てにしよ。ね、廉」
「孝也はダメだ。むしろ今後は、廉さんと呼ぶべきだな」
「はぁ、なんで?」
廉と孝也がじゃれ合っている横で、エリカと談笑する。
「エリカさん、年末年始も我が家でご一緒できるんですよね? 今後はどうか家族としてよろしくお願いします」
エリカの手を取ってギュッと握ると、エリカは、さらに強く握り返してうれしそうに微笑んだ。
「綾香、これからもよろしくね」
帰路の車内でも自然と手を繋いでいた。廉の顔に流れるオレンジの光と影の動きがなんとも幻想的だ。絡めた廉の指を口元に持ってきて唇をつける。前を向いたままの廉の口元が緩む。
「あんまり可愛いことしたらダメだよ。我慢がきかなくなるから」
そのまま絡めた廉の手に頬ずりをして目を閉じる。
「はい、承知しました」
そう言いながら温かい手を堪能する。当たり前のように、その夜は廉の家に帰り、そのまま翌日の廉の出発まで一緒に過ごした。
「お帰り、綾ちゃん。廉くんも。孝くんと彼女さんもお待ちかねだったのよ」上機嫌の母が出迎えてくれる。廉はそっと綾香の腰に手を回してさりげなく寄りそう。「ねぇ、綾ちゃん、孝くんの彼女って誰だと思う?」玄関からリビングに向かう途中で母が嬉しそうに問う。さっき、答えを聞いてしまったの、ごめんね、お母さん。綾香は、心の中でそう呟いた。リビングに入ると、窓際の長いソファに、孝也とエリカが並んで座っていた。 エリカが、綾香の姿を目にして緊張した様子で立ち上がる。「あ、綾香、この間は夕飯に付き合ってくれてありがとう」非の打ちどころのないようなこの人でも、こんなに緊張して不安そうになることがあるのか、とそう感じた。ずっと勝手な勘違いで打ち解けられずにいたことが、本当に申し訳なく感じた。「こちらこそ、誘ってくれてありがとうございました。また、食事に行きましょうね」心からの笑顔を向けて、そう告げると、エリカの顔が明るく輝いた。「あら、綾ちゃん、声が随分と変よ。風邪? それで寝坊したの?」夕飯の準備ができたと宮島さんが教えてくれたので、ダイニングへ移動する。「俺は、綾香を送って来ただけだから、これで失礼します」「え、そんなこと言わないで廉くんも一緒に食べましょうよ。宮島さんにもそのつもりで準備してもらったし」結局、廉も一緒に食卓につき食事をすることになった。書斎から出て来た父がいつになく寡黙に食事を取っている。とはいえ、いつものように会話のほとんどを母が仕切っていて、エリカが質問攻めにされてアワアワしているのを皆で微笑ましく見ているという晩餐だったのだが。食後のコーヒーを運ぶ手伝いをしようと席を立つと、一緒に廉もついてきた。 台所の宮島さんに、あとはするから、と伝えて下がってもらう。「トレーは俺が運ぶから。無理しないで」コーヒーのトレーを廉に運んでもらい、リビングに足を踏み入れると、ちょうど孝也が真剣な表情で父に話をしていた。「結婚を前提にして、彼女と一緒に暮らしたいと思ってる」孝
目が覚めると、昨夜着て来た部屋着で廉のベッドにいた。部屋に時計が無いので時間がわからないが、窓を厚く覆うカーテンの向こうが明るいので、朝が来たのはわかる。体全体が熱を持ったように火照っていて、頭もうまく働かない。微かに部屋の向こうに気配がするので、リビングの方に廉がいるのだろう。ベッドから下りようとして、体を動かすと、なんだか腰に違和感がある。「んっ‥‥」足をついて立とうとした瞬間、足に力が入らず、へなへなと前に倒れ込んだ。『びっ‥‥くりした』いわゆるこれは腰が抜けているという状態なのだろうか。床にペタンと座ってベッドを背もたれにして座っていると、物音に気付いて廉がマグカップを持って入ってきた。サイドボードにカップを置くと、座っている綾香を抱き上げ、膝に乗せてベッドに座った。綾香を抱きしめ、背中を撫でる。「‥‥ごめん」「ひば、だんじ‥‥」声が変だ。空咳をして、もう一度声を出そうとする。「ひば‥‥」掠れた声しか出ない。廉がサイドボードに手を伸ばしてマグカップを渡してくれる。「蜂蜜入りの紅茶だよ。まだ、熱いかも、気を付けて飲んで」マグカップを受け取ったのに、廉もマグカップから手を離さない。コクリと飲み込むとガサガサとした喉の違和感がマシになったように感じる。 ふぅため息を一つついてからもう一度聞く。「ひば‥‥じかん」全然、ダメ。マグカップをサイドボードに置いて、再び廉が抱きしめてくる。「今11時過ぎだよ。どこか痛いところない?」見上げると、申し訳なさそうな顔で、心配そうに見つめている。「ひだぐは‥‥ごへが…」声のあまりの可愛くなさに、話すのをあきらめて背中をさすられるままにした。声は出ないが、倦怠感はあれど体はどこも痛くは無い。どうやら、昨夜、啼かされすぎて喉が枯れたようだ。今日が休みで良かった。はっと気づいて、再び廉の顔を見つめる。「ばだしの‥‥げぃだぃ‥‥」
ツンと立ちあがった乳嘴を舌で舐め上げられる。「はっ‥‥ん」「綾香、俺の服も脱がせて」おぼつかない指先で廉のシャツのボタンを外していく。その間も胸への愛撫は続いていて、キュッと先端を摘ままれる度にピクンと指先が止まる。ボタンを外したシャツを廉の肩から滑らせる。抱きしめられて、敏感になった胸が廉の胸に擦りあわされる。それだけで、背筋を快感が走り、この後、廉に与えられるであろう喜びを思い出して体が震えた。背中に回された手が、後ろから尻の丸みを確かめるようにして撫でている。体の向きを変えられ、ひじ掛けにあるクッションを背に大きく足を抱え上げられた。「あっ」下着を抜きとられ、大きく足を開かされた状態に、羞恥で顔が真っ赤になる。唇が、膝の裏から撫でるように足の合わさる中心へと向かっていく。どこに手をやっていいかわからず、片手を廉の二の腕にそっと触れると、指を絡めてギュッと握られた。蜜をたたえた襞の隙間を舌で舐め上げられ、その熱さに体の奥からさらに蜜が溢れた。廉は、足を肩に抱えるようにして、体を割り入れると、舌を隘路に突き入れてくる。「ふっ、んん」くちゅくちゅと水音がして、どうしようもないほどに体の奥から湧き出てくるものがある。「綾香、俺を欲しいと言って」足の付け根の窪みに頬を押し付けて、廉が掠れた声で呟く。羞恥と興奮で頭がパンクしそうになっている。絡められた指をギュッと再び握って、火照った顔で廉を見つめる。「廉、廉が欲しいの。お願い」「俺は、ずっと綾香が欲しかったよ。欲しいって思ってはいけない時も、ずっと‥‥」廉が体を起こし、唇を寄せる。蜜口に熱く固いものが触れる。「いつだって、俺は綾香にだけ余裕がないんだ。知らなかっただろう?」掠れるような語尾で呟いた後、一気に綾香の中に押し入ってくる。「あぁぁ、んん」思わずこぼれた嬌声を、廉の唇が掬う。舌を絡め、深く繋がり合って、互いを感じ合う。「ん、綾香、熱いね‥‥はぁ、綾香の中
「どう‥‥どうでもよくはない‥‥です」語尾が少しずつ小さくなる。心のどこかから、もういいんじゃない?どうでもいいって言うんだし、わざわざ自分をさらけ出さなくても、そういう声が聞こえる。小さく首を振って、その声を振り払う。「昨日は、エリカさんと食事をして、すごく落ち込んでしまって。それで、どうしても廉と話をするのが怖くて」廉の眉間に皺が寄る。「なんで、エリカと話して落ち込むことがあるんだ? 何か言われたのか? そんな悪い奴じゃないと思ってたが。言い難くても何でも教えてくれ。綾香を傷つける言葉は許せないな」「あ、違う違う。エリカさんは私に意地悪を言ったりはしないわよ。本当に‥‥すごく良い人だから」廉の顔から目を反らして、大きく深呼吸をした後、口を開く。「なんでもできて、綺麗で優しいエリカさんが羨ましくて、妬ましくて仕方なかったの。私の何が廉の気持ちを引き寄せられるだろうって思ってしまって。で、何も思い浮かばないから、すっかり落ち込んでしまったの」言いながら、鼻の奥がツンとしてくる。情けないことに、泣いてしまいそうだ。「廉のように何でもできる人の隣に立つには、私は余りに出来が悪すぎて、本当に嫌になっちゃって。どうして、もっと頑張って来なかったかなぁ、とか、どうして、もっと綺麗に生まれてこなかったのかなぁ、とか、くだらない劣等感でいっぱいで」ポタポタと膝の上に握りしめた拳に涙が落ち始める。こんな女々しいのは良くないってわかってるのに、涙が止められない。「でも、廉が好きなの。ずっと好きなの。隣に立てなくても、傍にいられなくても大好き。どうしていいかわからないくらい好き‥‥」叫ぶように発していた言葉の途中で抱きしめられていた。シャツの胸に縋り付いて、嗚咽を漏らす。「俺のことがそんなに好きなの?」涙が少し落ち着いてきた時に、頭上から言葉が降って来る。いつもの優しく甘い口調。「‥‥大好き‥‥です」こもった掠れた声で返す。縋り付いている胸が大きくため息をつく。「もう一回言って、どのくらい俺
目の前で回る洗濯機を眺めながら、先週の週末は幸せに過ごしたな、と思い出した。御園さんの後任に選ばれてからのこの3週間余り。ジェットコースターのように気持ちが乱高下している。そして今はどん底だ。それもこれも全て自分が悪い。『明日、孝也も来るって。なんか大事な話があるんだって♡』母からのメッセージが携帯の画面に浮かんだ。メッセージの最後のハートマークにウキウキした感じが見える。兄に彼女がいるらしい、と言うのはそれとなく母から聞いていた。結婚でもするのかな。でも、まだ、大学院に行きながらの勤務医なんて生活大変なんじゃないかな。直面したくないことがあるときは、なぜかそれ以外のことにやたらと冷静に思考が働く。面倒なことから逃げたがる自分の性格を表していて、笑えてしまう。洗濯ものを浴室に干して、部屋に戻り、コーヒーを片手にカウンターに腰かける。明日は、午前中の内にクリスマスプレゼントを渡しに実家に帰る予定だ。テラスの吐き出し窓の横にある観葉植物に多めに水を入れておこうと窓辺に寄り、カーテンの外を見る。景色の端に廉の住むマンションが見えた。ここからではどれが彼の部屋かはわからないし、たぶん、まだ帰っていないだろう。 このままでいいのだろうか。彼が連絡をくれるまで待っていていいのだろうか。もし、このまま関係が終わってしまったら?恵まれた環境だからと、小さい頃から周囲にヒソヒソと妬まれることが多く、自分から行動を起こすことを控えてしまうようになっていた。主張をすれば、それに対して、何かの言葉が返ってくる。その中に含まれる小さな悪意が苦しかったのだ。それがいつしか後ろ向きな姿勢を作ってしまっていた。このまま、どうせ自分なんて、と廉への気持ちを沈めてしまって、それで今の恋が終わって後悔しないだろうか。菱本のように、目の前で幸せになっていく廉を見ていられる? 自分がどんな思いを抱えているか知ることなく笑う彼を見ていられるのだろうか?そうだ、私は、まだ、何も彼に伝えていなかった。惚けたように見つめていたら、自分の気持ちに気づいてくれるだろうと思っていただけだ。そして、優しい彼がそれに応えてくれただけなのだ。グルグルと絡まってい
会食に出かけられるように、コートとビジネスバッグが置かれたソファの端に、ちょこんと座る。「綾香、昨日の夜は、誰と飲んでたの?」廉はデスクに寄り掛かって、硬い表情でこちらを見ている。「あ、エリカさんと食事して‥‥」いい加減な嘘をつくとこういう目に合うのはわかっていたはずなのに。廉はエリカと話をして、きっとエリカと飲んでいたわけではないことを知っているのだろう。馬鹿な自分が恨めしい。「食事をして?」その先を促すように廉が言葉を復唱する。「食事をして、その後‥‥家に帰ったの」廉の顔を伺い見ると、綺麗な片眉を上げて、疑わしそうな目で見ている。そして、大きくため息をついた。「俺のしつこい連絡が鬱陶しくなったのか?だったら、そう言えばいいだろう。嘘なんかつかずに」「ちがっ、そんなんじゃない。そうじゃないの」「じゃぁ、本当は誰かと飲んでたのか? 随分と寝不足気味に見えるけど、朝まで誰かと一緒だった? 俺がいないから?」堅い表情で、冷たい口調の廉の様子に、どうしていいかわからなくなる。小さな子どものようなごまかしをして、自分で自分の首を絞めている。子どもじみた妬みを抱えた自分を知れば、廉はさぞ呆れるだろう。その時、外のカウンターの電話が内線を告げた。「‥‥電話に出てきます」俯き加減に言って、席を立った。会食に行く時間を過ぎたので、立浪部長がエントランスで送迎車とともに待っているという連絡だった。見送りの為に一緒にエレベーターに乗ろうと、廉の後ろをついて行こうとカウンターから出ようとしたら、顔も見ずに、下りてこなくていい、と冷たく告げられた。エレベーターに乗り込む廉に向かって礼をして下げた頭が上げられず、ポタポタと絨毯に涙が零れた。自分が情けなくて、不甲斐なくて、悲しかった。頭を下げたまま手探りでティッシュを取り、涙を拭う。こういう時は顔を上げるとせっかくのコンシーラーが崩れるから。涙を拭い去って、のろのろと帰宅の準備をしてエレベーターに乗り込むと、途中で菱本ともう一人営業部の1つ上の先輩が乗り込んできた。