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第3話

Author: ヒット作連発作家
胃の奥から、また吐き気がこみ上げてきた。

写真を見たときとは比べものにならなかった。

日菜は有博を見上げ、キスをせがむように唇を近づけた。

有博は彼女を押しのけるでもなく、困ったように笑って、人差し指でその額を軽くつつく。

「やめろ。誰かに見られるだろ」

日菜はますます有博の腕に絡みつきながら、わざと甘えた声で言った。

「見られたっていいじゃない。麗奈さん、あなたのこと大好きなんでしょ?たとえ知ったって、どうせ私が誘惑したんだって思うだけよ」

その言葉に、有博の表情がぴたりと止まった。

「最初に言っただろ。俺には背負うべき責任があるんだ。

麗奈と結婚するのは最初から決まってる。それは変わらない」

日菜は不満そうに唇を尖らせると、小さなバッグから上品なベルベットの箱を取り出し、有博の前に差し出した。

「もう、怒らないでよ。麗奈さんには迷惑かけないって約束するから。ねえ、見て。何を用意したと思う?

私たちの指輪も、『ひとすじ』って名前にしようよ」

有博の顔が、一瞬だけこわばった。

けれど日菜を見つめたあと、結局、彼は笑った。

「ほんと、お前には敵わないな」

私は、有博がその指輪を受け取り、左手の薬指にはめるのを黙って見ていた。

その指輪は、さっき有博が私に語っていた、『ひとすじ』をモチーフにした結婚指輪と、驚くほどよく似ていた。

十五年分の想いの奥に残っていた、最後のぬくもりまで。

その瞬間、きれいに消えた。

私は最後までその様子を録画すると、スマホをしまった。

そして二人に背を向け、その場を離れてタクシーを拾った。

家に戻っても、明かりはつけなかった。

暗闇の中、私はソファに座ったまま、あの動画を何度も繰り返し再生した。

有博があの指輪をはめた瞬間、顔をよぎった一瞬のためらいと――やがて迷いを手放したような表情。

やはり、すべて偶然なんかじゃなかった。

あのパソコンも、あの壁紙も、すべて日菜が少しずつ仕掛けていた罠だった。

婚約者である私に、その顔を見せつけるために。

そして――すべて彼女の思い通りになった。

私の世界は、十五年分の想いごと、跡形もなく崩れ落ちた。

その動画もまとめて美里に送ったあと、私は何事もなかったかのように過ごしながら、婚約式の日が来るのを静かに待った。

有博は後ろめたさでもあったのか、前にも増して私に優しくなった。

けれど、その優しさが、たまらなく気持ち悪かった。

婚約式の前の晩、有博は上機嫌な様子で帰ってきた。

手にはギフトボックスを持ち、いつもと同じやわらかな笑みを浮かべている。

「麗奈、こっち来て。ドレスをオーダーしたんだ。明日これ着た麗奈を見るの、ずっと楽しみにしてたんだ」

そう言って有博は得意げに箱を開けた。

中に入っていたのは、シャンパンカラーのマーメイドラインのロングドレスだった。

裾には細かなラインストーンが散りばめられ、灯りを受けてやわらかくきらめいている。

有博はそのまま片膝をつき、もう一つのベルベットの箱を開いた。

中にはダイヤモンドの指輪が収まっていた。

重なり合う繊細なラインは、『ひとすじ』の構図そのままだった。

有博は片膝をついたまま、私を見上げた。

その目は、まるで本当に私だけを見ているみたいだった。

「これが、俺たちの『ひとすじ』だ。俺の気持ちと同じで、ずっと変わらない。

明日が終われば、麗奈は俺の妻になる。ずっと、この日を待ってた」

声には、ほんのわずかな緊張が滲んでいた。指先もかすかに震えている。

私は、有博の瞳に映る自分を見つめた。

そこにいたのは、これからを疑いもせず信じていた私ではない。

十五年分の想いが、すっかり冷めきってしまった私だった。

私は手を差し出さなかった。

ただ静かに有博を見下ろし、その目に浮かんでいた期待が少しずつ消えていき、やがて不安に変わっていくのを見ていた。

有博は不安そうに、私の名を呼んだ。

「麗奈?どうした?気に入らなかったか?」

私はゆっくりと首を横に振った。

自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

「ううん、とても気に入ったわ」

有博はほっとしたように、小さく息をついた。

そして私の手を取って、指輪をはめようとする。

けれど私は静かに身を引き、指輪の箱だけを受け取った。

絡み合うラインを見つめているうちに、ふいに笑みがこぼれる。

「ねえ、もし明日、私が式から逃げたら……どうする?」
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