冴えない転校生を放っておけなかっただけなのに、正体は世界的財閥の御曹司でした

冴えない転校生を放っておけなかっただけなのに、正体は世界的財閥の御曹司でした

last updateLast Updated : 2026-08-31
By:  常陸之介寛浩Updated just now
Language: Japanese
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高校二年の春、平凡な女子高生・高梨紗季のクラスに、ぼさぼさ髪に黒縁眼鏡の冴えない転校生・篠宮蓮がやって来た。校内のルールにも疎く、何かと困っている彼を放っておけず世話を焼くうちに、紗季は不器用な優しさに惹かれていく。けれど蓮の地味な姿はすべて偽装だった。特殊メイクの下に隠されていたのは、モデル級の美貌と、世界的財閥・九条グループ後継者という正体。家柄や財産ではなく“冴えない自分”を好きになってくれた紗季に、蓮の想いは次第に甘く重くなっていく。正体を隠した御曹司と普通の女子高生が織りなす、秘密だらけの学園溺愛ラブストーリー。

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第1話 誰も座りたがらない転校生の隣
四月だというのに、その日の雨は妙に冷たかった。朝から降り続いていた細い雨が教室の窓を白く曇らせ、二時間目が始まる少し前になっても制服の肩を濡らした生徒たちが「寒い」「髪終わった」「今日体育あるんだけど」と騒いでいる中、担任の佐伯先生が見慣れない男子生徒を連れて教室へ入ってきた。「はいはい、一回静かにしろ。聞いてると思うけど、今日からこのクラスに転校生が入る」その一言で、教室の空気が変わった。転校生。しかも男子。女子たちがわかりやすく背筋を伸ばし、男子たちは男子たちで「イケメンだったら面倒だな」などと勝手なことを言いながら前を見る。私もシャープペンシルを置いて、何となく顔を上げた。そして。――あ。と思った。別に、悪い意味ではない。ただ、教室のあちこちから上がった期待の空気が、ものすごい勢いでしぼんでいくのがわかっただけだ。「篠宮蓮です」転校生は低い声でそう言って、軽く頭を下げた。ぼさっと伸びた黒髪が目元にかかり、その奥には分厚い黒縁眼鏡、肌も少し荒れて見えるし、眉毛も妙に太い。背はかなり高いのに猫背だからか格好よく見えず、制服もサイズが合っていないのか肩回りがどこか野暮ったかった。少なくとも、少女漫画に出てくるような「教室中が息を呑むイケメン転校生」ではない。隣の席の美咲が、私にだけ聞こえる声で囁いた。「期待した私の二十秒返して」「勝手に期待しただけじゃない」「だって転校生よ? しかも四月の途中って、何かあると思うじゃん」「何かって?」「海外から帰ってきた財閥の息子とか、人気俳優がお忍びで通うことになったとか」「少女漫画の読みすぎ」「紗季は夢がないなあ」「朝から数学の小テストがある日に夢なんか持てないよ」小声でやり取りしているうちに、先生が座席表を見ながら教室を見回した。嫌な予感がした。なぜなら、私の右隣だけが空席だったからだ。「篠宮、お前は高梨の隣な。高梨、悪いけど教科書なんかまだ全部揃ってないから、しばらく見せてやってくれ」「はい」反射的に返事をした直後、美咲が口元を隠して笑った。「よろしく、世話係」「先生、そういう言い方してないから」私が睨むと、美咲は楽しそうに肩をすくめた。転校生――篠宮君は、周囲から向けられる好奇の視線を気にしているのかいないのか、無表情のまま私の隣へ歩いてきた。近くで
last updateLast Updated : 2026-08-16
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第2話 百六十円を返したい御曹司
翌朝、私はいつもより少し早く教室へ着いたのだけれど、昨日転校してきたばかりの篠宮君はすでに自分の席に座っていて、窓の外でも眺めているのかと思えば、机の上に何枚もの硬貨を並べながら、ひどく真剣な顔でその一枚一枚を確認していた。百円玉、五十円玉、十円玉。きっちり百六十円。それだけなら別に何もおかしくないのだけれど、問題は、その硬貨がどれも妙にきれいだったことで、昨日まで誰かの財布に入っていたというより、銀行か何かからわざわざ用意してきました、と言われたほうが納得できそうなくらい傷ひとつ見当たらない。「……何してるの?」鞄を机の横へ掛けながら声をかけると、篠宮君は待っていたと言わんばかりにこちらを向き、並べていた硬貨を両手で寄せ集めると、私の机の上へ丁寧に置いた。「昨日の百六十円だ」「うん、それは見ればわかるけど、なんでこんなに儀式みたいになってるの?」「借りた金は早く返したほうがいいと聞いた」「誰に?」「家の人間に」「昨日帰ってから、わざわざメロンパン代について家族会議でもしたの?」冗談で言ったつもりだったのに、篠宮君は何とも答えにくそうな顔で視線を逸らした。「家族会議ではない」「じゃあ何?」「少し相談した」「百六十円について?」「ああ」私は思わず椅子へ座るのを忘れ、机の上に置かれた硬貨と彼の顔を交互に見てしまった。昨日からわかっていたことだけれど、この人はやっぱり少し変だ。別に嫌な意味ではなく、本当に世間と何か一本くらいずれているというか、普通なら何となく理解していることを知らないくせに、こちらが知らないようなことを当然のように知っていそうな、そんな不思議な感じがある。「篠宮君さ、もしかして、今まで友達にジュース代を立て替えてもらったりしたことないの?」「ない」「コンビニで財布忘れて、友達から千円借りたとか」「ない」「放課後にみんなでファミレス寄って、お金足りなくなったとか」「ない」「カラオケで割り勘したら一人だけ小銭なくて、誰かが多めに払ったとか」「カラオケは行ったことがない」「……今まで何して生きてきたの?」昨日も同じようなことを聞いた気がするけれど、今日のほうが疑問は深刻だった。篠宮君は少し考えたあと、本人なりには真面目に答えているらしく、「勉強と、必要な教育」と言った。「必要な教育って何よ」「
last updateLast Updated : 2026-08-16
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第3話 冴えない転校生は、ケーキを一個だけ買えない
あれだけ「明日必要なものはあるか」と念入りに確認していたくせに、翌日の篠宮君は、私が予想していなかったものを忘れてきた。昼休みになってすぐ、私は購買へ向かおうとしている彼を呼び止めたのだけれど、昨日までのように生徒証の使い方がわからないわけではなく、今日はちゃんとチャージまで済ませてきたらしく、それを少し得意そうに見せてきたから、思わず「小学生が初めて一人で買い物できたみたいな顔しないで」と笑ってしまった。「そんな顔はしていない」「してたよ。ほら、俺は今日はちゃんとできます、みたいな」「昨日教えてもらったから、同じ間違いを繰り返さないようにしただけだ」「偉い偉い」「子供扱いするな」「でも、シャープペンシルをどこで買うか知らなくて、メロンパンの買い方も知らなくて、借りた百六十円に利息を付けようとした人でしょう?」「……その件は、もう忘れてくれていい」「無理。面白すぎるから」私が笑うと、篠宮君は露骨に嫌そうな顔をしたのだけれど、以前みたいに黙り込むことはなくなっていて、その変化が少しだけ嬉しかった。転校してきてまだ三日。たった三日しか経っていないのに、私はもう彼が本当に怒っている時と、ただ困っている時と、何となく言い返したいけれど言葉が見つからない時の違いがわかるようになっていた。もともと表情が豊かな人ではないから、知らない人から見れば全部同じ無愛想な顔に見えるのだろうけれど、隣の席から一日中眺めていると案外わかってしまうもので、本人に言ったら嫌がりそうだから黙っておくことにしている。「それで、今日は何を買うの?」「昼食だ」「それはわかる。パン?」「昨日のメロンパンをもう一度食べようと思う」「気に入ったんだ」「あれは美味しかった」ものすごく真面目な顔で言うから、私はまた笑ってしまった。「なんか篠宮君って、高級レストランで育った人が初めて庶民の食べ物を知ったみたいな反応するよね」ほんの冗談だった。ところが彼は、一瞬だけ固まった。「……そうか?」「そうだよ。昨日のメロンパンだって、一口食べてからしばらく袋見てたじゃん」「原材料を確認していただけだ」「何のために?」「どういう配合なのか興味があった」「メロンパン食べる時に配合考える高校生、初めて見た」「高梨は考えないのか?」「考えないよ。甘い、美味しい、カロリー怖
last updateLast Updated : 2026-08-16
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第4話 それは嫉妬じゃない、と冴えない転校生は言った
月曜日の朝、教室へ入った私は、自分の席へ向かう途中で思わず足を止めた。篠宮君が、私の机の横に立っていた。ただ立っているだけなら別に珍しくないのだけれど、その手には見覚えのあるクリーム色の紙袋が提げられていて、袋の中央には小さな太陽を描いた『パティスリー・ソレイユ』のシールが貼られている。「……何してるの?」声をかけると、篠宮君は振り返り、何を聞かれているのかわからないような顔をした。「待っていた」「それは見ればわかるけど、その袋」「昨日も店へ行った」「昨日って日曜日だよ?」「ああ」「来たの?」「行った」「私、昨日休みだったんだけど」母から何も聞いていない。いや、あの母なら絶対に言うはずだ。『篠宮君、今日も来たわよ』どころか、『あなたがいないのに来るなんて、これはもう店目当てか娘目当てかわからないわねえ』くらいは確実に言う。「でも、お母さん何も――」そこまで言ったところで、篠宮君が少しだけ気まずそうに視線を逸らした。「開店前だった」「は?」「朝早く着きすぎた」「何時に?」「七時二十分」「開店十時!」思わず教室中に聞こえそうな声を出してしまい、すでに登校していた何人かがこちらを見た。私は慌てて声を落としながら、彼の腕を引いて自分の席の横まで寄せる。「なんで朝七時二十分にケーキ屋へ行くのよ。うち、お母さんだってまだ仕込みしてる時間だからね?」「学校へ行く時と同じくらいに家を出た」「日曜日でしょう!」「休日でも起床時間は変わらない」「そこじゃなくて!」私が頭を抱えると、篠宮君は少し考えてから言い直した。「昨日、焼き菓子を買うと言ったから」「……誰に?」「家の者に」「私には言ってないよね?」「言っていなかったか?」「聞いてないよ!」「そうか」悪びれた様子もない。本当に行くつもりだったらしい。「それで、開店するまで二時間四十分待ったの?」「いや、一度帰った」「帰ったんだ」「開店時間を聞いてから、十時にもう一度行った」「二回来たの!?」もう何が正解なのかわからない。本人はいたって真面目なのだから余計に困る。「篠宮君、そんなにうちのお菓子気に入ったの?」聞いてから、少しだけ恥ずかしくなった。自分の家の店を褒めてもらいたいみたいで、妙に期待しているような言い方になってしまった気がした
last updateLast Updated : 2026-08-16
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第5話 「嘘をつかない人が好き」と彼女は言った
朝のホームルームが始まる十分前、昨日までならクラスメイトの笑い声や机を引く音なんてほとんど意識したこともなかったのに、その日だけは周囲の音が急に遠くなったような気がして、私は床に落とした筆箱を拾うことさえ忘れたまま、隣の席に座っている篠宮君の顔を見つめていた。「……もう一回言って」「高梨は、どんな男が好きなんだ?」聞き間違いではなかった。しかも篠宮君は、私がどうして筆箱を落としたのかわからないという顔をしている。いや、わかってほしい。昨日の放課後、罰ゲーム告白で一悶着あって、そのあと二人で帰りながら少し妙な空気になった翌朝に、男子からいきなり「どんな男が好きなんだ」なんて聞かれて、平然としていられる女子高校生がどれくらいいるのだろう。少なくとも私は無理だった。「篠宮君って、こういうこと平気で聞く人だったっけ?」「平気ではない」「じゃあなんで聞くの」「知りたいから」「もっと悪いよ、その答え」私がしゃがんで散らばったシャープペンシルや消しゴムを拾い始めると、篠宮君も何も言わずに椅子から降り、机の下まで転がった消しゴムを取ってくれた。それを受け取りながら顔を上げると、黒縁眼鏡の奥の目と近い距離でぶつかってしまい、今度は私のほうが先に顔を逸らした。昨日までは、こんなことなかったのに。いや、あったのかもしれない。私が気にしていなかっただけで。「ありがとう」「どういたしまして」二人とも椅子へ戻る。篠宮君はまだ答えを待っている。「本当に答えないと駄目?」「嫌ならいい」「……その言い方、ずるいなあ」「何が?」「嫌ならいいって言われたら、別に嫌じゃないのに答えない私が意識してるみたいになるでしょう」「意識?」「もういい」私は机へ頬杖をついた。逃げても仕
last updateLast Updated : 2026-08-17
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第6話 「蓮司様」――知らない名前で彼は呼ばれた
翌日の昼休み、私は自分が昨夜送ったたった三文字の返信を、朝から何度思い出したのかわからなくなっていた。『いいよ。』ただそれだけなのに、送信ボタンを押したあとで「もう少し何か書けばよかったかな」と思い、かといって『私も一緒に帰りたい』なんて付け足したら急に意味が変わってしまう気がして、結局そのままスマートフォンを伏せて寝たはずなのだけれど、朝になって篠宮君の顔を見た瞬間、昨夜のやり取りがそのまま頭へ戻ってきたせいで、私はいつものように「おはよう」と言うだけなのに妙に意識してしまった。その一方で、当の本人はどうだったかというと。「高梨、おはよう」「……おはよう」「今日は一緒に帰れるな」「朝一番に確認すること、それ?」「ああ」「昨日メッセージで確認したでしょう」「確認したが、今日になって予定が変わっている可能性もある」「そんな重要会議の日程みたいに確認しなくても、帰れるよ。今日は日直でもないし、お店も手伝うから」「そうか」それだけで、篠宮君の口元がほんの少し緩む。たぶん、普通の人なら気づかない。でも私はもう気づいてしまう。そのこと自体が、少し怖かった。まだ転校してきて一週間も経っていない男子の顔を、どうして私はこんなに見るようになってしまったのだろう。「何だ?」「え?」「今、俺の顔を見ていただろう」「見てない」「見ていた」「隣なんだから視界に入るだけ」「昨日も同じことを言っていたな」「細かいこと覚えなくていいから」「高梨のことだから覚えている」「……そういう言い方、やめたほうがいいよ」「なぜ?」「そのうち誰か勘違いするから」「誰が?」「知らない」私かもしれない、とは死んでも言えなかった。そんな
last updateLast Updated : 2026-08-18
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第7話 離れようとしたら、もっと好きになった
篠宮君が「今日は一緒に帰るのをやめておく」と言った朝から、私たちの間には、昨日まで存在しなかった透明な壁のようなものができてしまった。喧嘩をしたわけではないし、何かひどいことを言われたわけでもないのだから、いつも通り話しかければいいだけだと頭ではわかっているのに、一度「距離を置かれているのかもしれない」と考え始めると、人間というのは本当に厄介なもので、今までなら気にも留めなかった些細な仕草まで全部悪い方向へ見えてしまう。一時間目が始まる前、篠宮君は自分から話しかけてこなかった。昨日までなら、意味もなく「高梨」と呼んできて、「何?」と聞けば「いや、いるか確認しただけだ」などと訳のわからないことを言っていたくせに、今日は自分の教科書だけを見ている。二時間目の休み時間、私が消しゴムを落とした。昨日までなら誰より早く拾ってくれたのに、今日は一瞬だけこちらを見て、それから動かなかった。別に、自分で拾えばいい。私は十七歳で、消しゴムくらい一人で拾える。なのにしゃがんで机の下へ手を伸ばしながら、どうしてこんなことで胸が痛くなるのだろうと思ってしまった。「高梨」頭の上から声がした。「何?」顔を上げる。篠宮君がこちらを見ていた。一瞬、何か言いかけたように見えたのだけれど、結局、「……何でもない」と言った。またそれ。昨日だったら、「何でもないなら呼ばないでよ」と笑えた。今日は笑えなかった。「そっか」それだけ答えて座り直す。すると今度は篠宮君のほうが、何か言いたそうな顔をした。知らない。もう知らない。話したくないなら話さなければいい。私は自分でも子供っぽいと思いながら、教科書を開いた。三時間目。四時間目。昼休み。結局、朝からまともな会話は一度もなかった。「ねえ」
last updateLast Updated : 2026-08-19
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第8話 冴えない転校生の妹は、どう見てもお嬢様でした
「初めまして。兄がいつもお世話になっています」目の前に立つ少女からそう言われた私は、たぶん五秒くらい、ずいぶん失礼な顔で相手を見つめてしまったと思う。兄。つまり、この子のお兄さんが私の知っている誰かで、その人が日頃から私の世話になっているという意味なのだけれど、学校の同級生で妹がいると聞いた相手なんてほとんどいないし、そもそも「いつもお世話になっています」なんて保護者みたいな挨拶をされる覚えもない。「……ごめんなさい、どなたのお兄さん?」私がそう尋ねると、少女は少し意外そうに目を丸くしたあと、すぐに楽しそうな笑顔を浮かべた。「やっぱり、何も聞いていないんですね」「何を?」「妹がいることです」「だから、誰の妹さんなの?」「蓮――」少女が言いかけたところで、ほんのわずかに間があった。その一瞬だけ、さっきまで完璧だった笑顔が止まった気がする。「篠宮蓮の妹です。美玲といいます」「篠宮君の?」思わず声が大きくなった。店の奥で焼き菓子の包装をしていた母まで、「あら?」とこちらを見る。「はい」美玲ちゃんと名乗った少女は、いかにも当然のことのように頷いた。私はもう一度、彼女の顔を見た。そして。見れば見るほど。「……似てないね」口から出てしまった。美玲ちゃんが固まった。「え?」「あ、ごめん! そういう意味じゃなくて、兄妹って聞いたらもう少し似てるのかなって思っただけで」慌てて言い直したけれど、どう考えても遅かった。ただ、本当に似ていない。篠宮君はぼさぼさ気味の黒髪に、分厚い黒縁眼鏡、少し荒れたように見える肌に太めの眉で、背が高くなければ人混みに入った途端どこにいるかわからなくなりそうな、本人には申し訳ないけれど地味な男子だ。ところが妹だという美玲ちゃん
last updateLast Updated : 2026-08-20
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第9話 世界的財閥の御曹司と、隣の席の冴えない彼
「九条蓮司っていうらしいよ」美咲が何気なく口にしたその名前を聞いた瞬間、私は差し出されたスマートフォンの画面から顔を上げ、ほとんど反射的に隣の席を見た。篠宮君も、こちらを見ていた。いつもの分厚い黒縁眼鏡、その奥にある目は決して大きく見えるわけではないし、ぼさぼさした前髪も、少し荒れて見える肌も、画面に映っている少年とは何もかもが違うはずなのに、どういうわけか私は、写真と篠宮君の目元を交互に見比べることをやめられなかった。「……何?」先に声を出したのは篠宮君だった。「いや」私はもう一度スマートフォンを見る。画面の中にいるのは、たぶん十五歳くらいの少年だった。黒髪は綺麗に整えられ、すっと通った鼻筋に、こちらをまっすぐ見る涼しげな目元、まだ少年らしさが残っているのに、雑誌のモデルどころか若手俳優として紹介されても何の違和感もないほど整った顔をしている。記事には、世界各地でホテルや航空、金融、通信事業などを展開する九条グループ創業家の後継者候補であること、近年は公の場にほとんど姿を見せておらず、一部で「幻の御曹司」と呼ばれていることなどが書かれていた。そして名前。九条蓮司。蓮司。数日前、血相を変えて教室へ駆け込んできた黒崎さんが、篠宮君へ向かって呼んだ名前。――蓮司様。偶然。そう考えれば、それで済む。蓮司という名前自体が日本に一人しかいないわけではないし、そもそも目の前にいる篠宮君と、この写真の少年は似ていない。似ていない。……はずなのに。「紗季?」美咲が私の顔を覗き込んだ。「どうしたの? 急に怖い顔して」「この人、何歳?」「記事だと今十七歳だって。同い年じゃん。すごいよね、こんなのが同じ日本のどこかで高校通ってるかもしれないんだって」「高校……」「しかもさ、め
last updateLast Updated : 2026-08-21
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第10話 素顔を知った日、私は彼を信じられなくなった
「……俺だよ」その声を聞いた瞬間、頭では何かを理解したような気がしたのに、身体のほうはまるで納得してくれなくて、私は落としたスマートフォンを拾うことさえできないまま、目の前に立つ見知らぬ男子と、彼が右手に持っている青いシャープペンシルを何度も見比べていた。制服は同じだった。声も同じだった。背の高さも、少し困った時に右の眉尻が下がる癖も、私が知っている篠宮君と同じなのに、顔だけがまったく違う。いや、違うという言葉では足りなかった。いつもの篠宮君は、ぼさぼさした黒髪が目元にかかり、妙に分厚い黒縁眼鏡をかけ、眉も太く、肌も少し荒れて見えて、お世辞にもクラスで女子が騒ぐような見た目ではなかった。だからこそ、罰ゲームの告白なんて最低なことをされた。だからこそ私は腹が立った。なのに今、私の前にいる男子は。「……篠宮君?」ようやく声が出た。彼の喉が動く。「うん」「本当に?」「本当だ」「そのシャーペン、どこで手に入れたの?」我ながら、もっと確認の仕方があるだろうと思ったけれど、最初に出てきたのはそれだった。彼は青いシャープペンシルを見た。「高梨から借りた」「いつ?」「転校した日。俺がシャープペンシルを持っていなくて、高梨が三本百円だったから一本三十三円くらいだと言って貸してくれた」全部合っている。「その次の日は?」「メロンパン代の百六十円を返した」「私、何て言った?」「高校生同士のメロンパン代に金利計算を持ち込むな、と」「体育の時は?」「高梨にバスケットボールが当たりそうになって、俺が抱き寄せた。そのあと高梨は、体育だから顔が赤いと言っていた」「それ……美咲にも聞かれてたでしょう」「聞かれていた」「うちで最
last updateLast Updated : 2026-08-22
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