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第2話

Author: るるね
last update publish date: 2026-05-10 20:25:21

 紗那が裕司を愛していた分だけ、今の彼女は壊れそうなほど泣いていた。

 結婚してからの三年間、裕司は一度たりとも、彼女をこんな絶望に突き落としたことはなかった。

 彼の演技が上手すぎたと言うべきなのだろうか。この三年間、紗那は彼を愛し、そして心の底から、裕司もまた自分を愛しているのだと信じていた。

 たとえ裕司が口数の少ない人でも。

 あまり笑わない人でも。

 それでも、自分を見る彼の眼差しには確かに愛情が宿っていた。

 今朝だってそうだ。

 出勤前、まだ寝ぼけていた紗那に、裕司はベッドの上で軽くキスをしてくれた。あの口づけはあまりにも優しくて、今でもはっきり思い出せる。

 なのに、どうして。

 ほんの数時間で、こんなことになってしまったのだろう。

 どうして裕司は、まるで別人のようになってしまったのだろう。

 紗那にはわからなかった。

「裕司……!どうして……どうして他の女と……!しかも、妹同然の女と……!あなた、自分の妹と寝てるの!?気持ち悪くないの!?」

 涙で声を震わせながらも、紗那は必死に問い詰める。

 その取り乱した叫びに、裕司は不快そうに眉を寄せた。

 顔色は険しく、向けられた声音は、紗那がこれまで一度も聞いたことのないほど冷たい。

「紗那。言葉には気をつけろ」

「裕司……紗那お姉さん、そんなふうに私たちのこと言うなんて……ひどい……」

 千織もまた、絶妙なタイミングで裕司へ甘えるように身を寄せる。

 その声を聞いた瞬間、紗那は吐き気を覚えた。

 以前の彼女は、千織を本当に妹のように思っていた。可愛くて、才能もあって、どこか放っておけない子だと。

 まさかその女が、自分の夫にまで手を伸ばしていたなんて。

「最低……っ、この女……!」

 煮えたぎる憎悪のまま、紗那は千織へ向かって駆け出した。

 だが、その手が千織に届くことはなかった。

「きゃっ……!」

 千織の悲鳴が響いた直後、腹部に強烈な衝撃が叩き込まれる。

 次の瞬間、紗那の身体は軽々と吹き飛ばされ、そのまま床へ激しく叩きつけられた。

 下腹部から全身へ、焼けるような激痛が駆け巡る。

 声も出せないまま、紗那は呆然と目の前の男を見上げた。

 ――今、自分を蹴ったのは裕司だった。

 愛する女を庇うために。

 その腕の中の女を守るために。

 彼は、自分の妻へ向かって一切の躊躇なく蹴りを入れたのだ。

 あまりにも、滑稽だった。

 それなのに裕司は、すべてを紗那のせいにする。

「まさかお前が、他人を傷つけようとする女だったなんてな。失望したよ、紗那」

「……っ、は……」

 怒りで笑いそうになるのに、痛みでまともに息すらできない。

 そのとき、下腹部に、ぞっとするような違和感が走る。

 熱を帯びた何かが、脚を伝って流れ落ちていった。

 紗那の顔色が変わった。

 震える手で服に触れる。

 指先にまとわりついたのは、生暖かい感触。

 手を見た瞬間、彼女の呼吸が止まった。

 指先にべったりと絡みついていたのは、生々しいほど鮮やかな赤だった。

 裕司に蹴られたことへの怒りすら吹き飛び、紗那は必死に助けを求めた。

「血が……っ!裕司、助けて……!子ども……私たちの子どもなの……!」

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