「私からあなたのお姉さんに言ってあげる。これ以上こんな生活をしちゃ、いじめられるばかりだよ」姉は収入源がないので、ずっと劣勢なのだ。「だったらさ、お姉さんにこの店で働いてもらいましょうよ。私がお姉さんのお給料を出すから、あなたが出してあげる必要はないわよ。こうすれば、陽ちゃんの面倒だって見られるし、一石二鳥じゃない」牧野明凛は本当に唯花のためにそうしたいと思っているのだ。しかし、内海唯花はため息をついた。「お姉ちゃんは来ないわ。私たちの店は稼ぎが悪くて、私がネットショップを開いてようやくお金を稼げてるって思ってるんだもん」実際、彼女たちのこの店の利益はなかなか良かった。ただ彼女の姉は唯花のものになるはずのお金を自分のものにしたくないだけなのだ。彼女も姉を説得させる方法はなかった。「お姉さんは前、会社では財務部で働いていたでしょ。琉生の会社で財務ができる人を探してないか、お姉さんを雇ってもらえないか琉生に聞いてみるわ。おばさんの旦那さんの会社は結城グループや神崎グループと比べることはできないけど、それでも大企業だわ。福利厚生もしっかりしているから。琉生がいるんだから、お姉さんも会社で働きやすいでしょ。それに、お姉さんはもともと長年働いていて社会経験も豊富な人だし」内海唯花は少し考えてから尋ねた。「いいの?お姉ちゃんは仕事を辞めてから三年以上経ってるわ。その数年はずっと仕事してなかったから、職場復帰するのも、新しくまたスタートするのと同じよ。琉生君も今はまだ会社では経験を積んでいる途中でしょう。うちのお姉ちゃんを雇ってもらえるように会社に言うのは難しいんじゃないかしら」「週末琉生も誘ってご飯食べるでしょ。その時にできるかどうか聞いてみるといいわ。彼にその力がないなら、私自らおばさんの旦那さんに頼んでみるし」金城グループは今、彼女のおばの旦那さんがトップなのだ。「わかった。お姉ちゃんのために琉生君に聞いてみましょう。明凛、ありがとうね」「いいって、いいって。うちらの仲でしょ。あなたのお姉さんは私のお姉さんと同じことよ。唯月お姉さんの現状を見ると、私も心が痛くて、何か手伝ってあげて一日も早く社会復帰してもらいたいの。女性は強くならなくっちゃ。男なんかに頼りすぎちゃダメなのよ」佐々木唯月の結婚生活を見ていて、牧野明凛は多
結城理仁のほうは相変わらず少し沈黙してから口を開いた。「佐々木家の人たちはもう帰った?なにもひどいことをされていないよな?」「何もひどいことはされていないけど、あの人達ひどい言葉を吐き捨てて行ったわ。もう少しで私、手を出しちゃうところだったんだから。うちのあの親戚たちと張り合えるくらいにクズ人間達よ。口を開けばお姉ちゃんのことばかり責めて、お姉ちゃんだけが悪いんだって。しかも、謝罪の品を持って佐々木家に来いなんて言うのよ。佐々木俊介に謝れだなんて、ふざけんな!」佐々木母とその娘の話になり、内海唯花はまた怒りが込み上げてきて、電話で悪態をついた後、彼に対して申し訳なく思えてきて結城理仁に言った。「結城さん、さっきは私かなり頭に血が上ってて、悪態ついちゃったわ。ごめんなさい」結城理仁は落ち着いた声で言った。「君はちゃんとあの人たちを散々罵っておいたか?箒で奴らを追い出すべきだよ。お姉さんに暴力まで振るっておいて、彼女に謝罪の品を持って謝りに行けとはどういう了見なんだ」「もちろん、あの人たちがぐうの音も出ないくらい散々に罵っておいてあげたわ。それで慌てて逃げだして行ったんだから。明凛ったら箒も準備済だったの。でも私たちは常識人ですから、気持ちをぐっと堪えて、箒で追い出すなんてことはしなかったわよ」結城理仁はそれを聞いて笑ってしまいそうだった。彼女は別にぐっと堪えられるような性格の持ち主ではない。ただ、姉の将来のため、まだ姉が何も決心していないから、これでもちゃんと我慢できたのだ。本当によく頑張っていた。「君のお義兄さんはどの会社で働いているの?」結城理仁は俊介が働く会社の社長にちょっと挨拶でもしに行こうと思っていた。佐々木俊介をしっかりと面倒見とけよと。それは相手の会社の社長を知っていればの話だが。「スカイ電機よ。主にいろいろな電子製品の部品を作ってる会社で、規模もとても大きいの。会社には従業員が三千人以上いるみたい。お姉ちゃんと佐々木俊介は大学を卒業してこの会社に入ったの。お姉ちゃんはもともと財務の仕事をしてて、財務部長をしていたんだから。お姉ちゃんったら純粋な人で、あの男を信じ過ぎたの。結婚してからは仕事を辞めて家で子供を産む準備をして、出産後は子供の世話をしてる。仕事を辞めてからもう三年以上経ってるの。佐々木俊介のほうはそ
結城理仁は本気でそう思っているわけではないが、唯花を安心させるために聞こえの良い言葉を彼女にかけた。彼は一般世間からは離れた存在ではあるが、会社が人材募集をする際の要求が高くなっていることを知っている。内海唯花の姉が仕事を辞めてからすでに三年余りで、以前の社会経験があるとはいえ、現在はブランクがあるため、仕事を探すのは困難かもしれない。「今仕事中でしょう?仕事に戻ってね、もう切るから」結城理仁はうんと一言答えて、唯花が電話を切るのを待った。夫婦二人が電話を終えた後、内海唯花は続けて姉に電話をかけた。二人は将来の計画を綿密に話し合い、姉がご飯の支度をすると言い出して唯花はようやく電話を切った。その時には携帯の電池が切れそうで、彼女は充電器を取り出すと充電を始めた。昼に近くなる頃、結城理仁はスカイロイヤルホテルのマネージャーに電話をかけ、二人分の料理をいくつか頼んだ。そして、星城高校前の明華書店に配達させた。それは内海唯花への昼食だ。書店にはあと彼女の親友である牧野明凛もいることを考慮して、明凛の分も一緒に注文したのだ。ついでに牧野お嬢さんへの印象も良くしておいて、唯花の前で彼を誉めてもらおうという作戦だ。ホテルのマネージャーは結城理仁の電話を受けて、少しおかしいと思いながらも、何も尋ねる勇気もなく、ただ言われた通りにした。そして、午前中の仕事を終わらせた内海唯花は昼、夫からの愛のこもった餌付け弁当を受け取った。スカイロイヤルホテルのマネージャー自ら車を運転して、この二人分の昼食を本屋まで届けた。彼が本屋に着いた時、店の中には数人のお客が本を見ていた。内海唯花はちょうどデリバリーを頼もうと思っていた。弁当の入った袋を下げて入ってくる彼を見て、彼女と牧野明凛は驚いてそれを見ていた。「すみませんが、内海唯花様は?」マネージャーは礼儀正しく尋ねた。そう尋ねる彼の視線は内海唯花に注がれていた。なぜだかわからないが、彼はある種の直観で、目の前のこの女性が内海唯花であろうと感じ取っていたのだ。「私ですけど、あのう、どちら様でしょうか?」内海唯花は彼の質問に答えた後、相手を知らないので、誰なのか聞き返した。マネージャーはまず大きな袋をレジの裏にある部屋の台に置き、少しごちゃごちゃしていたので、ついでにそこをきれいに片づけ
一緒に生活していくうちに、この二人は本当の夫婦になり、仲睦まじく幸せな日々を過ごすようになるかもしれない。内海唯花は我に返ると、慌てて弁当を自ら届けてくれたマネージャーにお礼をした。彼が車に乗って去るのを見送ってから彼女は店へと戻った。二人分、聞くまでもなく片方は牧野明凛の分だった。内海唯花が店に戻ると、牧野明凛はすでにきれいに手を洗って店の裏にある従業員休憩スペースに座っていた。親友が店に入って来るのを見ると、笑顔で彼女を呼んだ。「早く食べようよ。スカイロイヤルは七つ星ホテルよ。この間パーティーに参加した時にあそこの料理は食べたじゃない。あの日家に帰った後も、あの味を思い出していたのよ。私ってば、唯花のおかげでご馳走にありつけちゃったわ」牧野明凛は箸を内海唯花の手に持たせ、笑いながら結城理仁を褒めたたえた。「結城さんがこんなに気が利く人だなんて思ってもなかったわ。昼食を買って届けさせるなんて。彼、絶対あなたがデリバリー頼むのを見て、もっと良い物を食べさせてあげたいって思ったのよ。唯花、結城さんって、良いところがたっくさんあるみたいね。確かにあなたに警戒して半年で離婚するなんて契約をしたけど、お互い長く一緒にいれば、彼のほうからあの契約を破棄したいって言い出すかもだよ。あなたと一生、正真正銘の夫婦になりたいって。そしたら、どうするかしっかり考えなきゃだよ」内海唯花は苦笑して言った。「ただ今回食事をご馳走してもらっただけで、明凛ったら彼の口利き役になったの?彼とはまあまあうまくやってるわ。今のところ、私たちはどちらも深い関係になろうとは思ってないわよ」「私が食事一回奢られたくらいで丸め込まれる人間だと思うの?それに、あなたは私の一番の親友なのよ。なにがあっても、どんな状況でも、私はいつだってあなた側に付くんだから。唯月さんの旦那と比べて、結城さんが良くないって言える?」二人は食べながら、男の良し悪しについて熱く語った。「義兄さんも以前はお姉ちゃんにとても良くしてくれてたのよ。陽ちゃんが産まれてから、態度がだんだんひどくなっていったわ」人間というものは変わり身の早い生き物なのだ。彼女と結城理仁が夫婦になって一か月しか経っていないというのに、どこまでお互いに知ることができるだろうか?彼女は結城理仁のことをそこまで理解できてい
それを聞いて、そこにいる社長たちはとても驚き、すぐに九条悟に尋ねた。「九条さん、結城社長に好きな女性ができたんですか?一体どこのご令嬢ですか?」まさか結城理仁のような堅物に春がやってくるとは。「しいー、秘密ですよ。秘密にしてもらわないと、また社長から私がおしゃべりで噂好きな男だと言われてしまいますからね。社長は彼女に愛が芽生えたわけではなく、その方に興味を示している段階です。社長がその方を好きになれば、彼の性格から言ってきっと公表されることでしょう」公になれば、神崎姫華のように彼を慕って付き纏う人はいなくなるだろう。社長たちは激しくそれに同意した。彼らは結城社長はちゃんと女性を好きになるのだと知ることができただけで十分だった。ある社長の家には結婚適齢期の娘がいて、自分にも、もしかしたらチャンスがあるかもしれないと企んでいた。結城社長が女性を好きならば、彼は今後結城グループとの商談の時に娘を勉強のためにと一緒に連れて来て、社長に気に入られないか試してみてもいいのだ。どのみちその社長が気になっているという女性もまだ恋人関係になったわけでもないのだから。それなら公平にライバルとして張り合えるだろう。理仁は自分の頼りになる秘書が彼を売るような真似をしているとは知りもしなかった。彼は部屋の外で妻からの電話に出て、気分は上々だった。口元には笑みを浮かべていたが、もちろん話をする時にはいつも通り声を低く落ち着かせて「どうした?何か用事?」と尋ねた。「何もないんだけど、ただあなたに電話したくて。昼休憩中だった?もしかして邪魔しちゃったかな?」内海唯花は昼休憩の時間帯だから、彼の邪魔になっていないか心配していた。「今昼ごはん中なんだ」内海唯花はそれを聞いて「えっ」と一言漏らし、続けて彼に聞いた。「昼ごはんには少し時間が遅くない?仕事が忙しいのは知ってるけど、やっぱり12時になったら食べたほうがいいわ。胃が荒れちゃうわよ」「わかったよ」誰かから心配されるのは、はじめての事ではないが、唯花から心配されるのは他の人からされるのとは違って格別に心が温かくなった。「あの、結城さん、私にお昼ご飯を頼んでくれてありがとう。とっても美味しかったわ。食後のフルーツもとても新鮮だったし」やはり高級ホテルのサービスは最高だ。結城理仁は相変わ
「今日は給料日だから、後で君に生活費を送金するよ。きちんと食事をするのは大切だし、必要なものは買ったらいいさ。そんなに節約しなくていいよ」「ううん、必要ないわ。前、私にくれたあの200万円の生活費、まだたくさん余ってるもの。うちの支出は少ないし、そんなにお金は要らないよ」彼女は家具を購入するときに数十万使った程度だ。残りのお金を生活に使うだけなら、あと数か月はもつだろう。それに、彼女も彼のお金だけ使って生活するわけではない。「使い切っていないなら、それを貯金しておいたら。男は金を気前よく使うものだからな。金は君の口座に入れておくから、貯金しておいて。今後もし何か急で必要になったら使えばいい。じゃないと、その金は俺が全部使ってしまうよ」内海唯花は少し考えて「そうするわね」と言った。彼女は家計簿をきちんと付けておくタイプだ。彼が毎月彼女に入れるお金はきちんと貯金しておいて、いくらもらったのかも記録をしている。将来、二人が本当に離婚することになった時、そうしておけば話が早いからだ。「結城さん、じゃあ、邪魔しないように電話切るわね」「今夜はたぶん遅くなるから、内鍵はかけないでおいて。俺が帰るのを待つ必要はないよ」内海唯花は彼が帰るのを待ったことは今までないが、理仁はたまらずこのように言った。内海唯花は一言うんと答えて、その後は何も言わずに電話を切った。彼女のこの態度で結城理仁は、彼女は彼がいつ帰って来るのかなど、全く気にしていないことがわかった。ああ、これも彼らが結婚当初にした契約のせいじゃないか。彼のやることには干渉するなと言ったのは彼なんだから。結城理仁は暫く黙ってから、ペイペイで唯花に40万円送金した。内海唯花はそれを受け取った。彼女がお金を受け取ったのを確認し、結城理仁はなぜだか気分がまた良くなった。旦那が稼いで、妻が使えばいいじゃないか。内海唯花はそれから少し昼休憩をとった。彼女は少しだけ昼寝した後、ハンドメイドの道具と材料を取り出して、再び手作りを始めた。それからどのくらい経ったのかわからないが、店の外に車のエンジン音が聞こえた。そしてすぐにカツカツと足音が聞こえ、自然にその方へ目線を向けた。「神崎さん?」内海唯花は驚いて一言声を漏らした。突然そこへ現れたのは神崎姫華だったのだ。
「唯花、あなたってこういうハンドメイドもできるの?とってもキレイ」神崎姫華は内海唯花の作ったハンドメイド作品を見て、それを誉めた。彼女はさっきできたばかりの鶴のビーズ細工を手に取り、じいっと見つめた後それを絶賛して言った。「本当によくできてるわね!」「神崎さんが好きなら、いくつかプレゼントするよ。でも大した金額のものじゃないんだけど」「そんなことない、私とっても気に入ったわ」神崎姫華は立て続けに頷き「先にお礼を言っておくわね」と言った。そして、彼女はまた尋ねた。「唯花、これって売ってるの?」「ええ、そうよ。ネットでお店開いてるの。こういう手作りを売る店ね。普段から売り上げはまあまあで、今月は特に良かったの」神崎姫華は笑みを浮かべて言った。「後でそのネットショップをシェアしてちょうだい。インスタにアップして宣伝してあげるわ。とってもキレイだもの」内海唯花が今までとても苦労していたことを知っていて、神崎姫華は喜んで唯花の商品を宣伝するつもりだ。彼女ほど目の肥えた人間でも唯花の作ったハンドメイドを綺麗だと言うのだから、他の人も気に入るだろう。気に入らなくても、彼女のお勧めなのだから、彼女の顔を立てて唯花の売り上げに貢献するはずだ。神崎姫華は社交界においてかなりの影響力を持っているのだ。「どうもありがとう、神崎さん」内海唯花は神崎姫華に座るよう言い、彼女にお茶を入れた。挨拶の会話を済ませた後、唯花は尋ねた。「神崎さん、突然私のところに来て、何か私に用事があるの?」もちろん、彼女は自分に神崎姫華を手伝えるようなことがあるとは思っていなかった。なんといっても彼女は神崎グループのお嬢様なのだから。内海唯花は数日前、親友と結城家御曹司と神崎姫華の噂をしていて、その数日後にこうやって神崎姫華本人がまさか彼女のところにやって来るとは夢にも思っていなかった。二人はまるで長年付き合ってきた友達のような感じだ。こんな縁があるとは内海唯花も信じられなかった。本当に幸運の持ち主だとしか思えない。神崎姫華のような本物の名家の令嬢と知り合えるなんて、牧野明凛のようなお金持ち家庭出身者でさえもそんな機会には恵まれない。彼女はそのような人たちと無縁の一般人なのにこのような出会いがあるとは。内海唯花は夜家に帰る時に、宝くじを二枚買って
神崎姫華が結城理仁を追いかけることは家族だけが反対しているのではなく、彼女の親友でさえも彼を追いかけるのは難しいから、諦めるように諭していた。さらに言えば、お互いの会社はライバル関係にある。それに比べ内海唯花は彼女にエールを送った。それで彼女は内海唯花に頼り、唯花を気持ちを打ち明けられる親友と捉えるようになったのだ。「もし結城社長に妻子があったり、それか彼女がいるとするなら、彼がいくら優秀でも私だって追いかけるようなことはしないわ。私、神崎姫華は優れた人間なんだから、他人の男を奪うような真似なんかしない。でも、彼は独身なんだし、彼のことが好きなら行動を起こさなきゃ。努力したなら、たとえ結果がどうなっても後悔することなんてないでしょ」神崎姫華は心に溜まった本音を一気に吐き出した。内海唯花は心の内で思った。神崎姫華の性格は他の金持ち同様、傲慢だと聞いていた。彼女にはそうなるだけの条件もあるし、横柄でわがままだと。しかし、この時、彼女には姫華が恋に悩む普通の女の子にしか見えなかった。神崎姫華のこの考え方を内海唯花も理解できた。それにその考え方はとても良いとも思った。親友に付き合ってパーティに参加したあの夜、結城社長に関する噂は耳にした。彼はまだ独身で、出かける時にはボディーガードを従わせて若い女性が近づくのを許さないと。彼はどのような若い女性にもそのチャンスを与えなかった。神崎姫華だけが大胆にも公の場で彼に告白し、それでようやく結城社長と噂になったのだ。「神崎さんは間違ってないわ。誰にだって本当の愛を追い求める権利があるのよ。神崎さんがさっき言った言葉を借りれば、結城社長は未婚で、彼女もいないんでしょう。それなら、あなたが彼を追いかけたって違法じゃないんだし、倫理的な問題もないし、いたって普通のことだわ」神崎姫華はそれに激しく頷いていた。「唯花、あなたが最初に私が結城社長を追いかけるのに賛成してくれた人よ」内海唯花は笑った。これで神崎姫華がどうして彼女のところに来たのか理解できたというものだ。何かをする時に、家族や友人から支持を得られず、突然ある人が彼女の味方について支持してくれたら、当然その人のところに行って、自分の気持ちを訴えるだろう。「唯花、あなたは恋愛経験がある?」「私?大学の時に一度恋愛したことある
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら