内海唯花もそれがわからないほど馬鹿じゃない。おばあさんと清水が先に行ってしまったのは夫婦に二人きりの時間を作るためだ。せっかく今日の結城理仁は、その誰もを凍らせるような冷たい雰囲気を纏わっていないので、内海唯花はこの珍しいデートを楽しむことにした。お互いの手を繋ぎながら日本風庭園を散歩した。内海唯花はこういう昔の雰囲気の建物が特に好きだった。「結城さん」「何」結城理仁の意識は周りの景色に向いていなかった。常にチラチラと隣にいる女性を覗いていた。内海唯花の呼び声を聞き、彼は何でもないような顔で足を止め、彼女の方に視線を向けた。その様子はまるでさっきからずっと目の前の風景しか見ておらず、一回も内海唯花を見ていなかったようだった。「結城グループで働いているなら、傘下にあるビジネスには何があるかわかるでしょ?こういう場所に、結城社長はいくつ投資してるの?」結城理仁は少し考えてから答えた。「うちは各大都市に支店を持っていて、さまざまな業種に投資しているけど、このようなリゾートみたいな山荘は二軒しか投資していないんだ。適した場所がそんなに多くないからな。素晴らしいリゾートを建てるために、それだけの資金が必要なんだ。ここはうちの会社が単独投資で経営していて、柏浜にあるリゾートはそこの富豪と合資して建てたものだ。距離が結構遠いから、管理は相手に任せて、うちは少し株を持つだけだね」内海唯花は視線を遠くへと向けた。リゾート全体はおろか、この日本風庭園だけでも、彼女はその全体を隈なく見渡すことはできなかった。結城理仁は今日は適当に見て回るだけで、じっくり観光するのは無理だと言っていた。確かになんと広いのだろう。「おたくの社長様はさすが星城のトップ大富豪なのね。本当にお金持ちだわ、どこへ行っても結城家のビジネスばかりじゃない」結城理仁は何も言わなかった。結城家は何代にもわたって星城でビジネスをやっていた。その富は代々の人々によって少しずつ貯められてきたのだ。それに、結城家になんでも際限なく贅沢するようなドラ息子がいなかったため、その富がますます増えていった。具体的にどのくらいあるのか、結城理仁にもわからない。とりあえず二兆はあるだろう。内海唯花は何の前振りもなく、彼の肩を叩いた。彼は不思議そうに彼女を見つめた。「結城さ
それに、名門家のおばあ様といったら、大体厳しいと聞いたことがあるが、結城おばあさんは気軽におしゃべりできる人で、一般人のおばあさんと何の変わりもないのだ。身につけている服も素朴なもので、どう見ても名家の出身ではないだろう。結城理仁はじっと彼女を見つめて、彼女の頭を撫で、落ち着いた声で言った。「内海さんは現実的な人だな。あまり夢を見るようなタイプじゃないみたいだ」「私はしっかり現実を楽しむ人間なのよ。夢を見るにしても、もっと現実的に実現できるようなものしか見ないわ。現実離れなことを考えても時間の無駄でしょ」結城理仁は口を引き締め、これ以上何も言わなかった。暫く歩いてから、夫婦はようやくおばあさんたちと合流した。お昼はレストランで済ませた。ここのレストランの内装も結構拘りがあり、レトロなスタイルだった。もし現代的な施設がなかったら、内海唯花は自分がタイムスリップして、昔に戻ったんじゃないかと錯覚しそうだ。陽は特に上機嫌だった。彼はおばあさんと清水を連れて魚の餌やりに行ったのだ。好きなだけ魚の餌を買い、思う存分に楽しんでいた。ずっとワイワイと、はしゃいでいたので、ご飯も食べ終わらず疲れた陽は内海唯花の腕の中で眠りに落ちた。「理仁、おばあちゃんはもう疲れたから、そんなに遠くまで歩けないわ。午後は、唯花ちゃんを連れて二人で遊びに行ってちょうだい。私は清水さんと陽ちゃんと一緒に、この辺りで休むわ。二人で楽しんできて、それから一緒に帰りましょう。こういうところは、やっぱり止まってゆっくり見た方が楽しめるわよ」結城理仁は「うん」と返事した。内海唯花は言い出した。「じゃ、今帰りましょう?」おばあさんは首を横に振った。「せっかく来たんだし、思う存分に楽しんでちょうだい。チケットを買ったのに、半分しか回らないなら、もったいないじゃない。唯花ちゃん、大丈夫だから。理仁とヨーロッパ風庭園のほうまで、もっと遊んできて。おばあちゃんは何回も来たから、遊び回らないでも平気なのよ。陽ちゃんのことも心配しないで、清水さんとしっかり世話をするからね」おばあさんにそう言われて、内海唯花もこのまま帰ったら確かにもったいないと思い、ご飯を食べ終わって、暫く休んでから、また結城理仁と一緒に出発した。結城理仁は当たり前のように内海唯花の手を取った。手を繋
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。気がつくと、太陽はもう西へ沈んでいた。内海唯花は一日中ずっと歩いていたので、家に着き、お風呂に入って、ベッドに横になるとすぐに夢の世界へ入っていった。おばあさんは彼女が部屋に入ると、昨日のようにまた同じようなことを仕掛けようと思っていたが、部屋に入った時、内海唯花がもうぐっすりと眠っているのを見て、今夜は一芝居のできる舞台を失ってしまった。内海唯花の部屋を出て、孫が心ここにあらずという様子でリビングのソファに座ってテレビを眺めているを見て、おばあさんは少し腹が立ってきた。彼女は近づくと、結城理仁の手からリモコンを奪い取り、不満をこぼした。「家に帰ってから何も言わなかったし、やるべきこともやってないんじゃない?」結城理仁はおばあさんを見ながら、不思議そうに言った。「自分の家にいるんだ。言わなきゃいけない言葉と、やらなきゃいけない事とは一体何なんだ?」今日、彼の収穫はなかなかなものだった。内海唯花と手を繋ぐことができた。しかも、一日中ずっとだ。内海唯花も何かあったら彼に言うようになり、彼への信頼がどんどん高まってきている。おばあさん「……」「ばあちゃん、一日ずっと歩いてたから、もう疲れただろう。清水さんに客室を片付けるように頼もうか?」おばあさんは仕方がなく「うん」と返事した。実は、結城理仁の指示がなくても、清水はとっくに客室を片付けていた。「理仁、あなたも早く休んでちょうだいね」おばあさんは彼に一言を残し、客室へ行った。結城理仁はしばらくリビングに座ってから、テレビを消し、自分の部屋に戻った。部屋に入ると、すぐ九条悟に電話をかけた。「ちょうど今電話できるかと君にメールで確認するところだったんだよ。気が合うじゃないか」結城理仁は部屋のソファに座り、淡々と尋ねた。「電話って何か用か?」「明日午前十時に、カフェ・ルナカルドで牧野さんを待ってるって奥さんに伝えて。奥さんに頼んで、それを牧野さんにも伝えてもらってくれよな」結城理仁は笑った。「結構積極的じゃないか?今回のお見合い」「せっかく君が紹介してくれた人だろう。理仁の面子を考えても、ちゃんとしないとな」「わかった。あとで妻に伝える。牧野さんにも伝えるよう頼んでやるよ。ちゃんとしろよ、牧野さんのお目
九条悟はこころよく返事した。「いつ必要だ?」「早ければ早いほどいい」「じゃ、明日かな、間に合う?」「間に合う」明日はちょうど離婚話をする日だ。佐々木俊介の財産についての証拠が手に入れば、心強くなる。「君はお義姉さんの離婚の件のために、本当に全力尽くしてるね。自分の会社の仕事でさえこれほど関心を持ったことがないくせに」結城理仁は少し黙ってから、また口を開けた。「妻は俺にとても感謝しているしな」「感謝してるだけで、それは愛じゃないだろう。もっと君に惚れさせるようなことをしないと。でも、まあ、実の姉の問題を解決してあげたなら、君に対する評価も高くなるだろう。そうすれば、どんどん君に頼って、いつの間に恋が生まれる可能性もあるだろうね」九条悟には彼女はいないが、状況の整理ならちゃんとできるのだ。状況を分析してから、彼はまた結城理仁に尋ねた。「逆に聞くけど、ちゃんと奥さんのことを愛しているのか?もし奥さんを君にめちゃくちゃ惚れさせといて、結局お前自身が全くその気がないなら、奥さんの感情を弄ぶクズになるぞ」結城理仁は気まずくなった。「……じゃ、誰かを好きなったらどんな反応が出てくる?手を繋ぐだけで緊張してドキドキするのは恋をしていることか?彼女が笑うと、自分もうれしくなって、彼女にキスしたくなることも?」「わお、理仁、すごいじゃないか。もうそこまでいってんのかよ。君は誰かを凍らせる冷たい顔をしたり、人を睨んだり、無視したりしかできない人だと思ってたぞ」結城理仁は今すぐに電話を切りたい衝動が湧いてきた。何も構わず彼をからかうことができるのは九条悟しかいない。これはしょうがないことだ。すぐに正確な情報を集めることができるのは九条悟の右に出るものはいないから。「結構前から言ってただろう。スピード婚の相手を絶対に気にかけてるって。その時は、死んでも認めなかったな。奥さんがただ金城琉生とご飯を食べただけで、勝手にキレて、ヤキモチを焼きながらも、そんなもんは焼いてないとか言ってただろ。もう、お前さ、ヤキモチ焼いた時本当に怖いぞ、知ってるか?」結城理仁は暗い顔をした。「ヤキモチなぞ知らん!」「そんなん信じるもんか!まあ、とりあえず、先に電話して人に頼んで、佐々木俊介の財産を調べるわ。それに、彼の家族の名目のもとに、大金の貯金が
しかし、結城理仁はただ頭でいろいろな策を立てるだけで、実行はしなかった。あの無駄に高いプライドが彼にこそこそするような真似をするのを妨げていた。すると、彼は寝返りを打っているうちに、うとうとし始め、いつの間にか夢の世界に落ちた。一方、あるマンションにて。佐々木俊介がベッドヘッドのタンスから煙草を取り出し、火をつけようとした時、隣の女は手を伸ばして言った。「私にもちょうだい」佐々木俊介は取り出した煙草を成瀬莉奈に渡し、火をつけてあげた。「たまに一本吸うだけでいい」佐々木俊介はあまり煙草を吸わなかった。取引先と商談のための接待で、たまに吸うだけで、普段何か考え事がない以上、煙草を手に取ることはまずないのだ。唯月は男がよく煙草を吸うのが嫌いで、口が臭くなると思っていた。成瀬莉奈はよく煙草が吸うが、普段淑やかな淑女のふりをしなければならないから、佐々木俊介の前では一切吸ったことがなかったが、いま佐々木俊介と最後の一線も超えて、唯月と離婚の準備もし始めたことで気が緩んでいる。だから、彼女はその偽装はもう必要じゃないと思い始めた。今後一緒に生活すると、いつかばれることだから。彼女は煙草を半分くらい吸ってから、佐々木俊介の肩にもたれかかり、優しい声で聞いた。「何かあったの?」「ないよ」成瀬莉奈は笑いながら、柔らかい手が誘うように彼の胸を軽く触った。「どうしたの?あのブスと離婚したくなくなった?」「まさか?ただ離婚協議書に何を書けばいいのかと考えてるんだ。親に唯月に四百万をやろうかと相談したけど、それは多すぎると言われたんだ。姉も同じ意見で、唯月が結婚してから全くお金を稼いでないから、そんなに多く分けなくてもいいって。でもさ、どう言っても結婚して一緒に生活したことがある仲だろう。それに、俺が先に浮気をしたから。そこまで厳しくしなくてもいいと思って。それに、唯月に四百万あげたら、彼女もこれ以上しつこくできないだろう。万が一、俺らのことをあちこち言って騒いだら、俺らの名誉も傷付くんじゃないかって」成瀬莉奈は煙草の火を消してから言った。「ご両親とお姉さんはあなたの家族だもんね。もちろん俊介のことを考えてああいうんだよ。だから、ちゃんと家族のアドバイスを考えるのは悪いことじゃないと思うよ」すると、彼女はまた甘えた声でねだった。
成瀬莉奈はいい気をしていないが、顔には出さなかった。彼女はまだ佐々木家の嫁になってないから、このようなことに口を出すのはよくないのだ。下手して佐々木俊介の機嫌を損ねると、彼の家族の反感も買うかもしれない。佐々木陽はまだ2歳ぐらいで、物心があまりついておらず、自分でできることも少ない。今後彼女の顔色を伺う生活をしなければならないから、懲らしめる機会ならいくつもある。今は急がなくてもいいのだ。「いいんじゃない?」成瀬莉奈は離婚協議書を佐々木俊介に渡した。「二枚コピーしてあげるから、明日あの女に持っていってサインしてもらって。二人は一枚ずつ持って、来週の月曜日に役所へ行ったら離婚の手続きができるでしょ」佐々木俊介は笑った。「俺より急いでるな」「そんなことないもん」成瀬莉奈も笑いながら佐々木俊介に離婚協議書をコピーしてあげた。その夜、二人は結婚して幸せに一緒に生活している夢を見た。夜はあっという間に明けた。翌日、内海唯花は起きてから、すぐ結城理仁がドレッサーに置いた紙を見つけ、牧野明凛に電話をした。「唯花、まだ眠いよ」牧野明凛は目も開けず、欠伸をしながら電話に出た。「昨日遅くまで起きていたの」内海唯花は笑った。「絶対起きてないと思った。メッセージ送っても絶対見ないから電話したの。結城さんの同僚は今日午前十時にカフェ・ルナカルドで待ってるって。印として、一輪の赤いバラを持っていくみたいで」「……言われなかったら、今日お見合いするのを忘れるところだったわ」牧野明凛は目を開け、ようやくベッドから身を起こした。「またルナカルドなの?わかった、遅刻しないからね」早めには帰るかもしれないが。「じゃ、ちゃんと目覚まし時計を設定して。電話を切るよ」「唯花、一緒に行かないの?」牧野明凛は毎回お見合いをするとき、唯花に頼んで付き合ってもらい一緒に行っていた。内海唯花のさっきまでの軽い口調はがらりと重くなった。「お姉ちゃんが今日、佐々木俊介と離婚の話をするんだ。私はお姉ちゃんの唯一の家族だから、行かないと」「そうだね、ちゃんと唯月姉さんを支えないと、佐々木家のやつらにいじめられるかもしれないよ。そういえば、昨日の晩、あのクズ男がうちの店に来たよ。陽ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんが陽が恋しくなったから、迎えに来たっ
内海唯花は少し考えて言った。「陽ちゃんをかくまってもらえる場所なんてある?」彼女の住んでいるところは佐々木俊介に知られている。内海家の実家のほうには頼れる人はいない。姉があの親戚たちのところに息子を預けて安心できないのは言うまでもなく、もちろん唯花も安心できない。牧野明凛は言った。「姫華さん、彼女に頼んでみたらどう?彼女って神崎家のご令嬢でしょう。住んでいるところはどれもセキュリティーがかなりしっかりしているお宅だと思うの。それに神崎グループという巨大な後ろ盾もあるから、佐々木家のやつらがどんだけ度胸があっても、神崎家とは事を構えたくないでしょ。あいつらだって陽ちゃんが神崎家にいるなんて思ってもみないわよ。姫華さんも陽ちゃんを気に入っているし、陽ちゃんが姫華さんのところにいれば、きっとしっかり面倒を見てくれるはずよ」内海唯花はそれを聞いて両目をキラリと輝かせた。「そうだわ。姫華がいるじゃない、後でお姉ちゃんと相談して、それでいいって言われたら、姫華に陽ちゃんのお世話をお願いしてみよう」「姫華さんも言ってたじゃない。何か彼女の力が必要な時には遠慮せずに相談してくれって。唯花、時には現実に逆っても、どうしようもないことってあるよね。この不公平な世の中じゃ、お金持ちで権力がある人のほうがうちらみたいな人よりも簡単に物事を進められるわ」牧野明凛がこの時、もし何も構わずに言っていたら、こう言ったことだろう。「神崎姫華ができることなら、遠慮せずに頼んだ方が手っ取り早い」と。内海唯花は仕方がなく、親友の話を受け入れるしかなかった。電話を終えて、内海唯花はLINEを開き、神崎姫華が昨日彼女に送ってきた姫華の母親姉妹の小さい頃の写真を見た。彼女はその時、山荘で遊んでいて、ちらりとその写真を見ただけで、じっくりとは見ていなかったのだ。今もう一度その写真を見てみた。内海唯花は姫華の叔母が小さい頃は本当に純粋で可愛いと思った。スカートを穿いていて、髪は左右におさげを作り、無邪気に笑っていた。それを見つめているうちに、神崎姫華の叔母は少し陽に似ていると思った。子供が小さい時というのはみんな同じ感じなんだろうか?「プルプルプル……」電話の呼び出し音に急かされて、内海唯花はその疑問から引き戻された。それは姉からの電話だった。彼女は急いで電話
「お姉ちゃん、効果があるかはわからないけど、とりあえず警察に通報して処理してもらいましょう」「わかったわ。今から警察に電話する」「佐々木俊介の両親たちは?」「陽を車で連れ去って行ったわ。たぶん俊介のところに行ったんじゃないかしら。あいつ昨日は一晩中帰ってこなかったから」内海唯花は少し考えてから言った。「お姉ちゃん、警察に電話して。私と理仁さんで佐々木俊介の実家のほうへ行ってみるわ。あとあいつの姉の家にも。あいつらが陽ちゃんを連れ去ったのなら、きっと彼らの実家のほうへ帰っているはずよ」姉と佐々木俊介はもうすぐ離婚する。子供の親権はまだどちらが持つのか決まっていない。佐々木家側が陽を連れ去っても、警察に通報したとして、恐らく和解を勧められるだけだろう。もしそれができなければ、裁判での離婚訴訟中に一気に解決するしかない。佐々木家側の人間は、確かに陽の家族ではあるが、陽は生まれてからというもの、ずっと唯月姉妹が面倒を見てきた。だから陽の佐々木家に対する感情は深くない。陽は初めて行く場所に行って、母親や叔母の姿が見当たらないと、絶対に怖がって泣きわめくことだろう。その時に佐々木家の人間がどのように陽を扱うかわかったものではない。「お姉ちゃん、あいつらが陽ちゃんを連れ去る時、他に誰かその様子を見ている人はいなかった?」内海唯花が結城理仁と一緒に佐々木英子の夫である柏木家に行ったとしても、陽が見つからないかもしれないと心配していた。そして、相手はどうしても自分たちが連れ去ったという事実を認めず、逆に姉がちゃんと子供を見ていなかったせいで、子供が失踪してしまったと彼女を責め始めるかもしれない。「見ている人はいたわ。義母が私に彼女をおばあちゃんなのに孫に会わせてくれないから、孫のことが恋しくなってしかたなく、このような方法を取るしかなかったとか言ってきてね。周りの人たちは他人の家庭内のことだと思って、巻き込まれたくないから私のために口を合わせてくれることなんてないと思うわ」「お姉ちゃん、焦っちゃだめよ。落ち着いて、先に警察に連絡して。私と理仁さんが今から柏木家のほうへ行ってみるわ。あなたは通報したら、佐々木俊介に電話して、彼に陽ちゃんにこんなことをするのは良くないって、陽ちゃんを驚かせちゃうって伝えて」唯月は恨むように言った。「あいつには電
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら