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第3話

Author: キョウフチ
時野の冷ややかな声が耳許に届いた。

「白様がやむなく俺を選んだことは理解してます。だが、俺にできる限りのことで、決して白様に辛い思いはさせないと誓います」

その声に振り返った瞬間、私は不意に彼の胸元へと飛び込んでしまった。

かすかに漂う、不思議な香りが鼻先をくすぐった。

顔を上げ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめながら言葉を紡いだ。

「時野、これは私が自ら選んだ道。それに、これからは私の名前だけ呼んでもいい。そんな他人行儀な言い方はやめてほしいの」

その時、彼の眼差しにわずかな揺らぎが走った。

「……わかった、白若」

三日後、婚儀は予定通り執り行われた。

同じ酒亭で、狼族と蛇族の二つの婚儀が並び立つ。

狼族の婚儀は前世よりもなお盛大で、隠棲していた鳳凰族(ほうおうぞく)までもが、演舞のために招待されていた。

名だたる貴族たちが、こぞって彼らの婚礼に出席した。

一方、蛇族の婚儀は静かで質素だった。余計な客はおらず、ただ一族の者たちが喜んでいた。

人間と結婚することは、彼らが同盟支配者の座を争う希望を持つことを意味していたからだ。

婚儀を終えた帰途、白容瑶と鉢合わせた。彼女はわざと首を伸ばし、私に自分の肌に残る生々しい痕跡を見せつけた。

「お姉様、狼族の男がこんなに体力があるなんて知らなかったわ。きっとすぐにでも狼族の子を授かれるでしょうね」

私は微笑んで返した。

「そう。ならば心から願ってるわ、望み通りになるように」

白容瑶は妊娠をあまりにも軽く考えていた。人と獣は元々異なる種族であり、自然妊娠には最低でも一年以上の時間が必要だ。

前世、私が簡単に妊娠したと思い込んでいた彼女は、自分も同じようにできると信じ込んでいた。

彼女が狼族の前で「半年以内に妊娠します」と宣言したことは、すでにあちこちに知れ渡っていた。

白容瑶が自信満々であるのを見て、墨景さえも疑うことなく信じているようだった。

私の落ち着いた様子は、白容瑶の目には挑発と映った。

「どうせ乞食の巣に嫁いだのだから、何を言っても無駄ね」

彼女は近くにいた蛇族の者たちを嫌悪の目で一瞥し、衣装の裾を上げながら私の横を通り過ぎようとした。

私は彼女の腕を掴み、立ち塞がった。

「白容瑶、蛇族に謝りなさい」

白容瑶は怒り、私の手を振り払って怒鳴った。

「白若!何を馬鹿なことを!」

口論は瞬く間に広がり、残っていた客たちが足を止めて見物し始めた。

結局、父が割って入り、事情を聞き出すと、白容瑶に蛇族へ謝罪させるしかなかった。

蛇族はたとえ末流の獣族であっても、人間からの侮辱には一丸となって反発するのだ。

去り際、白容瑶は私を鋭く睨みつけ、低く囁いた。

「白若、今世で勝つのは、この私よ」

……

新婚の夜、時野が衣を脱ぎ落とした姿を見て、私は思わず息を呑んだ。

誰も教えてくれなかった。蛇には二つの――

私が寝台の上で動かないでいるのを見て、時野は私が拒んでいるのだと思い、青ざめた顔で床に落ちた服を拾い、着ようとした。

「……何をしてるの?」

私は彼の腕から服をひったくり、不満そうな顔で彼を見つめた。

「いや……君が、嫌なのかなって」

時野は戸惑いながら裸で寝台の前に立ち、碧色の瞳を暗くした。

ならば……私から進めばいい。

私は彼に近づき、首に腕を回して寝台に引き倒した。彼の体に触れた瞬間、またあの懐かしい淡い香りが漂ってきた。

「時野……いい匂いがするのね」

無意識のまま口にすると、彼は一瞬動きを止め、耳の端が仄かに紅く染まった。

次の瞬間、彼の唇は熱を帯び、額から頬、そしてさらに下へと降りていった。

指を絡め合い、私たちは夜明けまで互いを求め続けた。

かつて、狼族の強靭な体が伴侶として最高だと信じていた。

まさか蛇族がこれほど特別な味わいがあるとは。時野は空が白み始めるまで私を解放してくれず、ようやく眠りにつくことができた。

三ヶ月後、白容瑶の懐妊の報がもたらされた。

信じられなかった。

数千年の歴史で、人と獣がたった三ヶ月で子を授かった例など存在しない。

だが膨らむ腹を目にすれば、否定の余地もなかった。

狼族はまだ生まれぬ子のために祝宴を催し、各家を招いた。

「我が狼族の祖霊がご加護をくださったとは!わずか三ヶ月で子を授かるとはな!」

杯(さかずき)を掲げ、墨景は得意満面に笑った。

人々が次々と媚びへつらいに来た。皆、次の同盟支配者は狼族に違いないと考え、今が顔を売り、恩を売る絶好の機会だと思っていたからだ。

身分からすれば、私は時野と一緒に末席に座るべきだった。

しかし、白容瑶はわざわざ墨景に頼み、私を彼女の隣に座らせた。私に自分の幸せを見せびらかす絶好の機会を逃すわけにはいかなかったのだ。

彼女は自分の腹を撫で、挑発するように私をちらりと見た。

「三ヶ月経ってもお腹に兆しがないなんて。やっぱり、私たち白家の純粋な血筋じゃないから、お腹も頑張ってくれないのね」

だが半獣人は体質が特殊で、たった二ヶ月で生まれる。

時期から計算すれば、もう来月には生まれるだろう。

白容瑶はだいぶ太り、腹も膨らんでいた。

彼女は知らない。半獣人は生まれつき体が大きい。今、食事を調整しなければ、出産は大変な苦痛を伴うことになる。

前世、私は体重管理に努めたが、それでも出産には一日一夜を費やし、あまりの痛みに死んでしまいたいとさえ思った。

だが、無事に生まれた子が私の腕の中で眠っているのを見た時、後悔はなかった。

私は杯を手に取り、酒を飲んで、静かに言った。

「歴史上、最短でも一年はかかる妊娠を、容瑶はたった三ヶ月で成し遂げた。その裏でどんな手段を使ったのかは、あなた自身が一番よく知ってるはずよ」

白容瑶はぎょっとして私を凝視し、その瞳は罪悪感で揺れていた。

「なっ……!白若、何を言うの!」

慌てふためく白容瑶。少し探りを入れただけで取り乱すあたり、隠している証が露わだ。

「出産が無事に済むことを祈ってるわ」

杯を掲げ、そう言い残し、時野と共に会場を後にした。

一ヶ月後、白容瑶は丸三日三晩かけてようやく子供を産んだ。

だが、七日が経っても狼族は子供を公表しなかった。父でさえ、白容瑶を見舞いに行こうとしたが、門前払いされた。

その子には――何か問題がある。

半月後、父は私を実家に呼び戻した。

家を出る前、時野がひどく心配そうな顔をしたので、私は彼に一緒に来てくれるように頼んだ。

居間には、半獣人の赤狼(せきろう)を抱きしめ、大声で泣いている白容瑶の姿があった。

「これが、これが私と墨景の子よ!狼の毛色が変わるなんて珍しくもないでしょう!?」

白容瑶は、この小さな赤狼が墨景の子だと譲らなかった。

だが、墨景は純血の白狼であり、その祖先にも赤狼の遺伝子を持った者は一人もいなかった。
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