「誰がやったの?」ゆみは焦って尋ねた。女幽霊は軽く眉をひそめた。「学校では見たことがないわ。どうやら最近来たばかりの男みたい。でも名前は分からないわし、見たこともない。ただ、他の幽霊たちが彼について話しているのを聞いたことがあるだけ」「じゃあ、今その幽霊たちはここにいるの?」「いない」女幽霊は答えた。「夜になるとみんな外に出かけるのよ。彼らに聞くのは難しいわ」ゆみは面倒そうにため息をついた。「手がかりがないわね」「昼間に幽霊に聞いてみたらどう?」女幽霊は提案した。ゆみはまるで馬鹿を見るように彼女を見た。「精神病院に行きたくないから、そんなことはしないわ」女幽霊は肩をすくめた。「力になれないわ。私に何のお返しをしてくれるの?もしかしたら、遊びに出てる幽霊たちを呼び戻せるかも」ゆみはうなずき、線香とろうそくを取り出して火をつけ女幽霊に供えた。女幽霊はとても貪欲に煙に近づき、絶えず吸い込んだ。しばらくすると、ゆみは四方から冷たい気配が近づいてきたのを感じ取った。ゆみだけでなく、澈と臨も何かおかしいと気づいた。臨は前よりもさらに強く震えながら言った。「姉さん……すごく寒い!!」ゆみは淡々と「うん」と答え、周りを見回しながら言った。「……結構、集まってきた」「うわっ!!」臨はその言葉を聞くと、急いで澈の胸に飛び込んだ。「何人くらい来てる?」澈はゆみに尋ねた。「十人以上はいるわね」ゆみはざっと辺りを見渡して答えた。「……大丈夫か?」澈が心配そうに尋ねた。ゆみは、黙ったまま彼を見つめた。自分のことよりも、先に私のことを心配してくれるなんて……本当に、馬鹿だな。ゆみは首を振った。「大丈夫、彼らはただ線香に引き寄せられてるだけで、私を狙ってるわけじゃ……」言葉を終えないうちに、突然じめっとした冷気が空気中に広がるのを感じた。この感覚……ゆみは素早くその湿った冷たさの方へ視線を向けた。すると、階段の入り口に、全身がびしょ濡れの男の幽霊が立っていた。距離があるためはっきりとは見えなかったが、この感覚は数日前に感じたものと全く同じだった!男の幽霊はゆみが気付くと同時に、階段へと消えていった。「待て!」ゆみが叫びながら
その頃──念江と佑樹は、書斎で会社の話をしていた。突然、二人の携帯が同時に鳴った。臨のメッセージを見た二人は、黙ってお互いに視線を交わした。佑樹が最初に返信した。「我慢しろ」念江も返信した。「すまん」返信を見た臨は泣きそうになり、真っ暗な廊下の写真を撮って送信した。「本当に来てくれないの?僕死んじゃうよ!」「14歳にもなったんだ。そろそろ一人で対処しろ」「姉を守るのは弟の役目だ」「──マジで見捨てるの!?」「知らない」「頑張って」佑樹と念江は、そう返信すると携帯を閉じた。臨は、携帯を握り締め泣きそうになった。姉さんだけでなく、兄さんたちまでこんなに冷たいなんて!「わかった」突然、ゆみが声を上げた。臨は驚き、体が大きく震わし「パタン」と携帯を地面に落とした。澈はその様子を見て、思わずクスリと笑った。臨は泣きそうな顔でしゃがんで携帯を拾い上げようとした。しかし、彼が腰をかがめたその瞬間、足元の隙間から白い靴を見かけた。臨は体が固まり、目を大きく見開いて叫んだ。「あああ!!姉さん!!幽霊だ!幽霊がいる!!」臨は落とした携帯もそのままに、すぐにゆみに飛びついた。あまりの勢いに、二人はもつれ合いながら床に転がった。澈が慌てて助け起こそうとしたが、ゆみは臨を蹴り飛ばすと肩を揉みながら怒鳴った。「臨!いい加減にしなさい!!」臨はゆみの怒りなどお構いなしに、這い寄って再び彼女にしがみつき、顔を胸に埋めた。「幽霊だ!姉さん!本当に幽霊がいたんだ。さっき僕の後ろに、白い靴が見えた!!」ゆみはイライラしながら眉をひそめ、臨がさっき立っていた場所を見た。案の定、そこに一人の女幽霊が立って、ニヤニヤと笑っていた。ゆみはその幽霊を見て言った。「ふざけんじゃないわよ!もう一歩出たら、本当に祓っちゃうからね!」その言葉を聞いた澈もゆみの視線を追った。だが幽霊が見えない彼は、ただ黙って拳を固く握りしめるしかなかった。ゆみは目を固く閉じた臨を起こすと、澈に預けた。「彼を頼むわ。私はちょっと聞いてくる」澈はうなずいた。「分かった」ゆみが女幽霊の前に歩み寄ると、女幽霊は驚いた様子で彼女を見た。「あなた、私が見えるの?」「当たり前でし
「拒否権はないわよ!」ゆみはきっぱりと言い放った。逃げ道を失った臨は、澈にぱたぱたと駆け寄って哀願した。「澈兄さん!代わりに行ってくれない?」「臨!」ゆみの拳が弟の頭に直撃した。「澈の状態見てないの?よくそんなこと言えるわね!」「ゆみが必要なら、僕も行く」ゆみは驚いて彼を見た。「うちの弟がバカなのは前からだけど、あんたまでどうかしてるの?」「ゆみ、僕がこの専門を選んだのは、君の仕事を助けるためだ」臨はにやりと笑って言った。「姉さんのために幽霊退治を手伝うつもり?」澈はうなずいて言った。「そうだ。女の子一人で危険な場所に行くのは心配だ。だから関連する専門を選んだんだ」ゆみは彼を見つめて言った。「その専門と私の仕事は関係ないわ。あなたが扱うのは死体で、こっちは命を奪いにくる幽霊よ」澈は淡々と返した。「僕がゆみを悪人から守り、ゆみが僕を霊から守ってくれればいい」「でも今夜はだめ。傷が治ってないんだから」「大した傷じゃない」ゆみがまた拒もうとした時、臨が口を挟んだ。「姉さん、澈兄さんが幽霊にやられたんなら、逆に澈兄さんをおとりに使えばいいじゃん!お札を貼り付けておけば大丈夫だろ?」ゆみは笑って言った。「──ふうん?そこまで考えてるなら、今夜はあんたが澈を守りなさいよ」「いやだあああ!!!」臨の絶叫が、病室中にこだました。──もちろん、抗議は無効だった。夜の11時、臨はゆみに引っ張られ、澈と一緒に学校へ向かった。十一時の校舎は、まるで闇に飲み込まれたように真っ暗だった。臨は、澈を支えながらゆみの後ろで震えていた。「姉さん~」臨は、震える声でゆみに呼びかけた。「怖くないの?」ゆみは携帯のライトを点けて、冷静に前を歩きながら言った。「何が怖いの?せいぜい、ちょっと見た目が怖いだけ」「軽っ!言い方軽すぎる!!」臨は声を潜めて言った。「澈兄さん、最後尾に行ってくれない?僕が真ん中を歩きたい!」澈はうなずきそうになったが、ゆみが振り返って臨をにらんだ。「うるさい。これ以上喋ったら、あんたをここに置き去りにするよ」臨は即座に口を閉ざした。しかし、体の震えだけはどうにもならなかった。一階から三階へと進む間に、ゆみは何度か
「……もう、仕方ないな」ゆみはとうとう根負けして言った。「このお金、私たち誰も払ってないの。どうしても送金したいなら、父さんに送ってよ。この病院、父さんのものだから」澈は一瞬きょとんとした。「え……じゃあ、お父さんの連絡先を──」「……あーもうっ!」ゆみは頭に血が上って、勢いよく立ち上がった。「あなたは本当にバカね!!」そう言い捨てて、ゆみは洗面所に向かって歩き出した。ところが、洗面所に入った途端、彼女の携帯がピコンと鳴った。見ると澈から60万円の振り込みがあった。「はぁ!?」ゆみは怒りで殴りかかろうとしたが、澈が負傷しているのを思い出し、何とか我慢した。少し息を整えた後、ゆみは唇を噛んで微笑んだ。やっぱり、澈は澈だ。どれだけ苦しくても、誰にも甘えない。一円たりとも、余計な恩を受け取ろうとしない。そんな真っ直ぐな気質が、彼を彼たらしめている。──だから、私は彼に惹かれたんだ。30分も経たないうちに、臨が病室にやってきた。ドアを開けた途端、彼はソファに座っているゆみと、ベッドに横たわる澈を見た。何度か見た後、臨は興奮して近づいてきた。「わかった!お前は姉さんが14年片思いしてた人だ!」「臨!!」ゆみの顔が真っ赤にし、ソファのクッションを投げつけた。「死にたいのか!?」臨はクッションを受け止め、大きな瞳をうるうるさせた。「だって本当じゃん!姉さんは澈兄さんのことでずっと胸を痛めていたじゃないか!」ゆみは恥ずかしさと怒りで立ち上がり、臨を叩きに行こうとした。「いいから黙れっ!!」臨は笑いながら身をかわし続けた。「姉さんはさぁ、プライドが高くて素直じゃないけど、ずっと澈兄さんが好きだったんだよー!思い出すたびに落ち込んで、そしたら怒って、怒ると僕に八つ当たりするんだ!」二人の騒ぎを見ながら、澈の表情はますます柔らかくなっていた。その時、廊下に一人の女の子が立っていた。奈々子は壁に寄りかかり、中の賑わいをじっと見つめた。やがて、ポロリと零れた涙を袖で拭い、エレベーターの方へ歩き去った。……夕食は臨が届けてくれた。病室で三人、テーブルを囲みながら食べ始めた。食事の最中、ゆみはふと顔を上げ、臨に声をかけた。「夜、ちょっと学
澈は、やわらかく笑った。その清らかで端正な顔立ちは、笑みを浮かべることでさらに優しい光を帯びた。家にはイケメンが四人もいるが、澈のような穏やかなタイプこそが彼女の好みだった。すぐに我に返ったゆみは、咳払いをして言った。「お腹空いてるでしょ。紗子が食べ物買ってきてくれたから、少し食べたら?」「ああ」……夕方。ゆみはソファに腰掛けながら点滴中の澈に寄り添っていた。突然、携帯が鳴った。ちらりと画面を見ると、臨からの電話だった。「もしもし?」「姉さん、どこにいるんだ?」臨は尋ねた。ゆみはスピーカーにして携帯を机に置くと、りんごを切りながら答えた。「病院だよ。どうしたの?」「病院?!なんで病院にいるんだ?具合が悪いのか?それとも誰かを病院にぶっ込んだのか?姉さんさぁ、言ったよね?そんなにガサツにしないでよ!美人なのに暴力的過ぎるよ。これから誰が姉さんを欲しがるのさ……」何も知らない臨はべらべらとしゃべり続けた。ゆみは顔を真っ赤にすると、携帯を持ち上げた。「臨!!」我慢の限界に達したゆみが怒鳴った。「生意気言ってんじゃないわよ!今すぐ行ってぶっ飛ばしてやるよ!」ベッドの上の澈は、ライオンのように怒るゆみの姿を見て思わず吹き出した。ゆみはやっぱり昔のままだ。気性もまったく変わっていない。澈がクスクス笑っているのに気づいたゆみは、彼を睨みつけた。「ごめんごめん!」臨は言った。「あのね、念江兄さんは家にいないし、佑樹兄さんもまだ会社だし、紗子姉さんはお父さんと食事に行っちゃって……だから、僕一人ぼっちなんだよ。どこの病院?一緒にご飯を食べに行こうよ」ゆみは断ろうと思ったが、今晩学校で解決しなければならないことがあることを思い出して、尋ねた。「家にいるの?」「家に着いたけど、誰もいないんだ。一人ずつ電話をかけてやっと姉さんに繋がったんだ」臨はぶつぶつ言った。「わかった。来る前に私の部屋のクローゼットにある黒い布バッグを持ってきて」「あの線香とロウソクとお札が入ってるやつだよね?」「そう。父さんの病院のVIP病室1102号室。すぐ来て」ゆみはうっかり病院が父親のものだと口走ってしまった。それを聞いて、澈はすぐに眉をひそめた。「ゆみ」澈
30分後、念江と紗子が日用品と食べ物を持って戻ってきた。二人がドアを開けると、ゆみと澈がしっかりと手を握り合っている姿が目に入ってきた。念江は心の中でため息をついた。ゆみも大人になったんだな……紗子は静かに日用品をベッドサイドに置くと、クスクス笑いながら言った。「……仲直り、できたみたいね?」ゆみは顔を真っ赤にし、慌てて手を離した。「ち、違うよ!まだ……まだだもん!」その声で、澈が目を覚ました。パッと目を開いた澈は、焦りの色を浮かべながら周囲を見回し、ゆみの姿を確認するとようやく落ち着いた。そして念江たちの存在に気づくと、彼は起き上がろうとした。念江はそれを見て言った。「動かなくていい。ゆっくり休んで」澈は、病室を一通り見回した後眉をひそめた。この病室は普通の病室よりも遥かに良く、しかもベッドが一つしかない。彼は尋ねた。「この病室は、君たちが手配してくれたの?」念江は澈の不安を感じ取り、説明した。「学校が手配してくれたんだ。校内での事故だったから、保険が適用された。信じられなければ、学校に問い合わせてみな」その話を聞いて、澈は少し安心した。ゆみは二人がいることで澈にプレッシャーを与えるのを心配し、振り返って二人に言った。「二人とも、学校に戻って。ここは私がいるから大丈夫」念江と紗子は顔を見合わせ、うなずいて病室を後にした。彼らが去ると、澈は完全に目が覚めた様子だった。彼は身を起こそうとしたが、ゆみに制止された。「動いちゃダメ!動いたら、私帰るからね!」その言葉に、澈は大人しくじっとした。ゆみはコップに水を注ぎ、ストローを差し込んで澈に飲ませた。彼が飲み終えるのを待ってから、再び腰を下ろすと、じっと澈を見つめて言った。「……眠くないなら、少し質問に答えてもらうよ」澈は、ふわりと穏やかに笑いながら頷いた。「うん」「あなたのおばさん……どこに行ったの?」ゆみは尋ねた。澈は少し驚いた様子だった。ゆみがその質問をするとは思わなかったようだ。彼はゆっくりと目を伏せて言った。「過労で急性心筋梗塞を起こして……亡くなった」「やっぱり……」ゆみは小さくため息をついた。「14年ほど前のことだよね?」「ああ。その時は君と連絡を