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第五話

Author: 水沼早紀
last update Last Updated: 2025-07-02 09:10:18

そして迎えた当日。私たちは荷造りしたキャリーバッグを持って韓国へと向かった。

韓国へは一週間滞在の予定だ。

予約したホテルは、同じく韓国にも企業を持つ鷺ノ宮グループの傘下にあるホテルだ。

高級ホテルのスイートルームを予約したと、棗さんが言っていた。

「夕来(ゆうらい)社長、お久しぶりです」

「棗くん、久しぶりだね?何年ぶりだろうね?」

「本当ですね。……あ、紹介します。私の妻の聖良です」

「始めまして。鷺ノ宮聖良と申します。よろしくお願い致します」

「よろしくお願いします。聖、良さん。 韓国で化粧品メーカー部門の担当をしている夕来(ゆうらい)と申します」

「……よろしくお願い致します」

この人が夕来社長……。

韓国で化粧品メーカーを立ち上げた日本人で、今ではその化粧品が日本でも売れている。 CMも有名な女優さんがアンバサダー務めるほど、今人気の化粧品ブランドだ。

私も愛用している化粧品だ。 まさかそのブランドを持つ社長さんとお会いできるなんて……夢見たい。

「妻が、夕来社長が手がけている化粧品を愛用しているんです」

「ほお? それは嬉しいね?ありがとう、聖良さん」

「い、いえ!滅相もございません……」

夕来社長、いい人そうだな……。さすが女性の化粧品ブランドを立ち上げた人だ。

「早速だが、打ち合わせしてもいいかい?棗くん」

「はい。よろしくお願いします」

 打ち合わせなら、私は必要ないかな……。

「……あの、私はホテルにチェックインしておきますね?」

「ああ。よろしく頼むよ」

「……はい」

私はキャリーバッグを持ってタクシーを呼び、ホテルにチェックインした。

そのまま荷物をコンシェルジュに運んでもらい、一旦一休もうとバルコニーに出た。

「……うわ、キレイ」

バルコニーからの眺めは最高だった。 この景色はきっと、棗さんが連れてきてくれたおかげで、見れたものなんだと思う。

感謝しないとな……。ありがとう、棗さん。

韓国なんて初めてで、正直不安だった。 だけど棗さんが日本人のコンシェルジュを付けてくれていたらしく、日本語で話せるからそこはよかった。

「戻ったぞ、聖良」

「おかえりなさい。棗さん」

棗さんが戻ってきたのは、その後ニ時間後のことだった。きっと打ち合わせが長引いたんだと思う。

「……えっ?」

「聖良、待たせて悪かった」

突然棗さんが後ろから包み込むように、抱きしめてきた。

「……いえ、気にしないでください」

「妻を待たせるなんて、俺は旦那失格だな」

そう微笑んだ棗さんは、私から離れると、バルコニーに出て伸びをしていた。

その時、部屋の内線が鳴った。コンシェルジュからだった。

「棗さん、ルームサービスをお持ちしても良いかと聞かれたのですが……どうしますか?」

「ああ。じゃあ持ってきてもらおう」

「はい」

コンシェルジュに持ってきてくれるように頼んで、私は電話を切った。

「……棗さん?どうかしましたか?」

棗さんは、バルコニーに出たまま立ち尽くしていた。

「……いや、何でもない。 風邪を引いたら大変だ。中に入ろう」

「はい」

中に入ると、着替えるからと棗さんはスーツを脱ぎ出した。 そしてネクタイを緩めると、私を真っ直ぐに見つめる。

「……な、棗さん? どうしましたか?」

「聖良」

「はい。……んんっ」

名前を呼ぼれたかと思いきや、棗さんは私に近づいてきて、強引に唇を奪ってきた。 それは段々と深いキスになってきて……。

「……んっ、な、棗さん?」

 棗さんは私の頬を撫でるように触れると、もう一度深く唇を重ねてきた。

な、なんでこんなに深いキスをするのだろうか、棗さんは……。

目を閉じて唇を重ね合いながら思う。 それは私が妻だから……だと。

「聖良、お前は可愛いな」

「え……?」

か、可愛い? 今、可愛いって言ったの……?

なんでそんなこと、言うの……? 偽りの結婚生活に、可愛いなんて言葉は要らないのに……。

「……いや、何でもない」

棗さんのその熱い唇が離れたと同時に、ルームサービスが到着したようだった。

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