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第6話

Author: 紫野甘花
「仕事を世話して、損害を代わりに賠償して謝って、挙げ句の果てに部屋まで借りてあげるつもりでしょ?」

図星だったのか、しばらく沈黙が続いてから口を開いた。

「彼女はまだ若い」

私は笑った。

「蓮司、私もあなたの上司になった頃はまだ若かった。

それと、そろそろ覚悟しておいた方がいいわよ」

電話を切った。これ以上引きずりたくなかった。

朔に会うために早起きしてメイクをしなければならなかった。

服を選んでいて気づいた。ここ数年、まともなワンピースをほとんど買っていなかった。

蓮司が地味な服を嫌うから、あれこれ探してようやくくすみピンクのワンピースを見つけた。

若作りって思われるかな。

少し迷って、洗面台の鏡と目が合った。

目尻に細かい皺が二本あるだけで、鏡の中の私は昔と変わらなかった。

蓮司より二歳上というだけで、いつの間にか自分を中年女性だと思い込んでいた。

すっきりした気持ちで、迷わずワンピースを穿いた。

会社の空気は重く、遠くからでもオフィスの入口に立つ朔の姿が見えた。

相変わらずの鋭い雰囲気で、近づきがたい空気をまとっていた。

身が引き締まる思いで深呼
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