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KAITO KASE」
いつもはまだ賑やかな放課後の教室。
しかし今現在は重い空気に包まれたった3人が机を挟み対面していた。 「はぁぁぁ」 深い溜息に隣に座る制服姿の男子生徒はいたたまれずに頭を垂らした。 対面に座るいつもよりも上品なスーツ姿の女性教諭は机に置かれた数枚の資料を手にとり。 「お母さん、大丈夫です!」 声をあげる。 「公立でもギリギリ行けそうな高校はあります!諦めずに頑張りましょう!」 「先生…」 励ます女性教諭に母親は隣に座る息子をチラリと見やり、はあぁぁ…と再び溜息をはいた。 「海斗は手先も両親に似て不器用で…機械音痴のおっちょこちょいなんです。工学なんかには通えると思えないんです!馬鹿な子の唯一のとりえがあるとすれば去年全国までいけたサッカーくらい…。一か八かでスポーツ推薦狙う事も…」 「スポーツ推薦ですか…」 女性教諭は少しばかり眉根を寄せた。 去年の夏の大会で海斗が所属しているサッカー部は全国大会に出場した。そのサッカー部の中で海斗は1年から選手に選抜されてもいたし全国までフルで出場もしていた。 しかし。 1番肝心な高校からのスカウト推薦はもらえていない。 自己推薦で受けるしかないのだ。 「自己推薦になると学力テストも少しですが難度があがりますし受かったとしてもどの割合で免除されるかはわかりません。先ずは公立を一つ決めて…」 生徒を思った発言である。 「先生…半年も家庭教師をつけて今の成績なんですよ?行きたいと思わない高校を受けて通ったとしても海斗の為になるとは思わないですし」 「…オレはできれば高堂を受けたいです」 県内では文武に有名な私立、高堂学園。もちろんサッカー部も夏冬共に全国大会への出場経験を有している。 平サラリーマンの父だけの収入では生活が成り立たない!と自らも薬局へパートに勤めている母の口からは絶対に高校は公立にいってもらわないと困る。と常日頃言われていた。 憧れた高校のユニフォームは夢のまた夢だったのだ。 母の口から先にそんな言葉が出てくるなど思いもよらなかった。 ならばあとは自分が最大限の努力をするしかない。 「オレ、高堂のスポーツ推薦受けます!」自ら宣言したものの。
「おふくろ、いいの?」 隣で歩く母に問うてみる。 「もう1つ私立受けておかないと心配よねぇ。推薦で100%受かるわけじゃないもの」 ウーンと頭を傾げて言う。 「…ありがと」 言い慣れない親への感謝の言葉はとても小さく、実際母の耳に届いたかわからない。 母は真っ赤になっている息子に笑顔でこたえた。 「貢いだ分はキッチリ返してもらって老後は遊ぶから大丈夫よ」 ポジティブな母に心から感謝した。「久々ですね、加瀬先輩」
サッカー部顧問に会うため久々に足を向けたグランドで声をかけられる。 「翔央」 声の主は1つ後輩の須崎翔央だった。 中学2年で既に180近くある翔央を160程しかない自分は見上げるかたちになる。 「どうしたんですか?」 グランドをキョロキョロと見回すが顧問の姿を見かけない。 「鈴木監督は?」 「鈴木?」 「あぁ、話あって」 「鈴木ならまだ職員室だと思うけど…。話って高堂の事?」 部では大事な仲間だったとはいえ、高堂学園のスポーツ推薦についてなど話す相手ではない。 何故知ってるんだ?と睨みあげる。 「兄さんが言ってたから」 翔央の兄、彗は海斗が中学入学でこの地に引越ししてきて1番早く仲良くなった友人だ。 「彗が?」 「兄さんも高堂学園受ける事になってるからその流れで加瀬先輩が推薦受けるって聞いた」 「彗が高堂?オレきいてない」 「そうなの?亮哉も加瀬先輩も高堂なら自分も高堂受けるって言うからまた3人で連んで進路決めたのかと思ってた」 自分の事をあえて話さない亮哉はともかく。彗に教えてもらっていない事は少しばかりショックだった。 「で?」 「?」 「どうだったんですか?推薦」「SHO SUZAKI」
部活でペコペコになった腹をまず満たしたくてキッチンを漁っていると背後に気配を感じる。 「何かあるなら俺にもくれ」 「バナナ位しかないけど」 房をみせる。 「1本くれ」 彗に1本渡し、自分用には2本手にしてリビングのソファに座りテレビの電源を入れる。 テレビではクイズ番組が放送されていてそれを観ながらバナナを頬張る。 テレビから爆笑がきこえる。 間違えの中でも一際馬鹿な応えに司会者が突っこみをいれ爆笑を誘っていた。 「こうゆうのがいるからスポーツ選手は馬鹿だって言われるんだよな…」 馬鹿な応えを晒した元プロスポーツ選手にテレビの外から冷たい視線を送る。 「翔央、自分の父親を馬鹿にするもんじゃないぞ。小さい頃はヒーロー観るみたいに父さんにくっついていただろ」 「父さんがまだ現役の時の話だろ?」 テレビの中で自分の解答に照笑している男は数年前まで世間を熱くさせたサッカー元日本代表であり翔央と彗の父親、須崎康太だ。 中学に入ってすぐにサッカークラブを辞めた彗とは真逆に翔央は幼い頃からサッカーの天才児と言われ続けている。二世リーガーが夢で無いとまだ中ニの翔央のところにはサッカーの名目校やクラブユースから既にいくつも声がかかっていた。 「兄さんだって同じだったじゃないか」 「まあ、父さんとボール蹴るのは好きだったけどな…サッカーに関してはセンスないって早くに自覚したからな」 彗が自分よりセンスがなかったとは思えないのだが辞めるには彗なりの理由があったのだろうからこの話題を持ち越す気もなく、バナナをパクリとたいらげる。 「さっき、学校で加瀬先輩にあったけど」 「海斗に?」 「加瀬先輩、高堂の推薦大丈夫だったらしいよ。兄さんもだし…亮哉も高堂だからまた3人一緒だね」 「海斗はスポーツ科、亮哉は特進だろうからな…俺は普通科だし、同じ高堂でも今みたいにはつるめないさ。まあ、一緒の高校いけるのは嬉しいけどな」 幼馴染みの亮哉に中学で転入してきた海斗と兄、彗は趣味も性格も違うのによく3人で一緒につるんでいる。学校外で集まるのはもっぱら須崎家になっている。 海斗は部の先輩でもあるし。 亮哉は翔央にとっても幼馴染みである。 翔央も3人が家に集まると自然に中に入っていた。 友達らしい友達を作らない翔央にとっては「素」で過ごせる数少ない人達となっている。 「僕も来年は高堂受けるかな」 「…推薦でも最低限の学力はいるんだぞ?」 ブー。 テレビから聞こえた効果音と爆笑。再びおかしな誤答を発していたのは先程馬鹿呼ばりした父親だった。 「頭のできまで父さん似じゃ高堂は無理だろ」 「父さん程じゃないさ」 「まあ、あの海斗も推薦通ったからな、絶対無理とは言わないさ」 彗はそう言って笑った。「KEI SUZAKI」
机の上に参考書を並べながらも頭に内容はなかなか入ってこない。 亮哉からはずいぶんと早くから進路は高堂学園だと聞いていた。 海斗からはウチは私立が受けられるような財政状況じゃないからギリギリでも入れる公立を探す、などと家族を気遣った話を聞いていたのだが。三者面談で親から高堂の推薦を狙えと言われ。先程、翔央から海斗が高堂学園の推薦に合格した事を聞いた。 高堂1本の亮哉と公立希望の海斗。 高校ではバラバラになるのか、と思っていたので自分も適当なレベルの学校を選べばよいとしていたのだが。 すんなりと気は変わった。海斗は中学の入学時、他県から父親の転勤について引越してきた。
中学の入学時はだいたい同じ小学校からの仲良しグループで集まっていて海斗はその仲良しグループをキョロキョロと眺めていた。 小学校の時のように本をひろげた亮哉の横へ行って一方的に話をしていてもよかったのだが。 席がちょうど隣になったこの見知らぬ海斗に気をとめてしまった。 家で飼い始めたばかりのウェルッシュコーギーの仔犬が色々と興味をもってキョロキョロと眺めるのだが。 海斗と仔犬、クリっとした少し色素の薄い瞳が重なって見えてしまったのだ。 「なあ、どこの学校だった?」 椅子を少し寄せて声をかける。 「…」 驚いたのか瞳も口も開いてふりむく。 「オレ!…えっと…。茨城からきたから言っても知らない学校なんだ」 顔を赤くして、最初のオレ!からはかなりボリュームが下がった語尾になった。 「茨城なら俺も住んでた事あるぜ。小さすぎてたいして覚えてはいないけどな」 「へぇ」 同郷なのだと気が楽になったようだ。 「オレは加瀬海斗。茨城の鉾田から先月に引越してきたんだ…」 ニコッと。 頭をなでなでしてあげたくなる笑顔で自己紹介をする。 「俺は須崎彗。よろしく」 「須崎くんは茨城はどこに住んでたの?」 親交を深める第一のキーワードは茨城になる。 「俺は鷹島」 「あ、近いね。って言うか…たかしには年中足を運んでるからな。ウチの両親が熱烈なサポでさ、まぁあの辺りに娯楽なんてないんだけど。試合はおろか練習見学にも行ったりして」 「…」 「須崎くん?」 「彗でいいよ。俺も海斗って呼ぶし」 「け、彗は」 名前呼びに赤くなる海斗に何故か呼ばれた方も照れてしまう。 「サッカーとか観ない?」 「…」 応えに困る質問ではあった。 「サポならさ、須崎康太って名前を聞いたことある?」 キョトンとして彗を見たあとコクリと首を縦にする。 「それが俺の父親なんだ」 「…」 一瞬固まって。 バン。 掌で机を叩く。 バンバンバン、と複数回叩いて彗の方へ顔をあげる。 「マジで!」 教室に響き渡る声を上げ教室にいた生徒が一斉にふりむいた。「何を目立ってるの?」
少し離れた席にいた亮哉がこちらが気になったのか机の前に来ている。 「あ、亮哉。ただ自己紹介してたんだけど…海斗が家族総出のサポらしくて」 「…あぁ、だから」 「須崎選手にはオレ小さな頃に写真も撮って貰ったりサインもいっぱいしてもらったんだ!」 同い年なのでそれは海斗が4〜5歳頃の話の筈だが。海斗の中ではまだ大切な記憶として残されているようだった。 サッカー選手としての父親は自分にとってもヒーローみたいなものだった記憶が強い。 海斗の反応は彗にも嬉しかった。 「海斗、コイツは俺の幼馴染みで粕川亮哉」 机前に立つ亮哉は普段の海斗ならばまったく縁遠いタイプの超がつく優等生然としていた。 「加瀬海斗、よろしく」 笑顔もぎこちなくなったかもしれない。 「粕川亮哉、亮哉でいい」 薄い銀縁の眼鏡奥にある目にも口元にも笑顔らしい気配はなかった。3人の縁はここから始まった。
AKIYA KASUKAWA 「入試の準備は大丈夫なの?」 鏡にむかい念入りに口紅やマスカラをつけながらソファでスマホをいじる亮哉に声をかける。亮哉からの返事は勿論無いが気にする事なく母親の口は開く。 「お父さんの機嫌が悪くならないように頑張ってもらわないとね。特進クラスに入れれば東大進学率90%超えてるのだもの、しっかりしてもらわないと」 「…」 化粧が終わったのかスクッと立ち上がると亮哉の前にあるテーブルにバックから何かを取り出し置く。 「お母さん、今日は高校の友人と食事会なの。お父さんはまた夜中まで帰らないし香里は塾で友達と食べるって自分でお弁当作っていたから…亮哉は何処かで買うか食べてきてね」 置かれたのは五千円札だった。 「それじゃあ、出かける時は鍵だけは忘れないでね」 言い残し、リビングから姿を消す。 興味もない記事が並んだスマホ画面をオフにしてテーブルに置きゴロンとソファに寝そべる。 すでに日が沈んでしまったのか眺めた空は紺青になっている。 何もない、誰もいない静寂が心地よい。 普通ならば寒いこの時期、暖かくした部屋に家族が集まりテレビの音をBGM替わりに楽しく夕飯を食べながら会話を楽しんでいるのだろう。 この部屋にはそんなモノは一つも存在しない。 たとえ母親が家にいたとしても食卓に並ぶのは母親の好きなデパチカやデリバリーの惣菜でありその食卓について食べるのは皆バラバラなのだ。 専業主婦と名乗っても家事をしている姿を見た覚えはほとんどない。 買いにいくのも食べにいくのも面倒ではあるが、冷蔵庫の中に食材らしいモノはほとんどない。 立ち上がるとテーブルに置かれた札とスマホを手にしてコートを羽織り部屋を後にする。コンビニで買う予定だったのだが。
コンビニまであと少しのところで足が止まった。 あれ?こんなところにイタリアンなんてあったか? 目立ちはしないが真っ白な外壁に木製の扉。 その扉の前にチョーク看板が置かれており 看板には「Mi viene nostalgia」(ミ ヴィエネ ノスタルジーア)店名といくつかの料理名が書かれている。 味気ないコンビニのパスタよりできたてのパスタの方が美味しいに決まっている。 亮哉は木製の扉に手を伸ばした。 「いらっしゃいませ」 店内に入ると店員の男性が席へ案内してくれる。店内はさほど広くなく、小窓の横に4人テーブルがいくつか並んでいる。すでに2組のグループが食事を楽しんでいた。 「どうぞ」 店員は最奥の席へ案内し水のグラスを置くとメニューを開いてよこす。 「メニューが決まったら声をかけて下さい」 アルバイト店員なのか、顔をみると自分と大差ないなと思う。 「ボロネーゼと、温かいミルクティーを下さい」 ガッツリ食べたいので肉系のソースで決める。 「ボロネーゼとミルクティーのホットですね。ミルクティーは食後にしますか?」 「そうして下さい」 「お待ち下さい」 笑顔で言うと店員はキッチンの中へ消えていく。 コートのポケットに入っていたスマホをテーブルに置くとチカチカと緑のランプが点滅している。画面解除してLINEをひらくとメッセージは彗からだった。 「海斗合格!俺も高堂受ける」 「…」 親に言われたから決まった志望校なので別に行きたい高校だったわけではない。 しかし、少しばかり心が軽くなる。 彗と海斗は今、亮哉が素で過ごせる数少ない相手だった。 「お待たせ致しました」 返事を打つわけでもなく彗からのLINEを眺めていたら先程の店員が料理を運んできた。 テーブルに置かれたサラダとスープを先に頂くとそれがなくなる頃のちょうどよいタイミングでパスタが運ばれてきた。 手打ち平麺のタリアテッレにたっぷりのボロネーゼがかかっていてとても美味しそうだ。横に置かれたパルメザンチーズを適量振りかけフォークに麺を絡めて口へ運ぶ。 かなり美味しい。 家に近いしファミレスの様に騒がしくもない、1人でゆっくり食事ができそうで好みな味。いい店みつけたかな…。 食後に飲んだミルクティーもバランスがとてもよかった。 会計を済ませ木製の扉を開けるとヒヤリと外の冷気が頬にあたる。 「ありがとうございました」 レジ台の横で店員が笑顔で見送ってくれた。RYOTA TANAKA
「ありがとうございました」 営業スマイルで客を見送ると空いたテーブルの片付けにむかう。 「あ」 テーブルの隅に置かれたスマホをみつけて手にとる。 先程の客が扉を出てからまだ時間はたっていない。まだ近くにいる筈だ。 扉を出て左右を確認する。コンビニで明るくなっている方角に人の気配はない。一か八か反対の方へ走り始める。 少し走るとうっすら人影が見えてきた。 「おい!」 人影へ声をかける。 流石に周りに他の人影が無いので自分が呼び止められたと足を止めてくれた。 「忘れ物」 振り返った人影に追いついて右手に持ったスマホを差し出す。 「…あ、スマホ…」 右手にあるスマホが自分の物だと確認して受け取ると。 「ありがとうございます」 お礼の言葉はすんなりとでてきた。 「…うーん。ココロがこもってない」 「…」 相手の眉根が微妙によせられた。 「寒い中走って届けてあげたのだからもう少し感謝してます〜って感じが欲しいな」 ますます相手の眉根がよる。 銀縁眼鏡の下から冷たい視線がむけられる。 「食べてた時はもう少し柔らかい表情だったのに。カチカチの能面みたいな表情でありがとうって言われてもなぁ」 「…すみません」 大きなお世話、そんな突っ込んでくる事でもないだろう!と内心考えているだろうとわかるが少しばかり興味をもったので。 「俺は田中凌太。君は?」 「は?」 「名前、教えてよ」 「何でわざわざ教えるんですか?」 たまたま入った店の店員がたまたま忘れ物を運んでくれただけで。お礼も言ったのだからそれ以上かかわる必要もないではないか。 「友達になりたくて、かな?」 「…」 「日本に帰国してから日があさいからさ。元々住んでいた地元でもないし、今友達いないんだ。だから君と友達なりたいなぁって思って」 「…や」 「え?」 「粕川亮哉」 「…亮哉、か」 友達になってあげようなどと思ったわけではない。あの店にはまた行きたいと思うしスマホを走って届けてくれた礼がわりに名前を教えるくらいならば害はない。 「それじゃあ」 亮哉は小さな頭を下げて振り返る。 「またな。…あ、店にもまた来てね」 凌太も今度は簡単に見送る。凌太が店に戻るとテーブルの片付けは終わっていたがキッチンに入ってシンクをみると流石に洗い物はされていなかった。
スポンジをとって皿を洗いはじめると。 「凌太、どこ行ってたんだ?急にいなくなって」 凌太に気付いたシェフが声をかける。 「あー、忘れ物があったから走って渡してきた」 「渡せたのか?」 「あぁちゃんと渡した」 「なら良かった」 「なあオヤジ、俺が通う高校ってさ何てゆうところだった?」 亮哉にサラダを運んだ時に見えたスマホの画面を思い浮かべる。短い文の単語に見覚えがあった。真新しいブレザーの制服だらけの中あたりを見回す。
今日入学する1学年の人数は400人近い。その内半数が女子だとしても個人を見つけるのは難しい。 数分辺りをウロウロして、やっと見覚えのある横顔を見つける事が出来た。 「亮哉」 近寄った凌太をみつけて亮哉が珍しくも目を丸くした。 「何であんたがココに…」 あの後2度ほど店へ食事に行き、無視もできないのでささいな会話はしたが。亮哉は凌太を年は近そうだが年上なのだと思っていた。 だが、目の前にいる凌太は自分と同じくまだ真新しい制服を着ている。 「俺も新入生だから」 「…」 「店はバイトじゃなくて家の手伝いでやってるんだ。それにオヤジの弟子でもあるから」 そういえば、3度目に来店した時に味見だからと頼んだパスタの他にショートパスタを食べさせてもらった。 「俺の料理も中々美味いだろ?」 あれは凌太が作ったモノだったらしい。 「亮哉、誰?」 先に一緒にいた海斗と彗が不思議そうに眺めている。 亮哉が用もないのに話す相手が自分達位しかいないとわかっているからだ。 「最近行く店で顔見知りになった…」 「田中凌太です。昨年末にイタリアから日本に帰国したばかりの帰国子女です」 満面の営業スマイルで挨拶する。 「オレは加瀬海斗」 「須崎彗、亮哉とは幼馴染になる」 2人も凌太に挨拶をする。 「亮哉は日本での友達第一号なんだ、入学してすぐに2人も友達増えるなんてうれしいよ」 いまだ友達になった覚えもない亮哉であるがこの挨拶だけで友達に位置付けられた2人も2人だった。 お互い一度顔を見合わせててしまう。 それでも拒絶する理由もないので友達否定をする気はない。 「クラス発表でも見にいこうか」 「そうだね」 4人で並んでクラス発表が貼り出されている玄関口横へ歩いて行く。クラブチームへの愛着はなくなったが今更チームを変えるのも面倒だと思った。だからこのクラブに所属を続けてはいたが、U12の成績はクラブ創設以来の最低記録を更新していた。勝つために翔央を出しはするが翔央のプレーに意思疎通ができず、負ければ翔央のせいにされる。メンバー間の信頼など皆無だった。つまらない。このままU15に上がってもあのメンバーなら更につまらないだろう。そんな事を思っていた夏のユース選手権大会直前で彗がU15チームから抜けた事を知った。練習にはずっと行っていなかった事は知っていたがチームを抜けるどころか、サッカー自体をやめてしまうとは思っていなかった。「夢は兄弟でJリーガーなること」などと幼い頃から夢みていたものがだいなしにされて少しの間は彗に散々悪態をついた。彗の話を聞く事もなく責めたてた翔央を止めたのは亮哉だった。彗が亮哉には辞めた経緯を話していたのか、彗を責めないで欲しいと言う亮哉に翔央は否を言えなかった。彗の事を心配する亮哉、亮哉に話や相談はするが心配されるのは嫌がる彗。翔央は普段は冷たく見える亮哉が彗を心配する姿が気に入らなかった。「亮哉は兄貴の心配しかしてくれないの?」ある日、ボソッとそんな事を口にした。彗にみせるように心配してほしい。亮哉が自分に対して些細なことでも気にかけて欲しい。彗に対するように。「何だ、それ」亮哉は呆れた様に返す。「僕の心配はしてくれないの?」「翔央にも心配しないといけない事があるのか?」「沢山」真面目に答えたけれど亮哉はプッと小さく吹き出した。ここは普通なら怒る場面だろうけれど亮哉の笑い顔が見れたので翔央も笑った。「でも、そうだな。翔央は皆の期待値が高いから悩みは多いよな」「……」「勝手に期待されても困るよな……」「僕たち似てるよね」亮哉の両親も祖父母も「亮哉」に関心など全く持たずにいるけれど亮哉の成績だけには期待が大きい。赤の他人達に期待されているだけの自分よりも普段は愛情もみせない両親達から成績だけ期待される亮哉の方が悩みは大きいかもしれない。「俺と亮哉は似ている、か」うんうんと頭を縦に振りながら亮哉は亮哉なりにそれに納得したらしい。「そうだな」ポンポン、と頭を軽く叩かれる。「今度はゆっくり聞いてやるよ、翔央の悩みを」亮哉の顔は普段より幾分柔らかな
かっこいいプロサッカー選手の父。何でもできるヒーローの兄。翔央にとって2人は憧れだった。2人の様になりたい、そう思って背中を追いかけていた。現在。父は元人気サッカー選手、元日本代表のバラエティータレントとなっている。たまに試合の解説をするけれど最早「かっこいい」ではなかった。兄はただただ平凡な学生となっていた。翔央にとって大事な家族だったが。2人の様にはなりたくない、そう思ってひたすらに努力をしていた。心変わりしたのは小学6年になった時。彗と共に強豪で知られた地元クラブチームに通っていた。彗はU15に、翔央はU12に所属しそれぞれチームの主力として期待されていた。6年になる直前の春休み。翔央に声をかけたのはクラブの上層部の1人だった。「春休みの間U15に体験で練習参加しないか?」翔央は舞い上がった。上のカテゴリーで練習できる事も嬉しかったが何よりも彗とボールが蹴れる事が嬉しかった。U15への練習参加初日。先日までU12で一緒にプレーしていた彗も含めた1つ上の知り合いとボールを蹴り楽しく過ごした。U15への練習参加2日目。U15の選手に混じりミニゲームをした。負けたくなくて必死に食らいつきプレーした。U15への練習参加3日目。紅白に分かれてのTRM。主力が出るはずの1本目、MFで翔央の名が呼ばれた。U15への練習参加4日目。「おはようございます」彗の後に続き挨拶しながらクラブハウスに入るとザワザワしていた室内が静まりかえった。U15への練習参加5日目。「親が代表選手だったからって生意気なんだよ!」キレた先輩の1人がそう声を荒らげた。翌日は練習が休みの日だった。悪い事をした覚えはなかったのにも関わらず言われた言葉は翔央の心に重く積まれた。U15への練習参加6日目。その日は彗が練習を休んだ。1人で行った翔央に話しかける人はおらずボールを蹴り合う相手すらいなかった。見かねたコーチの1人がパートナーになってくれた。U15への練習参加7日目。「今日も行かないの?」翔央の問いかけに「行かない」と素っ気なく返して彗はソファに寝転がり漫画本を開いた。「僕も行きたくない」そう言いたかったが口からでたのは「行ってきます」という言葉だった。U15への練習参加8日目。最終日。近隣で活動している複数チームが集まりTRMがおこ
凌太の作ったカレーは大変好評だった。それだからか皆の時間が合う日は集まって勉強をしてご飯は凌太が作ってくれるようになっていた。凌太の父は飲食店を経営していて母は某アパレルの日本支店をまかされていて忙しく、彗と翔央の両親はTVの仕事が忙しく、亮哉の父は証券マン、仕事で帰宅は夜中になる事が多く、母は家事をしない人間だった。それぞれ家だとご飯は適当な物になってしまうので4人には都合のいい状況だった。海斗は普通に家でも食べられるけれど勉強をみてもらえるからと部活がよほど遅くならない限り率先して皆に付き合っていた。「なあ、明日の土曜日親が法事に出かけてウチの店が休みなんだ。カレー以外作ってあげれるから店で勉強しない?」海斗と翔央の部活が終わる午後からという事にし、提案は皆が賛成した。「何て読むの?これ」店の看板を見て海斗が頭をかたむける。「Mi vient nostalgia(ミ.ヴィエネ.ノスタルジーア)、懐かしい思い出がやって来るって意味」凌太が教えるけれど海斗にはやはり読みづらくて覚える事もやめた。凌太が鍵を開けて木製のドアを開く。「好きなテーブルに座っていてくれる?飲み物持っていくから」「あぁ」彗が返事をして先に入ると亮哉が続く。「おじゃましまーす」海斗が入ると最後に翔央が続きドアを閉めた。キッチンからとりあえずオレンジジュースを入れたコップをトレーにのせて行くと亮哉がいつも来店すると座る奥のテーブルで壁側奥に彗、その隣に亮哉が座り彗の前の席には海斗、その隣の椅子に翔央が座っている。彗と亮哉は既に教科書とノートを開いていたが海斗と翔央は先にスマホをいじりだしている。対岸でまったく別れた光景だった。「はい」4人の前に飲み物を置いてから凌太もカバンから教科書とノートを取り出した。「今日のご飯何を作ってくれるの?」海斗がスマホをいじりながら聞いてくる。その質問は皆気になったようで4人が顔を凌太に向ける。「やっぱりパスタでしょ、カルボナーラ!」「オレ好き!」海斗がやった!と喜んだ横で、「カルボナーラって難しいんでしょ?大丈夫なんですか?」翔央が敬語を使いながらも不審な目をしながら凌太にたずねる。そんな翔央にフフっと笑って言う。「イタリアではさ、彼女を家に誘うのにパスタを作ったり料理を材料にする事があるって言われて俺も
まったく足りない給食を食べ終え。少ない時間でもと外に出て行く者達を横目に5限の数学で出されていた宿題を写させてもらおうとノートをひろげる。「須崎くん、なんか2年の子たちが呼んでる」机の前に立ったクラスの女子がそう伝えて教室後方の入口を指でさす。1度さされた入口に顔をむける。「おぉ。結構可愛い子達じゃねえ?いいな〜うらやましいな〜須崎ってばモテるなぁ」横に座っていた友人がひやかしをいれる。うらやましいと言われてもまったく嬉しくもない。ただただ面倒なだけだ。「早く行ってやれよ」立ち上がる気配がないので友人はニヤニヤと促してくる。ハァ…。わからない位の小さな溜息をついて立ち上がると視線の先の女の子達は赤くなって1人の子に何かを言いながらパンパンと肩などを叩いている。「何のよう?」前まで来て一言だけできく。さっさとそちらの用事を済ませて欲しい。「ほら、マリちゃん…」横の子に促された「マリちゃん」は真っ赤な顔で廊下に出て話ていいですか?ときいてきたので友人達から少し離れた場所まで移動する。「私…2-3の安藤真理子って言います。須崎先輩のコトが好きです!付き合ってくれませんか!」真っ赤になっての直球な告白にも微塵もココロは揺さぶられない。「ゴメン」返事の言葉に傷ついた瞳がみかえしてくる。「彼女いるんですか?」小さな声がたずねる。「いないよ」「…じゃあ、好きな人。いるんですか?」泣きそうな顔をしながら、でもたずねる。きっとここで「いないよ」と再び返事をしたらまだ諦めなくてもいい可能性はあるなどと思うのだろう。だからキッパリと言う。「いる」「…」涙が流れださないように必死にたえているのだろうか。流れだそうとした瞬間に「マリちゃん」はクルリと向きを変え廊下をかけていってしまう。少し離れた場所に取り残された友人達は慌ててその後を追いかけて行った。周囲にいた人の目も気にすることなく席に戻りノート写しを黙々とはじめる。「須崎ってモテるのに誰とも付き合わないよな、もったいねー」ノートの提供主は再び隣の椅子に座る。「可愛い子なんだから付き合っちゃえばいいじゃん。俺なら即OKする」「彼女いないってことは告白されたことないんだな湯浅くんは!」「うるせーっお前も告白されたことなんて無いだろ!」ノートの提供主、湯浅と俺も
KAITO KASE」いつもはまだ賑やかな放課後の教室。 しかし今現在は重い空気に包まれたった3人が机を挟み対面していた。 「はぁぁぁ」 深い溜息に隣に座る制服姿の男子生徒はいたたまれずに頭を垂らした。 対面に座るいつもよりも上品なスーツ姿の女性教諭は机に置かれた数枚の資料を手にとり。 「お母さん、大丈夫です!」 声をあげる。 「公立でもギリギリ行けそうな高校はあります!諦めずに頑張りましょう!」 「先生…」 励ます女性教諭に母親は隣に座る息子をチラリと見やり、はあぁぁ…と再び溜息をはいた。 「海斗は手先も両親に似て不器用で…機械音痴のおっちょこちょいなんです。工学なんかには通えると思えないんです!馬鹿な子の唯一のとりえがあるとすれば去年全国までいけたサッカーくらい…。一か八かでスポーツ推薦狙う事も…」 「スポーツ推薦ですか…」 女性教諭は少しばかり眉根を寄せた。 去年の夏の大会で海斗が所属しているサッカー部は全国大会に出場した。そのサッカー部の中で海斗は1年から選手に選抜されてもいたし全国までフルで出場もしていた。 しかし。 1番肝心な高校からのスカウト推薦はもらえていない。 自己推薦で受けるしかないのだ。 「自己推薦になると学力テストも少しですが難度があがりますし受かったとしてもどの割合で免除されるかはわかりません。先ずは公立を一つ決めて…」 生徒を思った発言である。 「先生…半年も家庭教師をつけて今の成績なんですよ?行きたいと思わない高校を受けて通ったとしても海斗の為になるとは思わないですし」 「…オレはできれば高堂を受けたいです」 県内では文武に有名な私立、高堂学園。もちろんサッカー部も夏冬共に全国大会への出場経験を有している。 平サラリーマンの父だけの収入では生活が成り立たない!と自らも薬局へパートに勤めている母の口からは絶対に高校は公立にいってもらわないと困る。と常日頃言われていた。 憧れた高校のユニフォームは夢のまた夢だったのだ。 母の口から先にそんな言葉が出てくるなど思いもよらなかった。 ならばあとは自分が最大限の努力をするしかない。 「オレ、高堂のスポーツ推薦受けます!」自ら宣言したものの。 「おふくろ、いいの?」 隣で歩く母に問うてみる。 「もう1つ私立受けておかないと心配よねぇ。推