Share

第415話

Author: 豆々銀錠
鈴木昭子!?

紗枝の体が一瞬硬直した。

その変化を、啓司は彼女を抱きしめている感触から明確に感じ取った。

「どうした?」

紗枝は首を横に振った。「何でもない」

啓司の美しい眉間に皺が寄り、さっきまでの良い気分は跡形もなく消え去った。

「もし行きたくないなら、俺一人で行くよ」

「でも、雲おばさんが言った通り、私は彼の義姉だもの。婚約式には行くべきよ」

紗枝が「彼の義姉」と認めたその瞬間、啓司の気分はようやく少し落ち着いた。

帰宅後、プレゼントを整理していた紗枝は、疲れ果ててソファに倒れ込んで休んでいた。

しばらくすると、電話が鳴った。

紗枝が電話を取り、誰からかを尋ねようとした瞬間、中から聞き慣れた声が響いてきた。

「紗枝、僕だ。黒木拓司」

紗枝の心は一瞬で緊張で張り詰めた。

以前、二人は顔を合わせたことはあっても、個人的に話をしたことは一度もなかった。何しろ、お互いの立場があるのだから。

「何か用ですか?」

紗枝は聞きたいことがたくさんあったはずなのに、口を開くと一言も出てこなかった。

「直接会って話せないか?」拓司が尋ねた。

彼は何度も紗枝に会おうとしたが、彼女に断られ続け、仕方なく直接電話をかけてきた。

彼女が会う気があるかどうか、自信はなかった。

紗枝は、幼い頃に彼に助けられたことを思い出し、断るのが申し訳なくなった。「はい」

「家を出て右に200メートル進んだところで待ってる」拓司は近くにある紗枝の住まいを見つめながらそう言った。

紗枝は、彼がすでに来ているとは思いもよらなかった。電話を切った後、彼女は上着を一枚手に取り、外へ出た。

その時、啓司は書斎で忙しくしており、彼女が出かけることにも気づかなかった。

拓司が彼女の家まで来ているなんて、啓司は思いもしなかった。

上着を羽織り、傘を差して外に出ると、外は雪が降りしきり、一面の銀世界が広がっていた。

少し歩くと、簡素な建物の隣に停められた黒いマイバッハが目に入った。

紗枝はその場で足を止め、立ち尽くしていた。どうしても近づけなかった。

すると、遠くで車のドアが開き、拓司が先に降りてきた。彼は黒いコートを身にまとい、傘も差さずに紗枝の方へ歩み寄ってきた。

彼は今日、自分で車を運転してここまで来た。もし紗枝が会うのを拒むようなら、そのまま帰って別の方法を
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める   第784話

    紗枝は心の中で小さくため息をついた。鈴ってば、不純な動機を抱えてるくせに、肝心なところでまるで頭が回ってない。そんな風に思いながらも、心のどこかで「まあ、それなら相手をするのも楽でいいわね」とも感じていた。余計な気を使わずに済むぶん、こちらとしては助かる。「休ませてもらうわ」そう言って、紗枝は立ち上がった。「はい、じゃあ、お邪魔しません」鈴は、本当は「寝すぎないようにね」と声をかけようとしていた。けれど、紗枝が自分を黒木グループに加えてくれたその気遣いを思うと、踏み込んだ言葉を飲み込んだ。紗枝は庭をしばらく歩いたあと、日陰のベンチに腰を下ろし、そっと目を閉じた。遠くのほうで、鈴が大きな袋を抱えて戻ってくるのが見えた。袋の中にはぎっしりと詰まったプレゼントが入っており、それを別荘の使用人やお手伝い、さらには警備員にまで、一つひとつ丁寧に配っている。まるで善意を装った、見え透いた手管。紗枝はその様子を黙って見つめていた。止めるつもりも、口を挟む気もなかった。もしこんなもので人の心が買えるなら、もっとプレゼントの数を増やして、いくらでも寝返らせればいい。彼女はそんな鈴の小細工に一瞥もくれず、本を手に取って譜面の研究を再開した。鈴はときおりこちらの様子をうかがっていたが、紗枝がまるで気にしていないのを確認すると、次第に図に乗り始めた。そして、今度は別荘の人たちを誘って食事に行こうと計画し始める。その中でも、特に目をつけたのが牧野だった。彼にだけはわざわざ個別でメッセージを送り、「一緒にどうですか?」と誘いかけた。牧野はスケジュールを確認し、「明後日の夜九時以降であれば」と返信してきた。鈴はそれ以上言葉を重ねず、そのまま自分と牧野、ふたりだけで明後日の夜九時に食事をすることを密かに決めた。牧野は、ただの使用人とはわけが違う。啓司の側近であり、紗枝や啓司よりも長い時間を共にしている。牧野を懐柔できれば、啓司への接近もぐっと容易になる。鈴にとっては、そこが狙いだった。夜の食事の最中、鈴はスマホをテーブルの上に置いたまま席を立った。そのとき、紗枝が席に着くと、不意にスマホからメッセージの着信音が鳴った。何気なく目をやると、画面にはこう表示されていた。備考欄には「裕一」とある。【了解、じゃあ明後日9時半に神無月で

  • 億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める   第783話

    以前は、逸之が拓司にそれほど近づくこともなかったし、たとえ近づいたとしても、特に異変を感じることはなかった。けれど今日になって、初めてその黒いオーラに気づいてしまった。「じゃあ、家では気をつけてね。もうすぐ搭乗するから、これで切るよ」景之の穏やかな声が電話の向こうから聞こえた。「うん......」逸之は名残惜しそうに返事をし、そっとスマホを切った。ふと窓の外に視線を向けると、拓司はまだ外にいて、紗枝と綾子と何やら話をしていた。少し離れてはいたが、それでも拓司の身体を包む黒いオーラははっきりと見えた。不思議と、背筋がひやりとするような恐怖を覚えた。その頃、外で綾子は拓司の姿を見つめ、ふと以前のことを思い出した。逸之がライブ配信をしていたあの時のことだ。子どもに金を稼がせるなんて、あまりにも理不尽じゃない。そう思った綾子は、紗枝に向かってこう口を開いた。「ねえ紗枝、今あなた、毎日特にやることもないんでしょう?だったら拓司と一緒に会社で経験を積んでみたらどうかしら。少しでも収入が増えるなら、それに越したことはないでしょう。心配しなくていいのよ、一日三、四時間働くだけでいいの。子どもに悪影響は出ないわ」それは、紗枝と啓司が海外にいる間、綾子がずっと考えていたことだった。だからこそ、今こうして切り出したのだ。紗枝は意外そうな顔を浮かべた。以前の綾子なら、決して自分が外で働くことなど許さなかった。聴覚に障害がある嫁が表に出るなんて黒木家の恥だと、あれほどまでに言っていたのに。どうして、いきなり心変わりしたのだろう。「お義母さん、私は......時々、曲を書いています。何もしていないわけじゃないんです」言いながら、紗枝は心の中で、人は変わるものなのだと認めざるを得なかった。自分が外で働いていた頃は恥だと言って嫌がったくせに、今度は仕事がないと言えば「何もしていない」と責められる。どちらにしても、綾子の不満は消えないのだ。「曲を書く?」綾子の目が、一瞬にして軽蔑の色を帯びた。「あなたに、曲が書けるの?」普通の人にだって簡単なことではない。ましてや、聴覚に障害のある人間には――「ただの趣味です。そんなに詳しいわけじゃありません」紗枝は控えめに、しかしはっきりと答えた。「だったら、会社に行きなさい」綾子

  • 億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める   第782話

    「久しぶりね」鈴の笑顔はどこかぎこちなく、その場で数歩下がって、綾子たちが前に出るのを待っていた。その様子を見て、紗枝でさえ少し戸惑った。鈴は普段、初対面の男性に出会えばすぐに甘えて距離を縮めるタイプだった。無邪気に振る舞って、可愛らしく見せるのが得意なのに、どうして拓司に対してだけ、こんなにも距離を取っているのだろう?「拓司、どうして来たの?」綾子が一歩前に出て、やや訝しげに問いかけた。「兄貴が怪我をしたって聞いてさ、見舞いに来たんだ」拓司は静かに答えた。「ああ、啓司なら今ここにはいないの。入り江別荘にいるわ」そう告げると、綾子は横にいた少年に目をやり、「逸ちゃん、おじさんにご挨拶しなさい」と優しく促した。逸之は普段から口数の少ない、おとなしい子だった。拓司ともこれまでに何度か顔を合わせてはいたが、なぜだかこの男が怖かった。「おじさん......」しばらく黙っていた逸之は、ふと思い出したようにそう呼んだ。「うん」拓司は穏やかに頷くと、しゃがみ込んでポケットからキャンディを一つ取り出し、逸之の手にそっと渡した。「おじさん、何もお土産持ってこなかったから、さっき食事のときに取っておいたんだ。よかったら、これ、あげるよ」拓司の口調は柔らかで、人当たりも良さそうに見えた。けれど逸之には、彼の周囲に黒いもやのようなオーラが漂っているように感じられた。逸之の第六感は鋭く、集中すれば人の周囲にぼんやりとした色の気配――オーラが見えることがあった。ピンクや金色は彼を好意的に思っている人、たとえば紗枝や綾子。青や水色は彼にあまり良い感情を抱いていない人、たとえば鈴。そうやって無意識に色を感じ取っていた。けれど、今日の拓司にだけは、意識しなくてもはっきりと黒いオーラが見えた。そんなことは、初めてだった。逸之は怯えながらもキャンディを受け取り、そっと綾子のそばに身を寄せた。この奇妙な能力について、以前、景之に話したことがあった。そのとき景之は、さまざまな文献を調べてこう教えてくれた。人間の脳や視覚では説明できない現象が、世の中には確かに存在する。とても小さな子供たちは、大人には見えないものを見ることがあるのだと。逸之はそのあと、足早に自分の部屋へ戻り、景之に電話をかけた。「お兄ちゃん......今日

  • 億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める   第781話

    車がゆっくりと発進し、約一時間のドライブの末、牡丹別荘へと到着した。拓司が車を降りると、遠くの庭園にあるリクライニングチェアで眠っている紗枝の姿が目に入った。陽光が惜しみなく降り注ぎ、彼女の露出した腕は白磁のように輝いていた。「啓司様」警備員は彼の姿を見るなり、まったく躊躇することなく門を開けた。啓司と拓司は双子のように瓜二つで、一般の人間には判別がつかないのだ。拓司はそのまま中へと足を進め、まっすぐ紗枝のもとへ向かった。彼女は気持ちよさそうに眠り込んでおり、拓司の気配に気づいていない。拓司は無言のまま、静かに彼女の前に立ち尽くしていた。ふと、光が遮られたせいだろうか。紗枝が身体をわずかにひねり、顔にかぶせていた本を無意識に外した。目をうっすらと開けると、そこには光の代わりに人影があり、誰かが自分の前に立っているのがぼんやりと見えた。見上げたその先、深く澄んだ男性の瞳と目が合った。「......啓司?どうして戻ってきたの?」目をこすりながら、紗枝はまだ寝起きの調子でそう尋ねた。拓司の喉仏が、かすかに動いた。「紗枝ちゃん」その優しく響く声と、視線が重なったことで、紗枝はようやく目の前の人物が啓司ではないと気づいた。「......拓司?どうして来たの?」驚きと戸惑いが混じる中、紗枝は少し照れくさそうに、リクライニングチェアから身体を起こした。「兄さんが海外から戻ってきたって聞いたけど、それからすぐ家を出て別荘にいるって言うから、何かあったのかと思ってさ。それを聞きに来たんだ」拓司の声は落ち着いていたが、その内側にわずかな探るような気配がにじんでいた。紗枝は拓司に対して悪い印象を持っていたわけではなかった。むしろ好意的ではあったが、それでも彼に今の啓司の状態を話すつもりはなかった。ただ、静かにこう答えた。「海外でちょっと怪我をしてね。向こうの方が療養に適してるってお医者さんに言われたの」啓司の記憶が混乱し、数年前の記憶にとどまっていることは、口にしなかった。「そうか......また君と喧嘩でもしたのかと思ったよ」拓司がぽつりと呟いた。彼が立ち去る気配を見せないことに気づき、紗枝はとりあえずの社交辞令で言ってみた。「よかったら、少し座っていく?」「ああ」拓司はすぐに頷き、傍ら

  • 億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める   第780話

    紗枝は少し戸惑っていた。まさか、自分の家に来て世話をすると言いながら、今度は起きる時間にまで口を出してくるなんて。「はい、どうかした?」表情は変えず、平静を装って答えた。「おばさんが来てるの。あなたを呼んでって言われたから......怒らないでね」鈴の声は思いのほか大きく、階下にいる綾子の耳にも届いていた。綾子は露骨に不機嫌になった。寝坊しておいて、逆に怒ってるなんて、どういうつもりかしら。とはいえ、逸之の前で紗枝に怒鳴るわけにもいかない。腹立たしさを飲み込みながら、彼女が階下に降りてくるのを待ち構え、「これからは早く起きなさい。そんなに長く寝ていると、胎児によくないわよ」と、釘を刺すように言った。その一言で、紗枝はすぐに悟った。きっと鈴が何か言ったのだ。無駄な弁解はするだけ損だと判断し、彼女は素直に「はい」と答えた。どうせ綾子がここに来るのは月に数回。帰ってしまえば、好きな時間に起きればいいだけのこと。起きる時間で揉める価値なんて、ない。案の定、紗枝が従順に返事をすると、綾子はそれ以上は何も言わなかった。だが、そこでまた鈴が口を挟む。「おばさん、心配いりませんよ。私がちゃんと、お義姉さんを監督してあげますから」その言葉に、紗枝は思わず彼女を外に放り出したくなる衝動に駆られた。しかし鈴は無邪気を装った顔で振り返り、「お義姉さん、私が起こしに行けば、きっと起きられると思いますよ」と、悪びれもせずに笑った。「それはどうもありがとう」「どういたしまして」二人の間に漂うぴりついた空気に気づくこともなく、綾子は逸之に声をかけた。「逸ちゃん、今日おばあちゃんと遊びに行こうか?」最近、紗枝が忙しいのをよくわかっている逸之は、家にいても邪魔になると思ったのか、小さく頷いた。「うん」すると、鈴もさっそく話に加わってくる。「おばさん、私もご一緒していいですか?必要なものがあれば、荷物を持ったり、お買い物のお手伝いもできますし」「そうね」綾子は軽く頷いた。「じゃあ、今すぐ出かけましょう。外で朝食を取りましょう」「桃洲に、とっても素敵な朝食屋さんがあるんです。ご案内しますね」鈴は綾子に媚びるような笑顔を見せた。綾子も、こうして積極的に手伝ってくれる存在がいることに満足げだった。三

  • 億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める   第779話

    綾子が屋敷に入ると、付き従っていた秘書に手渡された贈り物をすべてその場に置かせ、その足でまっすぐ逸之のもとへと向かった。逸之はまだ身支度の途中だった。綾子がキッチンに姿を現すと、ちょうど鈴が朝食をとっている最中で、彼女も綾子に気づき、気まずそうに目を逸らした。「おばさん、どうして......いらしたんですか?」鈴は慌てて手にしていた箸を置き、姿勢を正した。綾子はそんな鈴の態度を見やり、あからさまに嫌悪の色を目に浮かべた。「実の息子の家に来て、なにか悪い?それより、どうしてこそこそ台所で食べてるの?」綾子にとって、こうした振る舞いは礼儀に反していた。鈴もそのことは理解しており、申し訳なさそうに声を落とした。「ごめんなさい、おばさん。昨日ずっと、おばさんが来るのを待っていたので、何も食べられなくて......朝になったら、どうしても我慢できなくなってしまって」「今後は気をつけなさい」綾子が鈴の暮らしぶりについて何か言おうとした、そのとき。「おばあちゃん」背後から、小さな声が響いた。綾子の表情がぱっとほころび、振り返るなりしゃがみ込んで手を広げた。「あらあら、かわいい逸ちゃん。こっちおいで」綾子がこれほどまでに逸之を可愛がっている様子を目の当たりにして、鈴はようやく気づいた。昨日逸之が話していたことは、嘘ではなかったのだと。幸い、この子の機嫌を損ねずに済んでいるらしい。「逸ちゃん、もう起きたの?朝ごはん、もうすぐできるからね」鈴も微笑みながら歩み寄り、優しく声をかけた。それからふと、階上へと視線をやった。「お義姉さんは、まだ起きていないの?もう八時半だよ」鈴は、綾子が以前のように紗枝を叱ってくれるものと思っていた。だが綾子は、意外な言葉を返してきた。「妊娠中なのよ。もっと睡眠をとらなきゃ」長年顔を合わせていなかった鈴にとって、綾子がこんなふうに変わっているとは思ってもいなかった。まさか紗枝を庇うとは。「でも、私、留学中に看護の知識を学んだんですけど、妊婦さんは一日八時間の睡眠で十分で、寝すぎると胎児の脳の発育に悪影響があるって聞きました」綾子はその言葉に少し驚き、鈴を見つめ直した。「本当?」「ええ、本当です。海外は医学も技術も進んでいますから、私たちももっと学ばなきゃいけな

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status