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第4話 ​

作者: あらあら​
泰輔はようやく口を開いた。

「由衣、もういいだろ」

泰輔の言い方は私を庇っているようだが、その視線は一度も由衣の顔から離れなかった。

私は拳を握りしめ、爪が手のひらに深く食い込んだ。

……

それからの一週間、泰輔は早朝に出ては深夜に帰宅する生活を続けた。

私は何も問いたださなかった。同じ屋根の下で暮らしているのに、私たちは赤の他人のようになっている。

今日は妊婦健診の日。

彼にメッセージを送ったが返事はなく、電話をかけても繋がらなかった。

私は仕方なく、一人でタクシーを拾い、病院へ向かった。

待合室は夫婦連れで溢れている。男性たちは皆、妻を大切に支え、優しく言葉をかけている。

私は一人で隅に座り、診察券を握りしめている。お腹の子が私の不安を感じ取ったのか、中からポコリと蹴り上げてきた。

「28番、湯山静香(ゆやま しずか)様」

看護師に名前を呼ばれた。

私は重い体を支えて立ち上がり、壁に手をつきながら診察室へと足を運んだ。

検査を終えて診断書を手に廊下を歩いていると、突き当たりに見覚えのある背中が見えた。

泰輔は由衣を支えている。その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのように穏やかだ。

彼女は入院着を身にまとい、顔色は青白いが、それでも息を呑むほど美しい。

私は立ち尽くし、ラブラブな新婚夫婦のように寄り添う二人を見つめている。

泰輔が由衣の耳元で何かを囁くと、彼女は微笑みを浮かべて小さく頷いた。

「お兄さん!」

背後から陽菜が駆け寄ってきた。手には薬袋を握っている。

「由衣さんの薬、もらってきたよ」

彼女は私に気づくと、一瞬だけ動きを止め、すぐに冷笑を浮かべた。

「あら、お義姉さんも病院?お一人で?」

泰輔がようやく私に気づき、わずかに表情を強張らせた。

「静香……」

彼は私の方へ歩み寄ろうとしたが、陽菜がその腕を強く引き止めた。

「お兄さん、由衣さんを放っておくの?彼女、あなたを庇って怪我をしたのよ」

由衣は弱々しく壁にもたれかかり、柔らかな声で言った。

「泰輔、行ってあげて。私は大丈夫。今、あなたを必要としてるのは奥さんの方だわ」

大人しい言葉とは裏腹に、その瞳には明らかな挑発の色が宿っている。

陽菜が焦ったように声を荒げた。

「由衣さん、強がらないで!お兄さんのために命まで懸けたのに、今行っちゃうなんて薄情すぎるわ!」

私は静かにそこに立ち、彼らの愚かな芝居を眺めている。心は少しも波立たなかった。

かつての私なら、泰輔の裏切りに心が引き裂かれる思いをしただろう。

けれど、彼に何度も突き放されるうちに、恨みも憎しみも、すべては削り取られて消えてしまった。

私は一言も発せず、余計な動きもせず、ただゆっくりと踵を返してその場を去った。

分かっている。この瞬間から、私がこの男のために涙を流すことは、もう二度とないのだと。

……

その日の夜、お風呂から上がって濡れた髪にタオルをかけたまま、私はリビングの光景に凍りついた。

義母と陽菜、そして由衣が、我が家のソファに座っている。

テーブルには何杯かのお茶が並び、まるで彼女たちがこの家の主であるかのような和やかな空気が漂っている。

由衣はソファの肘掛けに身を預け、青ざめた顔をしているが、その瞳には隠しきれない得意げな輝きが宿っている。

義母は私の姿を見るなり、すぐに言い放った。

「静香、由衣ちゃんは怪我をしてるの。しばらくここで預かることにしたわ。泰輔がそばにいる方が、介抱もしやすいでしょうから」

相談ではなく、ただの知らせだ。

陽菜は脚を組み、気だるげにブドウを口に運びながら付け加えた。

「由衣さんはお兄さんを助けて怪我をしたのよ。お義姉さん、そんなに心の狭いことは言わないわよね?」

私は髪を拭きながら彼女たちに一瞥をくれ、最後に泰輔に視線を落とした。

彼は傍らで眉をひそめ、困っている様子ではあるが、反論する気配は微塵もない。

「別に、いいわよ」

私は淡々と答え、自室へと向かった。

ドアを閉めて机に座り、パソコンを起動した。

メールボックスには一通の新着メールが届いていた。件名は【マサチューセッツ工科大学 博士課程選考結果】。

メールを開き、【合格】の文字を見つめた。しばらくして、私の口元がわずかに綻んだ。

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