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第4話

作者: 観月明
「怖気づいたの?」

私はスマホを取り出し、ダイヤル画面を開いた。

「あなたがかけられないなら、私がかける」

そう言いながら、画面を何度かタップするふりをした。鋭い発信音がオフィス中に響き渡ったそのとき、秋宏が大股で歩み寄り、私の手を止めた。

「かけるな」

私は顔を上げ、彼を見た。

目が合った瞬間、彼の目には複雑な感情と動揺が浮かんでいた。

まるで冷水を浴びせられたようだった。頭はすっと冷えたが、同時に胸の奥がひどく痛んだ。

分かっている。彼は恐れているのだ。本当に紗栄がやったのではないかと。

あるいは、紗栄がやったと分かっていて、それが明るみに出て彼女が恥をかくのを恐れているのだ。

それなのに、私が濡れ衣を着せられたことは少しも気にしていない。

私たちはにらみ合ったまま、長い沈黙が続いた。

そのとき、紗栄が突然動いた。

彼女は秋宏の前まで歩み寄り、彼の手を取った。

「秋宏……」

彼女の声は少し震えていた。

「私がやったの」

秋宏は私をちらりと見て、気まずそうに彼女から手を引いた。

「紗栄、どうしてこんなことをしたんだ?」

紗栄はうつむいた。涙が濃い色の床に、ぽつりと落ちた。

「秋宏、私はただあなたとやり直したかったの。昔みたいに。まだあなたを愛しているの……」

パァン――

私は全力で彼女の頬をひっぱたいた。

紗栄は頬を押さえ、信じられないという目で私を見た。

「よくもぶったわね?」

私は彼女を冷たく見つめ、静かな声で言った。

「私に濡れ衣を着せておいて、殴られないとでも思った?

私の目の前で、私の彼氏を愛していると言ったのよ。殴られないと思ったの?

一発で済んだだけ、安いものよ」

紗栄は何も言い返せず、恨めしそうに私を睨みつけた。

彼女は手を伸ばして殴り返そうとしたが、秋宏がそばにいるのを気にして手を引っ込め、助けを求めるように彼を見た。

秋宏は、まだ事態を飲み込めていないようだった。

彼の目には、私はいつも気弱で、何を言っても逆らわない人間に映っていたのだろう。これまで、こんなふうに取り乱したことは一度もなかった。

今日、彼は初めて私の強硬な一面を目の当たりにしたのだ。

彼は唇を動かし、なだめるような柔らかい声で言った。

「紬希、この件はもう終わりにしないか。損失は俺個人で負担するから」

「勝手にすれば」

私はきっぱりと答えた。

どうせもう、すべて私には関係のないことだ。

私は彼の手を振りほどき、いったんオフィスを出た。

戻ってくると、私の手にはいくつかの契約書があり、その中にたった今印刷したばかりの退職願を挟み込んでいた。

私は書類を彼の前に差し出した。

「サインして」

私の態度があまりにも急に変わったためか、秋宏は一瞬、反応できなかった。

彼は私の手元の書類に目を落とし、ペンを取ると、中身も確認せずすべてにサインした。

私の予想どおり、彼は先ほどの件を早くなかったことにしたいだけで、私が渡した書類を詳しく確認するつもりなどなかったのだ。

ほっと息をつき、私は署名済みの退職願を人事部に提出し、車で会社を後にした。

信号待ちをしていると、秋宏から電話がかかってきた。

私は少し迷った末、通話ボタンを押した。

「俺を騙して退職願にサインさせたな」

断定する口調だった。どうやら、もう気づいたらしい。

「そうよ」

「さっきの件が理由か?俺が責任を取ると言っただろ」

私は笑った。

「瀬名、あなたはどういう立場で彼女のミスの責任を取るつもりなの?」

彼は黙り込んだ。

私は続けた。

「彼女がまだあなたを愛しているから?」

電話越しに、彼の呼吸が荒くなるのが聞こえた。

しばらくして、私が電話を切ろうとしたとき、彼が口を開いた。

「信じてくれ。俺と彼女はとっくに終わっているんだ」

私が黙ったままでいると、彼は焦ったような口調で続けた。

「俺はもう、俺たちの結婚式の準備を進めている」

彼の言葉を聞いて、私はただ、馬鹿らしく思えた。

付き合って五年になるのに、彼は一度もそんなことを言わなかった。

私が妊娠したと知ったときも、彼は言わなかった。

今さら言われても、遅すぎる。

彼の声はまだ続いていた。

「紬希、俺たちにはもう子どもがいるじゃないか。これまでのすべては、何も変わらない……」

「瀬名」

私は彼の言葉を遮り、静かに言った。

「子どもはもういないわ」

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