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第15話

Autor: 三水
凛はすぐに邸宅へ越してきた。

彼女はすっかりこの家の女主人になったような顔で、楽しげに部屋を飾り替え始めた。ピンク系のクッション、レースやリボンのついたラグ、小物が次々と増えていった。

それらは、もともとの邸宅にあった硬質でモダンな黒、白、グレーの空気とは、ひどくちぐはぐだった。

最初のうち、煌はそれを新鮮に感じていた。誰かに頼られ、自分の場所を侵食されていく感覚さえ、少し心地よかった。そうすることで、本当に新しい生活を始めたのだと証明できる気がした。

だが、すぐに居心地の悪さが静かに芽を出した。

凛は夜更かしをしてドラマやバラエティ番組を見るのが好きだった。

面白い場面になると、遠慮なく声を上げて笑った。お腹が空けば、あれこれとデリバリーや菓子を頼み、食べ終わった袋や容器をそのまま置き忘れることも多かった。

冬美がいた頃、邸宅はいつも静かで整っていた。冬美は煌の生活を細かいところまできちんと整え、煌の眠りが浅いことを知っていたから、夜に邪魔をすることは一度もなかった。

ある朝、煌は習慣のように、空っぽの隣へ向かって寝ぼけた声をこぼした。「冬美、今日はあのブルーグレーの
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  • 元カレの義姉になりました   第23話

    時間は、煌の苦しい追跡と、迅と冬美のあいだに生まれた微かな変化の中で流れていった。渚沙の体は、ついに命の灯が尽きる時を迎えた。最後の日々、冬美は迅の妻として、病床のそばで尽くした。薬を飲むのを手伝い、話し相手になり、渚沙が最期の時を迎えるまで、できるかぎりの温もりと安らぎを届けた。迅はそのすべてを見ていた。胸の内には、言葉にできない感謝と深い動揺が静かに満ちていった。渚沙は、最後には穏やかに息を引き取った。最期の瞬間まで迅と冬美の手をしっかり握り、口元には安堵したような笑みが残っていた。渚沙の葬儀が終わると、神崎家の本邸には静けさが戻った。けれど、その静けさの中には、淡い悲しみが滲んでいた。ある日の夕暮れ、迅と冬美は書斎で渚沙の後の手続きを片づけ終えた。迅は目の前にいる冬美を見た。以前よりも少し痩せたように見えた。しばらく沈黙したあと、迅は口を開いた。声は、これまでにないほど重く、真摯だった。「冬美、ありがとう。この間、本当に世話をかけた。祖母が安心して逝けたのは、君のおかげだ」冬美は静かに首を振った。「約束したことだから」迅は窓辺へ歩み寄り、外の夕日を見た。その背中は、どこか孤独に見えた。やがて振り返り、深い目で冬美を見つめた。「祖母は亡くなった。私たちの契約は、理屈の上ではここで終わる」冬美の胸が、なぜかきゅっと締めつけられた。冬美は顔を上げ、迅を見た。「最初は、ただの取引だった。それは分かっている」迅の声は低く、はっきりしていた。「だが認めなければならない。この時間を共に過ごす中で、君は私に、いくつもの予想外の面を見せた。君は聡明で、しなやかで、優しい。私が思っていたよりも、ずっと……魅力的な人だ」迅はそこで言葉を切った。言葉を選んでいるようだった。「君への感情は、もう契約の範囲を超えている。だから、正式に君の意思を聞きたい。君が望むなら、私たちは本当の夫婦として、改めて始めることができる。君が望まないなら、契約はここで終わりだ。二百億円の報酬も、約束した保護も、そのまま有効にする。君はいつでも離れていい。行きたい場所へ行き、望む人生を選べる」迅は選択を、完全に冬美へ委ねた。その目は誠実で、真剣だった。けれど、ほんのわずかな緊張も隠しきれていなかった。冬美は言葉を失った。目

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    冬美はその声に気づいたようだった。淡く視線を流し、煌の姿を捉えた。けれど、その目には一片の揺れもなかった。まるで見知らぬ迷惑な相手を見るように、すぐ自然に視線を戻し、迅との会話を続けた。さらに、迅を安心させるような微笑みさえ浮かべた。その瞬間、煌の心は何度も刃で切り刻まれるように痛んだ。冬美の冷たさは、憎まれることよりもずっと深く、煌を絶望させた。一方で、凛の日々も穏やかなものではなかった。煌は一日中、魂が抜けたようにぼんやりしていた。凛への態度も上の空で、ひどい時には凛に向かって冬美の名前を呼ぶことさえあった。凛は泣き、責め、必死にすがった。けれど煌は自分だけの世界に沈み込み、凛の姿など見えていないようだった。「煌、私を見てよ!私があなたの恋人でしょ!冬美さんは、もうあなたのお兄さんと結婚するのよ!」激しい口論の最中、凛はついに崩れるように泣き出した。煌は充血した目で凛を見た。声には痛みと迷いが滲んでいた。「凛、ごめん……でも、俺……本当に冬美を愛してしまったみたいなんだ……あいつがいないと、だめなんだ……」その一言が、凛の中に残っていた幻想をすべて打ち砕いた。凛はようやく理解した。自分は一度も、この男の心を本当の意味で手に入れてなどいなかったのだと。彼女は取り乱して泣き叫んだあと、完全に心が冷えきった。翌日、凛は自分の荷物をすべてまとめた。短い置き手紙と、煌から渡されていた家族カードを残し、黙って邸宅を出ていった。置き手紙には、ただ一文だけが書かれていた。【神崎煌。あなたは真心を踏みにじり、愛も分かっていない。どうか……永遠に欲しいものが手に入りませんように】煌は置き手紙と空っぽになった部屋を見て、一瞬だけ呆然とした。胸に罪悪感もよぎった。だがそれもすぐ、冬美への思いと後悔に呑み込まれていった。彼は凛を探しに行くことさえしなかった。凛が去ったことは、まるで大した意味のない出来事であるかのようだった。彼の追いすがる行動は、ますます偏執的になっていった。それでいて、ひどく哀れなほど卑屈でもあった。以前のように高圧的に押し通すことはなくなった。ただ近づこうとし、謝ろうとし、願おうとした。たとえ遠くから冬美を一目見るだけでもよかった。一方で、冬美と迅の契約結婚は、予定どおりに進んでいた。二人

  • 元カレの義姉になりました   第21話

    迅は複雑な目で煌を見た。結局、冷たい声で言い放った。「諦めろ。冬美はお前に会わない。たとえ会ったとしても、答えは変わらない」「なんでだ!?このところ、俺が冬美にひどいことをしたからか?」煌は激しく取り乱した。「兄貴!俺が悪かった。自分の気持ちが見えてなかったんだ。俺は本当に、冬美なしじゃだめなんだ……償う。いくらでも償う!冬美を俺のところへ戻してくれないか?頼む、兄貴……」「煌!」迅は鋭く遮った。「目を覚ませ。よく見ろ。今、冬美と結婚するのは私だ。私たちはもうすぐ式を挙げる。ここでお前が、兄の妻に縋りつくなど、何のつもりだ」──兄の妻。その言葉が、また煌の胸を刺した。その時、迅の後ろから冬美の声が聞こえた。「迅、どうしたの?」物音に気づいて出てきたのだろう。冬美は着心地のよさそうな部屋着姿で、玄関ポーチの下に立っていた。外で半ば正気を失ったような煌を見て、眉をわずかに寄せた。迅へ向ける目には気遣いがあった。だが煌を見る目に残っていたのは、平静さと、ほんの少しの疲れたような諦めだけだった。冬美を見た瞬間、煌の感情は堰を切ったように溢れ出した。鉄門を隔て、煌は崩れ落ちそうな声で叫んだ。「冬美!冬美、教えてくれ!あの5年……あの5年、俺への気持ちは本当に少しもなかったのか?ほんの少しもなかったのか!?信じない!全部演技だったなんて、俺は信じない!」冬美は黙って煌を見つめた。赤くなった目元と、縋るような姿を見ても、心がまったく揺れなかったわけではない。けれど、そのわずかな揺れはすぐに理性で押し込められた。冬美はゆっくり口を開いた。声は鉄門を越え、はっきりと届いた。「煌さん、言ったはずよ。一度も愛したことはないって。昔は任務。今は契約。あなたに感謝したことはあるかもしれない。情がなかったとも言わない。でも、恋愛感情だけはなかった。昔も、今も、これから先もない。だからお願い……もう放して。あなた自身にも、少しは尊厳を残して」一度も愛したことはない。感謝。情。恋愛感情だけはなかった。その一語一語が最終判決のように、煌を底のない地獄へ突き落とした。煌のすべての希望、すべての足掻き、すべての惨めな懇願は、この瞬間、あまりにも滑稽で哀れなものになった。煌は感情の波ひとつない冬美の顔を見た。それから、冬美

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    「よく見て」冬美の声には、かすかな揺れもなかった。「あなたの兄である迅が、私が一番お金を必要としていた時に、この仕事をくれたの。任務はあなたに近づいて、あなたを本気にさせること。そして、その『愛』であなたを縛って、危険な遊びをやめさせること。報酬は二億円。この5年間、私があなたに向けた『優しさ』も『愛』も、全部演技だった。任務を終わらせるためだけのものよ」煌は震える手で、その契約書を受け取った。冷たい条項、迅の署名、冬美の署名、そして二億円という数字。視線がそこをなぞるたび、一文字一文字が毒を塗った刃のように、最後に残っていた希望と信じる気持ちを粉々に砕いていった。真実は……これほどまでに醜かったのか!自分が信じていた5年間の深い情は、最初から仕組まれた嘘だったのか?二億円で買われた芝居だったのか?では、この5年間の自分の気持ちは何だったのか?今、胸を引き裂かれるほどの後悔は何だったのか?あまりの滑稽さと、騙されていたという感覚が煌を呑み込んだ。けれど、それ以上に強かったのは、逃げ場のない絶望と痛みだった。「違う……ありえない……お前、俺に嘘をついてるんだろ……」煌は呟いた。顔色は死人のように青ざめ、まるで一瞬で魂を抜き取られたようだった。立っていることさえ危うかった。「嘘なんてついてないわ」冬美は契約書を取り戻した。声はどこまでも淡々としていた。「煌、私たちの間にあったものは、最初から取引だった。任務はもう終わった。報酬も受け取った。これでお互い、貸し借りはない。だからお願い。これ以上、私の生活を乱さないで。あなた自身を、これ以上惨めにしないで」そう言い終えると、冬美は崩れ落ちそうな煌をもう見なかった。そのまま決然と背を向け、去っていった。煌はその場に凍りついた。空になった手が力なく垂れ下がる。体は縫い止められたように動かず、目の前の世界だけが轟音を立てて崩れていくようだった。残ったのは、果てしない闇と冷たさだけだった。これまで煌を支えていた自信も、誇りも、この瞬間にすべて踏み砕かれた。煌は、自分がどうやって邸宅へ戻ったのか覚えていなかった。歩く屍のように、頭の中では冬美の「一度も愛したことはない」という言葉と、あの目に焼きついた契約書の内容だけが、何度も何度も繰り返されていた。道化だ

  • 元カレの義姉になりました   第19話

    煌は迅の部下に促されるようにして書斎を出され、魂の抜けた人間のようによろめきながら宴会場へ戻った。周囲の喧騒も、突き刺さるような視線も、今の煌には何も届かなかった。何も聞こえず、何も見えなかった。頭の中では、迅の言葉と、冬美の冷めきった眼差しだけが何度も繰り返されていた。凛がすぐに駆け寄ってきた。目元を赤くし、煌の腕を取ろうとした。「煌、大丈夫?もう帰ろう。ここ、怖いよ……」だが煌は、その手を乱暴に振り払った。虚ろな目で凛を一瞥した。その目に浮かんだ見知らぬ相手を見るような冷たさと距離に、凛はその場で凍りついた。「煌?」煌は答えなかった。彼の視線は、少しして書斎から出てきて、再び宴の中心へ戻った迅と冬美にがっちりと釘づけになっていた。迅がごく自然に冬美を守るように立った。冬美が周囲の人々へ、礼儀正しくも距離のある笑みを向けた。その光景を見ているうちに、強烈な未練と納得できない思いが、狂ったように膨れ上がっていった。違う、こんなはずじゃない!冬美は自分を愛しているはずだ!5年もそばにいたのだ。どうして、あれほどきっぱり兄貴との結婚を受け入れられるというのか!?怒っているだけだ。凛のために彼女をないがしろにし、傷つけたことを怒っているだけだ。兄貴と結婚するのも、自分への当てつけに違いない!そうだ、絶対にそうだ!心から謝ればいい。必死に引き止めればいい。そうすれば、冬美は必ず戻ってくる!兄には説明すればいい。祖母の願いを叶えるだけなら、もっとふさわしい相手を自分が探してやればいい!その考えは、溺れかけた煌が掴んだ藁のようだった。ほとんど絶望しかけていた心に、狂気じみた希望がもう一度灯った。それから数日、煌は取り憑かれたように冬美を取り戻そうとした。会社にも行かず、一日中、本邸の近くで待ち伏せた。あるいは、冬美が現れそうな場所を聞きつけては、先回りして姿を探した。電話をかけ、メッセージを送った。何度も、何度も。けれど、すべて沈黙に呑まれたままだった。そしてついに、冬美が一人で絵画展へ出かけた時、煌は彼女を捕まえた。「冬美!冬美、話を聞いてくれ!」煌は冬美の手首を掴んだ。目は赤く充血し、無精ひげが伸び、ひどくやつれていた。見る影もないほど憔悴していた。「俺が悪かった!本当に分かったんだ!前は全

  • 元カレの義姉になりました   第18話

    冬美は目を上げ、煌を見た。その眼差しは、残酷なほど静かだった。「煌さん。あなたが聞いた通り、私は迅と結婚します。これは私と迅の間のことで、あなたには関係ありません」「関係ないだと!?」煌は、とんでもない冗談でも聞かされたように声を荒らげた。声は悲鳴に近かった。「冬美!俺たちは5年も一緒にいたんだぞ!5年だ!それを今さら、俺には関係ないって言うのか!?答えろ、兄貴に無理やり言わされてるのか?それとも……」「煌!」迅が鋭く制した。目は氷のように冷えていた。「言葉を慎め。誰も彼女に強制などしていない。私たちは互いに必要があって、自分たちの意思で結婚を決めた」「互いに必要?何が必要なんだよ!?」煌は一歩ずつ迫った。痛みと怒りで、言葉を選ぶ余裕などなかった。「金か?神崎夫人って肩書きか?だから兄貴のベッドに入り込んだのか!?冬美、お前はそこまで……」「もう十分だ!」迅が勢いよく机を叩いた。重い音が書斎に響き、煌は反射的に言葉を止めた。迅は煌の前へ歩み寄り、上から見下ろした。一語一語が、冷たい釘のように煌の胸へ打ち込まれた。「煌、よく聞け。祖母は重い病を抱えている。祖母の一番の願いは、家庭を持つ私の姿を見ることだ。冬美は祖母を安心させるために、私に協力してくれる。私たちの関係は契約結婚だ。互いに必要なものがあり、そのために手を組んだ。それだけのことだ。では、お前はどうなんだ?」迅の視線が、青ざめた煌の顔を冷たくなぞった。声はさらに鋭くなった。「今は凛とうまくやっているのだろう?あの子こそ、お前の好きな相手だったはずだ。か弱くて、守ってやらなければならなくて、お前を必要としている。彼女のためなら命も惜しくないと言っていたのは誰だ?自分で選んだのなら、そばにいる人を大切にしろ。これから冬美は、兄の妻になる人だ。少しは敬意を払え。もう二度と、未練がましく絡むな」祖母の重病……契約結婚……互いに必要な……兄の妻……敬意……未練がましく絡むな……迅の言葉のひとつひとつが、重い槌となって煌の心を叩いた。とりわけ、「そばにいる人を大切にしろ」という一言は、稲妻のように煌の胸を裂いた。ずっと心の中に立ち込めていた霧と、都合のいい思い込みが、一瞬で切り裂かれた。煌は大きく一歩退いた。よろめいた背中が本棚にぶつかり、鈍い音を立

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