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第561話

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ここ数日、月子はずっと隼人と一緒にいて、今までとは全く違う恋愛の感覚を味わっていた。彼の優しさに触れ、月子は彼と離れたくない、少し離れただけでも恋しく思うほどになった。

かつて3年間の結婚生活の中で、月子も静真へそれほど強い愛情を行動で示し続けていた。

普通の人間なら、そんな熱烈な愛情を受ければ、誰でもふとした瞬間に情が芽生えるものだ。

だから静真はG市であんなに必死に月子を取り戻そうとしたのだろう。

だがG市での一件を通して月子の考えは変わった。静真は、彼女が隼人と付き合っていることを知っても、きっと諦めない。だから、予想外に彼に会っても、月子は驚いた顔を見せなかった。

翼はというと静真に会うのが初めてだった。

静真は会社の社長よりもはるかに実力があって、大物の投資家だった。そんな人物が会いたいと言うんだから、これ以上光栄なことはないだろう。

翼は静真を一目見て、どこかで見た顔だと思った。そして出迎えるために立ち上がると、忍の親しくしている隼人という大物と、どことなく輪郭が似ていることに気づいた。

そしてその威圧的な雰囲気もそっくりだし、実力者が持つ特有の冷徹さも感じられた。

今までいろんな大物を見てきた翼だが、この男だけは絶対に逆らえないと思った。

「入江社長」翼は自己紹介をした。「安藤翼です」

静真は彼を無視した。

翼は少し気まずくなった。

静真に同行していた秘書の詩織が、二人の間を取り持ち、お互いの身分を紹介した。

萌もその場にいた。彼女は立ち上がったあと、振り返ると、月子は微動だにせず、冷めた視線で相手を見つめていることに気が付いた。

すると萌はすぐに、月子がこの大物と知り合いであることを分かった。

そこで、彼女は、自分のボスは只の人物ではないのだと改めて実感した。

月子の冷たい態度を見た翼は、場の空気が息苦しいほど重くなるのを感じ、落ち着かなかった。

一方で、静真は何も言わずに月子の向かいに座った。彼もまた月子が現れてから、自分の顔すらまともに見てくれないことに気が付いたのだ。

「萌さん、ちょっと出て行ってもらってもいいですか?」月子はようやく口を開いた。「外で待っていてください」

静真がここに来たのは、仕事の話ではないだろうと感じ、月子も、無駄話をする必要はないと思った。

それに、今は周囲に人がたくさんいるんだ
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Comments (1)
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hime kichi
見舞いなんて行くわけないやろ! アホか!
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