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第840話

Auteur: 歓乃
責任者は何度か確認し、それが本当に免許試験でやるようなS字カーブの練習だとわかると、黙って唇を引き結んだ。それでも営業用の笑みを浮かべる。

「では、ご自由にお使いください」一度はそう言って離れかけたものの、やはり気になったらしく、また戻ってきた。

「竹内社長、一応お伝えしておきますが……こちらのコースはレース用ですので、カーブもかなりきつく、半径も小さいです。連続した急カーブも多いので、免許試験のS字とはだいぶ違いますよ」

そのことは、海斗も承知の上だった。

そもそも、本気で凛に運転を教えるためにここへ連れてきたわけではなかった。凛は製品テストに夢中になり、朝からほとんど一日中研究室にこもっていた。梓に聞けば、昼もおにぎりを半分食べただけだという。それに、海斗が研究室から無理やり連れ出したのが、ほんの1時間前。

ただ気分転換に行こうと言ったところで、凛なら「大丈夫」と言ってまた研究室へ戻るに決まっている。

だから、運転の練習ということにしたのだ。ここは郊外にある屋外サーキットで、街の喧騒からも離れているし、今はほかに客もいない。ゆっくり走れば危険も少ないうえに、ついでに何か
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    孝昌は家にいた使用人を全員下がらせると、ベランダの二人へ声をかけた。「中へ入れ。最初から全部話してもらうから」彰菜はその場から動こうとしなかったが、莉紗に強引に引っ張り込まれた。28年前、G県で何があったのか、二人は何としても聞き出すつもりだった。だが彰菜は口を閉ざしたままで、涙だけをポロポロと流し、それを手で拭うだけ。両親が何を聞いても答えないし、彼ら二人が自分たちなりの推測を並べても、一言も返さなかった。「……またこれ」莉紗は頭を抱えた。この彰菜の姿を見ていると、28年前を思い出すのだ。茂と彰菜が美雪を連れてG県から戻ってきたあとも、彰菜はこんな状態だった。昼も夜も泣き続け、口を閉ざしているかと思えば、突然激しく怒り出す。そして、怒鳴り散らしたあとは、自分で怯えたように全身を震わせていた。美雪を見るたび、恐怖に駆られたような顔をし、腹を立てると赤ん坊を抱き上げて放り出すように遠ざけるのに、その直後には我に返って慌てて抱き戻す。胸にきつく抱きしめ、何度もキスをしながら「ごめんなさい」と繰り返していた。あまりに不安定だったため、最初の2年ほどは茂も彰菜と子供をなるべく二人きりにしなかったほどだった。当時の莉紗には、なぜ娘がそこまでおかしくなったのかわからなかった。二人目が男の子ではなかったからといって、あれほど取り乱すものなのか。すでに長男はいるのだから、どうしてもというなら、また次を考えればいい、そう思っていた。だが今になって、ようやくわかった。あの裏には、娘を捨てたという事実があったのだ。莉紗は再び彰菜を責めた。「あなた、本当に何考えてたのよ!公務員の妻だったあなたが、あんな時期に子供を捨てるなんて!」その言葉で、孝昌もようやく一つのことに思い至った。「……待て。茂があのころ公職を辞めて商売の道に移ったのも、この件が原因なのか?」当時、茂が将来を嘱望されていた公職を捨てたことに、福井家は誰より強く反対したし、あれから長い年月が経っても、孝昌の心にはずっと引っかかっていた。しかし、あれほど先のある道を突然捨てた原因が、自分の娘にあったとは……莉紗も遅れて気づき、怒りを露わにした。「本当に何してくれてるのよ!」彰菜はそのまま泣き続けるかと思われたが、突然顔を上げ、両親を激しく睨みつける。「そうさせたのは、お

  • 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚   第844話

    莉紗は途端にむっとした。「でも、それを全部彰菜のせいにするのは違うんじゃないの?あの子だって、きっとあなたのためを思ってのこと。だって、息子が二人いれば、あなたも家の中で肩身の狭い思いをしなくて済むし、跡取りだって増えるでしょ?」茂の目が、わずかに冷える。「当時から、俺はそんなことは望んでいないと言っていました。男でも女でも、自分の子供なら同じだと。でも、彰菜には伝わらなかった。それどころか、お二人にも伝わっていなかったんですね」莉紗が再び何か言い返そうとしたが、孝昌が制した。「彰菜にはこっちから話すよ。本当の娘を遠ざけて、血のつながらない美雪ばかり可愛がるなんて、どう考えてもおかしいからな」そう言うと、孝昌たちは帰って行った。すでに退勤時間も近かったが、茂は一緒には帰らず、剛に二人を家まで送らせた。そして、二人が去ったあと、茂は利明へ電話をかける。「どうして戻ってこなかった?」「帰りたくないんだ」それだけ答えたあと、利明が不意に呟いた。「僕が間違ってた」茂は一瞬、言葉を失った。この息子は子供のころから一見すると聞き分けがよかったが、根は頑固だった。茂はてっきり思春期に大きく反抗するものだと思っていたのに、その時期には何もなく、30歳近くなってからようやく自分の意思を押し通そうとした。それが……もう終わったのか?「何があった?」茂は声を和らげ、問いかけた。だが利明は、何があったのかを話す気にはなれなかった。「これからは、家で決めたことに従うよ」そうして、電話はすぐに切れた。茂は携帯を見つめた。道を一度外れれば、元の道に戻ろうとしても、以前と同じ場所には戻れないことがある。それを息子に伝えたかった。だが今は、利明より彰菜のほうが深刻だ。凛がB市を離れ、ようやく一息つけると思っていた彰菜にとって、今日は最悪の一日だった。息子が自分の両親を連れてA市へ行き、両親だけが戻ってきた。しかも利明は帰ってこない。そして戻ってきた両親は、まるで自分が取り返しのつかない罪でも犯したかのように、揃って険しい顔をしていた。「お父さん、何よその顔……」莉紗は娘の腕を掴むと、そのままベランダへ引っ張っていった。冷たい風など気にも留めず、単刀直入に問い詰める。「凛と美雪は、本当は取り違えられたんじゃないんでしょ?28年前、

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    B市。孝昌と莉紗を空港まで迎えに来たのは剛だった。茂は仕事が立て込んでいるため来られなかったのだと、笑顔で説明する。だが今の二人にとって、娘婿が迎えに来たかどうかなど大した問題ではなかった。頭にあるのは、凛と美雪のことだけ。取り違えられたのではなく、捨てられた。その意味をどうしても確かめなければならない。車に乗り込むと、孝昌は剛に言った。「神谷観光へ行ってくれ」剛は驚いて聞き返した。「茂さんに何か御用ですか?もう少しで仕事も終わるでしょうし、ご自宅でも会えますが」「待てない。会社へ行ってくれ」二人の険しい表情を見て、剛はそれ以上聞かなかった。おそらく、すぐ茂に確認しなければならないほどのことが、A市で何かあったのだろう。車を走らせながら、さりげなく探りを入れる。「お二人とも、凛さんには会えましたか?」二人とも答えなかった。しばらくして、莉紗がようやく口を開く。「会ったわ……まあ、知るつもりのなかったことまで聞かされたけどね」それだけで剛には察しがついた。凛は、知っていることを話したのだ。「利明くんは一緒に戻らなかったんですか?何か用事でも?」莉紗が首を振る。「あの子だってもう大人よ。自分の用事くらいあるでしょう」剛は笑顔で返した。「それもそうですね」その後、車内に会話はなかった。神谷観光の地下駐車場へ着くと、剛は車を降り、二人のためにドアを開けるわずかな間に、携帯で茂へメッセージを送った。ちょうど弁護士との話を終えた茂は、二人が上がってくると知ると、すぐ弁護士を帰す。エレベーターから降りた孝昌と莉紗は、ちょうど帰ろうとしていたその弁護士とすれ違った。面識はないが、服装や持ち物を見れば、それが弁護士だということくらいはわかる。孝昌が眉をひそめた。「弁護士か?なんで、今さら?」神谷観光で最近、弁護士が必要になるような問題が起きたとは聞いていないが、神谷家には今まさに大きな問題がある。しかもこのタイミングで弁護士……孝昌の中に、一つの推測が浮かんだ。剛は何も答えず、二人を茂の社長室へ案内し、中へ通すと、静かにドアを閉めた。「お義父さん、お義母さん」茂は立ち上がった。二人がソファへ腰を下ろすと、自ら水を用意し、向かいへ座る。「移動ばかりで疲れたでしょう。どうして一度家に戻ってお休

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