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第3話

Author: 歓乃
「同姓同名なだけだよ。彼女はただの、ごく普通の会社員だから」

智也は、淡々とした口調で説明した。

「でもまあ、プロジェクトにいる凄い人と同姓同名なんて、凛にとっても光栄なことじゃないかな」

「ええ、本当に光栄だわ」柚葉はにっこりと微笑んだ。

「私たちのプロジェクトの凛さんは、本当に優秀なんですよ」

もっとも、優秀すぎて腹立たしいくらいですけど。プロジェクトの責任者であることを盾に、自分を歓迎しないどころか、中心業務にも一切関わらせてくれないんです。

やっぱり、「谷口凛」という名前の人はどうも気に食わない。

凛は、柚葉をまっすぐに見つめて言った。「小林さんは、どんなプロジェクトを?」

柚葉が答える前に、智也が割り込んできた。

「お前には関係ない。下手に首を突っ込むなよ。国の機密プロジェクトだから、外部には言えないんだ」

「機密プロジェクトなのに、どうしてあなたたちは内容を知っているの?」凛は冷ややかに聞き返した。

柚葉はきょとんとし、凛を見る目がわずかに変わった。

彼女は智也の方を向き、「凛さんって、なかなか面白い方なのね」と言った。

智也は眉をひそめ、再び凛をないがしろにした。

「わからないって言ってるだろ。しつこいな」

凛の鼻の奥が、ツンとした。

智也は彼女に目もくれず、ただ柚葉だけを見つめていた。

柚葉は得意げに口角を上げたが、すぐに無理に笑顔を作って話題を変えた。「智也、あなたが結婚するって聞いた時……冗談かと思ったの」

その言葉の裏には、切なさがにじんでいた。

智也の表情が、再びこわばった。

二人は黙って見つめ合った。

周囲の空気は、ずしりと重くなった。

「冗談なんかじゃない」と智也は言った。

すると、再び沈黙してしまった。

「私、少し後悔してるの」柚葉が、意味深に言った。

凛は、隣に立つ智也の手が微かに震えているのを感じ取った。

「凛さん、誤解しないで。智也が電話をくれたのに、あなたたちの結婚式に参加できなかったことが心残りで。あの時は、智也が私をからかっているだけだと思ってたのよ」

柚葉は話している間、ずっと智也を見つめていた。安物の服で着飾ることもない凛のことなど、まるで目に入っていないかのようだった。

凛はふと、智也と結婚した時のことを思い出した。あの頃、不思議に思いながらも理由が分からなかった、いくつかの些細な出来事だ。

結婚式は内輪だけで行われ、招待客は智也の親しい友人と谷口家の人たちだけだった。

それでも智也は、親友達と夜更けまで飲み明かし、千鳥足で部屋に戻ってきた。

ひどく酔った彼は、ドアを開けるなり床に座り込んでしまった。片手には飲みかけのボトル、もう片方の手にはスマホが握られていた。

赤く充血した瞳の奥の感情は読み取れず、ただ指を強く握りしめては緩める、という動作を繰り返していた。

凛がそばに寄ると、智也の目に涙が浮かんでいるのがはっきりと分かった。

智也はスマホを放り投げると、凛を強く抱きしめて言った。「嬉しいんだ。俺は結婚したんだからな……」

でも、その笑顔はひどく苦しそうだった。

今にして思えば、智也は結婚式の日に柚葉に電話をかけて、自分の結婚を盾に彼女の気を引こうとしたのだろう。

自分の存在意義は、初めからそれだけだったのだ。

今度は、自分が笑う番だと思った。

乾いた喉の奥が、じわりと苦くなった。

一同が胡桃の病室に入った。胡桃はまず両親と兄に泣きついた。そして柚葉の顔を見るやいなや、パッと明るい表情になった。「柚葉さん!」

「胡桃ちゃん、久しぶりね」柚葉はかがんで、彼女の小さな頬を軽くつねった。

胡桃は嬉しそうに顔をほころばせた。普段は兄にさえ、わがまま放題の彼女が、こんなに素直で甘えている姿を、凛は初めて見た。

ただ、凛に対してだけは、相変わらず偉そうだった。

「凛さん!リンゴ剥いてよ」

「あら、私がやるわ」

柚葉はにこやかにリンゴと果物ナイフを手に取った。だが、その手首を掴む者がいた。

彼女を止めたのは智也だった。

「柚葉、凛を甘やかすな。お前の手は、こんな雑用をするためのものじゃないだろ」

「そうよ!」胡桃も調子を合わせる。「あなたの手は、実験やデータ記録のための大切な手なんだから。こんな雑用なんてさせられないわ。凛さんがやってよ、いつもやってるんだから」

柚葉は智也を見ながら、「でも、いいのかしら」と言った。

智也はフルーツの盛り合わせを凛の前に押しやりながら言った。「大丈夫。凛は研究とかは全く駄目だけど、こういう家事は得意なんだ。リンゴで花の飾り切りもできるんだぜ」

昔は凛もできなかった。ただ、智也が果物嫌いだったから、体に良いものをどうにか食べさせようと、あれこれ工夫を凝らしてきただけだ。

「どうしても食べたくない。花でも作ってくれるなら、食べてやってもいいけど」智也はそう言った。

凛はその言葉を真に受け、ネットで調べては飾り切りの練習をした。

そんな愛情から覚えた技術が、智也の目にはこれほど些末なこととして映っていたのだ。

凛はテーブルの上のリンゴを手に取ると、軽く拭き、皮も剥かずにがぶりと噛みついた。シャリっとした甘い果汁が喉を通ると、胸に渦巻く苦みが少しだけ和らぐ気がした。

「手がふさがってるから無理よ。小林さんにお願いしたら?」

智也は凛を睨みつけ、眉間に深くしわを刻んだ。

この数日、どういうわけか凛はトゲのある態度をとるようになり、従順ではなくなった。

凛はシャリシャリとリンゴをかじりながら、皆の非難がましい視線を浴びつつ言った。「被害者の方は示談を待っているわ。お父さんたちはあなたのお金を私が管理してるって言うけど、私は毎月の生活費6万円以外はもらってない。自分で何とかして」

声は氷のように冷たかった。

智也の眉がピクリと動いた。

すると、柚葉の口元の笑みがこわばった。「胡桃ちゃんも大丈夫そうだし、私はそろそろ失礼するわね」

「送るよ」智也は即座に言ったが、妻の前で他の女性にあまりに親切なのはまずいと思ったのか、気まずそうに凛を一瞥すると、自分の銀行カードを差し出した。「示談金はこれで払ってくれ」

「手がふさがってる」凛は片手にリンゴ、片手にバッグを持ったまま数歩後ずさりした。その表情は、ひどく冷ややかだった。

智也は、凛が自分の思い通りにならないことに、苛立ちを覚え始めていた。

だが柚葉の手前、今ここで怒るわけにはいかない。彼女を怖がらせてしまうからだ。

「分かった。俺が行く」

「智也、私も付き合うわ」

「ああ」

二人は部屋を出ていった。

凛も、谷口家の人々の冷たい視線を背に、病室を後にした。

外は、冷たい秋風が吹いていた。

まるで意地悪な運命のいたずらのように、凛は自宅の前で、別れを惜しむ二人を見かけてしまった。

柚葉は、目の前の長身の男性を見上げながら言った。「智也、今日は部屋まで送ってもらわなくていいわ。凛さんがご機嫌ななめみたいだったから、早く帰ってあげて」

「同じマンションなんだから、すぐそこだ」智也は眉をひそめた。「もうこんな時間だから、送らないと心配だ」

「智也、あなたは既婚者よ。こんなの、よくないわ」柚葉はわざと一歩後ろに下がった。

帰国してからこの2週間、毎日智也に送り迎えさせていたくせに、今さらそんなことを言うなんて。凛は反吐が出そうだった。

柚葉はさらに続けた。「凛さんは良い人みたいね。あなたのことをとても大切にしているのがわかるわ。いつもあなたに甘えてばっかりだった、私とは大違い」

「比べるまでもない。あいつは普通に働いているだけだ、お前とは違う」智也は凛の最近の反抗的な態度を思い出し、イライラした口調で言った。「あいつのことはいい。送るよ」

「本当にいいから。凛さんに誤解されたら大変」柚葉は再び優しく断った。「でも、一つ気になってたんだけど……結婚して4年経つのに、子供はいないの?」

その質問は、凛も何度も聞かれたことがあった。

彼女だって、智也との子供が欲しかった。

児童養護施設の先生は言っていた。結婚して、夫がいて、子供が生まれれば、自分だけの本当の家族が持てるのだと。

でも、事に及ぼうとするたび、智也は、「明日は仕事だ」とか「子供は嫌いだ」と言って、いつも寸前でやめてしまうのだった。

凛自身も、プロジェクトに没頭し、夫と夫の両親の世話、そしてしょっちゅう問題を起こす義理の妹後始末に追われ、睡眠以外の時間はほとんどなかった。そのため、強い欲求を抱く暇もなかったのだ。

ときには、小説に出てくる夫婦のように、夫と深く求め合ってみたいと思うこともあった。でも、夫の気持ちに逆らうことは決してなかった。

みなしごとして育った凛にとって、愛する人がそばにいてくれるだけで十分だった。一人じゃないと思えれば、体を重ねることなど重要ではなかったのだ。

智也がいらないと言うのなら、それでよかった。

今ならわかる。智也が欲しくなかったのは、子供ではなく、この自分自身だったのだ。

「子供はいない」智也は言った。

柚葉は少し驚いたように、「どうして?」と尋ねた。

「別に理由はない」智也は眉間にしわを寄せた。

「あら、そう」柚葉の声は少しがっかりしたように聞こえた。彼女は苦笑いを浮かべ、「あなたはあの時の冗談をまだ根に持ってるのかと思ったわ」と言った。

「え?」智也は顔を上げた。

「昔、言ってたじゃない。子供は好きじゃない、私たちの間にできた子を除いては」柚葉は楽しそうに彼を見つめた。

智也は黙り込んだ。

「ごめん、結婚しているあなたにこんなこと言うべきじゃなかったわね。早く帰ってあげて。凛さんが変に勘ぐるわ。仕事のある私と違って、彼女にはあなたしかいないんだもの。女って、ささいなことで誤解しやすいから」

今度は、智也もそれ以上食い下がらなかった。

わざと歩みを緩めた柚葉だったが、智也が追いかけてこないのを知ると、その顔からふっと笑みが消えた。

智也はまだ、あの女のことを気にかけているんだ。

……

智也が病室に戻ると、凛の姿はどこにもなかった。

「凛は?」彼はベッドの上で両親に甘えている妹に尋ねた。

「あなたたちが行ったすぐ後に出て行ったわよ。きっと、綺麗で優秀な柚葉さんを見て、自分がみすぼらしくなって逃げ帰ったんでしょ」胡桃は急に目を輝かせた。「ねえ、お兄ちゃん、柚葉さんも帰ってきたんだし、凛さんと離婚したら?さっきの話じゃ、柚葉さんだってまだ気があるみたいだし、バツイチでも気にしないと思うわよ。

柚葉さんはお嬢様育ちだから、凛さんみたいにケチじゃないわ。あなたのお金を管理してるくせに、いつも安物ばかり。お兄ちゃん、私の留学費用、出してくれるって約束したでしょ」

「胡桃、凛だってお前の義理の姉なんだ。節約するのも家のためだ。そんな言い方はよせ」

智也は疲れたように眉間を押さえ、何かを言いかけてやめた。

どう切り出すべきか分からなかった。自分の稼ぎの8割が、柚葉の研究費に充てられているなどとは。

柚葉はもう帰国したし、国の大型プロジェクトも任されている。将来は明るい。これからは研究費の心配もないだろうし、やっと自分の稼ぎを家族のために使える。

やはり、このことは黙っておこう。

両親が柚葉に悪い印象を持つかもしれない。

柚葉は繊細で、特に目上の人とは決して揉め事を起こさないような子だ。

「父さん、母さん、帰って休んで。胡桃には付き添いの人を頼むから」

「いいのよ、私たちがそばにいてあげたいから。あなたは帰って」梨花は念を押した。「柚葉ちゃんとはこまめに連絡をとって、気にかけてあげるのよ。あなたにとって、悪いことにはならないはずだから」

「分かってる」

智也が家に帰った。

凛がちょうどシャワーから出てきたところだった。薄いネグリジェ一枚の姿で、濡れた髪からはしずくが落ち、布地が肌に張り付いて体のラインをあらわにしていた。

智也は、思わずその姿に見惚れた。

「凛……」

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Mga Comments (3)
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kozakura hime
こんなクズ一家いたらダメなる!! 旦那は元カノに貢いで妹はわがままで 母親は元カノとの関係を擁護する 元カノがお金があるのは旦那が貢いてだけ お嬢様とかじゃないよね!
goodnovel comment avatar
ウエダチエ
もう凛の気持ちを考えると切ないし、腹立ちすぎて胃が痛くなります
goodnovel comment avatar
八千代
とにかく、先を知りたいです 凛さんの気持ち、、、救ってあげたくなります。
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