LOGIN景の耳も一気に赤くなった。「分かった。すべてじいさんと父さん、母さんに任せるよ」二人は手をつなぎ、邸宅を後にした。するとちょうど、向こうから歩いてきた静代と鉢合わせた。彼女の目は赤く腫れていた。手を取り合い、仲睦まじく寄り添う二人の姿を見ると、その目はさらに赤くなった。「母さん」「静代さん」二人は礼儀として、順に声をかけた。静代は強く鼻をすすり、不満げな眼差しを絃葉へ向けた。「明日、時間を作って私とお昼を食べてくれない?二人きりで話したいことがあるわ」景の表情がこわばり、口を開こうとしたが、絃葉がそっと彼の手のひらをつねった。「分かりました。それでは明日の11時半、私の会社の向かいにある、京城の郷土料理店でいかがですか?」静代は長年、京城で暮らしていた。絃葉がその店を選んだのも、彼女の好みに合わせたからだった。静代はうなずいた。「ええ、いいわよ」景と絃葉は一緒に車へ乗り込んだ。景は身を乗り出し、気遣うように絃葉のシートベルトを締めると、彼女の白く柔らかな頬を軽く撫でた。「また君を困らせるつもりかもしれない。わざわざ相手にして、二人きりで食事までしなくてもいいだろう」絃葉は意味ありげに微笑んだ。「女同士のことだから、あんまり心配しないで。それに静代さんは、見た目ほど付き合いにくい人ではないと思うの。お祖父さまとお祖母さま、それに叔母さまも、みんな穏やかで親しみやすい方でしょう?きっとお母さまも、根は悪い人じゃないわ」景はわずかに目を見開いた。その点について、彼はこれまで深く考えたことがなかった。幼い頃から、母方の親族とは誰とでも親しくしてきた。だが、自分を産んだ母親だけは疎遠で、近づきがたい存在だった。もしかすると、女性の心を開けるのは、同じ女性だけなのかもしれない。景は彼女の手を取り、手の甲へそっと口づけた。「分かった。でも母さんが無理な要求をしてきたら、はっきり断るんだぞ。自分では断りきれないと思ったら、俺に電話を。俺から話す」絃葉はうなずいた。「分かった。ありがとう、景」景は車を走らせていたが、途中でふいに横を向き、絃葉をじっと見つめた。その目元には笑みが宿っている。絃葉も顔を向けた。「どうしたの?私の顔に何かついてる?」「いや」景は真
絃葉は思わず静代を追いかけようとしたが、景に引き止められた。「母さんには一人で頭を冷やす時間が必要だ。これを機に、分かってくれるといいんだけどな」それを聞き、絃葉はうなずいた。そのとき、洸がおそるおそる尋ねた。「兄さん、僕たちを現場で鍛えるって話には賛成だよ。でも、どの役職から?築山傘下の部品調達部門で、マネージャーをやるのはどうかな?」景は淡々と答えた。「配属先ならもう用意してある。お前は部品管理部へ行き、倉庫管理の仕事から。まずは自動車部品の基本構造を覚えるんだ。毎日スポーツカーを乗り回しているくせに、どんな部品で車ができているのかも分からないようでは困る」洸は目を見開いた。「えっ、倉庫管理?いや......それはいくら何でも下積みからすぎないか?」「下積みだからこそ鍛えられる。そもそも倉庫管理の何が悪い?祖父が自動車部品の事業を始めたときも、倉庫の仕事からだった」重久もゆっくりとうなずいた。「そのとおりだ。お前たちはこの何年もの間、母親に甘やかされすぎた。しっかり一から鍛え直すべきだ」洸の顔は、たちまち苦虫をかみ潰したようになった。彰が気まずそうに笑いながら尋ねる。「兄さん......僕は?」「お前は大学でメディア学を専攻していただろう。広報部へ行って、一社員から始めろ。上司の指示に従い、イベントでどこへ行けと言われても、文句を言わずに行くんだ」彰の目がたちまち輝いた。「分かった!その仕事なら好きだよ。僕の写真の腕も生かせそうだ!」洸の顔は、ますます情けないものになった。「兄さん、どうして彰にはそんな楽しそうな仕事を任せるのに、僕は毎日、倉庫で部品と向き合わなきゃならないんだよ」景は彼をちらりと見た。「広報も楽な仕事じゃない。取材やイベントで全国を駆け回らなきゃいけないし、プレスリリースやメディア対応で深夜まで残業することも珍しくない」さらに景は続けた。「仕事に上下はない。大切なのは、お前たちが腰を据えて取り組めるかどうかだ。お前は子どもの頃から車に興味を持っていたが、知識が表面的すぎる。気にしているのはブランドや見栄ばかりだ。部品部門で経験を積み、工場のエンジニアたちと接すれば、車の構造をもっと深く理解できるようになる」洸は不満そうだったが、兄の威厳には逆らえ
「潤一、お前はこの何年もの間、遊び暮らすことしか考えてこなかった。景のように心を砕き、一族全体の行く末を案じたことなど、一度もない。静代、お前も築山家に嫁いで以来、求めてきたのは自分自身の楽しみと自由ばかりだった。若い頃は潤一としょっちゅう大騒ぎを繰り返し、その後はセレブ気取りの華やかな暮らしにばかり夢中になった。築山家への不満を口にする一方で、築山家が与えてくれる恩恵は当然のように享受してきた。妻として務めを果たしているかといえば、お前は高祖母にも曾祖母にも、私の妻にも及ばない。だが、築山家に三人の息子を産んでくれたことを思い、私はこれまで耐え、厳しい言葉をぶつけたこともなかった。しかし妻として、自分の振る舞いを今一度よく省みるべきだ。洸、彰。お前たち二人は、これまで学業に専念していたうえ、景より年下だ。祖父母の代が子どもの教育に口を挟むべきではないと考え、私はお前たちに、長兄ほど厳しく接してこなかった。だが今日からは、兄と絃葉の言うことをよく聞き、腰を据えて経験を積み、一日も早く一人前になって、兄の重責を分かち合ってほしい。よく覚えておけ。築山家の男に意気地なしは要らん。いつまでも母親の庇護に隠れていては、決して一人前にはなれない!」重久は諭すように言い終えると、称賛のこもった眼差しを絃葉へ向けた。「絃葉、続きを」絃葉はうなずき、プレゼン資料を次のページへ切り替えた。「財務チームと検討を重ね、築山家の実情に基づいて、新たな家計管理案を作成しました。まず、今後は一人ひとりの実情に応じて、毎月の予算を定額で支給します。予算を超えた分については追加支給せず、各自で工面していただきます。次に、今後は家庭内の役割を適切に分担します。こちらが各自の担当内容です。最後に、家族協議会を設け、月に一度、家族会議を開いて、家庭内の問題を全員で話し合うことを提案します」絃葉は計画の全体像を示し、一つひとつ丁寧に説明していった。すべての説明を終えると、その場は静まり返った。絃葉は一同を見渡し、揺るぎない眼差しで言った。「築山家は一つです。栄えるときも、損失を被るときも、すべての家族が影響を受けます。私の案に不合理な点があると思うなら、よりよい提案を出していただいて構いません。ただし、これだけは理解してください。今日から築山家で
静代は潤一を激しくにらみつけた。その目は、今にも彼を丸ごと呑み込んでしまいそうなほど険しかった。潤一は驚いて首をすくめた。何が何だか分からず、理不尽な思いでいっぱいになる。自分は何も言っていないのに、どうしてまた自分のせいにされるのだろう。そのとき、絃葉はプレゼン資料を次のページへ切り替えた。画面には、年間支出総額がグラフで示されていた。「皆さん、こちらをご覧ください。昨年、築山家の全員が純粋な消費に使った金額だけで、76億円に達しています。これには各種投資費用や、グループの運営費は含まれていません」リビングはたちまち騒然となった。「うちのお金の使い方に文句があるというの?」静代はマニキュアを勢いよく置いた。「築山家には十分な財産があるのよ。この程度のお金を使って、何が悪いの?」洸もすぐさま声を上げた。「僕が何億円も使ったわけない......スポーツカーを何台か買っただけだ!」彰も納得できない様子で訴えた。「これは何かの間違いじゃない?僕だって、そんなに使ってないよ」絃葉は三人を静かに見つめながら、その下に続く数ページを順に表示した。「これは家庭の帳簿をもとに、私が整理したものです。すべて実際に記録されている支出で、水増しは一切ありません。確かに築山家には十分な財力があります。ですが、皆さんが使っているお金は、決して何もせずに湧いてきたものではありません。景がこれまで毎日18時間も働き、昼夜を問わず第一線で奮闘し、自分の健康を削り、身を粉にして稼いだものです」絃葉は静代へ視線を向けた。「静代さんは、多磨城のご婦人方の中でも、常にひときわ優雅で洗練された暮らしをなさっています。衣食住のすべてが最高級で、美容やエステだけでも毎月数千万円を費やしています。ですが、そのお金がどのようにして得られたものなのか、考えたことはありますか?この家の負担はすべて景一人の肩にかかっています。それなのに見てください。景自身の毎月の支出は、この家で最も少ないのです」絃葉は、景個人の支出をまとめたページへ切り替えた。ほかの家族と比べてあまりに少ない数字を目にし、一同は言葉を失った。一斉に景へ視線を向ける。景は落ち着いた表情で、皆を見渡した。「築山家は百年にわたり、質素倹約を重んじる家風だった。子どもの頃、祖父から
午後4時、絃葉は白いスーツに身を包み、プレゼン資料を保存したUSBメモリと帳簿のコピーを携え、景とともにマンションを出発し、集まりへと向かった。景はすでに築山家の全員に、今夜、家族会議を開くと知らせていた。二人がリビングに入ると、築山家の面々はすでに全員そろっていた。重久が上座に座り、静代は隣でのんびりとマニキュアを塗っている。潤一、洸、彰の三人も、それぞれスマホをいじっており、今回の会議を大して気に留めていないのは明らかだった。絃葉が景と一緒にやって来たのを見て、重久は満面の笑みを浮かべた。「絃葉、来たか。ほら、こっちに座りなさい」絃葉は軽く会釈すると、あえて含みを持たせて言った。「少々お待ちください。今日、私と景がこちらへ伺ったのは、皆さんに大切なお話があるからです」静代はまぶたをわずかに上げただけで、絃葉をまともに見ようともしなかった。今の彼女は、心の底から絃葉を嫌っていた。「結婚するのでも何でも、二人で勝手に決めればいいでしょう。私たちに相談する必要なんてないわ。どうせ私たちを親だと思っていないんだから」「今日伺ったのは築山家のことについてです。結婚の話ではありません」「築山家のこと?」静代は冷ややかに目を上げた。「築山家に何があるというの?築山家のことにあなたが口を出す筋合いはないでしょう。話があるなら早くしてちょうだい。このあとサロンの予約が入っているの」重久の表情が険しくなった。「二人がそろって帰ってくるのは久しぶりだというのに、絃葉にとっては今日が初めての正式な訪問でもあるんだぞ。静代、その態度に気をつけなさい。みっともないぞ」静代は不満げに口を閉ざしたものの、その顔には依然として苛立ちがありありと浮かんでいた。絃葉と景は視線を交わした。景が目で、始めていいと合図する。絃葉は軽く咳払いをし、まず重久へ目を向けた。「重久おじいさま。今日、私と景の呼びかけでお集まりいただいたのは、家族会議を開くためです。景は普段、仕事で多忙ですので、今後、家庭内のことは私が取り仕切ることになりました。先日、私は財務チームとともに、築山家におけるここ数年間の家計支出を整理しました」彼女は持参したノートパソコンをすでに立ち上げ、資料をリビングのテレビ画面に映し出した。画面に「築山家・家計財務
景は資料を隅々まで確認し、妻への敬意をさらに深めた。すぐに絃葉へ電話をかける。「とてもよくできている。もっと詳しく聞かせてくれ。全面的に協力するから。今後、築山家のことは君に任せたい」絃葉は小さく笑った。澄んだ笑い声が、電話越しに聞こえてくる。「一族全員を集めて、家族会議を開こうと思ってる。でも私たち、まだ両家の親を正式に引き合わせてもいない......その状態でいきなり全員を集め、支出まで減らすと言い出したら、築山家のみんなから反感を買わないかな」景は少し考えた。「俺はむしろいい方法だと思う。父さんや母さんをはじめ、一族全員に、今後誰が築山家の女主人になるのか理解させるいい機会だ」絃葉はしばらく黙り、なおも不安そうに尋ねた。「でも、そんなことをしたら、静代さんとの関係が......今以上に悪くならない?」景は落ち着いた声で答えた。「どうしても避けられないなら、最初から君が簡単に言いなりになる人間ではないと分からせたほうがいい。心配するな。俺はいつでも君の味方だ」絃葉が静かに尋ねる。「でも、あの人は景のお母様でしょう?こんなことをしたら、親不孝だと思われないかな」景は数秒間黙ってから答えた。「これは一族の将来を考えてのことだ。このまま全員の浪費を放置すれば、どれほど財産があっても、いつかは底をつく。思いきってやってくれ」景から全面的な支持を得て、絃葉の中にも自信が湧いてきた。「ありがとう。私もそう思う。今の築山家の生活費は大きすぎる。帳簿を見た時はさすがに驚いたよ。収入を増やしながら支出を抑えなければならないわ。そうしないと、何か大きな経済的変化が起きた時、取り返しのつかないことになる」一度言葉を切り、さらに続けた。「実は私、築山家の見直しが終わったら、西尾家の帳簿もきちんと整理するつもりよ。これからの私たちは、一蓮托生。両家が長く安定して発展していけるよう、私たちが守らなければならないわ」景はうなずいた。「ああ。俺は以前から、何事も控えめにするべきだと考えていた。家族が必要以上に目立ち、浪費することも望んでいない。今週末、築山家の全員を集める。祖父にも来てもらう。準備をしておいてくれ。築山家で初めて開く家族会議は、君に仕切ってもらう」絃葉は深く息を吸った。「分かった」
その様子を見た野々花は、顔色をさっと強張らせ、反射的に前へ出ようとした。「それは――」「そうだ!」凪杜はまっすぐ絃葉のそばへ歩み寄り、花束とギフトボックスを彼女の手に押しつけた。「プレゼントは先に持って帰ってくれ。俺も後で帰るから」野々花はなおも何か言おうとしたが、凪杜に視線で制され、言葉を飲み込んだ。彼が明らかに彼女を早く帰らせようとしているのは、誰の目にも明らかだった。絃葉は袖の中で指をぎゅっと握りしめる。凪杜の顔を見つめ、何か言おうとしたが、結局は飲み込んだ。「......わかった。じゃあ、家で待ってるね」――会社の外。堪えていた涙がついに
車は澤木グループのビルの下で停まった。絃葉が車を降りるとすぐ、デリバリーの配達員が大きな赤いバラの花束を抱えて、慌ただしく中へ入っていくのが目に入った。その包装も、添えられたカードのデザインも、彼女には見慣れすぎていた。凪杜がいつも注文している、あの高級フラワーショップのものだ。絃葉の胸がきゅっと締めつけられ、思わず指を強く握りしめる。彼女は足早に配達員の後を追い、同じエレベーターに乗り込んだ。そしてカードに目をやると、そこには――「愛しい野々花へ、誕生日おめでとう――夫より」と書かれていた。その一文が、鋭い針のように胸を深く刺した。今日は、自分と凪杜の
西尾絃葉(にしお いとは)はスマホを握りしめ、力の入った指先がうっすらと白くなっていた。――ついに、5年もの間待ち続けた電話が来た。祖父が最も信頼する秘書の日野(ひの)からだった。「お嬢様。澤木様とのご結婚は、会長が定めた5年間の試験期間を無事に通過されました。会長のご指示により、澤木様とご一緒にご帰宅いただくことを許可いたします。また、全財産を前倒しでお嬢様に名義変更の手続きも進めております。ご都合はいかがでしょうか」「本当?!」絃葉は込み上げる歓喜を抑えきれず、声がわずかに震えた。「やった......!今日でいいから。今すぐ向かうよ!」電話を切ると、ようやく
悠は状況が飲み込めず、絃葉を見つめたまま首をかしげる。なぜそんなことをしようとするのか、まったく理解できなかった。絃葉が説明しようとしたその時――カフェのドアが押し開けられた。入ってきたのは、凪杜と野々花。そして千晶。しかも凪杜は、当然のように野々花の肩を抱いている。その手と、彼女のふくらんだ腹に視線を奪われ、悠は息を呑み、声を潜めた。「つまり......あのクズ男、浮気してるってこと?」絃葉は目の前のコーヒーを手に取り、一気に飲み干す。「ええ。私もつい最近知ったの。あの二人、もうずっと前から――」「ねえ、ダーリン。足がだるいの」「いいよ、揉んであげる」







