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第2話

Author: 妖精魔女
星音は、暁が乗ってきた車を一瞥した。

ピンクのマセラティ。莉愛の車だ。

星音は口元に薄い笑みを浮かべ、悠宇に言った。「悠宇、悪いけれど、家まで送っていただける?」

悠宇は暁をちらりと見た。

「しかし、社長は……」

暁が口を開くより先に、星音が言葉を挟んだ。「どうせ自分で帰れるから。それに、あとで月城家のお嬢様を送っていくんでしょうし」

暁は、意固地になっている星音の横顔を見つめ、わずかに唇を引き結んだ。

やがて、暁は悠宇に命じた。「先に妻を送ってくれ」

そう言って、星音の手首をそっと掴む。

「気分が悪いなら、先に帰って休んでいろ。俺は食事を済ませたら帰る」

星音はまたふっと笑みをこぼし、彼の手をすり抜けるようにして、一人で車に乗り込んだ。

悠宇が車を発進させ、走り去っていく。

エンジン音が次第に遠ざかるのを見届けてから、暁は改めて振り返り、本邸へと足を踏み入れた。

リビングでは、麗子がますます腹を立てていた。

「あの子、何をお嬢様ぶっているの?ここを、自分の都合で勝手に来たり帰ったりできる場所だとでも思っているの?」

暁は眉をひそめた。

「母さん、ここは星音の家でもあるんだ。来たい時に来て、帰りたい時に帰って何が悪い」

麗子は鼻で笑った。

「ここは鷹司の家よ。あの子が鷹司の人間だとでも言うの?」

暁は淡々と返した。「それなら、他家から嫁いできた母さんだって、元々は鷹司の人間じゃないのにここに住んでいるじゃないか」

麗子は顔を真っ赤にして激昂した。「……暁!母親に向かって、なんて口の利き方なの!」

暁はソファに腰を下ろした。一晩中起きていたことに加え、さっきの星音の冷たい態度もあり、機嫌は決してよくなかった。疲れたように眉間をもみほぐすと、声にも倦怠感がにじんだ。

「母さん、これ以上星音に突っかかるのはやめてくれ」暁は言った。「彼女は俺の妻だ。気に入らないとしても、あからさまにいびるような真似は控えてほしい。さっきは母さんが彼女を追い出したんだろう。帰れば帰ったで腹を立てるなんて、彼女にどうしろって言うんだ?」

麗子は吐き捨てるように言った。「あの子があんたとさっさと離婚してくれれば、それで大満足よ!」

「離婚」という言葉が、暁の逆鱗に触れた。

彼の顔色が一瞬にして変わり、瞳に剣呑な光が宿った。奥歯を噛み締めるように顎の線がこわばり、その場の空気までが凍りついた。

暁は立ち上がり、母親を見下ろした。

「母さん」

口調は穏やかだったが、声は氷のように冷え切っていた。

「『離婚』という言葉は、俺と星音が痴話喧嘩で口にする分には構わない。だが、彼女以外の人間が軽々しく口にすることは許さない」

たとえ母親である麗子であっても、その例外ではないということだ。

麗子と莉愛は、みるみるうちに顔色をこわばらせた。

その時、これまで黙っていた鷹司家の家長、鷹司宗太郎(たかつかさ そうたろう)が口を開いた。

「もうそのくらいにしておけ。お前の母親も、悪気があって言ったわけではない。星音は気が強く、お前が甘やかしすぎたのだ。帰ったらきちんと言い聞かせておけ。夫婦の痴話喧嘩だと言うのなら、記者の前で軽はずみなでたらめを吹き込むような真似は慎ませろ」

暁は静かに目を伏せた。

確かにこのところ忙しすぎて、星音をないがしろにしていた。彼女が腹を立てるのも無理はないと理解している。

だが、星音が記者の前で「離婚」などと言い出すとは、思いもよらなかった。

暁は小さく息を吐き、ソファには戻らずに言った。「俺はもう帰る」

莉愛が前へ出て尋ねた。「食事はしていかないの?暁」

暁は振り返った。

「昨夜、君は会社に来たのか?」

莉愛ははっとして、言葉を濁した。「い、いえ……行ってないわ」

暁は眉をひそめた。

「なら、なぜ母さんは、君が心配して会社までついて来てくれたと言ったんだ?」

莉愛は麗子をちらりと見てから、言い訳するように答えた。「ああ……あなたが一日中私の健診に付き添ってくれたから、無理をして倒れやしないか心配だったのよ。だから、会社のビルの1階にあるカフェで待っていたの。もしかしたら、私にも何かお手伝いできることがあるんじゃないかと思って」

暁の眉間のしわはさらに深くなった。

「俺の仕事で、君が役に立てることなど何もないだろう」

莉愛の顔が引きつった。

それを見た麗子が不満げに言った。「暁、なんて言い草なの。莉愛だって、あんたを心配してくれたからこそじゃない」

「俺の心配より、自分の体を労わるべきだ」暁は言い切った。「二度とあんな無茶はするな。もし君のお腹の子に万が一のことがあったら、俺は歩に合わせる顔がない」

九条歩(くじょう あゆむ)は莉愛の夫で、この二日間は出張で不在だった。

莉愛は昨日、少し具合が悪くなり、暁に電話をかけて病院へ付き添ってほしいと頼んだのだ。

莉愛は目を伏せ、小さな声で言った。「分かったわ。ごめんなさい、暁。迷惑をかけてしまって」

暁は莉愛を一瞥したが、それ以上は何も言わず、踵を返して玄関へ向かった。

背後から麗子が問いただした。「莉愛を送っていってあげないの?」

暁は振り返りもせず答えた。「さっき歩から電話があった。あと30分でこっちに着く。あいつが迎えに来るそうだ」

……

暁が帰宅すると、星音はソファに座り、テレビを見ながらデリバリーの食事をつまんでいた。

テレビからはバラエティ番組の騒々しい音声が響いていた。暁は近づいて音量を少し下げ、星音の目の前に並べられた食べ物に目を落とした。

どれもこれも、ジャンクフードと呼ぶにふさわしい代物ばかりだった。

暁は言った。「本邸でまともな食事もとらず、わざわざ帰ってきてこんなものを食べているのか?」

「あそこは私の家じゃないから」星音は彼に視線すら向けずに答えた。

暁は星音が怒っていると察し、弁解するように言った。「母さんの性格は知っているだろう。昔から口は悪いが、根は悪くないんだ」

「知らないわ。20年以上も知ってるけど、あの人は全身トゲだらけよ。優しいところなんて、一度だって見たことがない」

暁は思わず吹き出した。「まさか、母さんを撫でてみるつもりだったのか?」

パシッ、とテーブルに乾いた音が響いた。

星音は箸を叩きつけるように置き、冷ややかな視線で暁を見据えた。

「何か笑えることでもあるの?暁」

空気が一瞬で凍りついた。

テレビの音はもともと絞られていたが、今は異様なほどはっきりと響いている。

暁は振り返り、テレビの電源を切った。

星音が問いただした。「どうして消すの?」

「お前は昔、こんな中身のない、ただ笑うだけの番組など、絶対に見なかっただろう」

星音は言い返した。「ただ笑うだけの番組で、何が悪いの?中身がなくて何がいけないの?人は一日中、ただ笑って、何も考えずに生きてちゃいけないわけ?どうしても、いわゆる生きる意味だの、生きる価値だのを探し求めなきゃならないの?」

星音が感情をぶつけるようにまくしたてるのを、暁はただ黙って聞いていた。

彼女が不満を抱えていることは分かっていた。ここ数年、麗子はいつも彼女の仕事を見下し、価値がない、意味がないと決めつけてきた。暁自身も、大学院への進学など、もっと勉強や読書をするよう何度も勧めてきた。

だが、星音は生まれつき勉強に向いているわけではなかった。活字を見るだけで眠くなるのだ。彼女はただ絵を描くことが好きで、口にできない思いをすべてキャンバスにぶつけてきた。

星音は言った。「生きていること自体が、価値なのよ」

暁は星音を見つめたまま、なおも黙っていた。

星音はひどくしらけた気分になり、自嘲的な笑いがこみ上げてきた。

ここ数年、暁はいつもこうだった。星音が何か言おうとするたび、暁はあの静かな目で彼女を見つめる。まるでだだをこねる子供を見るような目で、星音の言葉などすべて一時的な感情の爆発に過ぎないと思っているかのように。

そんなことが繰り返されるうちに、星音はもう何も話す気が失せていた。

立ち上がってリビングを出ようとしたが、また暁に手首をつかまれた。

「何をするの。離して」

星音は苛立ちを露わにして、その手を振りほどこうとした。

暁の声には怒りがにじんでいた。

「お前が記者の前で離婚などと言い出した時も、俺は怒らなかった。それなのに、今度は俺に当たり散らすつもりか?」

星音は振り返り、冷たく笑った。

「だったら、私がなぜ記者にあんなことを言ったのか、少しは考えてみたらどう?

次から莉愛の健診に付き添うなら、もう少しうまく隠れることね。記者に撮られないように。あの人たちはあなたに直接聞く度胸なんてないから、また私のところへ押しかけてくるんだから!」

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