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第4話

Author: 軒上雪
父はかすれた声で尋ねた。

「経一……経一なのか?」

兄は大きくうなずき、目を赤くして答えた。

「父さん、本当に僕だよ。帰ってきたんだ!」

普段寡黙な父が兄を力いっぱい抱きしめ、両手で何度も背中を強く叩いた。

「生きてる……生きてる!経一よ……お前の母さんと、八年待ったんだ。やっと帰ってきた!」

「経一!私の経一が帰ってきた!」

母は駆け寄り、兄の腕をつかんだまま力が抜け、その胸に崩れ落ちて声をあげて泣いた。

「こんなに長い間……いったいどこに行ってたの!どうして一本の電話もくれなかったの!」

兄は涙を浮かべながら慰めた。

「父さん、母さん、ごめん。ただ、立派になって二人に誇りに思ってもらいたかったんだ。わざと隠したわけじゃない」

母は兄を叩きながら、八年分の思いと悲しみを泣き叫んだ。

父は母を支え、じっと兄を見つめた。

「あの飛行機事故で……けがはしなかったのか?」

「そうだ、あんたを八年も探したんだぞ。飛行機の乗客は皆いなくなって……私たちは経一も……」

兄は父と母をソファに座らせ、自分の胸を強く叩いた。

「心配いらない。あの日、僕は飛行機に乗ってなかったんだ」

彼はお腹の大きな女性を連れてきて、二人の前に立たせ、笑顔で紹介した。

「そうだ!父さん、母さん、彼女が僕の妻だよ。あなたたちの嫁、恵茉だ」

記憶力の良い父は、すぐに彼女が八年前に引き裂かれた兄の恋人――鈴木恵茉(すずき えま)だと気づいた。

父は信じられないように声を震わせた。

「じゃあ、八年間音信不通だったのは……彼女と駆け落ちして暮らしてたからなのか?」

兄はすぐに膝をつき、過ちを認め、高価な贈り物を山ほど差し出して償おうとした。

そう、兄は認めたのだ。

八年前、恋人と駆け落ちするために、死んだふりをしていたことを。

巨大な理不尽が、一気に私にのしかかる。

葬式のとき、父と母は「なぜ死んだのがお前じゃなかった」と怒鳴った。

命日ごとの罰跪き。

白飯と水だけの日々。

甲殻類を無理やり食べさせられ、死にかけたこと。

病院で母に殴られたこと。

皆から孤立し、疫病神と罵られ、同級生にいじめられたこと……

眠れぬ夜に襲ってきた罪悪感と後悔が、日々私を蝕んだ。

父の白くなったこめかみ、母の曲がった腰。

八年の悔恨と憎しみ、そして私の死は――すべて
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