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第66話:崩れる境界

Author: Sunny
last update publish date: 2026-05-19 18:34:06

相変わらず案件が終了したものの。

作業は山のようにあって。

止めるときがわからないまま、夜に。

会議室にひとり。

人は、もういない。

「……」

愛海は、パソコンの前に残っていた。

カーソルが点滅している。

でも。さっきから、何も打てない。

動揺のあまり、その場で立ち止まる時間が続く。

(さっきの)

浅井の視線。

樹との距離。

全部、残っていて。

頭の処理が追いつかない。

「……」

小さく息を吐く。

そのとき、ドアが開く。

「まだいたの」

既に馴染みのある聞き覚えのある声がして。

振り向くと、浅井さんが立っている。

「……はい」

「……」

ドアが閉まる。

静かになる。

空気が、少し変わる。

少しの緊張感が、否めない。

密室に2人ということ自体に対して。

意識せざるを得ない。

「……何ですか」

先に言う。

「……」

浅井はすぐに答えない。

ただ、見ている。

まっすぐに、目線が向けられる。

「……」

言葉が返ってこない気まずさに。

そのまま、続ける。

「……なんで」

やっと言う。

「なんで、ああいうことするんですか」

「……」

「距離
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  • 全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで   第67話:戻された距離

    会議室であった出来事を。一晩考えていたら、翌朝になってしまい。 寝不足で少し頭痛がする。それを意識しないように。会社に向かう。 「……」 席に座って、パソコンを開く。コーヒーを飲みながら。目を覚ます。そのまま。今日も変わらない1日を過ごすはずだった。それなのに。 (……) 昨日のことが、ずっと頭に残っていて。 “好きだからだよ” 「……」頭から離れない。 思い返しては、ひとり。何度も、軽く首を振る。 (仕事なんだから) そう決めた。だからこそ。去り際の、浅井さんの少し寂しそうな顔は。なるべく意識しないで。なるべく普通の日を過ごす。心に決めた。...その、タイミングで。 「伊藤」 声が聞こえて、振り向く。 浅井さんがそこには立っていて。 「これ」資料を差し出す。 「今日のレビュー用」 「……ありがとうございます」言葉を出すのに、少しつっかえる。それでも。話しかけられたのは、それだけで。 自然とデスクに戻る浅井さんは。完全に、普段通りに戻っている。まるで。昨日のことなんて、何もなかったかのように。 (……普通すぎる) 昨日の空気なんて、本当になかったかのように。いつも通り、簡潔に。短く。必要なことしか言わない。言葉に感情を乗せず。淡々と話す。何か言おうかと思っている間に。 「……」 「10時から会議」 「それまでに数字詰めとけ」 「はい」 目も合わない。全く。 それだけ言って。 浅井さんは、離れた。 「……」 (距離、戻したんだ) 自分で作った距離で。敢えて作ったその距離なのに。 (普通すぎると、逆に...) 少しだけ、胸がざわつく。 (なんで少し寂しいと思ってしまうのか) 心が騒ぐ。それでも、仕事は山ほどあるわけで。 無心にして、仕事をこなす。あっという間に、午後の会議の時間に。 「このラインで。行きます」 浅井さんが言う。 完全に、仕事モードで。通常通りの様子に見える。まるで、出会った当初に少し感じた冷たさが。戻ってきたかのように感じる。 「……」 愛海は資料を見た。 隣に座っているのに。 距離はある。 昨日みたいに、触れない。 目も合わない。全く合わない。 (……こんなだったっけ) 最初の距離はこれくらいだった。

  • 全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで   第66話:崩れる境界

    相変わらず案件が終了したものの。作業は山のようにあって。止めるときがわからないまま、夜に。会議室にひとり。人は、もういない。 「……」 愛海は、パソコンの前に残っていた。 カーソルが点滅している。 でも。さっきから、何も打てない。動揺のあまり、その場で立ち止まる時間が続く。 (さっきの) 浅井の視線。 樹との距離。 全部、残っていて。頭の処理が追いつかない。 「……」 小さく息を吐く。 そのとき、ドアが開く。 「まだいたの」 既に馴染みのある聞き覚えのある声がして。 振り向くと、浅井さんが立っている。 「……はい」 「……」 ドアが閉まる。 静かになる。 空気が、少し変わる。少しの緊張感が、否めない。密室に2人ということ自体に対して。意識せざるを得ない。 「……何ですか」 先に言う。 「……」浅井はすぐに答えない。ただ、見ている。まっすぐに、目線が向けられる。 「……」言葉が返ってこない気まずさに。そのまま、続ける。 「……なんで」 やっと言う。 「なんで、ああいうことするんですか」 「……」 「距離取るって言いましたよね」 「今は無理だって」 「……」 声が少し強くなる。 「なのに」 「なんで、あんな距離を詰めるんですか」 「……」 「仕事中も」 「さっきも」 「……」 「普通に戻ろうとしてるのに」 言い切る。 「私が努力してるのに。邪魔しないでください」 沈黙がまだ続く。 浅井は、目を逸らさない。 そのまま。 一歩、近づく。それでも、触れない。意識的にその距離で。 「……」 「……なんでだと思う」 低く聞く。 「……知りません」 「……」 「好きだからだよ」 はっきり言う。 「……」 空気が止まる。 一瞬だけ、何も聞こえくなった。 「……」沈黙だけが続く。返す言葉がすぐに見つからない。 「……」 「……それ、今言いますか」 やっと言葉を紡ぐ。短く答えるだけで。本当に精一杯だった。 少しだけ、震える声。 「……今しか言えない」 即答で、返事が返される。 「……」 「逃げられる前に」 「……」 心臓が、うるさい。 「……」 「……ずるいです」 小さく、また呟くように。気持ちを伝えるので精一

  • 全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで   第65話:抑えきれない視線

    プロジェクトルームに集まる。 ホワイトボードと一緒に。 紙の資料を広げながら。 パソコンでデータを精査する。 浅井さんと樹と。 3人で精査する。 「この数字だと」 樹が言う。 「自治体側の承認ラインが通らない」 「……」 愛海は画面を見る。 「ここを動かすなら」 「別ルートで調整する必要がある」 「……それ、可能ですか」 「今ならできる」 淡々と。 仕事としては。 完璧なフォローアップで。 提案の全てに筋が通っている。 「……」 あまりにも、やり取りが。 自然すぎる。 (……普通だ) 愛海は思う。 まるで、以前と変わらない。 同僚として。 戻れる。 そう思った、そのとき。 「……そこ」 横から声。 浅井さんの指摘が入った。 「元データの詰めが甘い」 資料を指す。 距離が、近い。 (……まただ) 肩が触れる。 「……どこがですか」 「ここの部分」 指が伸びる。 愛海の手に、触れる。 一瞬、そのまま。 離さない。 「……」 (離してほしい、今は) でも。 言えない。 「ここの数値も」 「ズレてる」 顔が近い。 息がかかる距離。 「……はい」 声が、少しだけ硬い。 「……」 樹が、一瞬だけ視線を向ける。 何も言わない。 でも、分かる。 気づいてる。 「……」 会議室の空気が。 少しだけ、重くなる。 「……続けるぞ」 浅井が言う。 でも。 手は、まだ近い。 午後になって。 また資料整理。 樹と横並びで。 資料を整理する。 「……ここ」 樹が画面を指す。 「このフロー」 「昨日の話の通りなら」 「通せるはず」 「……」 距離が近い。 自然に。 「……」 (近い) まるで、以前と同じ。 そんな距離で。 違和感がありつつと。 避けるには不自然だ。 「……」 何を言おうか迷う。 そのとき。 「伊藤」 低い声。 振り向く。 浅井さんが、部屋に立ち寄る。 「こっち」 短く言う。 「……今ですか」 「今」 即答。 「……」 (なんで

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    午後。会議室の窓から差し込む光が、少しだけ傾き始めていた。プロジェクト資料。修正版の数字。ホワイトボードに走り書きされた施策案。案件が終わったはずなのに、現実は止まってくれない。愛海は画面を見ながら、小さく息を吐いた。隣では、浅井がいつもの無表情で資料に目を通している。近い。昨日からずっと。物理的にも。精神的にも。逃げ道を塞ぐみたいに。そして、それに慣れ始めている自分が少し怖かった。その時。会議室のドアが開いた。「……失礼します」聞き慣れた声。でも。もう、懐かしさの方が先に来る。愛海は反射的に顔を上げた。そこにいたのは、樹だった。スーツ姿。少し痩せた気がする。前よりも、疲れて見えた。そして何より。纏う空気が違う。以前みたいな、どこか自信に満ちた軽さがない。「……久しぶり」静かな声。愛海は一瞬だけ目を伏せる。そして。感情を落として返した。「……お久しぶりです」それだけ。たったそれだけなのに。心が思ったより揺れていないことに、自分で少し驚く。あれほど好きだった人。元々は、婚約していた人。人生を一緒に歩くと思っていた人。なのに今は。少し遠い。まるで、昔よく知っていた誰かみたいに。その横。浅井は何も言わなかった。ただ。資料から視線を上げる。一瞬だけ。静かに。値踏みするみたいな目。何も言わないくせに。空気だけが少し張る。「今回の件」樹が先に口を開く。「処理は終わった」淡々と。仕事の声。「KM側のラインも整理された」「……そうですか」愛海も仕事モードで返す。すると。樹が少しだけ間を置いた。「ぼくの父は海外支社に回された」空気が少し静かになる。「完全に外れたわけじゃない」苦笑みたいなものが、少しだけ混じる。「創業家だから」愛海は何も言わない。樹が続ける。「ただ」「今回で、取締役としての影響力はかなり落ちた」静かな声。でも。その言葉には。諦めと、悔しさと、疲れが滲んでいた。そして。少しだけ視線が下がる。「婚約も」短く息を吐く。「解消になる」愛海の指先が、少しだけ止まった。けれど。心は、思ったより静かだった。以前なら。もっと痛かったと思う。でも今は。「……そうですか」それだけだった。必要なくなった。婚約。

  • 全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで   第63話:近すぎる距離

    翌日。あひるの支社に戻った。朝の空気は、いつもと変わらない。エントランスの自動ドア。コーヒーの匂い。少し乾いたオフィスの空調。社員たちの「おはようございます」が交差する声。全部。昨日までと同じ。なのに。愛海の中だけが、どこか違った。案件は終わった。正確には。“終わらせた”。隠蔽も。責任の所在も。あの歪んだ構造も。ようやく片付いた。肩に乗っていた重いものが、少しだけ下りた気がする。本当なら。もっと安心していいはずだった。でも。(……まだ、終わってない)浅井さん。...あの人との関係だけは。まだ何一つ、整理なんてできていない。昨日。ちゃんと言った。“今のままじゃ、できない”逃げじゃない。誤魔化しでもない。ちゃんと考えた上での答え。そう。あれで良かった。そう思ってる。思ってる、はずなのに。「……」デスクに鞄を置きながら、 何度も思い出してしまう。昨日の近すぎた距離。真っ直ぐな目。触れた熱。低い声。“距離は変えないよ”あんな言い方。ずるい。反芻するたびに、 心臓がうるさくなる。その時。後ろから、低い声。「伊藤」びくりと肩が揺れた。振り返る。そして。一瞬、呼吸が止まる。浅井。近い。思っていたより、ずっと。いつも通りのスーツ。少し眠そうな目。何もなかったみたいな顔。なのに。視線だけが、静かに熱い。「……おはようございます」声が少し硬くなる。すると。浅井が小さく頷いた。「おはよう」たったそれだけ。なのに。距離が変わらない。近い。近すぎる。昨日のことが、 まだ身体のどこかに残っているのに。愛海は、少しだけ後ろへ下がった。ほんの数センチ。無意識だった。でも。浅井は気づいている。絶対。なのに。動かない。引かない。ただ。静かに見ている。「会議入ってる」唐突だった。「……何のですか」「新規案件」短く。相変わらず説明が少ない。「急ぎのやつ」「昨日の件の後処理」「代替プロジェクト回す」そこで。少しだけ間が空く。そして。当然みたいに言った。「お前とやる」「……え?」言葉が止まる。「私と?」「他にいない」即答。迷いゼロ。「伊藤が一番早い」「現場理解してる」「意思決定もできる」淡々と

  • 全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで   第62話:今は選ばない

    この案件の最終始末として、画面を見ていた。未だに終わったことが実感できない。それでも。作業は止まらない。だからこそ、終わったのだと実感ができないまま。やることだけが増えていく。そんな状況だった。「……まだやってるの」低い声。振り向く。樹。「……何しに来たんですか」冷たく返す。「本当に、最後だから。話したいことがある」「仕事の話ですか?」「……半分は」曖昧な答え。「もう何回目なの?いい加減にしてほしい」一瞬、沈黙。「……すぐ済むから」椅子を引く音。向かいに座る。「……」空気が重い。「伊藤」「今回の件」「お前が見てる通りだ」「……どの通りですか」樹は少しだけ目を閉じる。「補助金の案件」「KMの承認」「松村の会社」「外注先としてのTK Network」一つずつ並べる。「……」愛海は黙って聞く。「全部、繋がってる」「……」「意図的に?」「……ああ」はっきり言う。「……」胸が少しだけ軋む。「最初からじゃない」樹が続ける。「でも、途中からは分かってた」「……」「気づいたんですか」「仕事でな」苦く笑う。「お前と同じだよ」「数字が合わなかった」「……」「調べたら」「親父が出てきたんだ」空気が変わる。若干の、空笑い。「……」「KM側の承認ライン」「松村側の受注」「TKへの資金の流れ」「全部、出来上がってた」「……」「止めなかったんですか」一瞬。沈黙。「止めたら終わってたんだよ」「……何が」「全部」低い声。「会社も」「親父の立場も」「俺自身の今後の在り方も」「……」「で」樹が続ける。「“関係を固定しろ”って言われた」「……関係?」「松村と」一拍。「婚約」「……」「外から見たときに」「ただの取引じゃなくなる」「家族になる」「裏切れなくなる」「説明もつく」淡々と。「……」(そういうこと)愛海の中で、全部が繋がる。みゆ。あの余裕。あの態度。「……みゆは」「知ってたよ」即答。「むしろ」「中で動いてる側だったから」「……」「KMのTK担当として」「松村の窓口として」「数字も触ってる」「……」(最初から)「……」「じゃあ私は」「邪魔だったってことですか」樹が、止まる。「……ああ」

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