Se connecter蒼士の指先が、無意識に紗寧の腰を撫でた。薄いシルク越しに、細い腰の線と温かな感触が伝わってくる。胸の奥から込み上げる欲望は、もはや抑えきれないほどに膨れ上がっていた。呼吸は次第に荒くなり、首筋には血管がくっきりと浮かび、今にも破裂しそうなほど張り詰めている。寝室は薄暗く、窓の外からわずかに差し込む冷たい光だけが、紗寧の頬を艶めく赤に染めていた。蒼士はその場で動けなくなった。背筋は張り詰め、全身の筋肉が彼女へ近づけと訴えている。腕の中にいる紗寧の唇は、わずかに開いていた。そこから漂う甘い香りが頬を撫でるたび、理性が少しずつ崩れていく。まつ毛がかすかに震える様子まで、はっきりと見えた。ほんの少し顔を下げるだけで、その柔らかな唇を奪える。だが、二人の唇が触れ合おうとした瞬間、蒼士は強く拳を握り締め、無理やり顔をそむけた。「もう遅い。早く寝ろ......」紗寧は訳が分からないという顔で、蒼士を見つめた。しかし蒼士は逃げるように視線を避け、立ち上がると、彼女を自分の膝から下ろした。「使用人を呼んで、寝室を片づけさせる」紗寧はソファに座ったまま、蒼士の後ろ姿が寝室の外へ消えていくのを呆然と見送った。――蒼士は今......自分を拒んだ?どうして?紗寧は、自分が着ているナイトドレスへ目を落とした。細い肩紐のついたシルク製で、裾は太腿の付け根までしかない。隠すべきところ以外は、ほとんどあらわになっていた。自分の体には、それなりに自信がある。誰もが目を奪われるほどとは言わなくても、見た途端に逃げ出したくなるような体ではないはずだ。それなのに蒼士は......紗寧は下唇を噛み、胸の中に挫折感を覚えた。――自分に魅力が足りないのだろうか。それとも、本当に女性を抱けないのか。だが以前は、明らかに紗寧へ反応していた。では、どうして......そこで紗寧の思考が突然止まった。先ほど自分を引き離したときの蒼士の目。以前にも一度、見たことがある。――まさか蒼士は......発作を起こしているのでは?......紗寧が考え込んでいると、不意に階下から話し声が聞こえてきた。ほかのことを考える余裕もなくなり、急いで服を着替えて階下へ向かう。リビングでは、蒼士
あれこれ考えていると、一筋の光が夜の闇を切り裂き、遠くから庭のヤシの木を照らした。黒は犬小屋の中で立ち上がり、耳をそばだてて2秒ほど音を聞くと、嬉しそうに尻尾を振り始めた。紗寧は深く息を吸う。――来た。黒い高級車が庭へ入ってきた。ヘッドライトが消え、エンジンの低い音も次第に静まっていく。蒼士はドアを開けて車を降りた。落ち着いた足取りで歩き、その顔からは何の感情も読み取れない。黒が尻尾を振りながら駆け寄り、蒼士の脚の周りを2周した。それから顔を上げ、甘えるような声を喉の奥から漏らす。だが蒼士は一瞥もせず、大股で母屋へ向かった。あとに続いていた横川は空気を読み、中へ入らず玄関先で見張ることにした。黒もついていこうとしたが、横川に首輪をつかまれ、引き戻される。「お前はこっちだ。お二人には大事なお話し合いがある」黒は不満そうに歯をむき、尻尾を振りながら走り去った。蒼士は2階へ上がった。廊下の壁灯はまだついており、薄暗い黄色の光が彼の影を長く伸ばしている。寝室のドアは少し開き、その隙間から細い光が漏れていた。蒼士が手を伸ばし、ドアを押し開ける。その瞬間、ベッド脇の暗がりから華奢な人影が飛び出し、勢いよく彼の胸へ飛び込んできた。「八角さん......」紗寧は蒼士の首へ腕を回し、その胸元へ顔を埋めた。か細い声には涙が混じり、怯えた小動物のようだった。「やっと来てくれた......」蒼士は急いで来たため、シャツを一枚着ているだけだった。そのため今は、紗寧の体の柔らかな輪郭まではっきりと感じ取れてしまう。薄いシャツ越しに、彼女の柔らかさと温もりが余すところなく伝わり、胸へぴったりと押しつけられていた。蒼士の瞳が一瞬で暗く沈む。反射的に彼女を引き離そうとし、肩へ手を置いた。だが、指先が滑らかな素肌に触れた瞬間、火傷でもしたように勢いよく手を引っ込める。紗寧の背中は、ほとんど何も覆われていなかった。肩には細いストラップが二本掛かっているだけで、前をかろうじて覆っているにすぎない。背中はすべてあらわになり、美しい形の肩甲骨が浮かんでいた。肌は上質な白磁のように白く、滑らかだった。蒼士の指がわずかに曲がる。指先にはまだ、紗寧の肌の滑らかで温かな感触が残っ
その頃、蒼士はアイスバスに浸かっていた。胸元まで満たした冷水は骨まで凍えそうなほど冷たかったが、体内で荒れ狂う熱を抑えることはできない。彼は浴槽の縁に背を預け、片腕を縁へ載せていた。水滴が引き締まった筋肉の線を伝って流れ落ち、冷たい白色の照明を受けて細かく輝いている。電話から聞こえてきた紗寧の声に、スマホを握る指へ力がこもった。「待ってろ。すぐに戻る」通話を切ると、蒼士はアイスバスから立ち上がった。水滴が浮き出た腹筋の溝を伝い、腰骨へ続く筋肉の線へ消えていく。傍らのバスタオルをつかんで無造作に体を拭き、椅子の背に掛けてあったバスローブへ袖を通した。バスルームの扉を開けると、横川が廊下に立っていた。出てきた蒼士を見て、驚いたように目を瞬かせる。「八角様?」蒼士は足を止めず、大股で更衣室へ向かった。バスローブのベルトは腰へ緩く結ばれているだけで、濡れた胸元が大きく露出していた。「何かあったんですか?」横川は慌ててあとを追った。「紗寧から電話があった。家に泥棒が入ったらしい」横川の足が一瞬止まった。頭の中に、いくつもの疑問が浮かぶ。真っ先に思ったのは――黒が死んだのか?そうでもなければ、あの家に侵入者が入れるはずがない。いや、たとえ黒が死んでいたとしても、あそこにいる数十頭の番犬まで全滅したとでもいうのか?それに家の警備システムは、八角グループ傘下でも最高峰の警備チームが設計したものだ。防衛関連施設にも採用される赤外線センサーに顔認証、24時間体制の巡回警備まで備えている。アリ一匹入り込んでも、たちまち検知されるほどだった。泥棒が入った?いったい何者なら、これほど幾重にも張り巡らされた警備を突破できるというのか。横川は何か言おうとした。だが、蒼士の険しい顔を見ると、喉まで出かかっていた言葉をのみ込んだ。慌ててあとを追いながら、慎重に口を開く。「八角様、天川さんから、今夜は外へ出てはいけないと言われております。お体が――」「黙れ」蒼士は横川の言葉を遮り、更衣室の扉を開けた。クローゼットの前まで進み、扉を開いて清潔なシャツを一枚取り出す。横川は入口に立ち、蒼士が着替える姿を見ながら、焦りで汗をにじませていた。「やはり先に私が戻って確認
蒼士はわずかに目を上げ、横川を一瞥した。その眼差しは淡々としており、何の感情も浮かんでいない。だが横川は、その一目だけで彼の意図を理解した。「失礼しました」......その頃、紗寧は不安に満ちた顔で部屋の中を行ったり来たりしていた。頭の中は、すっかり混乱している。「奥様」背後から使用人に声をかけられ、紗寧は驚いて体を震わせた。「どうしたの?」「彩未様がお見えです。玄関でお待ちになっています」――彩未?紗寧は一瞬呆気に取られたが、すぐに蒼士の妹だと思い至った。慌てて顔を手で拭い、深く息を吸う。「中へお通しして」使用人は返事をして下がっていった。ほどなくして、彩未が細いハイヒールを鳴らしながら入ってきた。今日は黒いワンピースを着ている。上質なシルクの生地が美しいドレープを描き、膝丈の裾からは、まっすぐ伸びた細い脚がのぞいていた。長い髪を肩へ垂らし、化粧も隙なく整えられている。鮮やかな赤い唇と相まって、全身から鋭い美しさが漂っていた。彩未はリビングをひととおり見回し、最後に紗寧へ目を止めた。その眼差しには、値踏みするような厳しさがにじんでいる。「蒼士お兄ちゃんは?」冷ややかな声で尋ねた。紗寧は唇を引き結んだ。「今夜は戻らないそうです。何かご用ですか?」彩未はわずかに眉をひそめ、口元へ冷笑を浮かべた。「ならちょうどいいわ。今日はあなたに会いに来たの」紗寧の胸が強く締めつけられた。――自分に会いに?「どうぞ、お掛けください」紗寧はソファを勧め、できる限り平静な声を保った。だが彩未は座ろうとしなかった。リビングの中央に立ったまま、胸の前で腕を組む。顎をわずかに上げ、紗寧を見下ろした。「貝原咲良」一文字ずつ区切るように、その名を口にする。「いいえ......こう呼ぶべきかしら。加賀美紗寧さん」紗寧の瞳孔が一気に縮んだ。だが、すぐに平静を取り戻す。彩未は彼女を見つめ、ゆっくりと口元を上げた。その瞳には、少しも笑みが浮かんでいない。「どうしたの?驚いた?もしかして、名前を偽れば、誰にもバレずに済むとでも思ったの?過去を消して、まんまと玉の輿に乗れたつもり?」彩未は紗寧の前まで歩み寄り、露骨な軽蔑を込めた目で見下
蒼士は何も答えなかった。目を伏せ、かすかに震えている自分の指を見つめる。理性を失いかけている前兆だった。この発作は一度始まると、数日は絶対に収まらない。誰かを傷つけるか。自分を傷つけるか。あるいは......欲望を発散させるか。横川は蒼士の横顔を見つめ、彼が何を考えているのか察していた。蒼士は、男女の関係にひどく潔癖なところがある。紗寧以外の女性には、決して触れようとしない。「天川さんに連絡して、何か方法を考えてもらいますか?」蒼士は鼻で笑った。「あいつに何ができる」天川は今も諦めず、催眠療法で蒼士を治そうとしていた。だが蒼士に言わせれば、催眠をかけられたら、意識が朦朧としている間に真っ先に天川の首をへし折ってしまうだろう。横川は唇を舐め、慎重に言葉を選んだ。「でしたら......奥様に助けていただくというのは......?」蒼士は顔を横へ向け、横川を一瞥した。その眼差しは淡々としており、何の感情も浮かんでいない。それでも横川の背中には、一瞬で冷や汗がにじんだ。「申し訳ございません、今のはただの思いつきです......」蒼士は視線を戻すと、リングロープに掛けていたシャツを取り、ゆっくりと袖を通した。下から順番にボタンを留めていく。その動作には少しも焦りがなかった。「紗寧に、ここ数日は帰らないと伝えておけ」「かしこまりました」......その夜。紗寧はソファに座り、温かいお茶の入ったカップを両手で包みながら、ぼんやりとテレビを眺めていた。何が放送されているのかは、まったく頭に入っていない。頭の中では、さまざまな考えが渦巻いていた。昨日の芝居で、蒼士の心を動かせたと思っていた。胸の内をさらけ出すようなことをあれほど話し、自分からキスまでしたのだ。彼にキスを返されたときは、今にも丸ごと食べられそうなほど激しかった。それでも、結局は何もされなかった。一晩中、抱きしめたまま眠ってくれたのだ。それなら蒼士は、自分の味方になってくれたはずではないのか。だが今日一日、蒼士から電話は一本もなかった。メッセージすら届いていない。もしかして、後悔している?自分にだまされていたことが、やはり許せなくなった?それとも.....
横川はすぐにあとを追った。その場に残された麻耶は、前後して廊下の奥へ消えていく二人を見送り、訳が分からないという顔で目を瞬かせた。首をかしげた途端、突拍子もない考えが頭に浮かぶ。――まさか八角様......横川さんを相手に発散するつもりじゃないでしょうね?いや、それはない。八角様は男に興味がないし。ちぇっ、残念......あんなに男前で色気のある顔をしてるんだから、女だけじゃなく男まで落としたら、さぞ面白いのに。麻耶は勢いよく頭を振り、脳内に広がりかけた妄想を追い払った。それから小部屋へ戻る。床に落ちていたタオルを拾い上げ、豊水のそばへしゃがみ込んだ。ナイフに残っている指紋を丁寧に拭き取ってから、自分の手で強く握り、自らの指紋を付着させる。そこまで済ませると、鞭で打たれてできた自分の傷を見下ろした。誰が見ても息をのむほど痛々しく見えることを確認してから、豊水のスマホを手に取り、警察へ通報した。電話がつながった瞬間、麻耶の表情が一変する。冷たく澄んでいた瞳にはたちまち涙がたまり、唇がかすかに震え始めた。泣き声の混じった甘くか弱い声は、怯えきったウサギのようだった。「もしもし......警察、ですか......?」恐怖を抑えきれないように声を震わせ、何度も言葉を詰まらせながら訴える。「た、助けてください......性的な目的で、違法に監禁されています......私だけじゃありません......ほかにも大勢います......はい。みんな、さらわれてきた人たちです......わ、私......あの男をナイフで刺してしまって......」電話の向こうの担当者も、明らかに緊張した様子だった。「落ち着いてください。ゆっくりで大丈夫です。今、どちらにいらっしゃいますか?」麻耶は一度すすり泣き、屋敷の住所を伝えた。声は何度も途切れ、必死に泣くのをこらえているように聞こえる。「お願いします......早く来てください......怖いんです......」通話を終えると、麻耶はスマホを床へ放り投げた。頬にはまだ涙の跡が残っていたが、瞳はすでに元の冷たさを取り戻している。嫌そうな顔で涙を乱暴に拭った。――まったく。こういう女々しい芝居は、本当に性に合わない。......その頃、
「真洋さん、本当にあの義理の妹さんを国外から呼び戻したの?紗寧さんが怒るんじゃないか?」失聴してから一年。ようやく聴力を取り戻した紗寧は、クラブの個室の前で立ち尽くした。浮かべていた笑みが、その瞬間ぴたりと凍りつく。――鈴江詩帆(すずえ しほ)が、帰国した?「お前たちさえ黙ってれば、あいつには何も分からない」柏 真洋(かしわ まひろ)の声は冷ややかで、感情の起伏がまるで感じられない。「それに、もう一年以上経ってる。詩帆も家が恋しくなったんだろ」「家が恋しいっていうか、真洋さんが恋しかったんじゃないの?」その一言で、部屋の中は意味ありげな笑い声に包まれた。
紗寧は蒼士に続いて市役所を後にした。午後の港江の陽射しは目が眩むほど白く、湿った熱気が空気の中に揺らめいている。冷房の効いた室内とはまるで別世界だ。黒いマイバッハが木陰に静かに停まっている。蒼士は後部座席のドアを開け、そのまま彼女を待った。木漏れ日が枝の隙間から差し込み、彼の眉目に細かな影を落とす。そこに立つ姿は、まるで鞘に収まった刃のようだった。静かで内に秘めているのに、いつでも抜き放たれ人を傷つけられる――そんな危うさを纏っている。紗寧が身をかがめて車に乗り込むと、彼の視線が自分に向けられているのを感じた。重くはない。が、強烈な存在感があった。「先に本家
胸の内で不安が膨らむ中、蒼士は視線を引き、革張りのシートにゆったりと背を預けた。動きに合わせて喉仏がわずかに上下する。「乗れ」その一言に、紗寧はほっと息をつきながら車内へ身を滑り込ませた。ドアが閉まると、港江特有の蒸し暑い空気は完全に遮断される。黒いマイバッハは静かに走り出し、空港高速へと合流した。窓の外では標識が次々と流れていく。だが、進んでいる方向は貝原家への道でもなければ、八角家の屋敷へ向かう道でもない。2年間港江を離れていたとはいえ、主要道路の位置くらいは覚えている。紗寧は隣の男へ視線を向けた。蒼士は目を閉じていた。眠っているようにも見えるが、そ
その頃の紗寧は、ちょうど北城空港に到着したところだった。スマホが震える。「もしもし、先輩?」電話の向こうから聞こえてきたのは、中岡の穏やかな声だった。どこか苦笑混じりの響きがある。「紗寧、さっき柏グループ傘下のワールド・エンターテインメントから連絡があってな。総支配人の人選が松田に決まったそうだ」紗寧は足を止めかけたが、すぐにスーツケースを引いて歩き続けた。「そうなんですか」あまりに淡々とした反応だったせいか、中岡は一瞬言葉を失った。「なんだ、その反応は。少しくらい俺のために怒ってくれてもいいだろう?」冗談めかした口調で続ける。「一応、俺は君が推薦し







